第 3 話 楽しい練習、苦しい訓練
「ビル、私だが、隆一の様子は。」
「はい、隆一は、本当に射撃ははじめてなんですか。」
「私は、愛子から、その様に聞いて要るが。」
「隆一は、初めてとは思わないくらいに上手ですよ。
訓練次第では、最高のスナイパーになれますよ。」
「ビルが、その様に見えるんであれば大丈夫だな、だがね、隆一は、ま
だ、何も知らないんだ、その為に、今後の訓練は、相当慎重に行なう必要が
有ると思うんだ。」
「ボス、それじゃ~、話すときも慎重にと言う事ですね。」
「いや、君は、射撃に関する話だけで十分だよ。」
「判りました、其れで、牧場の見回りは続けるんですか。」
「うん、其れだ、隆一との約束で、4~5日程度と考えて要るんだ。」
「判りました、では、適当な時期が来れば戻る事にします。」
「うん、よろしく、頼むよ。」
シュルツは、予定通り牧場の見廻りを続けさせ、その間にビルが射撃の魅
力を話しするのである。
一方、隆一は、すっかりライフル射撃の虜になっていた。
「隆一、本当に、射撃ははじめてなのか。」
「ええ、本当に、はじめてなんですよ。」
「私達よりも、上手じゃないか。」
ビル達も驚くのだ。
「でも、本当なんですよ。」
加藤は、首をかしげ。
「でも、はじめての人が、こんなに上手とはね~。」
「加藤さん、僕は、テレビや映画を見て、ただ、それと、同じ様にしただ
けなんです。」
「えっ、なんだって、テレビを見て、覚えたのか。」
ビル達の驚きは普通では無かった。
真似だけで、本当に出来るのだろうか。
普通の人間が真似をしても、此処までは上手には出来ないのである。
やはり、隆一には、何か特別なものが備わっているのだろうか。
「隆一、君の射撃は上手だよ、だけど、どんなスポーツでもそうだと思う
んだよ、其れは、基本というものが有るんだ。」
「はい、其れは、僕もわかっています。
今の僕は、基本も知りませんので、全てが自己流なんですよ。」
ビルは、一揆に話を進めるのである。
「隆一さえよければ、基本から射撃の練習をしないか。」
ビルはあえて、訓練とは言わなかったのだ、訓練と言えば、堅苦しくなる
からだ。
だが、隆一も直ぐには答えなかった。
「だけど、ビル、日本じゃ、何の役にも立たないよ、日本では、警察官や
自衛隊だけなんだよ、拳銃やライフル銃を使うのは。」
「其れは、隆一が民間の会社に勤めているだから仕方が無いよ。」
と、加藤は、わざと話を逸らしたのである。
「そうだったなぁ~、隆一は、民間の会社勤めじゃ、ライフルを使う必要
も無かったからなぁ~。」
と、ビルも同調したのである。
其れは、隆一の出方を見るためだった。
「加藤さん、ビル、之は、まだ誰にも言って無いんですが、僕に警察庁の
長官から、特別な仕事が有るって話があったんです。」
加藤もビルも知っていたのだが。」
「へ~、警察庁の長官と言えば、日本警察のトップじゃないか、その長官
から特別な仕事が有るって、一体、どんな仕事なんだ。」
加藤は隆一が、話をしやすい方に向けたのである。
隆一は、最初から説明に入ったのだ。
「実は、ある日、突然、会社の工場長から呼び出しを受けたんだ。」
隆一は、全てを話しする事が大事だと思ったのである。
その説明は、一時間ほど掛かり。
「そうだったのか、でも、その長官から全部の話を聞いたわけじゃ無いん
だろう。」
「うん、其れは、そうなんだけど。」
その時、丁度、今夜の宿泊先に到着したのである。
「隆一、話の続きは、夕食後に聞かせてもらうよ。」
ビルは、隆一が、話を進めるのを少しだけ止めた。
其れは、隆一が、何故、ライフル射撃の訓練に入りたいのか聞き出すため
だった。
宿泊先の家は、まるで、西部劇に登場するような家である。
大きな馬小屋には、数十頭の馬が、美味しそうに牧草を食べている。
「隆一の馬は、その場所に繋いでくれ、後は、僕達がするからね。」
加藤は、手馴れた仕草で、馬から鞍を外し、牧草と水桶を置いたのだ。
隆一が乗っていた馬も牧草を美味しそうに食べている。
ビル達も馬をつなぎ、牧草と水を与え、隆一を母屋に連れて行くのであ
る。
ビルはドアを開け。
「やぁ~、アンナ、何時見ても綺麗だね。」
「ビルじゃ無いの、いったい、どうしたのよ。」
アンナとは、この一体を管理する女性である。
「ねぇ~、ビル、隣のいい男、紹介してよ。」
「アンナ、彼は、隆一と言って、愛子のご主人だよ。」
「えっ、愛子の旦那さんなの、それじゃ~、愛子が結婚したって話、本当
だったのね。」
「はい、僕も驚いているんです、あんな、美人を自分の奥さんに出来ると
は思わなかったんです。」
「隆一って、行ったわね、明日、此処のカウボーイが帰ってくるからね、
私が、話をしておくよ、彼が、愛子の旦那だって。」
「有難う。」
「隆一、有難うじゃ~無いわよ。」
「えっ、何か有るんですか。」
城でも同じだが、牧場で仕事をして要る全員が知って要る。
その全員が芝居をしているのである。
「えって、隆一、愛子はね、此処のカウボーイ達全員がラブコールしたの
よ、愛子ほどの美人で、賢い女性は、此処にも居るのにねぇ~。」
アンナは、ビルの奥さんだが、芝居が上手だ。
「アンナさん程の美人には、もちろん、ご主人もいい男なんでしょう。」
「隆一、私もそう思って要るのよ、だけど、此処の男達はね、見る目が無
いのよ、こんなにも近くに美人が居るのにねぇ~。」
と、アンナはビルを見るのだ。
「アンナ、余り言うなよ、此処の男は気はいいんだが、荒っぽいからなぁ
~。」
「そうよ、隆一、気をつけた方がいいわよ。
何時、後ろから撃たれるかわからないわよ。」
「えっ、僕は、何も悪い事はしていませんよ。」
「隆一、冗談、冗談よ、でも、本当に良かったわよ、愛子の事は、みんな
心配していたもの。」
ビルは、カウボーイ達が居ないのに気が付き。
「アンナ、みんなは。」
「そうなのよ、数日前からね、牛が、それも子牛が狼に殺されているの
よ。」
「子牛ばかりなのか。」
「うん、全部じゃ無いけど、今日も、親牛がやられたのよ、其れで、みん
なが夜警に行ったのよ。」
「そうなのか、で、彼らは。」
食堂で、10人ほどの男達がバーベキューの準備をしていたのである。
「ビル、今回の狼は、凄い数なんだ、数百頭の群れなんだからね。」
「ビル、それじゃ~、僕達を襲った狼の群れは、群れの一部なんです
か。」
ビルも同じ様に思ったのである。
「なに、ビルもあの群れを見たのか。」
「う~ん、はっきりとはいえないんだが、多分、同じ群れの一部だと思う
よ。」
カウボーイ達も驚きの表情である。
「勿論だと思うが、ビルが全部殺ったんだろうね。」
「そうだと言いたいんだがね、我々全員で数十頭の狼を殺ったんだがね、
その内の半分は、この隆一が殺ったんだよ。」
カウボーイ達はさらに驚いたのである。
「えっ、ビル、其れは本当なのか。」
ビルも隣の、加藤も頷き。
「本当なんだよ、其れは、実に見事だったよ、それも、一発で仕留めるん
だからね。」
「えっ、一発で仕留めたって、彼は猟師なのか。」
「いいや、つい、先日までは日本の民間会社に勤めていたサラリーマンな
んだよ。」
カウボーイ達は本気にしていないのである。
「ビル、日本でもライフルは使えるのか。」
隆一は首を横に振っている。
「其れは無いよ、日本じゃ~、警察と軍隊は拳銃やライフルは使えるが、
一般市民は特別な許可が必要だと聞いて要るんだ。」
「それじゃ~、何か、彼は、その特別な許可を持って要るのか。」
「いいえ、僕は、許可も何も、ライフル銃を撃ったのもはじめてなんで
す。」
「え~。」
と、また驚きの声が上がったのである。
「そんな日本で育った素人がだよ、ライフル銃を使い、凶暴な狼を一発で
仕留めるなんて事は、普通じゃ~考えられないよ、マグレじゃないのか。」
「そうなんだ、僕もね、さっき、はじめて知ったんだ。」
カウボーイ達の演技も素晴らしく。
「ビル、そんなに腕の立つ彼なら、暫く訓練して、この牧場で働いてもら
えば我々も随分と助かるんだが、どうだろうか。」
カウボーイは、本気とも聞えるように言うのである。
隆一は首を横に振り。
「実は、僕は、ある特別な仕事に就く事に決まっているんです。」
「特別な仕事に決まっているのか、そりゃ~、残念な話だね。」
彼らは、その話を聞きたかったのである。
「じゃ~、ビル、我々は諦めるとするか。」
カウボーイ達はニッコリとするのである。
「そうなるね。」
ビルも納得しているのだ。
「それじゃ~、我々は、明日、早く出るんで、先に寝る事にするよ。」
10人のカウボーイ達は別棟の部屋に引き上げて行ったのである。
その時、アンナが大量の肉を運んできたのである。
「ビル、来る事がわかっていたら用意しておいたのに、でも、肉は大量に
有るのよ。」
「アンナ、この肉は。」
「うん、夕方に襲われた牛の肉なのよ。」
「じゃ~、この肉は子牛の。」
「そうなのよ、いつもだったら準備しているんだけれど。」
「別にいいよ、僕だって、連絡を入れて無かったからね。」
その時、隆一の腹が鳴った。
「隆一、この肉はね、とっても柔らかいのよ、全部食べてもいいのよ。」
「いや~、僕だって、そんなに食べれないですよ。」
と、隆一は笑ったのである。
「じゃ~、私は、飲み物を持って来るわね。」
アンナは、キッチンに戻り、この牧場で作ったワインを持って来るのだ。
隆一はワインを一口飲み。
「このワイン、大変、美味しいですね。」
ビルも自慢である。
「ワインもビールも、全て此処で作っているんだ。」
「えっ、じゃ~、自給自足なんですね。」
「うん、そうだよ。」
「でも、牧場の牛は出荷するんですよね。」
「うん、勿論だ、でも、牧場に、一体、何頭の牛がいるのか知らないん
だ。」
「え~、そんなにいるんですか、こんなに広大な牧場じゃ~管理も大変で
すよね~。」
「まぁ~、其れは適当にやっているよ、其れで、さっきの話の続きだけ
ど。」
ビルは、隆一が何処まで本気なのか知りたいのである。
「はい、其れで、僕も、長官から警察のバッチを持つ以上は射撃の訓練は
必要だと言われているんです。」
「だけど、警察の射撃訓練じゃ~、狼は殺れないよ、今日はまぐれだと思
った方がいいと思うんだよ。」
