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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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93 風の精霊殿

 冬はあまり好きじゃないのだが――集中出来る事があるというのは良い事だと思う。
 迷宮での実戦とゴーレムを使っての訓練。アルフレッドと魔道具の開発。ポーションの作成と売却。間に時々休日を挟んで、濃密で充実した時間はあっという間に過ぎていった。
 訓練の甲斐もあって、アシュレイ、シーラ、イルムヒルトの成長は相当目覚ましい感じだ。……3人とも魔人戦に付いてくることをかなり強く希望しているからな。

 流石にグレイスのように1対1で戦える、とまではいかないが――俺か、グレイスが前衛として立ち、そのサポートに徹する形なら、という所までは達していると思う。

「赤転界石はみんな持ってるよね?」
「こちらは大丈夫です」
「同じく」

 持ち物を各々確認し終えて、頷き合う。
 時間まで待機する為にあてがわれた神殿の一室で、最終確認をする。迷宮で戦う可能性が高いのだから、赤転界石による緊急避難が使えるわけで。
 飛行と、瘴気への対策。それから逃走手段。この辺に手回ししておけば、俺としても戦いに集中出来る。

 各々、装備品を入念にチェック。俺もウロボロスを手にするが、ウロボロスはこれから大きな戦いがあるというのが分かっているのか、口の端を歪ませて……明らかに笑っていた。まあ、ウロボロスは何時も通りだな。カドケウスにも異常は見られない。今は猫の姿をとって寝そべっている。

 ふと顔を上げると、マルレーンがやって来て、こちらを真剣な表情でじっと見詰めていた。

「心配?」

 そう尋ねると、マルレーンは頷いた。それから、そっと俺の首に手を回して抱き着いて来る。

「大丈夫。必ずみんなと一緒に帰ってくるからさ」

 こちらも彼女の髪を撫でるように手を回す。腕の中で、マルレーンがこくこくと頷いている。彼女も一緒に行きたい、とは思っているのだろう。なるべく望みに沿う方向で考えてやりたい所ではあるが。

「テオ」
「私達もよろしいでしょうか?」

 顔を向けると、グレイスとアシュレイもやってきて。
 俺が頷くと、左右から俺とマルレーンを抱きしめてくる。暖かくて、柔らかな感触。たっぷりと時間をかけて抱擁し合い、離れる。

「……よし」

 気合が入った所で立ち上がる。シーラとイルムヒルトと視線が合う。彼女達も頷いた。

「大丈夫。マルレーン様。必ず帰ってくるから」
「だから、今回はお留守番をお願いしますね」

 シーラとイルムヒルトが言うと、マルレーンも嬉しそうに頷く。
 2人としては一緒に迷宮探索している以上は、実力さえ伴うなら魔人との戦いも当然の事、らしい。義理堅い事だ。加えてイルムヒルトは、迷宮の奥に用があるからな。

 迷宮に向かうのに丁度良い頃合いになったので、みんなで連れ立って部屋を出る。
 巫女達が跪くようにしてずらりと列を作っていた。

「御武運をお祈りしています」

 ペネロープが俺の前までやって来ると、他の巫女同様に腰を折る。

「行ってきます」
「はい。マルレーン様の事はお任せ下さい」

 ペネロープにマルレーンを預けて、神殿を出る。騎士団や兵士が警備に立っている。その顔には一様に緊張が見られた。
 彼らは彼らで、魔人がどこからどうやってやって来るか解らない以上、あちこち警備しないといけないからな。

 迷宮入口までペネロープとマルレーンは見送りに来てくれた。
 入口の石碑から迷宮内に転移する、そのぎりぎりまでマルレーンは俺達に手を振っていた。



 迷宮に降りるとすぐに巫女達の祈りが届いたのか、祝福による燐光が身体の周りで煌めきを放ち出す。

「私が前に出ます」

 グレイスが群がってくる魔物を、文字通りに伐採していく。俺が殿を務め、後方から群がってくる魔物を薙ぎ払って進む。ポーションの類もたっぷり用意してある。アシュレイも体力回復の魔法が使える。道中の消耗についてはそこまで気にする必要もないだろう。
 程無くして辿り着いた封印の扉は――レリーフ部分がゆっくりと明滅を放っていた。

