番外240 使者の目的は
ショウエンの使者がやってくるのはもう少し時間が経ってからになる。それまでに様々な状況に対応できるよう準備を急ピッチで進めておく。
使者を迎えるのは、訓練で使っていた野外の天幕の中だ。都市の内部にはそもそも立ち入らせない。
その上で破邪の首飾りやクリアブラッドの魔道具を用意して、重要人物に対する呪いや毒に対する防御をきっちりと行っておく、というわけだ。
天幕周りで作業を行いながらゴリョウ達を呼んで、ショウエンの諜報周りがどうなっていたのかも聞いておく。
こちらの方針は決まっているとしても、向こうの掴んでいる情報周りなどを把握しておくことで見えてくるものもあるだろう。
「元々軍備を増強しているのは我らも察知していましたが……そもそもショウエンへの禅譲と即位に、諸侯が防備を固めるのは既定路線で、当然本国も承知しているものと」
「我らもショウエンに従う義理がありませんでしたので……あまり積極的に微細な動きの違いを報告しようという気にはなれませんでしたからね」
当然ながらショウエンはシガ将軍との間で緊張が高まっているのは最初から承知しているわけだから、大筋で伝えてあれば諜報員は仕事をしていると言えるし、対応を怠るのならそれは本国の責任である、というわけだ。
「とはいえ……ここ最近の動きは流石に報告しない、というわけにはいかなかったのですが……。その前にゴリョウ達と合流できましたので」
「つまりは、スウタイ殿との同盟や合流はまだ伝わっていない、と?」
「都市部を出ていこうにも野外に人員が展開していましたからね」
シガ将軍の言葉に、彼らはそう言って頷く。
「……なるほど。そうなると、使者が来たのは西部での同盟や援軍の動きを察知したから、というわけではないようね」
ローズマリーが丁寧な手つきでグレイスの髪の毛の色を黒に染め直しながら言う。
俺達もシガ将軍の近くに待機して敵の動きに対応しやすくなるように。或いはもし仮に敵が逃げたり、普通の使者だった場合に俺達の事が伝わりにくくなるように、という狙いがある。
元の髪色のままではどうしても注目されてしまうからな。それで一旦元の色に直した髪の色をローズマリーの染髪剤で黒に染め直している、というわけだ。
通常は色染めを繰り返すと髪も痛むのだろうが、ローズマリーの染髪剤は魔法絡みの代物であり、そういったデメリットが無い、というのが女性陣にも好評である。
ともあれ、情報伝達速度等々を考えればローズマリーの見解が正しいのではないだろうか。
「となると、現時点で使者が訪れてくる理由として考えられるものは……」
スウタイが顎に手をやって思案しながら言う。
「何か交渉が必要なのか、という部分で話をするのなら……時期的にはガクスイ殿の陣営との停戦交渉の返答期限が近付いておりますね」
そんなふうにゴリョウが言った。なるほどな……。
「ガクスイ殿との交渉が不調に陥った場合でも対応できるように、というところかな?」
「交渉の理由を探してみて、そのように愚考した次第です。しかし、ショウエンの思惑は私達の思考から外れる部分もあるので……」
カイ王子の言葉に、ゴリョウが静かに頷く。
「予想が当たっているとは限らない、か」
「だとしても……三正面作戦を嫌がっている部分はあるかも知れませんね。連中とて自分達が仙人や道士であることは伏せていますし、いざとなればどうにでも出来るという自信があったとしても、そのあたりの情報を明かさないのであれば、やはり軍の士気には関わってくるかと思いますので。しかし……だとするならば交渉が決裂した場合に、ショウエンにはやはり、もう一つの手段を取ろうとする可能性は高いでしょう」
そう言うとみんなの視線が俺に集まる。
ガクスイ陣営とホウシン陣営が同盟を結んでショウエンとの戦いに備える可能性があると予想したとなれば、シガ将軍の陣営とは表向きの理由か、もしくは裏の事情から事を構えたくない。
そこで交渉を行う。敵対することの不利益を説いて恫喝をするか、味方に付くなり参戦を保留しているだけでも、こんな利益があるのだと懐柔するであるとか。時間稼ぎになればそれでいい、という部分もあるかも知れない。
では……それが交渉の余地もなく決裂したとなれば?