隆一もわかっているのだ。
「僕も、其れはわかっています。
素人の僕が、はじめて使ったライフル銃で狼を殺るなんて、本当に何かの
間違いですよね~。」
加藤も頷き。
「だけど、本当の素人じゃ~、ライフル銃なんて撃てないですよ。」
「うん、加藤の言う通りだ、隆一自身も気付いて無い特性のような素質が
有ると思うんだよ。」
「ビル、話は変わりますが、狼ってのは、本当に賢いんですか。」
「うん、其れは、間違いは無いと思うよ、狼は何処に人間が居るのかを嗅
ぎ分ける事が出来るんだよ、あいつらはね、5百メートル以上の先から気付
いているんだ。」
「え~、5百メートルも先からですか。」
「そうだよ、この国の軍隊でも5百メートル先の狼を仕留める訓練は行な
ってはいないからね。」
「でも、5百メートル先の狼を仕留めるなんて、至難の技じゃ~無いです
か。」
「隆一、でもな、此処では、其れが普通なんだよ。」
加藤も頷き。
「隆一、ビルはね、8百メートル先の狼を殺った腕前なんだ。」
「えっ、本当なんですか。」
「うん、本当なんだ、この地域ではね、特に狼に対しては長距離でなけれ
ば、やつらは殺せないんだ、だから、全員が特別製のライフル銃を持って要
るんだ。」
「特別製のライフル銃ですか。」
「そうなんだ、そのライフル銃を自由自在に扱えれる様に成れば本物だけ
どね。」
だが、隆一は此れからの仕事の中で、本当にライフル銃が必要なのか考え
ていた。
「でも、僕の新しい仕事ではライフル銃は必要無いと思うんですが。」
隆一の考えは間違いでは無い、日本では特別捜査官だと言っても拳銃や、
ましてや、普通の状態でライフル銃を使うような事は無いのである。
「だけど、何処の国でも同じだと思うんだよ、普通のやり方で解決できな
い事件も有るんだ、例えば、刃物持った男がバスジャックしたと思ってくれ
よ、警察が着た時には、一人が犠牲になったと考えるんだ、そんな時、隆一
はどんな方法で、第二、第三の犠牲者を出さないようにするんだ。」
隆一は暫く考え。
「日本では、最後の最後まで説得していますが。」
「だがな、犯人は、その説得を聞くつもりは無いんだ、犯人にすれば、捕
まって死刑に成ると思って要るから、気違いのようになっているんだよ、さ
ぁ~どんな方法で次の犯行を止めるんですか。」
「う~ん、僕の個人的な意見で言えば、そうですね。」
と、隆一は答えに困っている。
「隆一、我々の国でもだ、全部の犯人を殺す必要は無いんだ。
其れは、どの国でも同じだよ、だけどな、この犯人は、何をするかわから
ないんだ。
第二、第三の犠牲者が出る事にでもなれば、警察は、人質になっている民
間人よりも人殺しの犯人の命が大事なのかって、マスコミを含め、警察に対
し、抗議の電話が殺到する事になるんだよ。」
「でも、その話と狼の話は別じゃ~無いんですか。」
ビルは本質を言っているのだが、やはり、我々とは考え方が違うんだと。
「隆一もそう思うだろうが、別の見方をすれば、狼は子牛や森に住んで居
る動物が食料なんだ、でも、人間は食料じゃ~無いんだ。
狼にすれば、人間は敵なんだよ、隆一も食べ物はいつでも有るほうがいい
だろう。」
「勿論ですよ、僕も、毎日、好きな物を食べたいですかね。」
ビルはニヤリとし、加藤は頷いている。
「狼だって同じなんだ、だけど、その場所には一番恐ろしい人間が居るん
だ。
人間さえ居なければ、いつでも、牛や鹿を食料に出来るんだ。」
「僕だってわかりますが、でも。」
隆一は、まだ、全てを理解出来ていないのだ。
「隆一、狼は本当に賢いんだよ、狼はね、これ以上近づくと人間の持って
要る武器に殺られると知って要るから遠くから見ているんだ。
この牧場の周りには数百頭の狼が取り囲んでいるんだ、人間は狼が恐ろし
いから外に出る事が出来ないと考えて欲しいんだ。
其れは、さっきのバスジャックと同じんだよ、バスの中では、まだ、数十
人が人質になっている、其れはね、牧場と同じなんだ、ただ、バスジャック
は人間で、牧場の周りは狼と言う違いなんだ。」
「でも、牧場には多勢のカウボーイが居るんでしょう、その人達がライフ
ル銃で狼を殺ればいいと思うんですが。」
ビルも説明をする事に必死に成っていると加藤は思うのである。
「なぁ~、隆一、さっきも言ったが、狼は賢いんだ、ライフル銃の弾が届
かない場所にいるんだ、牧場では人間だって食べ物はいるんだよ、でも、外
に出る事が出来ないんだ、この状況下で、隆一は専門の訓練を受けた人間だ
とする、隆一の狙いは、狼のボスだよ、そのボス狼を殺れば狼達は去って行
くんだ、この時、隆一ならどうする。」
「僕だったら、そのボス狼を殺りますね。」
「其れが正解なんだ、さっきのバスジャックも同じなんだよ、犯人も見え
ない遠くの場所から犯人だけを殺る。
確かに、人殺しだ、でも、犯人を殺る事で、少なくとも、第二、第三の犠
牲者は出なくて済み、バスの人質はね無事に家族の元に帰る事が出来るんだ
よ。」
「じゃ~、僕に、その特別な練習と言うか、訓練をさせるんですか。」
「いや、其れはね、隆一が決める事なんだ、我々だって、全員がいつも、
特別のライフル銃を持って要るんじゃ~無いんだよ。」
隆一は、やりたい気持ちと、やりたくない気持ちが半分半分なのだ。
「でも、僕に出来るでしょうか。」
ジムはニコリとして。
「僕が見たところでは、隆一は出来ると思うんだ、でもなぁ~、訓練は大
変なんだ。」
「えっ、そんなに大変なんですか。」
「うん、今日のように、隆一は出来ると思って要るだろうがな、相手は狼
なんだ、狼は敵だと感じたら、間違いなく前には来ないんだよ、特に、ボス
の狼はね。」
「其れじゃ~、狼が感じる前に、ボスの狼を殺るんですか。」
「言葉では簡単なんだがん、自然と言うものは、何時、どの様に変化する
かわからないんだよ、夏には、夏の、冬には冬の条件下で待ち構える時も有
るんだ。」
「えっ、夏の暑い時にも狼はが現れるのを待つんですか。」
隆一は、正か、夏や、冬の寒い時に狼を待ち構えるとは思っても見なかっ
たのである。
「その通りだよ、だって、隆一、夏の熱いときでも食べるだろう。」
「うん、其れは、もう当然ですよ。」
「だけど自然界の生き物は別なんだよ、だって人間のように食料を保存す
る事も出来ないからね。」
「でも、テレビで見たんですが、狼のような肉食系の動物は毎日食料を調
達は出来ないと。」
自然界で生きる肉食系の動物は毎日でも食料の調達は困難なのだが、それ
でも、強い者は弱い者を、そして、より強い者が生き延びる事が出来ると思
われて要るのだが、現実は、強い者が必ず食料を調達出来るとは限らないの
である。
「隆一、我々の遥か遠い先祖だって、同じだったんだ、だけど、人間だけ
は違ったんだよ、狼と違い人間は進化の過程で色々は道具を作り出す事が出
来たんだ、その道具を使う事で、生き延びてきたんだ。
この牧場だって同じなんだ、我々は牛を飼育し、大きく成長した頃に、各
地方の人達の食料として売っているんだ、その大切に育ててきた牛を狼の食
料にするつもりなんかは無いんだ。」
「勿論、僕だって、言われていることはわかりますよ、でも、狼と人間じ
ゃ~、話は別だと思いますが。」
「そのとおりだ、だからと言ってだよ、第二、第三の犠牲者が出ても良い
と思わないだろう。」
「僕は、その部分が難しいと思って要るんです。
狼だったら殺してもいいが、人間では駄目だともいえないんですよ。」
隆一は思い悩んでいる。
「その通りなんだけど、狼は、生きる為に牛を襲うんだ、でもね、人間は
別じゃ無いか。
昔、僕達が子供の頃では、みんなが貧しく、生きる為には盗みもした、で
もなバスジャックはね、生きる為なんかじゃ~、無いんだよ、犯人は、この
世の中に生きてはいても何の希望も無く、何もする事が無いから死にたいと
思って要るんだが、自分が一人で死ぬのはいやだと、他人を道ずれにして死
のうと考え、バスジャックしたんだと考えて欲しいんだ。
だけどこの犯人と、全く関係の無い、他人を犠牲にして犯人自身も死ね
る、隆一は、こんな身勝手な事が許されると思うのか。」
「いや、僕も、そんな犯人を許す事なんか出来ませんよ。」
「じゃ~、隆一は如何するんだ。」
隆一は結論を出したのである。
「そんな、身勝手な犯人だったら、僕が許しませんよ。」
少しづつだが、隆一の気持ちは近づきつつあるのだ。
「僕はね、何も人間を殺せとは言って無いんだ、この牧場の牛を襲う狼の
群れをだけを殺って欲しいと思って要るんだ。
その為には、隆一も真剣に訓練を受けて欲しいんだ。」
その時、アンナが戻って着たのである。
「ねぇ~、何の話か知らないけれど、今日の肉はね子牛なんだよ、話は、
明日にでも出来るんだから、先に食べなよ。」
アンナもわかっていたのだ。
話の途中に入る事は出来ないと、タイミングを考えていたのである。
「そうですよねぇ~、さぁ~食べましょうよ。」
と、隆一は柔らかい子牛の肉を口いっぱいに入れ、嬉しそうな顔つきにな
っている。
「ねぇ~、ジム、明日なんだけど、狼の大群を殺って欲しいんだけど。」
ジムは、わざと考える振りをし、隆一を見て。
「隆一、どうだ、明日、狼の群れを殺りに行かないか。」
隆一は正かと思う驚きだったのである。
「えっ、僕がですか、でも、今日は本当にマグレなんですから。」
「いいから、いいから、加藤のライフル銃を借りてくれ、いいだろう、加
藤。」
勿論、加藤もわかっているのである
「勿論ですよ、僕と隆一は同じ様な体格だから多分問題なく使えるよ。」
「えっ、でも。」
「じゃ~、決まったね、さぁ~、隆一、飲んで、食べて、明日からは頼む
わよ。」
アンナは、隆一が拒否できないように、側で世話するのである。
「ねぇ~、隆一、この牧場で、狼を退治すると専門の仕事に就いてよ、世
話は私がするからさぁ~。」
「でも、僕は。」
と、その先は言えなかったのだ。
「アンナ、僕もね、実は、同じ様に願っているんだ、だけど、隆一には、
日本で特別な仕事が待って要るんだ、だから、隆一は此処で働く事が出来な
いんだ。」
「なぁ~んだ、それじゃ~、仕方無いわね、でもね、隆一、日本での仕事
がいやに成ったら、此処に戻っておいでよ。」
「うん、有難う。」
