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番外239 温泉と使者

 北西部は何と温泉が湧いているとのことである。ゲンライとカイ王子は知っていたそうだが、シガ将軍としてはぎりぎりまで伏せておいて驚かせたかったそうで。質実剛健そうでありながら、中々諧謔の分かる人物である。

 みんなで入れるそうなので早速向かってみれば……中庭の一角が囲われていて、そこの区画が丸ごと露天風呂になっている、という形であった。


 一応男湯、女湯の区別はあるが、使うのは専ら城の者達であるため、場合によっては家族で一緒に入ったりと、適宜使い分けているそうだ。


 今回も俺達は夫婦だからということで、みんなに時間をずらしてもらって貸し切り状態である。女湯側に俺達。男湯側に俺達の護衛という事で動物組が入浴するような形だ。


 一応出先なので水着着用であるが……こう、みんなして水着というのは白くてほっそりとした手足であるとか胸元やらが露わになるので……俺としては眼福と言わざるを得ない。入浴するので髪をアップにしていたりして、うなじなどが見えるのもまたいつもと雰囲気が違って良いと思う。

 着替えたみんなと共に露天風呂に向かう。脱衣所から続く短い廊下を通って温泉側に出ると、瓦屋根に朱塗の柱という作りの東屋があり、その向こうに広々とした露天風呂が広がっていた。


「これはまた……」

「風情があるわね」


 俺の言葉にクラウディアが微笑む。

 左手に洗い場と手桶が用意されている。装飾された虎の口から湯が流れる、という仕掛けらしい。

 湯殿のほとりに枝垂れ柳が植えられていたりして、風流ではあるが華美過ぎず、良い雰囲気だ。

 暗くなり始めた時刻ということで、あちこちにある灯篭や提灯にも火が灯されており、何とも幽玄な雰囲気が漂っていた。


「湯殿の中にも灯篭が立っている、というのは良いわね」

「確かに、良い雰囲気ですね」


 ローズマリーの言葉にアシュレイも同意する。そうだな。広々とした湯殿の中にも灯篭が作られていて、そこからの灯火が水面を照らしていたりして。

 洗い場で湯をかけて身体を洗い、そうしてから湯殿に向かう。


「ああ……。これはいい湯ねえ……」

「ん。いい湯加減」


 ステファニアの言葉に手拭いを頭の上に乗せたシーラが目を閉じて頷く。マルレーンが、体の力を抜いて湯船に体を浮かせたり、セラフィナが楽しそうに泳いだりしている。

 イルムヒルトも人化の術を解いて身体の力を抜いて丸い岩に上体を預けたりと、それぞれに温泉を楽しんでいるようだ。


 動物組の様子を五感リンクで見てみれば、あちらはあちらで露天風呂を満喫しているようで。

 心地よさそうに身体を湯に浸し、温泉の縁に首を預けているリンドブルムであるとか、犬かきで温泉を泳いでいくラヴィーネやアルファといった姿が目に飛び込んでくる。

 ぷかぷかと仰向けに浮いて漂い、その腹にバロールやエクレールを乗せているコルリス。ヴィンクルとティール、それにベリウスも揃ってのんびりと湯に浸かっていたりする。



 ラヴィーネにしても温泉にはかなり慣れてしまったようだし、心配していたティールも割と温泉を気に入っているようで……心地よさそうに首をくいくいと動かしながら声を上げていた。

