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第001話 「鍛冶番、廃人に武器を作る」

「やっと出来た」


 彼は作業台から顔を上げながら、静かに歓喜の声を上げた。

 ほのかに光る作業台が、声を上げた男性と灯りすらもついていない工房を僅かに照らす。作業台の周りには、ほぼ何もない。ゲスト用の椅子が数個、使われずそのまま置いてある程度であった。


 作業台の上には、どこかのロボットアニメでみたようなものが並べられている。大きさは人間の腕の長さほどの、「く」のように折れ曲がった、灰色の機械が3対。


 それを一つにまとめると……目の前に、いつもながら興味津々といった態度で「それ」を見つめている精霊にオブジェクトとして手渡した。

 氷の彫像のような姿をした精霊、『Verou(ネロ)』は融解させるように表情をほころばせて、「これで本当に指輪扱いなのかー」とその出来に感心している。


 作り手、『Omi(オーミ)』の選択した人間型アバターは鎧・上着・ブーツなど体の様々な場所に装備を付け加えられるが、ネロの精霊型アバターにはそれがない。

 あるのは左右の合わせて10本の指。それにつけられる【指輪】のみである。


 今まで指輪と言っても主力武器にならない、補助的な効果を持つものしか知らなかった氷像プレイヤーは、その3対6枚の「く」のような形をしたものが本当に指輪扱いであるのか半信半疑だった。


「これは?」


 ネロは、コンソールを見つめまた読めない文字の羅列が出てきたと頭を抱える。

 ――【多相飛去来着装型適従機】。それがこの武器の名前のはずなのだが、まずネロの頭には入ってこなかった。その後ろにちょこんと、【A(エー)-gelmir(ゲルミル)】の文字が隅に追いやられていたが、彼は今後一切そちらの名前で呼ぼうと固く決心する。


「簡単にいえば指輪から展開する汎用飛行ユニット、だな」

「汎用? ……ふんふん、汎用ね、分かる分かる」

「分かってないだろ」


 君のことだから、武器の特徴を圧縮した結果なんでしょう? と半ば呆れた顔で肩を竦めるネロに対し、作り手オーミはその通りだと返す。


「装備してくれ。そうすれば自然と指輪に形を変えるだろう」


 作り手の言うとおり、ネロがそうするとまずそのユニットは消えた。

 装備する、という動作の前に拾ってインベントリの中に入り、それから装備。


 するとどうだろうか、先程の「く」の形をした6つの何かはネロが視認している間にはっきりと一つにまとまり、最終的に無機物な雰囲気を漂わせた銀色のリングに変わった。

 指輪、というよりはどこかコイルのような印象を受けるネロは、正直似合わないなと感じつつもインパクトにはなるかなと


 しかしネロは決して、オーミを否定しない。

 5年という長い付き合いがネットだからこそ続いたのも確かであるが、ネロは彼よりも優れた生産職プレイヤーを知らないからである。


 故に、自分はクライアントとして、友人として彼の趣味に付き合ってやるのが彼の優しさであった。

 装備の性能は、自分が想定していた先を行き。


 それが1と0で構成されたゲーム内の1データだからといっても、職人の魂というデータ化不可能なものが底に確かにあると……。

 ネロはそう考えている。


 悟ったような感情で指輪を見つめている精霊に対し、オーミは声をかけた。


「ネロは、【最強の器用貧乏】になりたいと言っていたな」

「うん、本当は【万能】になりたかったんだけどね。実際クランのメンバーだし、火力と補助を両立させるのって結局はどっちも極めることは困難だ」

「この装備は、まあ簡単に言えばネロの現状を尖らせるものだ」


 職人としては、自分の作成した渾身の商品を何とかして自慢したいのであろう。

 性能や使用方法を長ったらしく喋り始めたオーミに対して、ネロは感情の起伏のわかりづらい【氷極精アヴェインディーヌ】の顔に優しげな笑顔を浮かべながらその話を聞いていた。



――



 話が終わったのは5分ほど後のことで、オーミは肩で息をしている。ヴァーチャルだから疲れないというわけではなく、勿論疲れるのだ。

 

 現在、2人は先程までいた工房ではなく、その地下にある試運転室にいる。

 オーミの、このゲームでの活動範囲はかなり狭い。ほとんどがこの店で完結させているためか、自分のやりたい武器の作成ばかり行っているのだ。



 ネロはオーミの説明を聞きながら、新しく得た武器を起動して実際に試していた。ある程度はゲーム側が負担を肩代わりしてくれるとは言え、6つのユニットを自分の脳だけで動かすのには骨が折れそうではあると判断し、作り手の方を見やる。

 どうも、作り手の方は武器の出来栄えに満足しているらしい。


 っと、精霊は送られてきたメッセージに気づいて職人に「ちょっと失礼」とそれを開く。


 ――途端、オーミにはネロの表情に陰りが見えた、ような気がした。

 なんてたってゲーム内とはいえ、5年の付き合いである。氷像が僅かに形を変えた程度でも、彼が何を考えているかオーミはわかるようになっていた。


「あー……疲労か徹夜テンションかで、『テンパレ(Tempale)』が問題を起こしたそうな」

「疲労? 徹夜テンション? ……今回は何時間連続でダイブ中なんだ?」


 オーミの質問は、客観的に見ればありきたりなものに聞こえた。

 いくらそれと言っても、人間である限り食事はしなければ生きていけないし、腹は空く。


 平均的にオーミなら朝昼晩と夜寝ることも考えて、最大で5時間ほどこの世界に潜り込むだろうが、その程度で。金の稼ぎを「こちら」でやっている身としては、廃人と言われても仕方のない生活はしているだろう。


 しかし、ネロはその更に上を征く。


「今で68時間……かな? みんなもそうだよ」

「死ぬぞ」

「栄養はいつも通りの点滴で取ってるからへーきへーき。体はどうにもならないから、終わったら運動くらいはするとしても……。どちらかと言えば、この世界で言えばオーミのほうが不健康だよ。この工房にこもりっきりじゃないか」


 そんな話をしながら、ネロとオーミはチャットで商談に入っていた。

 今回の値段に関してだ。最初にネロが提示したのは100万VZ(ヴィーズ)――大体初心者が、順当に1年すべて貯めて手に入れられる程度の値段。

 

 しかし、オーミは「そちらの判断で」としか言わない。ネロに一任すると宣言している。

 それを聞き、ネロは全く変わらないなと2倍に釣り上げて決定ボタンを押した。

 扱いに難は確実にあるだろうが、自分の願望を叶えてくれるという確信が彼にはあったからである。

 

 オーミは本当に幾らでもいいらしく、承諾を連打している。客が少ないのは明らかで、それでいながらもこの世界で遊びと仕事を両立させようとしている身分であるのにその態度は一体なんなのか。


「俺はいいんだよ。夜は毎日走っているし、飯はそのへんでちゃんと食ってる」

「……そうですか。僕は今から問題の起こった場所に――ってもその辺の酒場だけれど――行くけれど、君も来るかい」


 ネロの誘いに、頷く。

 オーミ、意外に素直である。



――


 オーミの経営している武器屋、【大海重工】からさほど離れていない酒場。




 現場についた氷精霊と人間が見たのは、なんとも奇妙な一団であった。




次回更新は今日中です。


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