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 開け放った窓から吹き込む冷えた風に、行灯の光が揺れた。


 夜風はすっかり秋めいてきて、行灯の光に寄ってくる虫の姿もほとんど見かけなかった。


 障子を閉め、半纏を羽織る。

 

 昼間はまだまだ汗ばむような陽気が続いているが、夜ともなれば誤魔化しが利かない。季節は、確実に移り変わろうとしていた。


 私は行灯を引き寄せ、インク壷と羽ペンを取り出した。文字を書き付けるのに、わざわざ墨を刷っていた時代は過ぎたのだ。


 私は行灯の光の中で、今日目の当たりにした信じ難い症例について記述を始めた。自分でも驚くほど、ペンは進んだ。


 瓦斯灯ガスとうとは違う、炎がもたらす明かりは、私をひどく懐かしい気分にさせてくれた。


 まだ子供のころ、昼夜を問わず勉学に励む私の傍には、必ずと言っていいほど蝋燭の明かりがあったものだ。


 今となっては瓦斯灯が当たり前になっているが、東京から遠く離れた田舎の町では、変わらず昔ながらの小さな炎が、人々の生活を照らしていた。


 しかし、文明開化のこのご時勢、変わらないことを喜ぶことは、世の中に取り残されることを意味する。


 私は誰に言い訳する必要もないのに、慌てたように自身の感情を打ち消し、仕事に集中した。


 私に例の症例のことを話して聞かせたのは、年端もいかぬ町の少女で、名をミナと言った。


 十代の少女にだけ与えられたあどけない顔で、しかしながら微かな緊張を纏わり付かせながら、ミナは山奥にある禁じられた村のことを教えてくれた。


 もともとミナは流行り病に罹っていた。地元で先祖代々、漢方医をやっているという医者が信用ならぬという父親に連れられて、まだまだ患者が少ない洋方医である私の診療所へやって来た。


 それが半年前のこと。私が書いた処方箋で薬剤師、篠目が調合した薬を飲み、彼女は見る間に元気を取り戻していった。


 それ以来、ミナの家族は何かあればこの診療所の戸を叩くようになった。


 私はミナの話に興味を持ち、村の患者や知り合いとなった村人に、幾度となく話を聞いた。彼らは揃って首を捻り、ただただ「奇病」とだけ繰り返した。


 そして口を揃えたように、親あるいは祖父母から「何があっても決して行ってはならぬ」と言われたと口にした。


 要は、誰も真偽のほどを知らなかったのだ。


 欧米列強からわが国にもたらされた文化の中には、我々のように医術を生業とする者にとっては喉から手が出るほど欲しい知識が含まれていた。


 独逸ドイツの医学だ。


 かつては長崎の一部でのみ蘭学として知られていた西洋の医学、杉田玄白氏と前野良沢氏が翻訳したターヘルアナトミアは、実のところ独逸語で書かれたものを阿蘭陀オランダ語に翻訳したものだ。


 最も進んだ医術を持つのは、独逸だ。


 開国以来、何十人もの歳若い医師たちが海を越え、独逸へ渡り、わが国へ最新の医学を持ち帰ってきた。


 私もその一人であり、そして今、我々は未だ古い医術しか知らない東京から遠く離れた村へ、西洋の医術をもたらすためにやってきた。


 少なくとも、自分ではそう思っていた。


 医学の最先端を行く独逸に習い、我々はまず患者を診断し、あるいは施術を行うものと、薬剤を調合する役目を持つものを分離した。


 「医師たるもの、自ら薬をひさぐ(売る)べからず」というこの考えは、昔ながらの漢方医には考えられないことかもしれない。


 しかし、医師は病気を診るものであり、怪我の治療をする者であって、薬を調合するものではないというこの独逸の考えは、好むと好まざるに関わらず急速にこの国に広がりつつある。


 学会では延々と白熱した議論が繰り広げられているようだが、明治政府が富国強

兵を目的に、西洋の技術や思想を積極的に取り入れようとしている以上、薬剤師という職業は、必ず普及していくことだろう。


 そして、明治政府の掲げる富国強兵は、何も東京とその近辺に限った話ではない。


 政府は、国民すべてが「強兵」となることを望んだ。その結果、私のような者が白羽の矢を受け、援助金を得て地方に洋方医として診療所を開くことになった。


 仮に、私が辺境の地で命を落とすようなことになったら、千年の昔、飛び梅が菅原道真公を偲んだように、私を濃い偲んで私の屍が埋まる地まで空を飛んでやってくるような花はあるだろうか。


