2 宇宙人との邂逅。
ひとまずは何事もなく過ぎ去り、現在二限目終了の短い放課時間を迎えたところだ。
次の授業は数学か。嫌だなぁ。と理数を毛嫌いする俺はごく自然に眉根を寄せつつ、あらかじめ授業の準備を済ませるなど模範的な生徒を演じたのち、いつも通り机を床代わりに睡眠励もうとしたところで、ふと、なにかの陰りを感じた。
なんだろう。気になって面を上げてみると、そこには俺を見下す形で一人の少女が立っていた。
……ははーん。
俺は現役ナルシストに負けず劣らずの自惚れを抱いて、一つの解答に至った。
基本的に俺に近付いてくる奴はといえば、奇想天外な自己紹介に釣られた興味本位で動く人間に属し、あるいは面白半分でからかうかまってちゃんと大体の相場が決まっている。過去の経験によって知り得た貴重な法則である。この少女に至っても、可愛い顔して、きっと好奇心旺盛ながめつい性格に違いない。
俺は確信を持って「なに? 俺になんか用?」と気障全開の強気な態度であしらうことにした。
すると少女は臆面もなく右手を喉元まで寄せると、機械的に口を開いて、
「私ノコト、アナタニ伝エテオク」
どこかで聞いたことのあるフレーズだった。いや、今突っ込むべき点はそこじゃあない。
俺が真に驚いたことは、少女が口を動かすのに合わせて喉を叩き始めたからだ。それにより少女の言葉が振動し、ものの見事に言動がカタコトになっている。この光景、やけ懐かしく感じられた。俺も幼少の頃にやったなぁ、この宇宙人ごっこ。風力最大にした扇風機の前で言葉を発するのと似たような……いや! 待て待て、そう気を急くな。なんだか思考が別のベクトルへと逸らされているが、これもこの女の策略か? だとすればよほどの智将だが……とより一層猜疑の心を深めたところで、にべもなく少女は続ける。
「……私ハ普通ノ人間ジャナイ」
「……」
相も変わらずエセ宇宙人を演じて、俺は三点リーダを連ねると同時に、わくわくではない方のどちらかといえばうずうずが異常なまでに体内を這いずり回った。これ以上口を開かれてはまずい! と警鐘を鳴らすも、なおも少女は言葉を紡ぐ行為を止めない。
「コノ銀河ヲ統括スル情報統合思念体ニヨッテ造ラレタ」
「――それは長問の台詞じゃねえかーっ!」
俺の我慢限界領域ではどう足掻いても突っ込まずにはいられず、両手で机を叩いてその勢いでつい立ち上がってしまった。教室内の喧騒が一時中断されクラスメイト達の視線が一斉に俺へと集中する。
「あっ……」
やっちまった。盛大にやっちまった。不覚。挙句俺は頭を擡げた。
「゛ん゛んっ、゛おっほん。ごほんごほん」
ダミ声と咳払いを足して二で割ったような音色をわざとらしく発声させ、何事もなかったかのような顔をして俺はその場に着席した。
「……」
「……」
気まずい。
白けた空気を生み出したのは間違いなく俺なのだが、元はといえばこの女が俺のよく知るアニメキャラの台詞を急に言い出しやがったのが原因だ。突っ込まずにはいられなかった。アニメ好きの同志ならきっと解ってくれることだろう。
「……私ノ仕事ハ」と先に沈黙を破ったのは少女だった。しかもその台詞は「涼嶺ハルコヲ観察シテ、入手シタ情報ヲ統合思念体ニ報告スルコト」
……おい、おい。まだ続けるのかこの状況で。これ以上続けられたら本格的にヤバいと悶々《もんもん》苦虫を噛み潰したような顔をしたところで、これまた超絶グッドなタイミングか、学校中にいつもお馴染みの鐘の音が鳴り響いた。
「……」
チャイムに意識を向けてか、少女はふいにすいと踵を返すと、なにも告げぬまま自席へと戻っていった。因みに彼女の席は前方右から一番目のポジションである。
……助かった。俺は内心安堵して、はあと大きな溜め息を吐き、それから再度呻いた。
一体全体なんなんだ。全くもって理解に苦しむ。はたして少女の奇行にはなんらかの意図が含まれているのか。俺は眉間にしわを寄せ、視線を傾いで思い出す。
無垢とも呼べる真っ黒な瞳をただしゃかりきに向けていた彼女の容姿はとても端麗で、ショートカットは相応に整いどこか幼い風情で佇み、まぁようはかわいい少女であった。
しかしながらも残念至極、痛ましく悪電波を放出する人間でなければこれ以上望むものはなにもなかったというのに。性格に難あり、はたして少女はなにを思って行動しているのだろうか。かくしてこの発言も、お前が言うな状態であることには変わりないわけだが。
閑話休題、今の俺には到底知る由もなかった。
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次回一週間以内に投稿予定。