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05 機械魔女

「ここまで風化してると、もう図書館っぽくはないね」


 白亞(はくあ)とともに『遺棄指定区画(イリーガルブロック)』の奥へと進みながら、鎖鳥(さとり)は徐々に趣が変わっていく周囲への感想を口にした。


 樹々の手足たちが無秩序に伸びていて、どこを見やっても緑ばかりだ。道を塞ぐ倒木のようなものがいくつもあり、書架のほとんどは蔦や根に埋もれて用を成していない。完全に廃墟と呼んで差し支えない風情だった。


「それは的を射ているかもしれません。これだけ書架迷宮に侵食された()()は幻想図書館と呼ぶに相応しくない状態ですから。半ば迷宮と化していますし、魔も『幻想因子』と結びついて顕現し放題です」


 鎖鳥が意識下に常駐展開した術式でも、危険な存在が周囲に潜んでいるのを知覚できていた。()()()を変えるために安全なルートで移動すると白亞は言ったが、緊張を拭い去ることはできそうにない。


「それに、これだけ荒れてしまえば司書の手にも余ります」

「司書? ――白亞がそこまで詳しいのは、この図書館の司書だから?」

「――いいえ。私はそんな立場にありませんよ。ここでの暮らしも長くなりますから、詳しいのは否定しませんけれどね」


 曖昧な笑みで応える彼女を相手にそれ以上の追求はできず、鎖鳥は視線を逸らして言葉を探した。


「妙ですね」


 不意に、白亞が周囲に視線を巡らせながら言った。


「『薄っぺら』対策の隠蔽式にほころびができています。そんな半端に組んだつもりはないんですけど……。すみません」


 それはほとんど独り言のような呟きで、彼女は鎖鳥を見ていない。


「少し、手直しをしてきます。すぐ戻りますので、動かないで」


 告げる時間も惜しそうに、白亞は背後の薄闇へと引き返し始めた。

 石床を打つ靴音が遠ざかり消えてゆく。

 そこでようやく鎖鳥は、書架に囲まれた暗がりの続く通路に一人残されたのだと実感した。静寂だけが身を包む。


「動くなって言われても――」


 重苦しさから息を吐く。意識下に展開した『地図(マップ)』に映る動体反応の光点は近寄る気配を見せないが、だからといってくつろげるはずもない。


(もしかしてこの対処も訓練のうち……? だとしたら――)


 鎖鳥は脳裏に浮かんだ考えに口元を歪めた。


「随分と意地の悪い――いや、僕の要望通りか……」

「それは勘繰りすぎというものじゃあないかな」


 奇妙な声は突然に降ってきた。


「そろそろ大丈夫かなっととと」


 慌てて鎖鳥が見上げると、そこには魔女のような機械のような――なにかがいた。

 それは(ほうき)に足を引っかけ、逆さの姿で空中に浮いている。


「キミの驚きようも随分滑稽だけれど、ハクア嬢も相当焦っているね」


 人のようなそれは、見透かした物言いでけらけらと笑っていた。


「誰だと聞きたい顔をしているね。それも当然か。教えてあげよう。こう見えて語るのは嫌いじゃないんだ。かれない喉をしているしね」


 ひとしきり笑うと、くるりと箒に腰をかけ、鎖鳥と目が合う高さまで下りてくる。


「ワタシはキナ。機械魔女のキナ。見てのとおり機械で魔女さ」


 身構える鎖鳥の間近で笑む相手は人間ではないなにか。


 細長い手足はどこか歪でからくり人形を思わせた。魔女帽子の下にある顔は無機質ながらも精巧で、ガラス細工のような透く瞳には揺らめく蒼焔が燈っている。


 精緻で奇妙な存在は、確かに機械で魔女だった。


「僕に、なんの用――?」


 屠ってきた魔物たちとは明らかに異質な()()。意識下の『地図』にも正体不明(アンノウン)と表示されている。特異な存在を前に、けれど鎖鳥は逃げ出す道を選べずにいた。

 蒼焔の眼が心境を汲んだように細められ、機械魔女の口端は満足げにつり上がる。


「賢明だね。ワタシは強い。キミは弱い。逃げたところで意味はない。そして、ワタシに襲うつもりがあるのならば、いまキミがこうして立っていられるはずがない。話を聞いてくれる相手は嫌いじゃあないよ」


 鎖鳥が促すように視線を送ると、彼女は道化のように大げさな頷きで応じてみせた。


「それをキミに渡すくらいだから、今度こそ本当に最後のつもりなのかもしれない」


 鎖鳥の首元――、魔除けの首飾りを指して機械魔女のキナは言う。


「最後?」

「その書片(フラグメント)を失っても構わない。つまり、ハクア嬢にはもう時間がないということさ。誰もが愚かだからこんなことになる。時間切れを目の前にしなければ決断すらできないなんて、本当に、とてもとても愚かなことだよ。だけどだからこそワタシが――、いや、そんな話よりキミのことだ」