アンナは芝居なのか、それとも、本気なのか。
こうして、ジム達の芝居が効いてきたのか、隆一の気持ちは少しづつだ
が、シュルツやジムの考えた作戦にはまり込んで行くのである。
そして、明くる日の朝、隆一は、まだ、夜も明けぬ頃、目が覚めたので有
る。
其れは、何故か、気持ちが高ぶっている。
隆一は、服を着替え、食堂に行くと、アンナは既に、朝食の準備に入って
いたのだ。
「アンナ、お早う。」
「えっ、隆一、もう起きたの、随分と早いじゃ~無いのよ。」
「うん、僕も何故だかわからないんだけど、早く目が覚めたんです。」
「そうか、今日の狼退治が気に成ったんだね。」
「うん、そうかも知れないよ、だって、僕は、いつも目覚めが悪いの
に。」
「でも、いいじゃ~無いの、其処に座りなよ、食事を用意するからね。」
「有難う。」
と、隆一は座ったとき、アンナは朝食を持って着たのだ。
「隆一、スクランブルエッグと、ソーセージだよ、それと、コーヒーも
ね。」
隆一は、何を期待しているのか、何を考えて要るのだ。」
「ねぇ~、隆一、何を考えて要るの。」
「いや、何でも無いんだ。」
隆一は、少し不安だった、昨日は、狼を5頭も殺した、でも、其れは、何
かの偶然かも知れないのだ、今日は、本当の事がわかるだろうと、その時、
加藤がライフル銃を持って着たのだ。
「お~、隆一、随分と早いね。」
「うん、何故か、わからないんだけど、早く目が覚めたんです。」
「そうか。」
だが、隆一の目は加藤が持って着たライフル銃を見ていたのである。
「之が、僕の使っている、ライフル銃なんだ。」
と、言って、加藤は隆一の前に置いたのである。
「へぇ~、之が、特別製のライフル銃なんですか。」
隆一の眼つきが変わったのである。
「そうだよ、僕の為に作って有るんだ。」
隆一も目は輝き。
「持ってもいいですか。」
と、隆一は、口にソーセージを方張り、加藤の返事を待たずにライフルを持
ったのである
「うん、いいよ。」
と、加藤は隆一の眼つきを見ているのだ。
「加藤さん、このライフル銃なんですが、昨日のライフル銃より、少し重
いですね。」
「えっ、隆一、わかるのか。」
と、加藤は驚いたのである。
確かに、昨日、使ったライフル銃よりも重いが、普通の人間が、それも、
素人が少し重いと感じるのは普通では考えられないのである。
「確かに、このライフル銃は、昨日のライフル銃と違い、重く作って有る
んだが、其れを、君は、少し、重いと言ったんだが、何故判るんだ。」
隆一は表情も変えず。
「いや~、僕の感覚なんですよ、でも、このライフル銃は、僕にぴったり
と合っているような感じなんですが。」
このライフル銃は加藤専用なのだ、其れが、素人の隆一が持っても、なん
の違和感も無いと言うのは、何故なんだ、と、加藤は驚いているのである。
「其れじゃ~、隆一も専用のライフル銃を作ってもらうか。」
隆一の目つきが変わり。
「えっ、僕にも、専用のライフル銃を作っていただけるんですか。」
と、すっかり、ライフル銃の虜になってしまったのである。
アーチェーリーでも同じである、個人の体格差の違いによって微妙な重心
置のずれを感じるのだ、其れを、ロットで補正し、自分自身に合った弓に仕
上げるのである。
その時、ジムも入って着たのだ。
「隆一、早いねぇ~。」
「僕も、何故かわかりませんが、興奮して要るんでしょうね、今日は、夜
明け前に目が覚めたんですよ。」
「そうですか、で、そのライフル銃は。」
「ジム、僕のだ、今日、一日は、隆一が使うんだ、だけど、ビル、隆一が
ね、昨日のライフル銃よりも、少し重いって言うんだよ、僕も、今、驚いて
いるんだ。」
「えっ、本当なのか、何故なんだ、素人の隆一にわかるなんて、僕は、
今、どんなに驚いているか、判るか。」
「其れでね、隆一は、このライフル銃がぴったりと合うって言うんだ、そ
れで、僕が、隆一専用のライフル銃を作ってもらえばって言ってたところな
んだ。」
ジムは頷き。
「隆一、本当に作って欲しいのか。」
「でも、まだ、はっきりと判らないんだ、だけど、僕専用のライフル銃が
あれば、いつでも狼を退治出来るんだろうなぁ~って思って。」
「うん、其れは、いい話を聞かせてくれたねぇ~、じゃ~、城に戻った
ら、早速にでも、ボスに頼んで見るよ。」
隆一は子供のように目を輝かせ。
「本当に頼んでくれるんですか、なんだか、本当に嬉しくなってきました
よ。」
ジムと加藤が考えた作戦は一応成功したのである。
一方、城では、シュミットの指示で、隆一専用のライフル銃を作っていた
のである。
「シュミット、如何ですか。」
「ボス、一応、完成しましたが、隆一が戻り次第、微調整をすれば完成で
す。」
「そうですか、ビルからも連絡が入り、隆一も専用のライフル銃が欲しい
と言ったそうですよ。」
「では、ボス、いよいよですか。」
「いや、今回は、今までとは違うんだ、じっくりと時間を掛けて訓練する
ようにと考えて要るんだ。」
「じゃ~、教えるのは。」
「私はね、ジムが最適だと思ってるんだ。」
「そうですね、私も、彼なら賛成ですよ、ジムに任せれば、最高のスナイ
パーに育て上げると思いますよ。」
「まぁ~、後は愛子に任せるよ、愛子だって、全てを話さないと言ってる
んだ。
愛子も、相当苦しんだと思うんだからね。」
「そうですね、でも、愛子であれば、心配は無いと思いますよ。」
「うん、私も同感だよ。
一方、そんな話に成っているとは知らない隆一は、加藤のライフル銃を持
って上機嫌である。
こんな事は日本では不可能なのだ、隆一を特別なスナイパー育て上げる計
画は着実に進み、今日は、加藤のライフル銃を借りて、狼退治に向かうので
有る。
いつも、狼が多く出没するところまでは一時間ほどの道のりである。
馬上の隆一は、加藤のライフル銃を持ち二コニコとしているが、隆一は狼
の本当の恐ろしさを知らないので有る。
「隆一、嬉しそうだね。」
「判りますか。」
「そりゃ~、判るさ、さっきから、ニコニコとしているからね。」
隆一は、狼退治よりも加藤のライフル銃を持って要るからなのか。
「ええ、僕も、本当は狼退治なんてはじめてなんですよ。」
「だけど、狼って本当に恐ろしいよ、隆一、狼はね集団で来るからね。」
「でも、集団といっても、10頭くらいでしょう。」
「いや、わからんよ、多い時には、50頭、いや、百頭にもなるんだ。」
「でも、僕がテレビで見たときには10頭前後でしたから。」
「隆一、其れは、まだ少ないんだよ、この牧場には数百頭の狼がいるんだ
よ。」
「え~、そんなにもいるんですか。」
それでも、まだ、判って無いのか、隆一がテレビで見たと言うのは、他の
国に撮られた映像なのだ。
だが、この牧場に、過去一度も、テレビクルーが入った事が無いので有
る。
ジムと加藤、後の数人のカウボーイ達は専用のライフル銃を持って要る。
勿論、隆一は加藤のライフル銃を借り、今回の狼退治に参加しているの
だ。
加藤だけは普通のライフル銃を持って要るために。
「加藤、済まないが、隆一の補助に入ってくれないか。」
「うん、勿論だよ、あの時は、運が良かったと考えるべきだと思ってるん
だ。」
「実は、僕も、同じなんだよ、隆一は自分は出来るんだと勘違いしている
と思うんだよ、狼がどれ程恐ろしいか判って無いからなぁ~。」
「ジム、僕が注意して行くよ。」
ジムは、加藤も同じ日本人だからと言うだけで、隆一を見させるのでは無
い。
加藤も超一流のスナイパーなのだ、この牧場では、ジムや加藤など数人が
スナイパーの訓練を行なっている、言わば、教官とも言うべき存在なのであ
る。
「隆一、この弾は特別製の弾なんだよ、我々が使用するライフル銃に合わ
せて作られているんだ。」
「加藤さん、ライフル銃によって弾丸が違うんですか。」
「いや~、そうじゃ~無いんだ、銃の口径によって普通は作られて要るん
だが、我々のライフル銃は特別製なんで弾丸も特別製だって言う事なんだ
よ。」
「それじゃ~、普通の銃砲店では取り扱って無いんですか。」
「うん、その通りだ、このライフル銃と弾丸で狼を確実に仕留める事が出
来るんだ。」
「へぇ~、じゃ~、このライフル銃は狼退治専用って事なんですね。」
と、隆一は思って要るが、実は、このライフル銃がスナイパー専用なので
ある。
特別に製造されたライフル銃のために世界中の警察機関でも登録はされて
いないのである。
「加藤さん、変な質問なんですが。」
隆一の質問は予想されていたのである。
「何を聞きたいんですか。」
「僕は素人なんで、知らないんですが、この専用のライフル銃なんです
が、射程距離と言いますか。」
「今、君の持って要るライフル銃はね、1500メートルなんだ。」
「えっ、1500メートルも飛ぶんですか。」
「いや、そうじゃ~無いんだ、僕の説明が悪かったね、1500メートル
と言うのは、1500メートル先の目標に対して、全て命中すると言う事な
んだ。」
隆一は何も知らないので驚きも普通では無いのである。
「えっ、其れは、凄い性能だって事なんですか。」
「うん、その通りだよ、世界中探しても、これほど、正確にしかも、長距
離の射程を持つライフル銃は無いと思うんだ。」
「加藤さん、なんで、そんなに射程距離を持つライフル銃が必要なんです
か、それも、狼に対してですよ。」
加藤は、隆一もスナイパーに成るんだとは言えないのである。
「隆一、特に此処の狼って動物はね、我々、人間の存在に気付くと、絶対
に言って良いほど、近くには来ないんだよ。」
「でも、狼だって食料になる牛の近くまで行くんでしょう。」
「狼はね、賢いから、直ぐには近寄らないんだ。」
「じゃ~、何時になったら近づくんですか。」
隆一の聞きたい事はわかっているのだ、狼も牛を襲う時には近くまで来る
はずだと。
「此処の狼はね、数十頭が群れを作り、その群れが、時間を掛けて牛を群
れから外して行くんだ、それも、実に巧妙にだよ。」
「じゃ~、僕はと、じゃ無くて、加藤さん達は、遠くから狼の動きを見て
いるだけなんですか。」
「この牧場はね、数万頭の牛が放牧されているんだよ、その全てを監視す
る事は事実上不可能だって話なんだよ、今から行く場所でも確実に狼が出没
するとは限らないんだよ。」
