表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

かまととBoy

作者: 林檎の葉

俺、柊穂高ひいらぎほだかには、二人の幼馴染がいる。一人は男子、一人は女子で、家が近いこともあってか小学校にあがった頃から仲良くしている。

平々凡々な俺と違って二人とも成績は常に上の上、顔面偏差値も高く、さらには揃って生徒会役員を務めているというハイスペックっぷりだ。——ここだけ聞いたら、なんて羨ましい男なんだと羨望を抱くかもしれない。

だがちょっと待ってほしい。これからの俺の話を聞いてもなお、同じ言葉が言えるだろうか。否、同情の視線を抱くに違いないのだ。男子の方の幼馴染——名を吾妻助あづまたすくという——の本性を知ってからも羨ましいと言えるなら、俺は喜んでこの立場を譲り渡そうと思う。

はっきり言おう。吾妻助は、悪魔である。


「おはよう、穂高くん」

「おはよう穂高ちゃん!」

朝の昇降口で二人にばったり出くわした。

前者は女子の方の幼馴染である篁藤花たかむらふじかの、後者は助の挨拶だ。

勘違いしないでほしいのだが、本性がねじ曲がっているのはあくまで助であって、藤花の方はまったくそんなことはない。少し感情表現に乏しい嫌いがあるけれど、打ち解ければ家族思い友達思いで聖母様みたいに優しい子だってことはすぐに分かる。小さい頃、助と一緒に過ごす課程でヤツの思いやりとか良心とかを全部押しつけられたんじゃないかってぐらい優しい。

対する助の方は血も涙もない冷徹人間である。普段学校で見せる顔は何重にも猫をかぶっているということを、俺はよおおっく知っている。高校に入ってからはキャラクターづくりのためだとか言って俺のことをちゃんづけで呼ぶようになったが、いい迷惑である。

「……おはよう二人とも。今日も仲がいいんだな」

「えへへーありがとう!」

即座に答えたのは助で、その隣で顔を真っ赤にしているのは藤花だ。大方照れ隠しで否定しようとしたのを阻止したのだろう。

いつものように室内用の上靴に履き替えて教室へ続く階段へ向かおうとしたところで——藤花の仰天する声が背後で聞こえた。いつも落ち着いている藤花にしては珍しい、何事だろうと振り向くと、自分の靴箱の前で何かを手にして固まっている。そして何故かその後ろから鬼の形相をしている助。

「どうしたんだ?」

「……これ」

藤花はまるでこの世のものじゃない物体にでも触れているかのような顔で、おそるおそる手の中のそれを俺の方に向けた。

長方形の真っ白な封筒。真っ赤なハートのシールで封がされている。紛れもなくそれはラブレターだった。

……なんとまあ。スマートフォンが全世代に普及したこの二○一六年において、ラブレターとは随分古風だ。その上昔の少女漫画にでも登場するような見た目をしている。あなたのことが好きです!という凄まじいオーラを放つ代物だ。

「ラブレター、だな」

「……やっぱりそう、だよね。どうしよう」

「どうしようって、開けて中身を読めばいいじゃないか」

何を躊躇っているのか不思議に思って聞いてみると、こんな返事が返ってきた。

「でも私、ラブレターってもらうの初めてで……」

「えっ、……あー」

そうだろう。そうだろうな。四六時中隣で悪魔の幼馴染が周りの男共に目を光らせているんだからな。

ほら、今だってみんなが認識している可愛い助くんとは似ても似つかない、なまはげみたいな顔でラブレターを睨みつけて——

「いいな〜藤花ちゃん、羨ましいな〜。ぼくにも見せて!」

問題のブツを藤花の手からひったっくった。

羨ましいってなんだ、羨ましいって! お前小学校時代に散々女子からもらってただろ! そのたんびにゴ○ブリでも見るような顔で引き裂いて捨ててただろ!