「そこで自分の側近を遣わすことで、交渉が決裂した場合に出陣を断念せざるを得ない程の大規模な破壊工作を行うことが可能になる、というわけです。災害のように見せかけるのもありでしょう。そうなれば自分達は知らぬ存ぜぬを通しつつ、交渉は決裂したが幸運によって三正面は避けられた、とすることができる」
「厄介な……」
スウタイが眉根を寄せてかぶりを振る。そうだな。真っ当に交渉して意に沿わなければ使者がそのまま刺客に変貌するなどと言われたら。交渉をする事そのものが難しくなってしまう。
「よって、交渉が決裂し、その場で何もしてこなかったとしても、尾行と監視を行う必要があるかと。特に……連中の魔力反応が常人のそれと違った場合、どこかの段階で何か仕掛けてくるのはまず間違いないでしょう」
かといって名目上は使者としてやってきた相手に、まだ何もしていない内からこちらから先に仕掛けるであるとか、心にも無いような事を言って約束を反故にして騙し討ちをするというのもな。
別に甘いことを言っている、というわけではない。
人の善悪をこの土地の精霊や霊獣が見ると言うのならば、それすら織り込み済みで自分達は負い目のないまま受けて立つというだけの話だ。そうすることで精霊達や霊獣も快く力を貸してくれるだろうからな。
そうして諸々の用意を整え、使者の到着を待つ。俺も現地風の衣装に整え、シガ将軍の隣で交渉の席に参加という形を取るわけだ。
ハルバロニスの隠蔽術の応用で、魔力の漏出を抑えることで魔力探知系の技術を持つ相手に実力を隠す、ということも可能になっている。後はまあ、武官候補としてでも振る舞っておけば問題あるまい。
「ん。見えた」
都市部近くに停泊させたシリウス号の艦橋から、水晶板モニターを監視していたシーラが言う。バロールとの五感リンクでその光景を確認してみれば、街道の向こうから馬に跨った一団が歩いてくるところだった。
身形の良い人物が2名。護衛の武官らしき人物が4名……計6名か。
「冠を見ると、この人がこの中で一番偉い人だから……代表の使者かな? もう片方の人は……役割までは分からないけど、多分相談役の副官……とか、かも」
と、リン王女がモニターを指差して説明してくれた。
冠の種類や形で身分の高さが判別できる、と。この国の文化ではあるのだろうが、事前に敵のリーダー等々が見分けやすいというのはこの場合有り難い。
都市部の近くまで連中がやって来るのを待ち、ある程度近付いてきたところで街道を巡回警備している武官が連中のところへ向かう。
然るべき場所に案内するためだ。野外訓練を終えて陣地を引き払う最中ということで、シガ将軍も野外にいるために天幕側に案内する、という名目となる。
警備隊の面々とショウエンの使者達が言葉を交わし、警備隊の面々がシガ将軍の事情を伝える。それらのやり取りは、ハイダーが声を拾っている。
「城にすら案内できないと申すのか? 使者を迎え、丁重に扱うつもりもない、と?」
と、護衛の一人が食って掛かる。
「申し訳ありませんな。我らにはその権限は有りません故、できることは上に到着を知らせることと、将軍の下へ案内をすることだけです。それともここでお待ちになりますか?」
警備隊の一人が使者の到着を先行して知らせるために、シガ将軍のところへ馬を飛ばして戻っていく。
隊長の問いかけに、連中の長である男が薄く笑って護衛をたしなめる。
「控えよ。我らは歓待を受けるために来たわけではない。使者として我が君の言葉を伝えにきたのだ。将軍への謁見がかなうのなら多くは要求せぬよ。交渉が上手くいけば歓迎されることも有り得るであろうしな」
「はっ、差し出がましいことを申しました」
食って掛かった護衛はそう言って口を噤む。
「では、案内いたします」
そうして警備隊が案内する形で使者達を俺達の待つ天幕へと連れてくるのであった。
さて。連中どう出るか。魔力反応等々の危険性については言葉に出さずとも仕草等で合図を決めてある。十分に警戒をしながら連中の話を聞いてみる事としよう。




