6 同好会への勧誘。続
「俺は――厨二病の真似事をしているだけだ」
「ソウダロウ……゛エッ」
俺の予期せぬ発言に、驚きを隠せないといった様子の少女。鈴を張ったような目をさらにぱちくりとするさまも中々に可愛い。
喉を叩きながらダミ声を上げるとは、思った以上に器用な奴だ……いやもとい、そうではないか。流石の俺もそれぐらいの空気ならば読める。
「俺は真実を言ったまでだが、何を驚いているんだ?」
「イヤダッテ、普通ハ否定シタリ反論申シ立テタリスルトコロダロウココハ。ソレヲアッサリ認メタカラ、ソノ、拍子抜ケトイウカナントイウカ……」
誰の目から見てもどんどん立場が悪くなっているな。何だか素にもなってきてるし、自ら墓穴を掘るほどに追い詰められている証拠だろう。しかし、それでも俺は彼女に対しての言及を止めない。
「この局面を否定したところであっさり論破されて終わりだ。だったら初めから首肯して聞き分けのいい奴を演じたほうが、何倍もましだと、俺は思う」
「……」
納得したのかはたまた俺の発言を汲み取ってはいないのか定かではないにしろ、尚のこと口を噤んでそっぽを向いたことから、最低限伯仲した状態からは解放されたようだ。
「……やるわね」
現代における軍の庭を傍観していたツインテ娘が、感心したように呟いた。
……いやいや、百歩譲ってやったとしても別段褒めるべき謂れはないだろ。着眼点を履き違えているんじゃないのか? あくまで、当然の応対をしたまでだぜ俺は。
「……それじゃあ続きのほうを頼む」
「了解ッス」
ビシッと額に手を当て敬礼のポーズを取る黒服女は、
「え~と、次は後者ッスか。長くなるかもだけどご了承あれ。んと、転校早々ってのはすぐにでも面子を揃える必要があったからなんスよ。創ってすぐに部活に成り上がるのは非っ常に極稀なケースなんスけど、まぁオレらは弱小なんで当然同好会からのスタートで、同好会の手順を踏むにしても必須事項として頭数が最低五人は必要、さらには顧問も要求され、面倒なことに部室の確保も」
「ん、ちょっと待て」
熱弁を奮うところ悪いとは思いつつも、横槍を入れて語りを遮る。
「少し引っ掛かったんだが、面子が五人必要って現状足りてなくないか? 仮に俺を含んだとしてもここにいるのは全部で四人。あと一人はどこいった」
「と思うじゃん? これも限りなく定番ッスね。実のところ、この場にはいないッスけどもう一人は確保済みだったりして。今現在ぶらり一人旅に暮れているだけで、週明けには顔出すんじゃないッスかね~」
「適切とは言い難い返しだけど、ま、あの人に関しては放浪癖があるから仕方のない話ね。あっ、因みに一年上の先輩で、性別は男。ハーレムにならなくて残念だったわね」
「神ノミゾ知ル。ミステリアスガールナラヌ、ミステリアスボーイ」
三者三様にまだ見ぬもう一人の特徴を挙げる。似通ってはいるが、全員の意見を参考にすると、フリーダムな不思議生命体といったところか。いや生命体は蔑ろすぎたな、これではまるで本物の宇宙人のようだ。宇宙人。もどきなら既に現存しているが。
「ということは部員に関してはクリア、と」
「気が早いのは大変結構。但し部員じゃなくて会員ッスけどね。因みに言い忘れてたことでの補足、顧問の確保はとっくに済んでいるし、部室の交渉も顧問を仲介に終わってるッス」
「……思い当たる節以前に、ホントのホントに残りは会員だけってわけか」
「つまりはそういうことッスね」
「……」
ふむ、と俺は顎に手を当て、視線を落として考える。
ここまで用意周到に、それも下準備も完璧ときている。なかなかどうして大したもんだ。
どうやら俺は力量を見誤っていたようだ。なんというか、もう少し雑というか見くびっていた点については素直に反省しなければならない。
考えを改めることにして、再び俺は彼女らを見る。
日の沈みが遅くなる一方、未だ燦々《さんさん》と照りつける太陽の日差しを背中に浴びて、開いた窓から侵入する一陣の風にそよぐ着衣から目を背け、俺はこの微妙にシリアスなムードを一変させる手段を強行することにした。
「……っぐわ!? うぐ、ぐがぁぁ!」
なんの前触れもなく緑内障発作でも起こしたかのように、右眼の辺りを押さえて膝から崩れる俺。
「はぁっはぁっ、ぐっ! があぁ!」
とっくの昔に記憶から忘却していたであろう、未だ継続して装飾を怠らなかった眼帯をむしり取り、身悶えして無様にうつ伏せ、それからごろんと仰向けになる。
――ここにきて再度生かされる設定『邪眼保有者』。
見せつける相手が事情に疎い一般人であれば「!?」と驚きを露わにし、理解に苦しむこと然りドン引きの嵐が巻き起こること相違ないが、いかんせんこの面子が相手では、突然目の前で腕がポロリするなどのレベルでなければ通用しそうにはない。
因みに今の台詞で勘付いてはいるだろうが、無論、これは釣りだ。通常の海に挑む魚釣りではなく、インターネットスラングのほうの釣り。実際には痛みなんて皆無だし、俺の体を蝕んでいる病が発症したわけでは断じてない。要自作自演。
「……」
思った通り、三人は一瞬びくっとはしたものの、その後の経過順調と言わんばかりに、普遍的な態度を保っている。切り出すなら今、このタイミングこそが最大のチャンスだろう。俺はこれ以上ないくらい気を引き締めた。
「……俺なんかでいいのか」
声のトーンは一定に抑えて、淡々と言葉を紡ぐ。よっという掛け声の元、俺は上半身を勢いよく起こして、
「厨二病全開のこんな痛い奴を引き入れるなんて、お前らどうかしてるぜ。ああそうだ、正気の沙汰じゃあない」
ある意味では自虐的に自身を貶してはいるものの、既にネタバレは済ませているため、思いきって割り切ることにする。
「もう一度訊くが、変人のレッテルを張られてもおかしくはない今の俺を、本当に招き入れるつもりか?」
「――もうまんたいっ!」
間髪入れることなく、声を荒げて黒服女が叫んだ。
その他を圧倒する破竹の勢いに、俺は双眸を見開いて、次に発せられる彼女の言葉をのたまった。
「そんなちっちゃいことを気にするなんて男としてはあるまじき! 器の小さい奴だなって一蹴されるのが落ちッスよ」
「えっ、あっ……そうか」
女の目線から見た話だから、実際にそう思われたんだろうな。そこはまぁ、意識を強めて心掛けよう。
「そうッスよ。厨二なら厨二でドーンと胸張って構えときゃいいんス。むしろアピールの過去として突き進めばなおよし。オレらを見習っても~っと前向きになるッス」
「……おう」
なんだろう、彼女の真摯な言葉に物凄くジーンときたぞ。俺の胸の内に秘めたる想いにまで届いたような力強い言葉だ。
だがしかし、ここで勘違いしていけないのは彼女の台詞をそっくりそのまま受け入れてはならないということ。少しでも頭を捻れば解ることだが、限界まで粘るに粘って……んん?
