番外238 鬼と道士の昔話
しかしまあ、大規模結界の類がこちらの国にない、というのはやや意外だったな。
個々人の家に魔除けの類が作られたりといった対策はあるようだが、これだと家の中は大丈夫でも、都市内部でも夜道を歩いていると邪精や悪霊に化かされる……なんてことがある、かも知れない。
ヒタカでは……対魔人用でないにしても都には結界があった。
陰陽術と道術、仙術と……技術体系の根っこは同じで枝分かれしたところはあるのだろうが、恐らくは仙人の性質から技術が秘匿される方向に向かってしまったため、かも知れない。
最初は技術としてあったものが失われてしまう、というのもシルヴァトリアという前例を知っているだけに理解できるところではあるが……。
「それだけに仙人の保有する技術関係は一般から推し量るのは難しいですね」
シガ将軍達をシリウス号に案内しながらも、シルヴァトリアの例を説明し、そういった話題を振ってみる。
一般の水準は仙人に全く当てはまらないので、標準的な道士の水準を見てこれぐらいの実力だろうと判断するのは危険、ということだ。
「仙人同士での横の繋がりも薄いからのう。当然ながらそれぞれの流派で伝えているものも細部では違う。儂とて師父達から受け継いだ物があるからのう」
一般的な道術、仙術の延長から手札を予測することは可能だが……奥義、秘術の類に宝貝といった切り札はそれぞれの流派の集大成とも言えるからな。まあ、事前に情報を得るのは難しいだろうな。
そうして、俺達はシリウス号の停泊しているフィールド内に入る。突如現れたシリウス号に将軍やスウタイ、セイランは驚愕を露わにしていた。
「これほどのものとは……!」
「これはまた……事前に聞いていなければ腰を抜かしておりましたぞ……」
「白くて綺麗な船……」
と、三人。セイランの反応にリン王女は妙に嬉しそうだが。
「この船を中心に据えて作戦を考えているわけです。まずは船内で、色々とその件について細かな部分を話していきましょうか」
「うむ、承知した」
俺の言葉に、シガ将軍達は真剣な面持ちで頷くのであった。
俺達がシリウス号で作戦の説明をしているその一方――。ゴリョウ達の姿は都市内部にあった。密偵部隊の同僚を迎えにいく、とのことだ。護衛としてバロールに同行してもらっているが、ゴリョウ達としては寧ろ都市に結界を張った面々と一緒ということや、ショウエンへの対抗手段もきっちりあるのだと、同僚の説得がしやすくなる、という方向で歓迎された。
「我々は幼少の頃から、同郷の者達と共に諜報部隊の一員として育てられたのです。裏の仕事ではあるのでしょうが……恩も絆も、忘れてはおりませんよ」
そんな風に笑って。護衛の意味合いではそれほど心配はいらないとシリウス号を出て行った。
2人は都市内部で一番東側にある茶館の場所と名前を聞いて、そこを目指して進んでいるようだ。
目的の店に辿り着くと2人で通りから見える席に陣取り、そして、揃って茶を注文して飲み始めた。そうして待つこと暫し。2人組の男が店に入ってくる。
ゴリョウとコウセツの姿を認めると、真っ直ぐ2人の席にやってきて、同席するように腰かける。どうやら……密偵達は2人1組で潜入する決まりのようなものがあるようだ。
一方が連絡役になって、もう片方が残れば、継続して情報収集ができるから、といったところだろうか?
あっさりと合流できたのも違う都市の密偵に連絡を取りたい時は予め決められた条件の場所に顔を出して落ち合う、というような部隊内での決まりがあるから、か。
「ゴリョウ殿……どうしてここに?」
そう尋ねるも、それほど驚いているという様子はない。まあ、ゴリョウ達の姿を認めてやってきたのだろうから、ここで驚くということもないのだろうが。
「久しいな。いや、連絡事項というわけではなく、お前達に用があって来たのだ。例の噂話と俺達の誓い、覚えているな?」
「無論だとも」
そう言いながら2人は席に着き、同様に茶を注文する。噂話と誓い……。
密偵部隊は定期的に集まって、各地の情報を共有するということも行うらしい。その時にあちこちでまことしやかにカイ王子生存の噂が流れている事を知った。
民衆の願望か、それとも真実なのか。それは分からないが仮に生きていたという情報を掴んでもショウエンには伝えないと。そんな風に彼らは誓いを立てたそうだ。
「驚かずに聞いて欲しい。実はあのお方と妹君の知己を得る事が出来た」
「それは……っ」
2人は驚いて腰を浮かせるも、周囲の反応を気にしたのか、再び椅子に深く座る。運ばれてきた茶をすすり、一呼吸置いてから尋ねてくる。
「つまり……ゴリョウ殿は我らを迎えにきた、ということか?」
そうだな。知己を得た上で会いに来たとなれば用件にも察しがつくだろう。
「そういうことだ。今日、この都市で大規模な術法が行われていただろう? あれを成した御仁が殿下の味方となってくれている、と伝えておく。必要ならばその証拠も提示できる」
「術師殿の霊獣であるな」