 寒冷地出身の2人であるが……どうも夏場のように常時暑いという状態でなければ問題ないらしい。


 ティールもこれなら大丈夫そうではあるかな。アルファ、ベリウス、ヴィンクルも船での留守番が多かったが、これが気晴らしになってくれればいいのだが。


「んー……。明日からまた忙しくなりそうだし、今日はゆっくりさせてもらおうか」

「はい、テオ」


 少し頬を紅潮させて微笑むグレイスである。そうして湯船の中で手を繋いで……そうして循環錬気を始める。

 アシュレイやマルレーンとも手を繋いだり、そっと身体をよせたりして。みんなで同時に循環錬気を行っていく。


「……お風呂で循環錬気をすると、心地よくて眠ってしまいそうになって困るわね」


 小さく吐息を漏らしながらローズマリーが呟く。

 確かに、照明もやや抑え目な明るさだったりするし、寝落ちしてしまわないように気を付けたいところだ。


「でもみんなでなら誰かが気付くから安心よね」

「私が見てても良いよ」


 そう言ってイルムヒルトが言うと、セラフィナもにっこりと笑う。

 そうしてみんなでのんびりと入浴させてもらうのであった。




「いや、良いお湯でした。旅先でこういった雰囲気のある露天風呂に入れるというのは嬉しいですね」

「おお。喜んでいただけたようで何よりです」


 風呂から上がってそう伝えると嬉しそうに破顔するシガ将軍である。火精温泉とはまた違う形式というか異国情緒あふれていて満喫させてもらった。

 俺達が風呂から上がったので、続いて他のみんなも交代で露天風呂へと向かう形だ。

 今度は男女別に分かれて風呂へ、という感じだ。雰囲気が良かったと言ったものだからか、みんなの期待度も高まっているようで。


「お風呂楽しみ」

「露天風呂だもんね」

「背中流すのやってみたい」


 と、小蜘蛛達が盛り上がっている。そこにシオン達が声をかけた。


「交代で流しますか?」

「楽しそう!」

「……任せて」


 そうしてカリン達とシオン達が連れ立って小走りでかけていった。


「それじゃあ、私達も交代でというのはどうでしょうか。リン殿下のお背中も流しますね」

「うんっ、ユラ様。私も交代で。セイランの背中も私が」

「ふふ、ありがとうございます。リン殿下」


 と言った具合に、アカネ、ユラ、リン王女達も、嬉しそうに廊下の向こうへ歩いていく。セイランはリン王女の笑顔に、にこにこと笑っていた。リン王女も初めて会った時はふさぎがちだったからな。セイランも心配していたのかも知れない。


「ふうむ。子供らは仲が良くて微笑ましいのう。羨ましくもあるが」

「蛇よ。何なら我が直々に背中を洗ってやってもいいぞ」

「ほほう。それはそれで面白そうじゃのう。そなたの背中は妾に任せよ」

「では決まりだな」


 と、御前とオリエが意味ありげに笑いあいながら連れ立って露天風呂へと向かっていった。


「……大丈夫かね、あいつらは」

「まあ、滅多な事は起こらんじゃろ」


 御前とオリエを見送るレイメイに、ゲンライが苦笑する。男湯組も割と楽しそうには見えるな。

 と、そんな調子で温泉に入れるという事で賑やか且つ和やかな雰囲気で時間は過ぎていくのであった。




 みんなが風呂から上がったところで改めてシガ将軍から歓待を受ける。狩りで獲ってきたという猪鍋等を頂いたりと、かなりの歓迎ぶりであった。

 のんびりと息抜きをさせてもらって、明けて一日――。朝一番のタイミングで、シガ将軍配下の伝令による早馬がやってきたのであった。

 シガ将軍は内容が内容なので俺達にも相談に乗って欲しいと、伝令に引き合わせてくれる。


「もう一度、皆の前で先程の報告を」

「はっ! ショウエンの使者がこの都市に向かって移動中であります! 最低限の護衛を伴う程度の少人数との事。シガ様への面会を希望しているようです」


 伝令の言葉に頷くと、シガ将軍はこちらに視線を向ける。


「妖魔ならばいざ知らず、高位の術者相手というのは不慣れでしてな。皆のご意見を聞きたい、と考えた次第です」


 そう問われて、カイ王子は少し渋面を作り、リン王女も表情を曇らせた。


「通常ならば使者を名乗り、軍を率いていない以上、話を聞かない、というわけにはいかないのでしょうが……」


 そう。普通ならそれが道理だ。但し、相手がショウエンに限っては話が変わってくるというのを、カイ王子の表情が物語っている。


「相手方に仙人、道士の類が混ざっている可能性を考慮すると……少人数である、というのは全く安全の目安にはなりませんね」

「儂も同意見じゃな。直接的な暗殺や破壊工作もそうじゃが、時間を置いて効力を発揮するような呪法を用いての暗殺や洗脳、成り代わり等の危険も考えられる」


 俺の言葉をゲンライが首肯した。

 そういう手を遠慮なく使ってくるというのはカイ王子達を暗殺しようとしたことで既に証明済みである。相手が公的な使者を名乗っていても信用するには値しない。ただ面会して話を聞く、というだけでもリスクがある。

 その上でどうするのか、という話になるわけだ。


「いくつかの安全策を講じた上で、使者と実際に対面してみる、というのはどうでしょうか? 異常な魔力を持っているような相手なら会えば分かりますし、刺客を差し向けてきたつもりであるなら、この機会に排除してしまえば、それは連中の保有している本当の戦力を削ぐ事に他なりませんから」


 俺がそう言うと、レイメイがにやりと笑った。


「全部承知の上で迎え入れて、真っ向から叩き潰すってわけだな。いいんじゃねえか?」

「ふふん。我も同意見だ。気が合うではないか、鬼よ」

「仮に……聞くに値する話であるなら、聞いてから対応を考えれば良いのじゃからな。まあ、都合の良い話には裏があるじゃろうから、どのような話であれ対応は変わらぬと思うがの」


 にやりと笑うオリエに、肩を竦める御前。シガ将軍も俺やレイメイの意見に同意見なのか、うんうんと頷いている。

 御前の言葉も確かにそうだ。そもそも交渉相手として信頼できない輩なのだから、都合の良い話を持ってこようが、恭順を迫るような不愉快な話だろうが、こっちの方針は一貫しているわけだし、話の裏を探る事で見えてくるものだってあるだろう。

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