「じゃ~、狼次第って事なんですか。」
隆一は狼の性格も全く知らないのだ、だが、その方が、加藤やビル達にと
っても都合が良かったのである。
「加藤さん、世界中の狼も同じだって事なんですか。」
「いいや、其れは、判らないよ、僕だって、此処の狼の性格を知るまで数
年も掛かったんだからね。」
「じゃ~、僕が殺った、狼はなんであんなに近くまで来たんですか。」
「う~ん、其れは、僕にもわからないが、多分、あの数頭は群れから外さ
れたのか、それとも、付近を偵察に来た群れの一部だと思うんだ。」
「え~、狼ってのは軍隊と同じなんですか。」
「うん、此処ではね、ジムも僕達もボスの狼を仕留めたいと思ってるんだ
が、ボスと思われる狼はね、普通のライフル銃じゃ~届かないところにいる
んだよ。」
加藤は、あくまでも、このライフル銃は狼退治に使うためだと言わなけれ
ば成らないのである。
「そのボス狼を仕留めるために、ライフル銃も特別製だって話なんです
ね。」
隆一も、少し理解をしたのか。
「そのボス狼がいる限り、牧場の子牛、いや、子牛だけじゃ~無いんだ。
全ての牛だけど、我々だって安心する事も出来ないんだよ。」
「確かにそうですね、それじゃ~、ジムも加藤さんも、早く、そのボス狼
を退治したいと思うのも当然ですよね~。」
「うん、その通りだよ、今日は確実に現れるとは限らないんだ。
奴らはね、人間の匂いを嗅ぎつけると、場所を変えるんだ。」
隆一は感心している。
「狼って、本当に賢い動物なんですね、僕も、少しだけなんですがわかっ
てきました。」
「隆一、この弾丸が特製ライフル用なんだ。」
加藤は一個の弾を取り出したのである。
「へぇ~、之が、その特別製のライフル銃に使われる弾なんですか。」
「それと、之が、普通の弾なんだ。」
「加藤さん、普通の弾よりも長いんですね。」
隆一は、今日まで真剣にライフル銃の弾丸を見た事が無いのだが。
「うん、そうなんだ。」
「それと、口径と言うんですか、少し太いように感じるんですが。」
専用のライフル銃は、普通のライフル銃と違い、大量に作られて要る銃で
はなく、城の地下工場で、専門の職人がスナイパーに合わせて作っているの
である。
「へぇ~、隆一、良くわかったね~、普通の人じゃ~、まず、この違いを
見極める事は出来ないんだが、やはり、君は普通じゃ~無いって事だよ。」
加藤は此処まで話が進むと驚きもしないのである。
「加藤さん、でも、よ~く見れば、誰でもわかると思いますが、ただ、
一般の人達がこのライフル銃や弾丸を見る事は無いので違いは判りません
が。」
「うん、君の言う通りなんだ、我々も、普段はこのライフル銃を使う事は
有りませんがね、ジムが狼退治だと言えば、全員が個人専用のライフル銃を
使用するんですよ。」
「じゃ~、この牧場じゃ~、ジムの指示で使用するライフル銃も変わるん
ですか。」
「うん、その通りなんだ。」
隆一は、特製ライフル銃が狼退治用だと思い込みはじめてきたのである。
「加藤さん、そのボス狼の出没する場所なんですが。」
隆一は興味を示しだしてきた。
この狼退治はボス狼を仕留めると言うのが表向きの目的なのだが、ビルも
加藤も、ボス狼が、一体、どれなのか隆一には知らせないと考えて要るので
ある。
其れよりも、この特製ライフル銃を隆一が何処まで使いこなせるのか見た
いのである。
スナイパー用の専用ライフル銃だが、構造はシンプルである。
普通のライフル銃よりも反動は大きく、其れに慣れるまでは時間が掛かる
のである。
「この付近じゃ~無いんだよ、10キロほど先に大きな森が有るんだが、
その森には、普段は入る事は無いんだよ。」
「何故なんですか、日本の森と違って、此処の森は平坦な場所が多いんで
すね。」
隆一は、最初に通った森が平坦なところだと思っていたのだ、日本では、
森と言えば小高い丘や山地周辺に有るのだが、平坦なところには殆ど無いと
思っているのだ。
「我々が最初に通った森には、普通は殆ど狼はいないんだ、其れはね、
我々、人間が頻繁に往来するからなんだ、其れに比べ、今から行く森には滅
多に行かない事もあって、常に、数十頭の群れがいるんだよ。」
「じゃ~、簡単に見つかりますね~。」
「簡単にと言えば、簡単だけど、何度も言ってるが、此処の狼は、実に賢
いんだよ、多分、我々の存在は既に知って要ると思うよ。」
「えっ、それじゃ~、狼に我々が行く事を知られて要るんですか。」
加藤は、この牧場周辺に生息している野生動物、特に狼は特別な感覚を持
って要ると考えて要るのだ。
「僕は、他の地域は知らないんだが、この地域に住む野生動物は特別な感
覚を持っていると思って要るんだ、でも、その中でも狼は別格だね。」
「それじゃ~、簡単には見つからないんですか。」
「う~ん、その答えは行って見ないと判らないんだ。」
隆一は、最初、簡単に数頭の狼を仕留めたので、今度も簡単に仕留める事
が出来ると思って要るのである。
「まぁ~、隆一、慌てる事も無いよ、何れかの日には、必ず、ボスの狼を
仕留める事が出来ると思ってるんだ。」
「じゃ~、いつも成功するとは限らないんですね。」
「うん、そう思って間違いは無いよ、あせったところで仕方が無いから
ね、隆一も、のんびりと構える事だね。」
「はい、判りました。
でも、何かわかりませんが、気持ちがわくわくとするんですよ。」
「うん、隆一の気持ちはわかるよ、僕も、はじめての頃は、同じだったか
らね。」
「加藤さんが、はじめて狼を仕留められたのは、何時頃だったんです
か。」
「う~ん、余り、はっきりとは覚えてはいないんですよ、ビルと、何度か
行ったんですがね、最初の頃は、普通のライフル銃を使ったんですよ、で
も、奴らわね音に反応するんですよ。」
隆一は知らなかったのも当然だった、日本で狼を見た事も無い者が、まし
てや、素人が何も知らない状態で狼の退治に行くのである。
「隆一、このライフル銃にはねサイレンサーを付けるんだ。」
「えっ、サイレンサーって。」
隆一は、映画やテレビの中で見るだけだった。
「消音器の事ですよ、これを付けないと、発射音で、狼は直ぐに逃げて行
くんです。」
「そんなに、狼は敏感なんですか。」
「うん、此処の狼はね。」
ジムと動向して数人は周りを警戒しながら目的の森へと進んで行くのだ。
そして、数時間後。
「加藤に隆一、森の入口に近づいてきたから注意を頼むぞ。」
「ジム、了解したよ、隆一、此処からが本番だよ、周りに注意してくれ
よ、それと、弾はまだ入れない、ジムの合図で込めるからね。」
「はい、判りました。」
隆一も辺りをきょろきょろとするのだが、素人に、森の中に潜む狼を見つ
け出す事は不可能である。
それとは、反対に、隆一の動きは狼に知られて要るのである。
それから、一時間ほど進むと、少し開けた場所に着いたのである。
「よし、此処で待つとするか、加藤、準備に入ってくれ。」
「了解。」
と、加藤は馬から降りて。
「隆一も手伝ってくれないか。」
隆一は、早くも狼を仕留める事が出来るのかと思い。
「加藤さん、もう見つけたんですか。」
加藤は、二コットして。
「いや、今からコーヒーを作るんだよ。」
「えっ、なんで、コーヒーなんですか。」
其処に、ジムが来たのだ。
「まぁ~、隆一、慌てる事は無いんだ、此処では、我々、人間と狼の我慢
比べと言って良いか、人間と狼の騙し合いなのかなぁ~、加藤。」
「そうですね、私も、人間と狼の騙しあいだと思って要るんですがね。」
と、加藤は笑うのである。
「でも、何処に狼はいるんですか。」
と、隆一はわからないのだ。
「隆一、もう既に、数頭が此方を見ているんだよ。」
「えっ、本当なんですか、僕は、まだだと思ってたんですが。」
隆一にわかるはずが無いのである。
「なぁ~、隆一、我々が、森に入る頃には、狼達はお互いが連絡をしてい
るんだよ。」
「え~、狼って、言葉が。」
「隆一、この世界で言葉が通じるのは人間だけじゃ~無いんだ、ただ、
我々が他の動物の言葉がわからないだけなんだよ。」
と、ジムは言うのだが。
「それじゃ~、奴らに、僕の事も知られて要るんですか。」
「そりゃ~、勿論だよ、多分、今日来た人間どもの中に、何時もと違う人
間がいるぞってね。」
と、ジムも加藤も笑うのである。
「じゃ~、僕は、一体、何をすればいいんですか、それとも、狼に気付か
れないようにすれば。」
「う~ん、其れは、大変難しい問題だね、狼には、我々は、何時ものメン
バーだって事は知られて要るんだよ、其れは、やつらに、我々の動きが知ら
れて要ると言う話だ。」
「其れじゃ~、僕は、映画のように草を身体に着けて行くんですか。」
ジムも加藤も、其れに、他のメンバーも大笑いをするのである。
「隆一、そんな事をしても無駄なんだよ。」
「え~、何故なんですか、狼から、僕の姿が見えなければいいんだと思う
んですが。」
隆一は、狼が、人間の数万倍も匂いを嗅ぎつける事を知らなかったのだ。
「隆一、狼もだがね、自然界で生きる動物はね、人間の数万倍も匂いを嗅
ぎつけるんだよ、だから、そんな方法じゃ~駄目なんだよ。」
「じゃ~、どんな方法がいいんですか、教えて下さい。」
「隆一、姿を隠す方法はね、映画の中では、人間が標的なんですよ、相手
がね人間だったら、隆一の方法は成功するんだがね、狼に、気付かれない方
法が一つだけあるんですよ。」
「なんですか、その方法って。」
「うん、其れはね、風下に行く事なんだよ。」
「風下にですか。」
「その通りですよ。」
隆一も少しは聞いた事が有るのだ、自然界では動物に気付かれないで近づ
くには風下に行く方法が有るのだ、だが、いつも、風が吹いているとは限ら
ないのである。
「でもね、今はね、全くの無風状態なんですよ、そんな時は如何すればい
いんですか。」
隆一は、知らず、知らずの内にスナイパーの訓練を受けて要るのである。
それでも、ジムは、スナイパーに成る為に訓練では無いと思わせる必要が
有るのだ。
「隆一、自然界では、本当の意味で無風と言うのは無いんだ、その証拠
に、あそこの草を見てご覧よ、少しだけど揺れているだろう。」
隆一は、ジムが言った方角を見ると、確かに少しでは有るが、草が揺れて
いるのだ。