そんな俺の心のツッコミを余所に、助は勝手に封を開けた。

「ちょっ助! ダメだろそれ、藤花宛の手紙なんだから!」

制止の言葉は完全にスルーされ、中の便箋が引っ張り出される。そしてあろうことかヤツは、その内容を音読し始めたのである。それによると、書かれていた文面はこんな感じだ。


篁藤花様


突然手紙を差し上げる失礼をお許しください。

T・Kと申します。

今年の四月、始業式の日に僕はあなたに一目惚れをしました。時折見せる笑顔に心を奪われてしまったのです。

ずっと胸のうちにしまっておこうかとも思いましたが、気持ちだけでも伝えられればとこうして手紙を書いています。

もしご迷惑じゃなければ、直接この気持ちを伝えたい。

今日の放課後十七時、体育館裏で待っています。


T・Kより


これまた、見た目に負けず劣らず古風な文面だ。

一目惚れというのもベタど真ん中だし、それに提示場所が体育館裏だなんて、漫画で散々使い古されてきて今更突っ込むのも面倒くさい。

手紙の主の名前はイニシャルだけらしい。内容からは同級生なのか先輩か後輩かすら不明だ。生徒が続々登校してくる前に靴箱に仕込めるということは、この高校の生徒ではあるのだろうが、いったい誰だろうか。

「体育館裏って書いてあるけど、どうするの? 藤花ちゃん」

「うん。ちゃんと会ってみようと思う。だから今日は一緒に帰れないけど、ごめんね」

「……そっか。仕方ないね」

そんなことを言いつつ、顔面が冷徹の色に染まっていくのをはっきりと見た。俺は震え上がった。


「いい度胸してんじゃねーか」

助の右手にあるペットボトルが勢いよく握り潰され、体積が半分ぐらいになる。さっき藤花が一緒だった時は虫も殺せないような雰囲気だったくせに、この変わりようである。

今は昼休み。生徒会室で二人して弁当をつついている。何故生徒会室なのかというと、助がこんなんでも副会長の座に就いていて、鍵の管理を任されているからだ。教室だと何かと騒がしいが、ここ生徒会室なら出入りできる人間は先生と生徒会役員ぐらいのものだから、独占空間を作るにはもってこいというわけだ。もっとも、俺は役員じゃないけど。

俺の名誉を守るために言っておくと、職権乱用をし始めたのは助である。この部屋の出入りが自由になるというのが、副会長に立候補した理由のひとつだというのだから、こいつの本性を知らない人達がつくづく哀れだ。

「——俺はお前が人前で喋るたびに鳥肌が立つ」

「なんだよいきなり」

「キャラ違いすぎて本気で二重人格なんじゃないかって疑いたくなる……」

「そうかな。ふふっ、ありがとう」

「褒めてねえっ! というか俺の前でそのキャラ続行するな気色悪い! 背景に花を飛ばすな!」

「失礼な奴だな。何も知らないアホどもには好評じゃねーか」

「それが納得いかねーんだよぉおおお!」

小学生ぐらいならまだしも、高二男子を可愛いってもてはやしてる人達の気持ちが理解できない。中性的な顔立ちだからか? 可愛いもの好きを公言してるからか? ……いやいや、落ち着け俺。モテない男の僻みはみっともないぞ。奴のカリスマっぷりは今に始まったことじゃないだろう、うん。

……はい終わり! この話これで終わり!

「にしても誰だよT・Kって」

助が忌々しげな顔でタコさんウインナーを口に放り込む(ちなみにこの弁当、藤花のお手製である)。助もイニシャルT・Kの男子生徒に心当たりはないらしい。クラスや部活の奴らにもいないってことは、少なくとも俺達とは面識のない人物なんだろう。

「……ぐだぐだ考えてても埒があかねーな。こうなったら——」

「お、おいお前まさか、生徒名簿から探し出すつもりか!?」

副会長という立場を利用すればそれは容易いだろう。でもそんなこと、相手の男子が不憫でならない。そもそもあの手紙自体、藤花本人にだけ読まれることを想定されて書かれたもので、まさかざわついた朝の昇降口で第三者に音読されているなどとは夢にも思ってはいないだろうから。

「そんな悠長なことしてられるか。藤花が呼び出されたのは今日だぞ」

「じゃあどうするつもりなんだよ」

「決まってるだろ、直接張り込みに行く。放課後空けとけよ」

「…………えっ。俺も一緒に行くこと確定なの?」

「当たり前だろ。お前も共犯だ共犯」

ちょっちょっちょっ待て。待ってくれ。それって覗きじゃん。バレたら修羅場確定じゃん。いやバレる以前に助の血管が切れて告白の真っ最中に飛び出していく可能性の方が高いじゃん! 嫌だ! 俺は平和主義者なんだ! いくら助の頼みといえど、断固抗議するぞ!