 感情の読みにくい機械魔女の目が鎖鳥を見る。


「キミは()()()とやらと縁があるんだろう? 彼も()()に喚ばれているよ。さっきワタシがこのガラスの目玉で確認したから間違いない。『必ず帰れる』なんて言いながら他の二人の『図書委員(お仲間)』を励ましていたね」

「委員長……?」

「うむん。ワタシの見立てだと彼は頼りになる。間違いなく資質があるタイプの『喚ばれた者(アストレイ)』だ。ここで生き延びる素質もありそうだし、あるいは本当に帰ってしまうかもしれない」


 思い当たる人物像を思い起こして、鎖鳥は思わず肩を竦めたくなった。


「ああ、うん。委員長ならそうかも。そうだとして、なにも不思議に思わないや」

「喚ばれる前から優秀なタイプか。なるほどね。しかしその言い様だと随分と傾倒しているように聞こえるけれど、いいのかい?」

「別に。凄い人だとは思うけど、それだけだよ」

「ふむん。なるほどね」


 反射的に否定した鎖鳥の前で、箒から降りた機械魔女が手近な枝へと手を伸ばした。


「クチカギくん。キミは――」


 名乗ってもいないのにどうして――という疑問は即座に消えた。

 言動を鑑みれば明らかだ。

 鎖鳥の知らない間に、見られ、聞かれているであろうことは見当が付く。


「――現状を理解しているのかい?」


 書架から這い伸び、樹皮は苔に覆われ、枝分かれした枝先――。

 それを彼女はそっと撫で上げる。


「キミが選ぼうとしている道は異端だ。この幻想図書館に喚ばれた者は概ね帰ろうとするものだし、そのための道ならば用意もされている。少しばかり陽炎の先といった感じではあるけれどね。あるいは腐葉土に埋もれるまま隷属の道を選ぶのも分かりやすい。キミたちはここに『喚ばれた者』として在るだけで()()()に振り分けられているのだから、労働奉仕者(ワーカー)たちより余程恵まれているよ」


 折れそうに細い枝先を弄んでいた指が静かに止まる。


「ま、送還式の実行が難しいことを考慮すれば――やはり隷属の道が幸せだろうとワタシなんかは愚考するけれど。さてさて」


 枝先を指で弾き、


「それでもキミはハクア嬢に関わることを選ぶのかい?」


 機械魔女は蒼焔の燈るガラスの目玉を鎖鳥に向けた。


「――選ばない理由がないよ」

「消極的な肯定だ。面白くないね」

「お前に僕のなにが分かるっていうのさ」

「さてね。けれど、錆びそうになるほど生きたワタシから言わせてもらうなら。キミは少々迷い足りていない。ゆえに――、試させてもらうよ」


 どこまで本気か分からない口調で、やはり笑いを含ませながら彼女は宣言する。


「ああ、それと。ワタシのことは気軽にキナと呼んでくれて構わないよ、クチカギくん」


 ふわりと数歩の距離を後ろに跳んで、気さくな態度のまま――キナは腕を振った。


「【捏印】。従いて、芽吹き歪め」


 弾けた光に目を細める鎖鳥の前で、一本の枝先が姿を変えてゆく。

 捻じ曲がり、膨れ上がり、新芽が開きでもするように――無数の枝が溢れ出る。


 それらが絡み合いながら形を成していく時間は一瞬だった。


 視線の先。『遺棄指定区画』の風化した書架通路に、灯り花の光が人に似て非なる輪郭を浮かび上がらせる。鎖鳥の身の丈を軽く越える巨体。攻城兵器を思わせる威容が、そこに生まれていた。


「キミを追うには少々のろまな樹絡人形(ウッドゴーレム)だけれど、この戦いを拒否して逃げるようなら――ワタシがキミを焼いてみせる。覚悟するといい」


 機械魔女の宣告に追従して巨体が動く。

 破城槌に劣らない巨腕の一撃。それを鎖鳥は咄嗟に避ける。

 至近を奔る風になぶられた直後、石床を割る音が耳朶を打った。


(――ぱないって!)


 術式を多重に行使しすぎれば、まとわりつく『重い』感覚が致命的な遅れを招きかねない。不要な補助式を()()()、鎖鳥は意識下に感覚鋭化と身体強化の術式だけを残して常駐させる。


「他人の望みを叶えることがそんなに大切かい? ――なにがキミをそうさせる?」

「なにがって――」


 樹絡人形の巨腕を避けることに必死で、考え込む暇を得られない。

 浅く途切れがちな思考。

 断片的でつかめない感情が、湧き上がっては泡のように消えていく。


 ――待って! 待ってくださいと言っているんです!

