1 痛い子、現る。
五月十日、転校初日。
ドクドクドク。――これは俺の心臓音じゃない。血流の乱れだ。
劈頭緊張、視界悪化。
ゴクン。――これは俺が唾を呑み込んだ音じゃない。ただ喉を鳴らしただけだ。
……と、ただひたすらに強がって見せちゃいるものの、案の定俺の顔色は優れない。
「――それじゃあ転校生君。どうぞ自己紹介をしてくれ」
転校後、このたび俺が配属されたのは一年A組の教室で、たった今吐かれた委員長ばりの台詞は、ここ一年A組を受け持つ担任宍戸によるものだ。立っ端の高いどこか不真面目そうな男性教諭とだけ補足しておく。
「……」
壇上に立つ俺を興味ありげに見つめるクラスメイト一同。
今回含めて五回目の転校。慣れたもんだと思っていただけで、実はゆとりない半可通な俺だ。嫌な汗が頬を伝って床へと滴る中、俺の緊張は順当にピークに達しようとしていた。
スゥー、ハァー……。
表には出さず心中で深呼吸を繰り返し――よし。覚悟を決めた十秒、にべもなく引きつった面持ちのまま、俺は黒歴史となることが約束された自己紹介を、高らかに表明したのだった。
「――俺の名前は、緒方珊瑚」
まぁ初めだけは無難にと掴みを良くしたところで、一気に畳み掛けるのが俺流である。
「俺の隻眼――此処では右眼としよう。そうこの右眼の奥底にはある種の冥界が蠢いている」
すっと右手を上げ、眼帯にそっと触れてやる。因みに眼帯の色はただのノーマル、王道に白で決めている。
「負の魔力が込められた邪眼を、俺は右眼に宿している。理解に苦しむか? それもまた然りだ。……お前達よ、闇を生むこの邪眼に取り込まれたくなければ、一切俺に近付くんじゃねえぞ! ……俺からは、以上だ」
抑揚付けた声音を教室中に響かせ、澄まし顔で周囲を交互に見取ったのち、ゆっくりと腰を下ろそうとして、あっそういえばまだ壇上だった! という事実に気付いて、軽く咳払いを入れ瞑想――もとい黙想した。
通算転校五回目、厨二病の真似事三度目にして今回俺が設定したのは『邪眼保有者』。
僅か十分足らずで考え付いたこのネタのために、わざわざ百円ショップまで出向いてこれまたあっさりと眼帯を購入し(なんでも揃ってんのな)、わざわざ家を出た時点で装飾施し――途中電信柱にぶつかりかけたのはここだけの話だが――やっとの思いで学校に辿り着いた俺は、ここは目立たぬよう裏門からの侵入試みた結果タイミング悪く閉まっているなど、俺も意外と苦労人なんだ。思い出すだけで涙ちょちょぎれそうだぜ。
自己紹介を終えた時点で既に心折れかけている俺は、悄然としたまま目蓋を開き、これ存外恥ずかしいから早く次の指示を! と担任宍戸に目配せしたところで、やおらパチパチと拍手を開始する宍戸教諭。この謎とも呼べる奇行に、さしもの俺も、うん? と疑問表情を露わにし、担任を皮切りにしてかまばらながらに手を打つ輩が現れはじめ、いつしかピアノコンクールを終了し一礼をした演奏者に送る拍手喝采並みの大音声へと変化したことに唖然とせずにはいられなかった。
えっ? えっ? ……なにこの茶番?
動揺隠せない俺は狼狽寸前にしてクエスチョンマークを頭上で旋回し続ける。
間もなくして拍手の音は衰微する一方、まるで何事もなかったように担任宍戸は咳払いを交えたのち、
「あー、ふむ。転校生君、右から見て後方二番目の席がぽっかりと空いているだろう。君の席はそこだ」
拙速促されるがままに、俺はなんとも形容し難い表情を浮かべて、まるで物珍しげな動物でも見るようなクラスメイト達の視線を一身に浴びつつも、後方自席へと辿り着き、やっとのことで腰を落ち着けた。
「…………」
違和感半端ないこの状況を、終始無言のまま首を傾げて考える。
厨二病全開の俺をクラス全体が温かく受け入れようとしている? ……いやいや、常識的に考えて有り得ないし、そもそも、そんな発想は俺の立場としては受け入れられない。となると、ハッ。さてはこうだな。これは俺の信頼を勝ち取って安心させたところで晒し者に貶めるための陰謀に違いない。誰の仕掛けた陰謀かどうかはさておき、敵ながら中々に手の込んだことをしてくれる。だが残念だったな。俺は決してこの現状に屈しはしないし、この程度で陥落するほどヤワにできてないからな!
捻くれ度合にさらなる拍車を掛ける俺は臨戦態勢を築いたまま、一時的に慮るのを止め(ようは思考停止)、自席の机に突っ伏した。
実のところ胸中では、これからやっていけるのかな俺……と気弱に呟くなんとも意志薄弱な男子高校生なのである。こんな台詞を自分で考えるのもどうかとは思うが、ある種の癖であるとだけ補完。……ハァ。
己のメンタル面の程度の低さを今更ながらに憂いつつ嘆息しつつ、こうして俺の新しい学校生活は幕を開けたのだった。
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次回は三日以内に投稿予定。