 私は自分の考えに笑ってしまっていた。


 私にとっての花……妻子はある。


 だが、妻はしっかりした女だ。私が命を落とすようなことになっても、次なる結婚相手を早々に見つけてうまくやっていくだろう。


 一人娘は、英吉利イギリスだの亜米利加アメリカだのの貴婦人とやらを真似て、似合いもしないドレスとやらに四苦八苦しながら毎夜の如くパーティだのお茶会だのと出かけていた。


 私が気を揉むより先に、いい結婚相手を見つけてくることだろう。


 二人に共通しているのは、東京以外では生きられない性分だということだ。


 磨きたてられた広い立派な洋館と、たくさんの従順な女中がいなければ毎日の生活さえままならない二人に、狭い田舎の診療所暮らしは、始める前から不可能だった。


 つまり、今の私は何ら後ろ髪を引かれることなく仕事に打ち込める状況にあるわけだ。


 一心不乱にペンを走らせていたせいで、凝り固まってしまった肩の筋肉をほぐし、私はすぐにまた文机に向かった。


 こぶじゃくし。


 私は、腕にとまった蚊を潰し、その死骸を眺めながら改めてその症例を思い起こしていた。


 人間の皮膚の上で何千、何万という虫が蠢いている光景は、正直なところ、思い出しただけで肌が粟立つ。


 だが、気味が悪いという理由で治療を諦めるには、あまりにも惜しい症例であった。


 思い起こせば、あの皮膚はまるで蜂の巣のようでもあった。


 ひとつの部屋に、一匹ずつの虫。蜂の巣であれば、巣にいるのは幼虫だが、こぶじゃくしの場合、目で見えたあれは成虫なのか、それとも幼虫なのか。現段階では、それさえも分からなかった。


 人間の体の中に入り込む虫……いわゆる寄生虫の場合、多くは「成長途中」にある幼虫の方が危険だということが分かっている。


 その理由は、成虫が寄生している場合、宿主である人間を死に追いやるようなことがあれば、虫の方も命の危険に晒されるからだ。


 よって、本来の宿主に成虫として虫が寄生する場合、ほとんどが無症状に経過する場合が多い。


 日本人にとって馴染み深い「回虫」や「裂頭条虫」などの寄生虫がその代表だ。


 ただし、同じ回虫であっても魚の寄生虫であるアニサキスを生魚と一緒に食べてしまった場合などは、激しい腹痛が引き起こされることが知られている。


 いわゆる回虫迷入症だ。


 また、人間の回虫もしくは条虫であっても、大量の虫が寄生すれば、腸の中で団子のように絡まって腸閉塞を引き起こしたり、腸に穿孔を開けて移動しようと試みたりして、宿主である人間はしばしば激痛に苛まれる。