「間に合ったようですね」
「そうだね」

 周囲を見渡す。生命感知の魔法にもシーラやイルムヒルトの感覚にも、取り立てて反応はない。魔人が潜んでいると言う事もないようだ。
 勿論、あの、迷宮で見た少女の気配もない。
 やがて――その時が訪れる。レリーフの星の位置がずれたかと思うと、封印の扉が独りでに開放された。

 途端、濃密な魔力を含んだ空気――風が扉の奥から吹き付けてくる。宵闇の森の、澱んだ空気を吹き散らすと、宵闇の森そのものに変化が生まれた。

 茂みのあちこちで薄ぼんやりとした光を放っていたフェアリーライトが、魔力の風に呼応するかのように光量を上げた。
 あちこちの蕾も開花しているのか、森全体へと極彩色の輝きが波及するように広がっていく。

「すごい――光景ですね」

 アシュレイが呆けたような声を上げる。確かに。幻想的な光景だ。

「……精霊殿に用事がなければ森の探索をしたい所だったんだけどね」

 魔力の風、か。四大精霊殿と言ってたが……そうなると、この扉の奥にある精霊殿は――。
 風が流れてくる扉の奥には、細い通路が続いている。左右は――切り立った岩の壁だ。
 魔法の明かりを先行させて細い溝のような道を進んでいくと、途端に視界が開けた。

 切り立った断崖のような場所に出たのだ。道幅というか、足場は僅かに広くなってはいる。
 ――正面にピラミッドのような四角錐型の建造物。あれが四大精霊殿だろう。手前の広場まで、細い道が続いている。道の左右は奈落の底へ一直線だ。底が見えない程、深い。
 視界は良好。左右の外壁部分――高い岩壁に、眩いばかりに輝くフェアリーライトが咲き誇って、風に揺れているからである。風は精霊殿側から吹き付けて来ているようだ。

「行こう」

 心持ちか足早に神殿まで向かう。空が飛べると言っても、こんな足場の悪い所で戦うような事になるよりは、柱の立ち並ぶ神殿手前の広場まで行った方が良いに決まっている。
 外壁のあちこちには窪みがあって、異形の石像が鎮座しているのが見えた。あれは――ガーゴイルか?
 ガーゴイルはこちらの動きを視線で追っているが……襲い掛かってくる気配はない。侵入者に対する排除を行うというわけではないのだろうか? それとも、攻撃を仕掛けるのにも何かの条件がある、とか?

「テオ、あれを――!」

 広場まで辿り着いた所で、グレイスが声を上げて上方を指差す。
 精霊殿最上部、尖った天守部分と言うべき場所。
 そこに、その少女はいた。腰まで届く長い濡羽の黒髪と、ドレスを風にたなびかせ。金色に輝く瞳で俺達を見据えている。

 こちらが何かを言うより先に。少女は顔を上げると目を閉じて――断崖の道の向こうを指差す。
 振り返る。俺達が今しがた通って来た方向だ。
 封印の扉からの通路の切れ目の足場に、魔法陣が出現した。それは――転界石で作る魔法陣に酷似していて。

「……来たか」

 封印の扉が開放された場所に直接転送。まあ……それぐらいはやるだろう。開放の時期に合わせたと言う事は、封印まで無視する事は出来ないと言う意味でもある。封印をすっ飛ばして侵入してくるのでなければ、それでいい。
 光の柱が立ち昇る。それが収まった時――そこに立っていたのは、長身の美女と――黒い襤褸布を頭から被った、性別も分からない小柄な人物だった。

 2人、か。リネットとゼヴィオンの時に推察出来ていた事だが、どうやら向こうは数を頼みに攻める事が出来ないようだ。何かしらの事情を抱えているのだろう。だから、暗躍する形になる。