「「はい、確かに、少しですが、揺れていますが、でも、あれくらいで
は、狼も気付かないんじゃ~無いんですか。」
「隆一、其れが大間違いなんだ、微かな匂いを嗅ぎ分ける事で自然界での
生死が決まるんだよ、それ程、自然界は厳しいって話なんだ。」
隆一は困惑しているのだ、其れは、微かな匂いでも、狼に気付かれると言
うのだから。
「でも、この近くには、全く揺れて無いんですが。」
「うん、それも、重要なんだよ、例えば、この位置から、あの場所にいる
狼を仕留めるとしようか、その前にだよ、我々の後方はどうなっているのか
知る事も大切なんだ。」
「はい、我々とは反対方向ですが、あっ、そうか、この風向きじゃ~、
我々の匂いは、狼のいる方向に向かっているんですね、それも、少しづつで
すが。」
「うん、そのとおりだよ。」
隆一は、理解し始めたと、ジムも加藤も思ったのである。
「それじゃ~、隆一だったら、如何するかだ、之からが本当の戦いになる
んだよ、狼を仕留めるって事は、本当に大変なんだよ、特にこの牧場付近に
生息する狼にはね。」
「それじゃ~、僕は、狼を仕留めるどころかその前に風を読む事を練習し
なければなら無いって事に成るんですか。」
「うん、そうなんだよ、本来はね、風を読む事から始めるんだけどね、風
を読むって簡単に言うが、そんなに甘いもんじゃ~無いんだよ。」
隆一は、どうしても、ボスの狼を仕留めたいのだが、簡単では無いとはじ
めて知ったのである。
「あの時、狼を仕留めたのは、やはり偶然だったんですね。」
と、隆一は、落ち込むのである。
「いや、其れは違うと思うんだ、あの時、ただの偶然だけで、此処の狼を
仕留める事は出来ないと思うんだよ、それも、1頭や2頭じゃ~無いんだか
らね。」
と、優しく、ジムは言うのだ。
「なぁ~、隆一、僕なんか、はじめて狼を仕留めたのはね、訓練をはじめ
て半年くらい経った頃だと思うんだ。」
と、加藤は嘘を言ったのだ。
「え~、加藤さんが、半年も掛かったんですか。」
「うん、その通りだよ、僕も、ビルが言った様に風を読む事から始めたん
だ。」
「やはり、最初から大切な訓練なんですね。」
また、少し落ち込みかける隆一だったが。
「どうですか、私の見たところでは、隆一は素質が有ると思うんだ、その
素質のお陰で、最初に数頭もの狼を仕留めたんだ、ただね、悲しいかな、隆
一は素人なんだよ、狼の特性も知らないんだ、之はね、別に隆一の責任じゃ
~無いんだよ、我々の牧場に居る者はね、日本じゃ~無いから出来るんだ、
隆一は、別に卑下する事は無いんだ。
それと、風を読むって言ったがね、これはね、特別な訓練は必要無いんだ
よ。」
「でも、風は見えないですよね。」
「う~ん、其処なんだ、風を読むって言ったけど、別に難しい事は無いん
だよ、隆一が本当に狼を仕留めたい思うんだったら、僕も加藤も教える事は
出来ると思うんだ、でも、今回はね無理だから、隆一の思う通りに殺っても
らってもいいんだ。」
「でも、僕は、何か情けないと思っているんですよ。」
「いや、そんな事は無いんだ。」
確かに、隆一は少し自信を無くしはじめていると加藤も思ったのである。
「でもね、狼退治って、僕は簡単に思ったけど、これほどにも大変だとは
思わなかったんですよ。」
ジムも少し弱気になってきたと思い。
「今日はね、隆一の思う通りの方法でいいんだからね。」
と、優しく言うのだが。
「うん、そうですよね、全くの素人が、プロに勝つ事なんて事は有り得な
いんですからね、僕は、僕の思った方法で、だけど、本当に狼を仕留めるっ
て事なんか出来るんですかね~。」
加藤は、二コットして。
「隆一にいい事を教えようか。」
と、加藤は秘策が有る様な言い方をして隆一の顔を見ると、隆一の眼つき
が変わったのである。
「えっ、加藤さん、秘策が有るんですか。」
と、隆一の身体が自然と加藤の前に出たのである。
ジムも知ってはいるが、ここは、加藤に任せたのである。
その加藤はニヤリとして。
「隆一、人間と同じなんですよ。」
「えっ、人間と同じって。」
「うん、其れはね、人間の社会では、命令する者と、命令に従って働く者
が居るでしょう。」
隆一は、うん、うん、頷くのである。
「それと、同じ事がね、狼の社会でもあるんですよ。」
「え~、狼の世界でもですか、でも、命令する狼と、命令されて動く狼を
見分ける事なんか、僕には。」
「其れが、簡単なんですよ。
狼のボスはね、遠くで全体を見て命令を出しているんですからね。」
「それじゃ~、軍隊と同じじゃ~無いですか。」
「そうですよ、軍隊でも、将軍と呼ばれる人達はね、絶対と言って良いほ
ど、遠くに居るはずですよね。」
隆一の目も少しづつだが輝きだしたのである。
「映画でも、良く同じシーンを見ますが、歩兵と呼ばれる兵士達は最前線
で戦っていますがね、上官ですよね、それも、将軍やその人達に近い将校と
呼ばれる人達は本当に弾が飛んで来ないところにいますよね、あれと一緒な
んですか。」
「そう、そう、その通りですよ、歩兵は命令を受けて前進しますがね、
その歩兵が一番先に犠牲になるんですよ。」
「それじゃ~、狼の世界でも同じなんですか。」
「そうですよ、隆一も少し見れば直ぐにわかりますよ。」
「それじゃ~、僕も、その歩兵じゃ~無かった、歩兵と同じ役目の狼を仕
留める事が出来るんですよね。」
隆一の顔付きが一段と変わってきたのである。
「そんな奴らも人間と同じですからね、何も考えずに飛びこんできますか
ら、直ぐに判りますよ。」
「僕は、その狼に狙いを付け、仕留めればいいんだ。」
「そうですよ、僕も、隆一だったら直ぐに出来ると思いますが。」
「はい、判りました、でも、本当に、狼は来るんでしょうか。」
と、隆一は自信が有るのか、狼に早く来て欲しいのだと。
「でも、それだけは、我々にもわかりませんよ、何せ、相手が人間じゃ~
無いですからね、我々も、狼の言葉だけはわかりませんからね。」
と、ジムは笑い、其れに釣られて、隆一も加藤も笑うのである。
「其れじゃ~、我々も、準備に入るとしますかね。」
その時だった。
ジム、ジム、と、小さな声で呼んだのだ。
「ビル、あの丘の上に、一頭現れたよ。」
ジムも加藤も遠くの丘に一頭現れた狼を見るのである。
「隆一、ライフルのスコープで見れば判るよ多分、あれがボスの命令を受
けた、人間で言えば、斥候見たいな役目の狼なんだ。」
と、ジムは、小声で隆一に説明するのだ。
「はい、判りました。
僕も見て見ます。」
と、隆一も小声で返答するのである。
隆一は言われた通りスコープで丘の上を見ると、確かに狼である。
だが、その狼は暫くして姿を消したのである。
「ねぇ~、加藤さん、あの狼は何処に行ったんですか。」
「あの狼ですか、あの狼はね、ビルの言ったとおりで、我々の様子を調べ
ているんですよ、今、此方から、丘に向かって微風が吹いていますので、
我々の存在を知らせに戻ったと思いますね。」
ジムも同じだと頷くのである。
「其れじゃ~、私達は移動しなければ。」
「いや、少し待って下さいよ、そろそろ、風向きが変わると思いますから
ね~。」
「えっ、加藤さん、何故、風向きが変わるとわかるんですか。」
「なぁ~、隆一、我々はね、この牧場だけの天気を見てるんじゃ~無いん
だ、広く天候を知る事も大切なんだよ、その天候によって、狼が出没するか
検討するんだよ。」
「其れじゃ~、天候の具合も左右されるって事なんですか。」
「うん、僕達はそう思ってるんだよ、人間だって、大嵐の日にわざわざ外
出する事も無いだろう、それと同じなんだ、まぁ~ね、我々も多くを経験し
ているからね。」
「へぇ~、僕は、牧場の仕事って、本当に奥が深いって、今、はじめて知
りましたよ。」
「隆一、いやに成ったかね。」
と、ジムは隆一の気持ちを確かめるのである。
「いいえ、そんな事は有りませんよ、以前の仕事は命令された事だけを行
なえばよかったんです。
でも、僕は、そんな仕事は好きじゃ~無いんですよ、僕はね、此処に来て
はじめて仕事って簡単に言いますが、どんな仕事でも、最初に基本、そし
て、色んな勉強する事が、大切だと感じています。
僕は、正か、狼退治に天気予報も必要だとは思いませんでしたから。」
「でも、簡単に仕事の方が楽じゃ~無いのかなぁ~。」
ジムは、隆一を何としても、スナイパーに育て上げようと思っているの
だ。
「ええ、確かに、楽な仕事も考え方次第で、仕事の内容は変わってくると
思いますが、でも、僕は、今、無性に殺りたいんです。」
「うん、だけどね、何れ日本で仕事に就くんだと聞いて要るが、日本じゃ
~、此処で訓練した事は役に立つとは思わないんだが。」
と、ジムは、少し離すように言ったのである。
「僕もわかっていますよ、日本じゃ~特定の人達だけが銃を持つ事が許さ
れています。
僕も、日本に帰れば、一応、警察庁の人間と言う事なので、特定の人が持
てる銃を持つ事に成りますので、でも、何時かは、何かの役に立つと思って
います。
其れが、銃を持たない仕事に就いてもです。
僕は、此れからの人生で、同じ仕事をするんだったら、その前に色んな事
を勉強したいと思って要るんです。
このライフル銃を使いこなせる事も大切な勉強だとわかったんです。」
「じゃ~、隆一は、我々の持って要る特別製のライフル銃を使いこなした
いと思っているのか。」
「はい、今は、そう思っています。
ライフル銃を使いこなす事が大切ではなく、その過程が重要だとわかった
んです。」
「そうなのか、でも、この特別製のライフル銃を簡単に使いこなす事は
大変だよ。」
「はい、判っています、でも、僕が、今出来る事は、このライフル銃を使
いこなす事なんです、その為には、大変な苦労も有ると思いますが、でも、
どうしても、使いこなしたいんです。
ジム、加藤さん、どうか僕に教えて下さい、お願いします。」
と、隆一は、二人に頭を下げたのである。
「ジム、ジム、今度は、数頭現れたよ。」
「うん、判った、隆一、どうだ、試しに、このライフル銃で丘の上の数頭
を狙っては。」
突然だったが、隆一の目は輝き。
「えっ、本当にいいんですか、でも、失敗したら、他の狼は。」
「隆一、まずは失敗する事だよ、自分で、これだと思う狼に狙いを定め