「勝手に帰ったら明日から柊穂高は熟女好きだって触れ回るからな」

「……お供させていただきます」

この男、やはり悪魔である。


緊張しているのか、体を小刻みに揺らしている藤花を助は仏頂面で見ている。無論、藤花からは視覚になる位置からだ。彼女が提示された時間のきっちり五分前に現れたことがそれなりに、結構、ものすごく面白くないらしい。なんですっぽかさないんだ、ってさっきからぶつぶつうるさい。

そして間もなくして、一人の人物が藤花の前に姿を現した。

「——篁さん」

「えっ。先生?」

三十分ほど前に教室で別れたばかりの、俺達の担任だった。

「すみません、私人を待っていて」

「その相手、実は僕なんですよ」

「……え?」

「僕が篁さんの靴箱に手紙を入れました」

藤花は驚きすぎて硬直したらしいが、この位置からではその表情を見ることはできない。

担任があのラブレターの主だと? まさか、そんな馬鹿な。だって担任のフルネームは——加納巽。T・K。

そうか。てっきり生徒が書いたものだとばかり思いこんでいたが、あの文面には生徒を示唆する言葉はどこにもなかった。それにあの敬語は、十代男子としてはいささか不自然ではなかったか。

いや、藤花に想いを寄せている人物が教師だったことは俺にとってそこまで大きな問題じゃない。教師と生徒であろうとも恋愛は自由だと思うし、助は教師だろうと生徒だろうと、例え五歳児であろうとも黙っているはずがないのだ。

問題なのは教師ということではなく、加納巽だということである。

「え、えっと? それはどういう」

「君が好きです。僕の愛人になってくれませんか」

「…………あい、じん?」

俺は絶句した。担任の周囲からの評価は温厚・正義感に厚い・生徒思いといった感じで、間違ってなくても愛人などという単語が口から飛び出してくるような人間じゃない。

「ちょ、ちょっと待ってください。先生って婚約者の方がいらっしゃいますよね?」

そう、俺が問題視しているのはそこだ。SHRで婚約を発表されたのはつい一週間前のことだ。あの時はこれい以上ないってほど幸せそうな顔をしていた。

「ええ。だから愛人だと言いましたよ」

「何を言っているのか全然分かりません。お断りします。私、他に好きな人がいるので」

藤花に好きな人? 初耳だ。この手の話には興味がないもんだとばかり思っていた。

相手はいったい誰なんだ——そんな俺の疑問は、次の担任のセリフで吹き飛ばされた。

「好きな人っていったって、高校生の子どもでしょう? 経済力なんてないも同然だ。僕なら君をどこへでも連れて行ってあげられるし、なんでも買ってあげられますよ」

あ、あの男……! 怒りで頭が沸騰する。

ある意味で担任も二重人格だったっていうわけか。他人に無自覚に危害を加えようとしている分、助よりも質が悪いかもしれない。

「……お話はそれだけですか? 私、帰ります」

回れ右した藤花の肩を、加納が掴むのが見えた。

「離してください、何するの、触らないで!」

そして耳のすぐ傍でシャッター音が響いた。俺じゃないってことは、カメラの主は一人しかありえないわけで。

俺は今度こそ驚きで声をあげた。その主が二人の間に飛び出していったからだ。

「あれ藤花ちゃん、こんなところで何してるの? 探したよ〜」

「助!? どうしてここに」

助が加納の手を引き剥がしたところで、俺も遅ればせながら登場する。加納が怯えた表情で飛び退いたのが滑稽だ。

「早く帰ろう? ぼくお腹空いちゃった」

「おい吾妻、今は僕が彼女と話をしているんだ! 勝手に割って入ってくるな!」

文句を垂れる加納はまるで存在していないかのようにガン無視である。

「ホットケーキ! 今日のおやつはホットケーキがいいな」

助が藤花を隠すように抱きしめた瞬間、藤花の顔がトマトみたいに真っ赤に熟れた。感情の起伏が分かりづらい彼女が、ここまで表情を変えるのを初めて見た。不安そうに泳いでいた右手が助の袖をつまむ。——ああそうか、藤花が好きなのは。