 ガーゴイル達が断崖から一斉に飛び立つ。向かった先は俺達ではなく、魔法陣から現れた2人組にだ。
 先程の、あの少女の動き。あれは俺達に魔人の到着を知らせたのか。それともガーゴイルに、魔人排除の指示を出したのか。
 いずれにしても……あんな不自然な手段で入ってきたら、迷宮にとっては敵ではある、か。

「ギルムナバル」
「仰せのまま、に」

 女の魔人が顎で指示を出すと、襤褸布の方がしわがれた声で応えて、女の盾になるように前に出る。瘴気が布の下から溢れ出るように噴出し、不自然な形に崩れた布の奥から何かが飛び出した。
 枝――いや、巨大な手だ。節くれだっており、まるで植物の枝のような質感をしている。襤褸布の、どこに収まっていたかと思うほどの巨大な腕がガーゴイル数体を無造作に叩き落す。襤褸布の魔人が先行し……女の魔人は余裕の笑みを浮かべたまま、悠然と歩みを進めてくる。

 襤褸布……ギルムナバルの方は露払い、か。どうやら……女の方が本命というか、格上のようだな。

「あっちの――女の魔人は俺が相手をする」
「では、あの黒い方は私達が」

 打ち合わせ通りだ。基本的にグレイスが前衛。みんなはそのサポート。ゼヴィオンクラスのヤバそうな相手なら、即撤退の指示を出してある。
 俺は使う魔法の性質上、仲間が近くにいない方が思いきりぶっ放せて動きやすい面がある。みんなからは離れて戦った方が良い。
 広場に踏み込んで来た所で、グレイスがギルムナバルに突っかける。俺はギルムナバルを無視して、その後ろにいる女の魔人へと向かった。

 ギルムナバルにしてみれば、俺を無視する道理はない。視界の端からギルムナバルの腕が迫ってくる。
 そこにグレイスの斧が叩き込まれて攻撃の軌道が逸らされた。視界の端と端。グレイスと一瞬視線が合って、微笑み合う。

「――子供、か。そう言えばそんな情報も、中にはあったようだけれど」

 そう言って、俺を見て目を細める。女の身体から、瘴気が立ち昇った。それで充分だ。ここに魔人が現れた以上は、目的は解り切っている。

「子供だから、何だ?」

 当たればただでは済まない。あわよくば一撃で殺せるような。初手はそんな魔法が望ましい。倒せなくても対応を見る事が出来るからだ。
 マジックサークルを展開。射程に入ると同時に雷魔法ライトニングブラストをぶっ放す。外壁を眩く照らす程の、巨大な雷撃が女に迫る。

 が――。

 雷撃が、四方に散った。女の身体の周囲に、何本も金色の剣のような物が浮かんでいる。
 ……あれを避雷針代わりにして雷を散らしたか。
 女の身体から立ち上る瘴気は、何時の間にか通常のそれから、金属的な輝きを見せている。見ている間にも瘴気が空中で集まって刃を形成して行くが――。

 浮かんでいる刃は非常に実体的で、単純に瘴気を固めて作った……というものでもないようだ。金属的な光沢を放つ剣には文字のような紋様が浮かんでいる。何かしらの術式で、固めて制御していると見るべきか。

 その身体にも金色のラインが走っていた。ゼヴィオンと違って人間からあまりかけ離れた姿でもないが、こめかみからは羊のようなねじくれた角が生え、眉間の部分にも宝石のような――縦長の目玉が覗いていた。

「この研ぎ澄まされた魔法の威力。楽しくなってくるわね」

 女は両手を広げる。

「私はルセリアージュ。舞剣のルセリアージュよ。あなたの名を聞いたら教えてくれるのかしら?」

 ルセリアージュの周囲で剣が風を切って旋回を始める。
 その体が宙に浮かび上がり、俺の目線の高度まで上がってくる。

「テオドール=ガートナーだ」
「そう――。テオドール。あなたを滅多刺しにして殺すわ」

 俺が名乗り返したのが嬉しいのか、女は尖った牙を口元に覗かせて笑った。
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