る、それから撃つ、実に簡単じゃ~無いか、やって見ろよ。」
「はい、判りました。」
と、隆一は、一番楽な射撃体勢に入ったのだ。
この隆一が構える姿は、実に自然体だ、其れにしても、一番楽な姿勢に
入るとは、本当に、この男は素人なのか、と、考えるビルであった。
その時、乾いた音が小さく鳴った、隆一がはじめて特別製のライフル銃を
撃った瞬間である。
その数秒後、一頭の狼が倒れたのである。
狼達は突然の事で、一斉に逃げ出したのである。
「隆一、凄いな、本当に、この特別製のライフル銃をはじめて撃ったとは
思えないよ。」
と、ジムは舌を巻き、加藤や他の者達も驚きの為なのか、声も出なかった
のである。
「ところで、隆一が狙った狼を仕留めたのか。」
と、加藤は早く聞きたいのだ、すると。
「少し、外れました。」
「えっ、少し外れたとは、どの様に外れたんだ、狼は仕留めたじゃ無い
か。」
と、ジムもどの狼なのか知りたいのである。
「はい、狙った狼なんですが、僕は、狼の頭を狙ったんです。
でも、一瞬、狼の頭が動いたんです。」
「じゃ~、何処に当たったんだ。」
「はい、頭の下の首なんですが、本当に悔しいですよ、あの時、あっ、そ
うか。」
「如何したんだ、何がわかったのか。」
ジムは判っていたのだ。
「はい、僕は、風を計算して無かったんです。
丘の手前の草や木の葉の動きを。」
「えっ、隆一、其処までわかったのか。」
と、加藤は驚いたのである。
今の今まで、話をしてきた事を、この男は、直ぐに理解したのか、それと
も、聞いた事が自然に出来るのか、今までも、多くの男達がやって来たが、
隆一の様な男ははじめてである。
とても、聞いただけで本当に出来るとは思われないのだ、やはり、隆一と言う男は、何かが違うのだろうか。
その時、仲間の一人が、隆一がはじめて仕留めた狼を持って帰ってきたの
である。
やはりというのか。
「加藤、隆一の言う通りだよ、首に当たっているよ、それも、頭近くにだ
よ。」
「本当ですね、こりゃ~大変な事になってきましたよ、隆一が本格的な訓
練を行ない、その後に彼は、狼退治の専門家って事に成りますね、そんな事
に成ったら、我々の仕事が無くなってしまうよ。」
と、加藤は本当とも嘘とも取られるように言ったのだ。
「えっ、そんな事は絶対に有りませんよ。」
「だけど、隆一がはじめてだと言う、特製のライフル銃で、最初の一発で
見事に狼を仕留めたんだよ、之はね、我々の歴史を変えるほどの一大事件で
すからねっ。」
と、加藤は、少しおどけて見せたのである。
其れにしても、隆一は本当にはじめてなのか、ビルは、この男は訓練次第
で、超一流のスナイパーになると思うのだが、現実に戻れば、隆一の任務は
日本国内だけの仕事なのだ、それでも、隆一が言う様に、必ず、役に立つの
だと信じるしか無いのである。
一方、隆一は、大きな喜びを表すのでもなく、淡々としている、この隆一
という男が判らないと加藤は思っているのだ。
「隆一は喜ばないのか。」
「はい、少しですが、嬉しいですよ、でも、僕が狙ったところじゃ~無か
ったのが悔しいんですよ。」
と、隆一の表情は悔しさを滲ませている。
「だけどね、最初の一発で、しかも、あの距離をですよ。」
ジムが調べたところ、3百メートルの距離だった。
「僕は、まだまだ、納得できないんです、ジム、お願いです、僕は、誰に
も出来ない様に成りたいんです。」
この隆一はやっと本気に成ったとビルは思い。
「判ったよ、お城に戻って、ボスの許可を頂いてから訓練に入るとします
かね~。」
「えっ、本当ですか、僕は必死に訓練と勉強をしますから。」
と、隆一の目は輝き、表情も嬉しさでいっぱいである。
「で、何時頃、お城に戻るんですか。」
と、早く帰って訓練を始めたいと言ってるのだ。
「隆一、其れは、今、直ぐにとは言えませんよ、我々は狼の退治に来たん
です。
一頭でも多くの狼を仕留める事が、今の、我々の仕事ですからね。」
と、ジムは隆一の心を静めるのである。
「はい、申し訳有りません。
僕も、一度、冷静になる必要が有りますね。」
と、隆一はジムに頭を下げるのである。
「うん、そのとおりですね、其れじゃ~、今から、狼退治を始めるしますか
ね~。」
「はい、判りました。」
と、隆一は、直ぐにでも帰りたい気持ちを抑え、、狼退治に行くのだ。
そして、数日が経って、隆一は20頭の狼を仕留め、全員では50頭の狼
を仕留めたのである。
「50頭も仕留めたのは、今回がはじめてだよ、其れにしても、隆一の活
躍は素晴らしかったよ、其れじゃ~、みんな、城に帰るとするか。」
ビルは、今までに無い成果だと言って、一路、城に戻って行くのである。
数時間後、城に戻って着た隆一は、みんなが驚いている表情に。
「ねぇ~、お城で何かあったんじゃ~無いんですか。」
と、隆一は知らないのである。
「隆一、今回、君の大活躍を、僕が先に報告しておいたんだよ。」
「えっ、僕の事をですか。」
その時。
「隆一さん、お帰りなさい。」
と、愛子が飛んで来たのだ、隆一が、馬を降りると、愛子は抱きつき、
キスをするのである、側に居たみんなは、愛子と隆一を見て微笑んでいる。
「隆一さん、もう、本当に寂しかったんだらか。」
と、またも、愛子と隆一は濃厚なキスをするのである。
「ねぇ、ねぇ、何処にも怪我は無かったの、狼に襲われなかったの。」
と、愛子は、隆一を心配するのだが。
「な~に、隆一はね、狼に襲われるどころか、20頭もの狼を仕留めたん
だよ。」
と、ジムは、隆一の成果を言うのだ。
「ねぇ~本当なの、隆一さんが、20頭も狼を仕留めたって。」
隆一は頷き。
「本当なんだ、でも、僕は、何か悔しいんだ。」
「何故なのよ、隆一さんは、はじめてなんでしょう、ライフル銃を撃つの
は。」
「うん、其れは、本当なんだ、でもね、僕が狙ったところに当たらないん
だ、其れが、一番、悔しいんだ。」
「でも、私は、隆一さんが無事で本当に良かったと思うのよ、だって、
そうでしょう、隆一さんは、狼の事なんか、何も知らないのよ、私は、本当
に心配で、心配で、何も考える事が出来なかったんだから。」
と、愛子の目に涙が浮かんでいた。
隆一は、そっと、愛子を抱きしめ。
「心配、掛けて御免ね、愛子、此れからは、君の事を考えて行動する
よ。」
と、隆一は愛子の額に優しくキスをするのである。
愛子は、思いっきり、隆一の体を抱きしめた。
その時。
「隆一、話は聞いたよ、20頭も狼を仕留めたって。」
と、シュルツは、小さな声で言ったのだ、隆一は愛子が離れるのを待っ
て。
「はい、その通りですが、でも、何か、物足りないんです。」
シュルツもジムからの報告で、隆一が本気で、射撃の訓練に入りたいと聞
いて要るのだ。
「じゃ~、隆一は、本気で射撃の訓練をしたいと考えて要るのかね。」
「はい、勿論です。
僕は、何としても、射撃を上手になりたいんです。
僕は、射撃だけじゃ~無いんです、今回、其れが、良くわかったんです。
他の勉強も大切だと言う事が。」
「良くわかったよ、だけど、その本気が何処まで続くか、本気が続かない
と、本当に射撃は上手にならないからね。」
「はい、勿論です、僕は、必ず、上手になってあいつらに見せてやります
よ。」
隆一の言う、あいつらとは、仕留める事が出来なかった、ボスの狼なので
ある。
「隆一、明日からでも訓練に入れるかね。」
「はい、勿論、喜んで。」
「うん、だが、その前に、今日は、ゆっくりと身体を休める事だね、疲れ
た身体と、心の疲れでは、満足な訓練は出来ないからね、そうだ、明日も、
ゆっくりとして、明後日からはじめる事にしようか、今日は、愛子の甘えに
身体と心の疲れを取ってくれないか、愛子も其れでいいかね。」
シュルツの優しさに、愛子は頷き。
「隆一、疲れただろうから、部屋に戻って、お風呂にゆったり入り、食事
は君達から連絡をもらってから準備に入るからね。」
「はい、有難う、御座います。
でも、馬を。」
「な~に、心配は要らないよ、さぁ~、さぁ~、早く部屋に戻った、戻っ
た。」
と、シュルツは、二人を追い返す様に手を振るのである。
「では、このまま、部屋に戻りますので。」
「いいよ、早く、行った、行った。」
愛子は、隆一に抱きついたまま、部屋に戻って行くのである。
その時、ジムが着たのだ、シュルツは、二人の事よりも、隆一の様子を
知りたかったのである。
「ボス、今、戻りました。」
「いや~、本当にご苦労さんだったね、君には、大変な仕事だと思うが、
早速、隆一の様子を聞きたいんだ。」
と、シュルツとジムを城の中に入って行くのである。
「ボス、あの隆一は、本当に素人なんですか。」
「何故だ、私は、愛子から聞いたとおりに、君に言ったんだよ。」
「ええ、私も、はじめから本当に驚いたんですよ、確かに、基本どおりじ
ゃ~無いんですが、其れが、はじめてとは思えない程正確なんです。」
「やはり、隆一は、何かを持って要るんだな。」
「はい、私は、確信しています。
私も、加藤も、隆一には、何も教えて無いんですが、あれは、持って生ま
れたとしか表現が出来ないんですが。」
シュルツは、驚きもせずに聞いて要る。
「それじゃ~、ジムとしては、隆一を本格的な訓練を行なっても良いと思
うのかね。」
「はい、私は、何も問題は無いと思います。」
「そうですか、判りました。
では、君に訓練を任せるが。」
「はい、承知しました。
ただ、本人は、あくまでも、狼を仕留めるんだと、思い込んでおりますの
で。」
「うん、私も、其れはわかっているんだ、ただ、隆一の仕事は日本だけに
限定しようと思って要るんだよ。」
「ボス、それには、何か理由でも有るんですか。」
ジムは、隆一ならば、世界中飛び回っても出来ると考えていたのだ。
「いや~、別に何も訳は無いんだがね、愛子の様子を見ていると、今まで
の愛子とは別人なんだよ。」
「ええ、私もわかっております。
今までも、愛子は数人の候補者を連れて着ましたが、誰の時でも、愛子は
事務的に進めるだけでした。
でも、今回の隆一だけは、全く別人の愛子です。
私は、愛子と言う女性を其処まで本気にさせた、隆一と言う男が、私も、
羨ましいと思っていますよ。」
「うん、確かにその通りだよ、私も長年、愛子を見ているが、何が、何で