 ――鎖鳥さんの力を必要としています。他の誰の手も借りられないことです。

 ――変わっていますね、鎖鳥さんは。

 ――でも、信じています。私は鎖鳥さんに期待します。


(こんな場所で、こんな僕なんかに期待して――)


 鎖鳥はきつく拳を握る。


「僕に望んでくれて、僕を見てくれたから、だから応えたい。それのなにが悪い!」

「悪くないさ」


 キナは視線を鎖鳥に向け、「それが本心ならね?」瞳に燈る蒼焔を揺らした。


「だからお前なんかに、僕のなにが――!」


 吐き捨てながら床を蹴り、樹絡人形から距離を取る。


「キミは自分が唯一無二の何者とも比べられない特筆すべき存在だとでも思っているのかい? 類型に落とし込めず、誰にも理解されないほど逸脱しているとでも?」


 頭に響く声音を、鎖鳥は集中を乱すための戯言でしかないと振り払う。

 樹絡人形の攻撃は威力はあるが単調だ。


(それなのに逃げ出すことを許さず試すって言うのなら。出題の意図は――『惑わず戦える冷静さを見る』ってあたりかな)


 だとすれば、言葉遊びに付き合うのは泥沼でしかない。

 鎖鳥は腰の裏に下げた革製の書縛(ブック)ホルスターへと手を伸ばした。

 収められているのは白亞から渡された『魔学書(コーデックス)』。魔法を帯びる物語が綴られたそれに軽く触れ、詠むべき言葉に意識を向ける。


「抜粋編纂――」


 起点となる言葉。

 同時に、意識が収めた『魔学書』と接続(リンク)する。


 大振りな木製巨躯人形の腕から逃れ、からかうように煽る機械魔女の声を頭から追いやった。必要な力を得て――結果を導くために、鎖鳥は認識した周囲へと、詠むべき物語の光景を半ば重ねるように想起してゆく。


「『断ちて断ちて(かばね)を積み上げよ』」


 選んだのは白亞から初めに教えられた術式で、容易に構築できるそれは、だからこそ研ぎ澄ませるのに最適だった。

 淀みなく流れる幻想因子の動きは心地好いとすら表現できる。血の巡りにも似た『よく分からないけど感じられるなにか』が確かにそこにある。


「『喝采の庭に緋朱の花を』『(つい)の口上は群集には届かない』」


 描き連なる光の文字列に血塗れた情景を幻視しながら、その力の発現先を腕を伸ばすことで集束指定する。意識を向ける。重なる世界を(おも)う。


 闇と光が交ざる書架通路で、向かってくる虚ろな樹絡人形()と目が合った。


「【compile(こんな)/convert(ところで)】――、終われはしないから」


 強く、けれど静かに鎖鳥は告げる。

 術式が奔り始めてしまえば、それはスイッチを入れた機械が勝手に動き出す感覚に近かった。『魔学書』の作る回路(サーキット)を幻想因子が流れ巡る。


 樹絡人形の動きが不自然に止まった。――処刑台に送られたかのように。

 即座に高速で落ちるなにかの擦過音が響いた。――重く鋭い鉄塊が引き奔るように。


 首がずれ落ちる。


 組み上げた攻性式が刃となって奔り、樹絡人形の首を(たが)いなく刎ねていた。

 形を保てなくなった木製の巨体が、解ける紐のようにばらばらになってゆく。


「僕に適性があるって意味も、少し分かってきた気がするよ」

「ろくにスキルを使えない『喚ばれた者』用の力が『書術(ビブロクラフト)』のはずなのだけれど。珍しいタイプだね、キミは。ハクア嬢に相応しいとは言わないが、まあ、その力は悪くない」

「試験はおしまい? ()()()()


 皮肉混じりの殊勝さで、鎖鳥は肩を竦めてみせた。


「ひとまずはね。けれど赤点さ。追試は覚悟しておきたまえ。ま、その前に――精々『薄っぺら』の癇癪で殺されないよう気をつけることだね」

「知ったようなことばかり言って。結局なにがしたいのさ」

「語ってもしかたがないことだよ。ワタシの論理はワタシにだけ通じればそれでいい」

「――勝手すぎる」

「そう思うのならば、不満を通せるだけの力を手にすることだね。キミは弱い」


 思い上がらないことだと釘でも刺すように、キナはけらけらと笑った。


「さて、ハクア嬢が戻ってくる前にワタシは退散するよ。ではまた、クチカギくん」


 言って、背を向けた機械魔女は闇を纏ったように溶け消える。

 残された鎖鳥の耳に白亞の靴音が聞こえ始めたのは、それからすぐのことだった。

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