4 気分は黒服サングラス。
一体俺が何をしたというのだろう。
六限目が終わり放課後を迎えるまで、俺はそんなことばかりを慮っていた。
ひたすら頭が痛むのは俺の思考能力が乏しいからか、今更自分にない能力を恨んでもどうこうなるわけでもなしに、ともかく、俺が転校してきたのは今日の話だ。目立った行動を起こしたのは精々自己紹介の時ぐらいで、それ以外においては自分でいうのもなんだが、節度ある振る舞いをしていたように思う。自覚している限り、恨まれる謂れは何一つとしてない……はず。くそう。断言しきれないのが悲しいところだ。
教室掃除がなされ自然と追い出される形となった俺は足早に廊下へと出て、正直やることもないのでそろそろ帰ろうかと階段の方へ体を向け直したところ、この空間――なんの変哲もない廊下だけどな――に不釣り合いな出で立ち、黒いスーツに身を包んでこれまた黒のサングラスを掛けた男、いや女か? よく見ると胸には僅かな膨らみが。頭髪に至ってもストレートに背中の真ん中辺りまで下ろして、あろうことかこちらへと歩み寄っていやがる。なんだなんだ? あまり穏やかな雰囲気ではなさそうだ。
身構えする俺の元までやってきた女は、まるでどこかの諜報員のような立ち振る舞いで軽く一瞥すると、
「コングラッチュレーション!」
パチパチパチパチ。――流れもへったくれもなく、出し抜けに拍手をし始めたのだっだ。
当然俺の頭上には疑問符が旋回し、とてもじゃないが理解が追い付かずはずもなく、自然とこめかみの辺りが痛み出した。
「え、なに、何なんですか?」
一般人程度には狼狽して、今現在どういう状況に置かれているのか把握しようと試みる。しかし、それでも彼女、黒ずくめの女は凛とした姿勢を崩すことなく、
「コングラッチュレーション……っ!」
彼女をバックに『ざわ…ざわ…』とあるところで流行った擬音が今にも聞こえてきそうな風情であった。と同時に、偏頭痛並みに俺の頭の痛みが加速したのもこれまた事実だ。
「……」
ついには俺は呆けた表情を浮かべて困惑通り過ぎ消沈。そのためいつの間にやら背後から詰め寄っていた二人の存在に気付くのが、少しばかり遅れた。
「ちょっとちょっと、ほどほどにしといてやんなさいよ。彼困ってるでしょ」
「ソコニハ、我モ同意スル」
どこかで聞いた覚えのある声が掛かり、俺はくるりと振り返った。するとそこにはやはり見覚えのある二人組の少女の姿があった。
一人は二限目の放下に突如として俺の目の前に現れた謎の宇宙人少女、もとい、高圧電波垂れ流し人間。それからもう一人は仏頂面のツインテ女、またの名をエセツンデレ。彼女らの接点は? なぜ一同に介したんだ? 疑問は深まるばかりである。
「あれ、二人とも遅い登場の上に制服姿のままじゃないスか。オレの指示した手筈と異なるし」
急に流暢に喋りだす黒服女。元々は饒舌なのかもしれないが、オレ口調の女なんてリアルに初めて見た、とか悠長に事構える場合じゃないな。俺手ずから割り込みに掛かる。
「おい、これはどういう」
「嫌よ、そんな恰好。いちいち着替えるのだって億劫だし、それにこんな回りくどいことせず単刀直入にさ、正攻法でいけばいいじゃない」
むう、ものの見事に遮られたな。無視するのも無視されるのも慣れっこではあったが、今だけはかまってちゃんの気分になりたいぜ。
「それは聞き捨てならないッスね」
気に食わないと言わんばかりに黒ずくめの女が再度口を開いた。
「コスプレを否定するような言動に加え、回りくどいとか言うんスか? はぁ~~、これだからにわかは……」
どこか呆れたように、そしてぶっきら棒に吐き捨てる。
「マモもナギを見習ってコスプレの偉大さに目覚めればいいんスよ。あの洗練された立ち振る舞いは、このオレでさえ惚れ惚れするッス!」
そう言ってくねくねと体躯捻らせる。