も、隆一の事が、一番先なんだよ、君から帰ると連絡をもらったと、愛子に
言うとね、愛子の表情が、突然、明るくなったんだよ。」
「ボスも、今回は愛子のためにと考えておられたんですね。」
「う~ん、本当は、君の言う通りで、隆一には世界中で活躍して欲しいん
だがね。」
「愛子が言ったんですが、隆一を離したく無いと。」
「ジム、愛子が、そんな事を言う様な女性だと思っているのかね。」
「いいえ、私は、一度も、そんな事は思った事は有りません。
だから、余計、気になるんです。
この城に居る者は、愛子を実の妹の様に思っているんですよ、だから、
みんなは、愛子には、本当に幸せになって欲しいと思って要るんです。」
「私はね、愛子から聞いたんだが、隆一の事だけを数年間も思い続けた
と。」
「ええ、愛子の事ですから、じっくりと時間を掛けたんですね、そして、
最後には賭けに出たと思うんです。
之が、駄目だったら、一生。」
「うん、そのとおりだと思うよ、愛子も、本当は苦しい立場なんだ、其れ
は、本人が一番良く知って要るんだ、だから、余計に何とかしてやりたいん
だよ。」
「ボス、私も、ボスの考えで行かれても良いと思いますよ、誰も、反対は
しないと思います。」
「うん、有難う。」
と、シュルツは決心したのである。
一方、部屋に戻った隆一と愛子は、暫く抱き合っていた。
「ねぇ~、隆一さん、本当に疲れたでしょうから、お風呂に入ってね、
私も、直ぐに行くから。」
「うん、本当は、少し疲れたんだ、僕は、はじめて本物の狼に出会ったん
だからね。」
「でも、驚いたでしょう。」
「うん、勿論だよ、あの精悍な目付きは一生忘れる事は出来ないよ。」
と、隆一は話しながら服を脱いで行くのだ。
「じゃ~、先に入って要るからね。」
「うん、判ったわ、私も、直ぐに行くからね。」
と、愛子は嬉しそうな顔で、隆一の下着を用意するのである。
湯船には適度の温度のお湯が入っている。
やはり、僕は日本人でよかったと、シャワーでは、疲れは取れないと思い
つつ、隆一は湯船に浸かり、此れからの事を考えて要る。
「ねぇ~、隆一さん、湯加減はどう。」
「うん、丁度、いいよ、早く、君も。」
「直ぐに行くわ。」
と、愛子も入ってきたのだ。
「隆一さん。」
「うん、何。」
「お風呂から上がったら、私が、マッサージしてあげるね。」
「いいよ、僕は、別に其処までは疲れて無いから。」
「でも、私が、してあげたいのよ、隆一さんの身体が心配なんだから、
ねっ。」
「うん、じゃ~、お願いするか。」
「有難う、隆一さん。」
その後、愛子は、隆一の身体を洗い流し、隆一は、少し疲れが出た様子だ
った。
お風呂から上がった隆一は、そのまま、ベッドに寝転び、愛子は優しく
マッサージをはじめたのである。
少し時間が経った頃、やはり、隆一は疲れているのだろう眠っていたので
ある。
愛子は、マッサージを止め、隆一の寝顔を見ているうちに涙が出てきたの
だ。
其れは、愛子の心配して要る事なのだ、何れは、隆一と別れる事に成るん
だ、また、別れなければ成らないのである。
其れが、果たして何時になるのか。
明後日からは、隆一の楽しみにして要る射撃訓練が始まる、その訓練が
早く終われば、隆一とはと、考える愛子だった。
そんな事を考えながらも、愛子は、隆一の寝顔を見つめて居るのである。
隆一は数時間も眠ったのだろうか、夕方近くにやっと、目を覚ましたので
ある。
「愛子、御免ね、僕は、何時の間にか眠ってしまって。」
「う~ん、いいのよ、私は、それでも、嬉しいのよ、隆一さんの側に居る
だけで、ねぇ~、隆一さん、どんな事があっても、私を、離さないでね、
お願いだから。」
愛子は、隆一に対し、今言える、精一杯の言葉だった。
「愛子、今更、何を言ってるんだ、そんな事当たり前じゃ~無いか、
僕は、どんな事があっても、絶対に君を放さないからね、君こそ、僕から、
離れるんじゃ~無いぞ、僕はね、地球の何処に居たって探し出すからね。」
「本当よ、本当に、絶対よ。」
隆一は、愛子が、何を突然にと思ったが。
「なんで、そんな事を言うんだよ。」
「いいのよ、何も無いのよ。」
愛子は、後数週間か、それとも、数ヶ月も経てば、嫌でもと考えるので
ある。
「本当に、何も無いのよ、私、今、本当に幸せだから、つい聞いてしまっ
たのよ御免ね。」
「いや、いいんだ、僕が、狼退治なんかに行くから、君に余計な心配を
掛けたんだ。」
隆一は、まだ、本当の事を知らないのである。
愛子は、残された時間を思い切り、隆一に甘えようと思って要るのだ。
「私の隆一さん、何処にも行かないでね。」
と、愛子は隆一を求めたのである。
隆一も、愛子の求めに、愛子を存分に愛したのである。
愛の激闘は数時間も続いたのだろうか、夕食は遅くなったのだが食堂に
行くと、シュミットと娘は優しく出迎えてくれたのである。
「隆一様、少し眠れましたか。」
「うん、有難う、僕も、実は、本物の狼を見たのもはじめてだったんで、
まだ少し興奮が収まらないんです。」
「そうですね、私も、良くわかりますよ、では、お食事を持って参ります
ので、夕食は魚料理ですが、よろしいでしょうか。」
隆一は、嬉しかったのだ、今は、肉を食べたいとは思わなかったのだ。
「はい、僕は、魚料理で十分ですので、お願いします。」
「はい、では、直ぐにお持ちしますので、暫くお待ち下さい。」
と、シュミットは下がって行ったのである。
「愛子、実はね、僕は、本気で射撃の訓練を受けようと思うんだ。」
遂に、隆一が本気に成ってしまったのだ、だが、それも、自分自身が蒔い
た種だった。
「うん、その話は、私も聞きたいけど。」
「それでね。」
隆一は、一体、何を言ってるのだ、其れは、本人もわからなくなっている
のだ。
「そうだ、木田長官も、言ったと思うんだ、僕は、警察庁のバッチを付け
るんだって。」
「うん、それも、木田さんから聞いたわよ、でも、其れは、ライフル銃
じゃないでしょう。」
「ライフルだって、銃に違いが無いと思うんだ、僕はね、狼退治で良く
わかったんだ、それにね、ライフル銃の訓練だけが、訓練じゃ~無いって
事が。」
「ねぇ~、それって、どう言う意味なの。」
「うん、あの時ね、ジムと加藤さんに教えて貰ったんだ、狼退治だと言っ
ても、簡単じゃ~無いって、其れはね、風や温度などの天候にも左右される
ほど大変難しいって事をね。」
「ふ~ん、そんなに大変な事なの。」
と、愛子は言うのだが、愛子も射撃の訓練は受けて要るので知って要る
のだ。
「うん、微風でも、遠くに行けば、行くほど、ライフル銃から発射された
弾丸はね、正確に命中しないって話なんだ、僕はね、その風の読み方も含め
て、天気や自然界の事まで勉強したいんだ。
其れで、最初の射撃の訓練が始まるんだけど、なんて言ったって、僕は
素人だよ、偶然に狼を仕留めたって思いたくないんだ。」
「私も、隆一さんの気持ちはわかるわよ、でも。」
今の、隆一に、愛子の気持ちなどわかるはずが無いのである
「君にも、大変な迷惑かも知れないけど、数ヶ月、いや、数年は掛かるか
も知れないんだ、その射撃訓練が。」
そんな事は無い、隆一の腕前ならば、数週間もあれば出来ると思って要る
のだが。
「じゃ~、その間は、このお城で一緒に居られるの。」
愛子は嬉しさの余り、叫びたかったのである。
「うん、そうなると思うんだ、君は、早く日本に帰りたいと思ってるだろ
うけど。」
愛子は何年掛かっても良いと。
「うう~ん、そんな事無いわよ、何年だっていいのよ、隆一さんさえよけ
れば。」
「えっ、本当にいいのか、じゃ~、木田さんにも伝えないとね。」
「いいわよ、私から、木田さんに伝えておくは、でも、射撃の訓練って
大変だって聞くけれど、本当に。」
「勿論、本当だと思うんだ、其れに、他の勉強も必要だからね。」
その時。
「大変、お待たせ致しました。」
と、シュミットと娘が食事を運んできたのである。
「有難う、こんな夜遅くなって、申し訳有りません。」
と、隆一は、シュミット父娘に頭を下げたのである。
「とんでも、御座いません。
隆一様のご苦労に比べましたら、私の仕事で御座いますから。」
と、シュミット父娘はニコットして下がって行ったのだ。
二人の会話はシュルツも聞いて要る、普段ならば盗聴などはしないのだ
が、シュルツは、愛子と隆一も本心を聞きたかったのである。
「さっきも言ったけれど、僕は、愛子と離れたくないんだ。」
愛子は、何も言わずに聞いて要る。
「だって、語学の勉強も必要だろう、僕も愛子も外国に出るとね、例えば
だけどね、日本の何処かに行った時にだよ、僕達、二人は、日系人にだって
なれるんだ、二人だけの時には、日本語でも、他の土地に行けば、外国語で
話をすれば、誰にもわからないだろう、僕はね、此れから先、一生、愛子と
離れたく無いんだ、その為には、どんな苦労だって出来るんだ、明後日から
訓練が始まるけど、之はね、第一歩なんだ。」
愛子の目からは涙が止まらないのである。
「愛子、今はね、口でどう表現していいのか判らないけど、本気で、君の
事を愛しているんだ、それだけは信じて欲しいんだ。」
「有難う、隆一さん、私も、思いは同じよ、だって、私はね、隆一は知ら
ないと思うけれど、はじめて会った、あの時から、隆一さんの事ばかり考え
ていたのよ、それは、今も同じなの、今は、隆一さんと一緒になれただけで
も、本当に幸せなのよ。」
二人の会話を聞いていたシュルツは決めたのである。
二人には、日本での仕事に就いてもらうと。
「愛子、食事が終わったら、少し踊ろうか。」
「えっ、隆一さんって踊れるの。」
と、愛子は驚いたのだ、其れは、今まで、聞いた事も無い言葉だった。
「僕だって、少しくらいは踊れるんだよ。」
と、隆一は笑ったのだ、愛子も笑い。
その一時間後、食事も終わり、食後の少しの時間だったが、二人は寄り
添い踊るのである。
そして、明くる日、二人は早起きし、ドライブを楽しむのだといっても、
隆一は左ハンドルは苦手だったので、愛子が運転したのである。
二人のドライブは一時間ほどで終わり、戻って着たのでだ、その後、二人
は何時もと同じ様子で、何事も無く一日が終わり。
そして、今日からは射撃の訓練が始まるのである。