 よって、ありふれた回虫や条虫と言えども、一概に無害と言い切ることはできない。


 そして、寄生虫というのは大概の人間には理解できないような成長過程を送る。


 その過程は虫の種類によって違うが、多くの寄生虫は、生き物から生き物へと渡り歩くことによって成長し、やがて終宿主に辿り着き、そこで生殖を行う。


 まだまだ未解明である部分も多いが、成長していく過程で、虫は、更なる成長段階へ進むために宿主を代える必要に迫られる。


 たいていの場合、次の段階にある宿主に「捕食される」ことで、虫は宿主を代えることができるわけだが、ごくまれに宿主の体を食い破って出てくるものもいる。


 どちらにしろ、中間宿主の役割を押し付けられた生き物はひどい目に遭うことになる。もちろん、命の保障などない。


 私はいったんペンを置き、改めてこぶじゃくしの症例を思い起こした。患者たちの詳細な姿を今一度、しっかりと反芻する。


 話を聞く限り、彼らは体表面のほとんどをこぶじゃくしで埋め尽くされている。


 皮膚が無ければ、体組織が剥き出しになり、細菌に感染する危険に常に晒されることになる。


 重度の火傷を負った患者が、傷口からの感染で死亡するのと、ほぼ同じ理屈だ。


 だが、彼らに限って言うなら、皮膚がほとんど変異してしまっているにも関わらず、細菌感染が原因で何らかの病変を患っている様子はなかった。


 考えられるとすれば、こぶじゃくしのコブが皮膚の代わりをしている可能性だ。


 オタマジャクシに似た虫が泳いでいたコブの表面は、確かに薄い膜のようなもので覆われていた。


 針で突くと破れ、中から体液とこぶじゃくしが飛び出してきたことを覚えている。


 膜に覆われているおかげで、彼らの体は外界の病原菌から守られている可能性がある。


 一方、飛び出してきた虫は、すぐに息絶えた。


 おそらくは、外界で生きていけるほど成熟していなかったからだと思われる。


 理由を更に突き詰めて考えれば、成熟したこぶじゃくしは肺で呼吸する能力を得たということになるのだろうが……。


 まるでカエルのようだ。見た目がオタマジャクシそのものであるだけに、その非現実的な考えを一笑に付すことができない。


 だが、こぶじゃくしがオタマジャクシに似ていることと、成長した後のその行動がカエルと同じであることは、ここでは意味が無い。


 私は敢えてカエルとオタマジャクシの姿を頭の中から追い払った。


 当面の間、問題となるのは、私が診た年若い女性患者だ。彼女には確実に切迫早産の兆候が現れていた。


 明日にでも薬剤師である篠目に、子宮収縮を緩和させる薬を処方する必要がある。そう思った私は、ついでに処方箋を書き上げておくことにした。


 明日、もう一度あの村を訪ねてみよう。ペンを置き、伸びをしながら私は心に決めていた。


 心の底に、紛れもない恐怖が居座っていたが、私は敢えてその恐怖から目を逸らそうとは思わなかった。


 奇病は確かに恐ろしい。だが、恐ろしいのは奇病であって、奇病を患っている村人ではないのだ。


 そして、何年経っても医者が忘れてはならないことは、病を恐れる心だ。


 病に対する恐怖を忘れ、油断してかかると、知らぬ間にこちらが食われてしまう。


 西洋の技術を駆使し、新たしく開発された薬の前では、赤子のように無力に思える細菌だが、虎視眈々と感染の機会を狙っているということは、常に念頭においておく必要がある。


 細菌は、目に見えぬほど小さいだけに、いつ体の中に入り込むか分からないのだから。


 用心に用心を重ねることに越したことは無い。


 だが、だからと言って病を恐れていては医師として失格だ。こぶじゃくしの村、そこに住む住人には医者が必要なのだ。


 それも、悪しき偏見と迷信に頼らない、本物の技術と知識を習得した医者が……。


 私は昼間の醜態を恥じるように、誰も聞くものがいないまま自分自身に言い訳を繰り返し、自分自身に言い聞かせるように医師としての理想を幾度と無く思い起こし、自分自身を安心させるために、自分がこれまで学んできた医術の素晴らしさを確認していた。