「我ノハ、コスプレ等デハナイ。断ジテ」
「……まぁナギのことはさておき」
脇にでも置いておくようなジェスチャーを取って、
「ともかく、結論から言うとマモは空気を読むことから始めないと駄目ってことッスね。にわか乙!」
「……ふーん。ハル、身の程も弁えずに好き放題言ってくれるじゃないの。言いたいことはそれだけかしら?」
こめかみをピクピクと揺らして眉を吊り上げているツインテ娘。その様子からは怒りが沸々と込み上げている様しか汲み取れない。いや正にその通りだろう。
「今まで我慢してきたけど、今日という今日は絶っっ対に許さないんだから!」
「よろしい、ならば戦争だ、ッスね。わかります」
握り拳を作ってポキポキと音を鳴らすツインテ娘に対して、傍から見てもどこか楽観的で卑しくもにやついた黒服女。
いったいなにが始まるんです? という脳内に流れるボイスに返答、売り言葉に買い言葉は相性が悪いとあれほど……いや一言も発してすらいないけどね? 戦争とか物騒な単語を使うぐらいだから(無論元ネタは把握している)、女同士の醜い喧嘩が繰り広げられそうな予感だ。それが口喧嘩かあるいは肉体言語かは定かではないが――
「こんのいっつも卑猥なことばっかり言う変態! 下ネタ大魔王!!」
「そんな風に思われていたのは甚だ心外ッスね。しかしまぁ強いて返してやるとすれば、さしずめ君はブリっ子、歩くパイブ少女、ッスかね~?」
「~~っ。あんたなんてド変態よ! 痴女よ! バーカバーカ」
「あら~、化けの皮が剥がれてきてるッスよ? マーモちゃん。さっすがパイブ時期社長。発言のレベルもそれに等しくなってきてるッスね! うふふ」
「~~~~っ!!」
…………。
どうやら見たまま前者の口喧嘩がおっぴろげられたようだ。それにしたってツインテのほうだが、どうにも煽り耐性がないに等しいな。完全に黒服女のペースと化していやがる。初め俺に向けられていた矛先もどこへやら、今では蚊帳の外にまで追いやられている。
現時点で放課後だけあって廊下には俺達以外の誰の姿も認めることができない。だというのにも係わらず、甲高い声による反響が生じここ一帯に限り、一種の喧騒と化していた。
「不毛ナ罵リ合イ」
「うおっ!?」
いつの間にか俺の横に立っていた宇宙人もどきの少女が、喉を叩いて小刻みに呟く。そんなに喉叩いて痛くないのか? とか心配してやるのは取り越し苦労にすぎないか。いやリアルに気が付かなかったな。音もなく忍び寄った様は現代に生きる忍者そのものだ。
「……ほっといても大丈夫なのか?」
この三人の中ではまだ良心的、いや本来は一番奇抜ともいえたが、どうにも訊かずにはいられなかった。
「大丈夫ダ、問題ナイ。ドコヲドウ見テモイツモ通リノ場景。心配ハ無用ダ」
「ああまぁ、それならいいか」
……つい納得してしまったが、これがいつも展開されているのか? おいおい、色々と突っ込みどころ満載だな。
「ソンナコトヨリ」と少女は俺の相槌を一蹴し……というか、この身内メンバーは話を逸らすのが好きだな。俺が横槍を入れることでもないが。
「コノ二人ダケデハ使エナイカラ、我ガ本題ヲオ前ニ告ゲルコトニスル。耳ノ穴カッポジッテヨク聞クガイイ」
なんだろう。実はこの子が一番口が悪いのではないだろうか。意外にも辛辣な言葉が地味に突き刺さるし、それにいい加減この宇宙人口調にも慣れてきたな。慣れって恐ろしい。
実際には耳の穴はかっぽじらずに傾ける一方で、やっとこさ入る本題とは一体何だろうか。全く持って見当も付かない。
ゴホッゴゲホッと咳払い以上の嗚咽をあげて、喉を叩きながら(この表現いい加減面倒だな)、少女は言う。
「我々ノ仲間ニナレ」
誤字脱字、感想等あればお気軽にどうぞ。
残り二回の投稿で終わります。
次回一週間以内に投稿予定。