「……うん。分厚いの作るね」

「ほんとう!? ぼくあれ大好きなんだ!」

「お、おいお前ら!」

「加納先生」

二人に伸びかけた加納の手を咄嗟に掴んだ。

「あなたには失望しました。篁さんは俺達で連れて帰ります」

「っ!」

よかった。藤花の好きな相手がこんな馬鹿な男じゃなくて。幼馴染でよかったと思うってことは、俺もなんだかんだいって助のことが好きなんだろう。


「助! いったいどういうことなんだよ!? お前の仕業なんだろ」

昼休みのいつもの生徒会室で詰め寄ると、何が? なんてとぼけた返答が返ってくるものだから、ますます怒りが助長される。

「決まってるだろ、昨日の今日で依願退職とか!」

今朝、担任は教室に現れなかった。代わりに教壇に立ったのは式典の時ぐらいしか顔を見ない教頭で、「加納先生は昨日付けで依願退職されました」と告げたのだ。クラス内は事故で死んだとか事件に巻き込まれたとか様々な憶測が飛び交ったが、本当の理由に心当たりがあるのは俺と藤花と助の三人だけだ。

藤花は昨日とはうってかわって真っ青な顔をしていた。藤花のことだ、自分の言動が担任の人生を狂わせてしまったとか考えているに違いない。

「……なんだアイツのこと。俺の前で加納の名前出すのもうやめてくれるか、虫唾が走る」

「お、お前……」

「手元にたまたま、先生がセクハラしてる瞬間の写真があったんだよ。それでちょっと聞いてみたんだ、『先生はどんな誠意を見せてくれるんですか?』って」

それは質問じゃなくて脅迫だッ!

しかもそれをぶりっこキャラで説明するのか、語尾にハートをつけるなハートをッ!

「……よく分かったよ。お前はそういう奴だよな……」

俺は深く項垂れる。別によくよく考えなくても、藤花以外人間と認識していないような奴が、あの現場で関係を見せつけた程度で済ませるわけがないのだ。これ以上藤花に野郎を近づけさせないためとあらば、脅迫ぐらいのことは多分なんとも思っていない。藤花に降りかかる危害を排除できるのなら、こいつは犯罪に手を染めることだって厭わないのかもしれない。——背筋が震えた。

俺は助と幼馴染であることを、初めて有り難く思った。人生において、この男だけは敵に回してはならない。

「そんなことより、問題は、だ」

そんなことって言った! 脅迫の事実をそんなことの一言で片付けたぞ!

とは思ったものの、本人にとっては大問題のようなので一応耳を傾けることにする。

「ああ、そうだったな。それが?」

「あれってお前のことだと思うんだよな」

「Why!!!?????」

あまりの暴投に、口にしていたペットボトルのお茶を盛大に吹き出した。

「ちょっ、きたねーな」

「なんで!!!????? 何がどうなってそういう結論に至った!!!?????」

「……だって藤花が普段話す男って言ったら俺と穂高ぐらいのもんだろ」

お前がな! 故意に邪魔してるからな!

「いやいや、なら助の可能性もあるわけじゃん! なんで俺!?」

「俺は普段可愛いキャラで通してるし、ああいう男ってモテるタイプじゃないだろ」

「いやいやいや!」

助が昨日抱きしめた時、藤花顔真っ赤にしてたじゃん! それ以前に好きな相手でもなきゃ大人しく抱きしめられてるわけないじゃん! 絶対お前のこと好きじゃん! 普段暴君なくせに何でそこで遠慮ぶるわけ!? 意味が分からん!

というかモテないって思うなら最初からぶりっこキャラなんて作るなよ!

「相手がお前じゃなきゃ簡単に蹴落とせるけど、お前だとそういうわけにもいかない」

うわー! うわー! 藤花さん、あなたの好きな人蹴落とすとか物騒なこと言ってますよ!

「ちょっ待って! 俺平和主義者だから! お前と戦いたくない! 俺がお前に勝てる要素は何ひとつない! というか俺は助と藤花がお似合いだと思ってるから、二人が両思いになったらすっごいお祝いするから!」

「まあそう焦るな。長い戦いになるだろうから……な?」

助が藤花お手製の弁当をつつきながらにっこり笑う。

やだこの子話通じない。怖すぎる。おしっこちびりそう。

もう一度言おう。吾妻助は悪魔である。この男と幼馴染でいたって、ろくなことがないのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