と、このタイミングで俺は黒服女の言葉を反芻する。俺らを見習って、それは自分たちが変人であることを認めているようなものではないのか?
自覚があったのかと驚く反面、短所を味方に付けた俺はやおら一同を見回して、
「それもそうか」と口火を切った。「俺自身十二分に痛い奴だなと自負してはいたが、正しく上には上がいたわけだ。こればっかりは素直に感服するぜ」
俺の意図することを理解したのか「なにが言いたいのよ」とツインテ娘が茶々を入れる。
それに対して俺は本心からの思うところを告げた。
「わざわざ喉を叩きながら発声する宇宙人もどきに加え、ツンデレではないように見せかけた実はツンデレのツインテ娘、そして最後にはオレ口調ッス口調の奇妙奇天烈な黒服女が鎮座ましましているわけだ。こんな濃厚すぎる面々に比べたら、俺なんて路傍に転がる石っころに思えてくるぜ」
とここで一旦区切ってわざとらしく言葉を含んでみせ、
「まだまだレベルの低い俺でも良ければ是非歓迎を」
「ねえ、こんなの別に入れなくてもいいんじゃない?」
「うーん、オレもそんな気がしてきたッスね」
「思イ違イダッタ」
「ちょっ!?」
あれ、なんだこの展開。ここまできてこの仕打ちとはいかにせん、いくら自業自得といえどあんまりだ!
「いや悪い、スマン。調子に乗った。だがもう一度! ワンチャン! ワンモアタイム!!」
「……いや別に本気で拒んでるつもりはないんスけどね。ちょーっちピキッときたのは事実ッスけどね」
笑っているが目は怖い。
はい、以後気を付けます。要反省。
「……それにしてもここまで必至になってやる気アピールするなんて、相当この同好会に入りたいようね」
「ン?」
「ソノ意思表示ハ、プラストシテ汲ミ取ロウ」
「……」
確かに今思い返してみてもどうしてあそこまで必至こいて居続けようとしたのだろうか。今までの俺ならあのノリは絶対に有り得ない。もしかしたら、今日一日で少しずつ俺の心境が変化しているのかもしれない。
「…………」
三点リーダをさらに重ねて、この結論に答えを見出すべく沈思黙考、自問自答を開始した。
今までの俺は人付き合いを拒んで自らの殻に閉じこもっていた。まぁ今だって決してオープンとは言えないが、それでも岩戸が開きつつあるのもまた事実だ。転勤族であるが故の悲しさが、比喩してメンタルの強い奴なら転校するたび知り合いが増えて経験値も増して一石二鳥! は言い過ぎにしろ、それでもうまい具合に割り切れる奴も、当然中にはいることだろう。十人十色、そこまでの強靭な精神を持ち合わせない俺は、一番最低な逃げをしていた。過去には戻れない、悔やんだとしても今更すぎる話だが、今現在先の見えるトンネルの中を歩き続けているわけだし、未来を向くことはできるわけだ。綺麗事を並べているだけだと重々理解しちゃいるが、できることなら俺も割り切って前を向いて歩きたい。今からでも、遅くないなら、俺だって……っ!
「……最後にもう一度だけ訊くぞ」
息を凝らして唾を呑み込み、ギュッと握りこぶしを作る。
ある意味で緊張の一瞬を覚えながら、俺は三人を交互に見つめたのち、のたまった。
「本当に、俺が同好会に入ってもいいんだな?」
俺の言葉に、心なしか三人の顔が綻んだ気がした。それは俺の見間違い、本当は綻んではなかったかもしれないが。
「もちろん、いいに決まってるじゃないスか」
「そうよ、私たちがいいって言ってるんだから、四の五の言わずに入ればいいのよ」
「歓迎スル」
「……解った」
三者三様に俺を認めた返しをして、思わず目頭が熱くなるのを感じた。決して涙脆いわけではないのに、受け入れられたこの抱擁にも似た感覚に、俺は下唇を噛んだ。
ここまできたら、後戻りはできないだろうが、今の俺にはその選択肢すら見受けられなかった。
「俺、緒方珊瑚は、オタク同好会に入会することを、ここに宣言する!」
今回で最終回となります。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。
よろしければ他の作品も是非楽しんでいってください。