 そして眠れない夜は更けていく。


 皮膚病。


 ペンとインクを片付け、布団に入り込みながら私は考えた。生きていれば誰だって、一度や二度、皮膚のかぶれを経験したことがあるだろう。


 体質に合わない食べ物を口にしただけで体中に湿疹が出るものもいるし、毛虫に触れれば、ほぼ例外なく肌は真っ赤に腫れ上がり、ブツブツした出来物に覆われる。


 美しい肌は、女性にとっては永遠の憧れだと聞く。


 顔にニキビが出来ただけで憂鬱になるという女性も多いし、日々増えていくシミやシワをどうにかできるものならばどうにかしたいと思っている女性がほとんどであるはずだ。


 赤黒く腫れ上がったコブと、その中を泳いでいたオタマジャクシのような虫に、顔全体を覆い尽くされた村の女性たちの心を思うと、やるせなくなる。


 自分も男だからこそ言えるのだが、やはり男という生き物は異性に対し、生殖能力の高さを求める生き物なのだ。


 そして生殖能力の高さを測る基準となるのは、やはり見た目だ。


 もっとはっきり言ってしまえば、美しい肌は若さを、血色の良い顔は健康であることを示し、男は本能的にそれを察知するということだ。


 そして、皮膚病が伝染性をもつということは、遥か古代から知られてきた。


 だからこそ忌み嫌われる。


 皮膚の異常は、そのまま容姿の異常に繋がる。病変が顔に出現した場合など、特に顕著だ。


 男が若くて美しい女性を求めるのは、残念ながら本能なのだ。


 私は、歳若い薬剤師の豊満な体を無理やり頭の中から追い払いながら考えた。


 本能に理屈を並べても仕方がない。だが、同時に自分が本能的な男であると思われることも我慢できない。私は重々しい溜め息を落としていた。


 自分は、崇高で理想的な人間でありたい。我ながらくだらない考えだが、こればかりは譲りたくなかった。


 布団の中で寝返りをうつ。夜はとっぷりと更けていたが、眠気は一向にやって来なかった。


 頭に浮かぶのは、オタマジャクシに似た虫が泳ぐ、コブに覆われた皮膚のことばかりだ。


 毎度のことだが、見慣れない症例に出会う度に、もう少し勉強しておけば良かったなどと思う。今回の場合は、皮膚疾患についてだ。


 個人的な考えだが、連続した小さな丸い形というのは、虫の卵を連想させる。


 今回の場合、それは虫の卵ではなく、虫そのものであるのだが、かつて、知り合いに同じ質問をしてみたところ、私と同じように考えた、あるいは感じたと答えた者は過半数に及んだ。


 虫の卵の中からは、たいていの場合、大量の虫が孵るものだ。大量の虫にたかられることを想像し、それを喜んで歓迎する者は少ないだろう。


 数え切れないほどの虫に、じわりじわりと体を食い破られていくのは、どんな気分なのだろう。それも、体の内側から……。


 私はひとつ息をついて、誰もが考えるような、安い怪談話のようなことを考えるのをやめた。


 むしろ気になるのは彼らの心情である。


 一度話しただけなのでまだ確定することはできないが、少なくとも彼らは、私のような見ず知らずの人間に対し、自分たちを悩ませている症例について、証言するだけの能力を有していた。


 大衆が好みそうな言葉を敢えて使えば「キチガイになっていない」ということだ。


 人間の精神についての研究は日々、目を見張るような進歩を遂げている。同時に、我々は自分たちの精神がいかに脆いものであるのか、知ることとなった。


 精神医学については門外漢であるに等しい私だが、ひとつだけ言えるとすれば、それは大多数に所属しているものは、狂わないということだ。


「みんながやっているから」とは、今も昔も変わらぬ言い訳の常套句だが、その「みんな」がやっていることが別の集団から見て、どれだけ異常なことであったとしても、所属している集団で当然のこととして罷り通っていれば、それはおかしいことでも何でもないとして認識される。


 例えば、かつての侍たちは「切腹」を名誉ある死として扱ってきたし、それを疑問に思う者こそ少数派であったはずだ。


 しかし、自ら腹を切るという死刑方法は、西洋人の目には稀に見るほど残酷で、恐ろしい刑罰として映ったそうだ。


 逆に、我々からしてみれば、鉄の処女だの、猫の爪だの、人間の体を徹底的に破壊していく西洋の刑罰に対して激しい嫌悪感や恐怖を抱く。


 こぶじゃくしに罹った村人の場合、そこが隔絶された村社会であるということ、村人全員が罹っていること。


 この二つが、彼らの精神の安定に大きく貢献していると思われる。


 仮に、今私が診療所を開いているような港町でこぶじゃくしが流行れば、人々はまず間違いなく恐慌状態に陥るだろうし、罹ったほうも正気ではいられないはずだ。


「腑分け(解剖)してみたいものだ」


 私はつい声に出して呟いていた。この時、私はひとりの医師として、何とかしてこの病を治療したいという義務感とは別に、純粋な好奇心も働いていたと認めざるを得ない。


 患者の体表面部は、こぶじゃくしで覆われていた。では、体の中はどうなっているのだ?


 明治政府は、文明開化だの、富国強兵だのと、のたまいながら、西洋の技術であれば、猫も杓子も取り入れるくせに、医学の分野においては無関心だと言わざるをえない。


 医学の発展において、死後の腑分けは必要不可欠と、日本人医師だけではなく言っている。


 しかしながら、どういう意図が働いているのか定かではないにしろ、未だに政府は腑分けという行為について難色を示している。


 合法的に、腑分けが許されているのは、行き倒れ者か、あるいは罪人に限るという現状では、こぶじゃくしに罹ったものを腑分けする方法はない。


 そして私の思考は、今現在の政府に対する不満や不信、無知に対する批判、批評が洪水のように押し寄せ、その流れに飲まれていくうちに、いつの間にやら眠っていた。

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