肩に微動だにせず留まっていたバロールが、机の上に移動して目蓋をゆっくり閉じてお辞儀をするような動作を見せる。
「何と……」
「その上で、2人の答えを聞きたい。我らと共に、正当なる主に仕える気があるのか否か」
その問いかけに、2人は笑う。
「愚問だ。我らとて、好きで奴などに頭を垂れて耐えてきたのではない」
「正当なる主が戻ってきたというのであれば。そしてあの方が戦いの意思を示しているというのであれば。我らも馳せ参じよう」
「……決まりだな」
4人は立ち上がる。そうして自分達の志を確認し合うように拳と掌を合わせて頷き合うのであった。
――作戦の説明や密偵部隊の合流、そしてその意思の確認も大きな問題もなく済み、俺達は予定通りシガ将軍の招待を受け、城へと向かった。
そうしてそこで広い部屋に通されて、お茶を淹れてもらい、腰を落ち着けて色々と話をする。シガ将軍の息子達も紹介されたりした。それぞれ武官であったり文官であったりするが、容姿が将軍そっくりであったり、はたまた随分と線の細い者も交じっていたりして。こちらは母親似、ということらしい。
いかにもな猛将、豪傑といった容姿のシガ将軍と、線の細い奥方。そしてその息子達と。一目で判別しやすい一家だが、息子達はレイメイの来訪で全員が全員、父親に似たテンションで盛り上がっていたりするあたり、やはり土地柄というべきか、武人の家系であるようで。
「別行動は良いけど、カイは修行にしても何にしても、根を詰め過ぎるから心配していたのよね」
「そうだな。それでリンにも心配をかけてしまっていたようだし、師父やテオドール殿と話をして、多少は肩の力を抜くことの重要性も学んだような気がするよ」
セイランの言葉に、カイ王子は苦笑する。ああ、この前、為政者となるのなら、という話もしたからな。
「まあ……息抜きに重要性なんて言葉を使うのが、カイらしいという気もするけれどね」
「性分だから仕方がない」
「ええ。私も諦めているわ」
と、カイ王子とセイランは朗らかな様子で言葉を交わしていた。別行動を取ってからどうしていたと、互いに事情を説明する。そこでレイメイの話が出たところで、セイランは改めてレイメイに一礼する。
「師父の親友にして我らが先達と窺っております。ご高名はかねがね」
「まあ、堅苦しいのは面倒だから、適当でいいがな」
と、レイメイは苦笑する。
「ああ。確かにお師匠様と同門だから、先達、ということになるのですね」
セイランの言い回しにグレイスが納得したように頷いている。
「鬼の話か。気になるのう」
「うむうむ」
御前とオリエが並んで頷く。そんな二人の様子にシガ将軍は破顔して大きく頷くと、この地に残っている伝承というのを話し始める。
「そうですな。この土地は昔から妖魔との争いが絶えぬ地でした。それでも妖魔達にまとまりがないならばマシだったのですが……。どこからか流れてきた力ある妖魔が大王を名乗って近くの山に住み着き、他の雑多な妖魔達を纏め上げて生贄を要求したり、はたまたその手勢達が悪さをしたりと、傍若無人に振る舞っていたと伝えられております」
そこにふらりとこの土地にやってきたのが、修行の旅をしている道士ゲンライとその盟友、レイメイ大王だった、ということらしい。
ある時、馬車が妖魔に襲われているところを、ゲンライとレイメイが割って入って助けたのだとか。若い子連れの夫婦が襲われ……父親と息子は剣を取って抵抗したが追い詰められて――そのぎりぎりのところをレイメイが割って入り、ただの一撃で雑多な妖魔を天高く吹き飛ばしたのだと言う。
「目を丸くする父と息子。割って入った影は笑って言ったそうです」
――間に合ったのはお前らの腕前に見どころがあったからだ。もっと修行すりゃこんな連中どうってことねえだろうさ。今回は危なかったが、自信を持ちな。
そう言ってレイメイ大王はにやっと笑うと、そのまま道士と共に妖魔の群れを蹂躙したという話だ。
なるほどな。当時はレイメイ自身が故郷の山の妖魔に敗れて修行中の身だったし、そういった言葉が出るというのも何となく分かる気がする。
「……そうしてお二方はしばらくの間この地に留まり、土地の妖魔達を総べる件の大王を相手取って、八面六臂の大活躍」
群がる妖魔共をちぎっては投げ――と、シガ将軍が身振り手振りを交えて道士とレイメイ大王の活躍を語る。
ともあれ、その馬車に乗っていた親子がシガ将軍の祖先であり……レイメイ大王の分かりやすい強さに刺激を受けたか、その言葉やその後の大活躍に触発されたのか、子供の方は長じて大層な武人となって勲功を上げ、今に繋がる武門を打ち建てた、とのことである。
シガ将軍の話が終わると、みんなから大きな拍手が起こった。将軍の話に向けられたものでもあるが、レイメイとゲンライの活躍にも向けられたもの、という気がする。
「あー……。まあ……そんなこともあったっけな」
「くっく……懐かしいのう」
と、後頭部を掻くレイメイと、肩を震わせるゲンライであった。