「それじゃ~愛子、行ってくるからね。」
「隆一さん、気を付けてね。」
「ああ~、大丈夫だよ、じゃ~。」
と、隆一は愛子にキスをし、射撃場に向かったのである。
射撃場に着くと、其処には、ジムが待っていたのである。
「お早う御座います、今日から、よろしくお願いします。」
と、隆一は、頭を下げたのである。
ジムも会釈し、二人は握手したのである。
「さぁ~、隆一、今日からは本格的な訓練に入るが、覚悟は出来て要るか
な。」
隆一は直立のままで。
「はい、勿論出来ています。」
と、大きな声で言ったので、ジムは少し驚いた様子だった。
「隆一、射撃は楽しいんだよ、何故かわかるか。」
隆一は少し考え。
「其れは、的に当たるからですか。」
「うん、そのとおりだ、隆一の実力だと、簡単なんだがね、一方、厳しいところも
有るんだよ、何故だかわかるか。」
「えっ~と、其れは、やはり的に当たらなかった時ですか。」
「うん、そのとおりだが、少し違うんだ。」
「何が、違うんですか。」
「それはね、正確にと言う事なんだ、的に当たれば楽しいが、正確に当た
らなければ、厳しい訓練になると言う話だ。」
「其れじゃ~、本当に楽しくなるのは。」
「そうだなぁ~、全ての弾丸が、隆一の思ったとおりの所に当たれば、
それこそ、本当に楽しくなるよ、だって、最初に狼を仕留めたときはどうだ
った。」
「そうですね、怖かったのが半分で、狼を仕留めたときの快感が半分でし
たが。」
「そうだろう思うよ、それと、あの時、隆一が言った、悔しいと、じゃ
~、如何するって聞いたら、隆一は上手になりたいって、その時、隆一の
撃った弾丸が思い通りの所に当たらなかったんだ、其れが、厳しいと言うん
だ。」
「僕は、あの時は、何も考えなかったですね、でも、今は、どんな事を
しても、思い通りに的に当てたいと思って要るんです。」
「隆一、あの時、僕が言ったと思うが、自然を相手にして要るんだと。」
「はい、勿論、覚えています。」
「隆一、地球に何が有ると思う。」
「えっ、地球にですか、其れわっと。」
「地球にはね、他に無いものが有るんだ、其れが、引力ってものなんだ、
引力があるために、空中に有る物は、必ずと言っても良いほど、地上に落下
するんだ、どんなに遠くに飛んで行っても、必ず、地上に落ちるって話なん
だよ。」
「はい、判りました、ライフル銃の弾丸も必ず、地上に落ちるって事です
ね。」
「うん、そうだよ、このスコープを覗いてご覧。」
と、ジムは、固定したスコープを見せるのだ。
そのスコープから覗くと、前方に的が見える。
「隆一、前方の的が見えるだろう。」
「はい、丁度、スコープの中心に。」
「だけど、その状態で引き金を引くと、弾丸は、少し下に当たるんだよ、
其れが、引力って奴なんだ。」
「じゃ~、少し上を狙うんですね。」
「そのとおりだが、あの時も言ったが、地球には目には見えない風が吹い
ているんだ、もう一度、スコープで前方を見てご覧、如何見える。」
「そうですね、少しかすんで見えますが。」
「其れが、自然なんだよ。」
「それじゃ~、弾丸は真っ直ぐには飛ばないって事なんですね。」
「うん、そのとおりだ、じゃ~、今から、始めようか、僕は何も言わない
から、隆一の思い通りに撃ってごらん。」
「はい、判りました。」
と、隆一は、まだ、自分専用のライフル銃とは知らなかったのだが。
「あれ、之は、加藤さん専用のライフル銃じゃ無かったんですか。」
隆一は、まだ持っただけである。
「いや、違うよ、其れはね、隆一専用のライフル銃なんだ。」
「えっ。僕、専用のライフル銃って。」
隆一が驚くのも無理は無かったのだ。
「だって、僕の体格もわからないと思うんですが。」
「ある人物は、計る事も無く、専用のライフル銃を作れるんだよ。」
「一体、どんな人なんですか、その人物って。」
「隆一も知って要るはずだ、シュミットだよ。」
「えっ、あのシュミットさんなんですか。」
「そうだよ、あの人はね、一見しただけで、その人物に合ったライフル銃
を作ることが出来る名人なんだ。」
「でも、本当に僕の身体にピタットしているんですよ。」
「よし、じゃ~、隆一、いつでも撃っていいよ。」
「はい、判りました。」
と、隆一はライフル銃を構え、前方の的に狙いを定めるのである。
10秒、20秒、そして、1分が過ぎた時、隆一は静かに引き金を引く
と、乾いた音と共に、弾丸が飛び出し、前方の的に当たったのである。
ジムがスコープで覗くと。
「隆一、本当に大した腕前だよ。」
と、ジムは驚いたのだ。
隆一もスコープを除くと、弾丸は的の中心に当たっていたのである。
「いや~、でも、僕自身が一番驚いているんですよ、本当に、的の中心に
当たっているんですから。」
「それじゃ~、今のままでいいから、続けて撃ってごらん。」
「はい、判りました。」
だが、その後に撃った弾丸は、隆一の思ったところには当たらず、少しづ
つだが外れているのだ。
何故だ、何故、外れるんだよ。
と、隆一は、少し焦り始めたのである。
その後も数十発も撃ち続けたのだろうか、最後まで思い通りのところに
当たらなかったのである。
「隆一、何を焦っているんだ。」
ジムには判っていた。
「いえ、僕は、何も焦ってはいないんですが。」
「隆一が焦る気持ちは良くわかるが。」
「でも、何故、判るんですか。」
本当は、隆一は、少し焦りだしたのである。
確かに、最初の一発は思い通りに命中した、だが、その後は、少しずつだ
が外れているのだ。
「隆一、其れはな、銃身の先を見れば判るんだよ。」
「えっ、銃身の先ですか。」
ジムは頷き。
「うん、そうだよ、銃身の先が微妙に動いているんだ、其れはな、心の中
に、乱れが有るからだよ。」
何故なんだ、何故、其処まで判るんだよ、確かに、一度、外れると、次に
は必ずと思って気持ちが高ぶる、其れが原因なんだが、隆一はわかって無い
のである。
「僕の、心の中に乱れがあるんですか。」
「そうだよ、自分では冷静な積もりでも、銃身の先は嘘はつかないんだ。」
隆一は、素直に認めるのである。
「そうですか、やはり、言われると、確かに焦りは有りましたが、
でも。」
「そうだよ、誰だって同じなんだ、隆一が言った、狼の頭を狙ったが少し
外れて首に当たったと、あの時がそうだったんだよ、隆一は、頭に狙いをつ
けた、だけど、狼は、何時、動き出すか、其れがわからない、だから、早く
仕留めたいと少しの焦りが、頭じゃ無く首に命中したと言う事なんだよ。」
隆一は、はっとしたのだ、これほど、微細だと思いも寄らなかったのだ。
自分では、焦って無いと思っても、指先には、いや、全身には少しの狂い
が生じるのだ、その少しの狂いが、思い通りに的に命中しなかったと言うの
である。
「それじゃ~、思い通りのところに当てるというのは神経が集中しなけれ
ば出来ないと言われるんですか。」
「いや、そうでは無いんだ、神経の集中力も大切だが、其れよりも、常に
平静な心で無ければ成らないって事なんだ。」
「それじゃ~、ただ、神経を集中しただけでは出来ないと。」
「うん、其れが本当に難しいんだよ、幾ら、神経を集中すると言っても
だ、人間の集中力はそんなに続かないんだ、神経の集中力も大切だが、同時
に呼吸も乱れても駄目なんだよ。」
「えっ、呼吸も乱れてはならないんですか。」
「そうなんだ、人間が息をすると、必ず、身体は動くんだ、だから、何時
も同じ状態を保つって事が一番大切なんだよ。」
「それじゃ~、さっき言われた厳しい訓練とは、常日頃から神経も身体も
鍛えるって事になるんですか。」
ジムは頷き。
「うん、僕は、その様に思って訓練を続けてきたんだ。」
「僕も、その訓練は出来るでしょうか。」
隆一は少しづつだがスナイパーの心得を覚えていくのである。
「勿論だよ、隆一は、今でも、一流の腕前を持って要るんだ、訓練次第
で、超一流になるよ。」
「本当ですか。」
先程までと違い、隆一の目に輝きが出てきたのである。
「勿論だ、僕が保証するよ、だけど、この訓練はね射撃だけができたって
駄目なんだよ、判っていると思うが。」
「はい、僕も、その積もりです。
天候も自然界の事も勉強しますので、其れに、身体も鍛えますから。」
隆一は、まだ知らないのだが、本人は相当な決意を持って要ると、ジムは
感じたのだ。
「隆一、良くわかったよ、それじゃ~、明日から、本格的な訓練に入る事
にする。
朝は、ランニングが10キロ、少し休み、今度はウエイトトレーニング
が、午前中の訓練は、一応、これで終わりにする、午後からの訓練は。」
隆一は、午後になれば射撃が出来ると思っていたのだ、だが、期待は裏と
出た。
「午後からは勉強する。」
「あの~、射撃の訓練は。」
「あ~、射撃の訓練か、当分はお預けになるなぁ~。」
「え~、何故、射撃訓練が出来ないんですか。」
ジムも判っているのだ、誰が考えても、射撃の無い、射撃訓練はと。
「隆一、僕も本当は射撃訓練が大好きなんだ、だが、隆一が本気だとわか
ったんで、僕も、本気に成ってしまったんだ、隆一、今は、辛抱して欲しい
んだ。」
隆一も、わかってはいるのだが、射撃訓練が出来ないと、何か気持ちが
落ち込むようだと思ったのである。
「隆一、射撃訓練は好きだから楽しいんだ、だけど、他のトレーニングと
勉強は、僕自身が大嫌いなんだ、だけど、大嫌いだから厳しい訓練になるん
だよ、後は、隆一の気持ち次第だが、どうだ。」
隆一は、暫く考え。
「ジム、僕は、どうしてもやりたいんだ、どんなに辛くてもやりぬく
よ。」
「よし、わかった、隆一、君は、今まで来た連中の。」
「えっ、此処に、今までも何人か着たんですか。」
ジムは、少し慌てたのだ、
「うん、周辺の国からね、狼退治の方法を教えて欲しいと。」
ジムは苦しい弁解をしたので有る。
「ジム、余計な事を聞いて申し訳有りません。
よくよく考えて見ると、世界中には、何万、いや、何十万頭の狼がいるん
ですよね、僕も他は知らないけれど、此処で最高の技術を修得して世界中の
狼退治に行きますよ。」
ジムは、ほっとし、胸を撫で下ろすのだ。
「じゃ~、隆一、明日から始めるぞ。」
「はい、わかりました。」
と、隆一は最後の決断をし、そして、明日からは楽しくもあり、厳しくも
有る訓練が始まるので有る。