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番外233 故郷の歌

「弦と弓を使って奏でるのね。2本の弦でこんなに深い音色になるのは面白いわね」


 食事が一段落したところで、イルムヒルトは実際に二胡を貸してもらったりと、少し新しい楽器に触れてみることにしたようだ。


「私も弾けるの」

「そうなんだ。是非聴きたいな」


 イルムヒルトが笑顔で答えると、リン王女も屈託ない笑みを浮かべて二胡を受け取る。そうして椅子に浅く腰かけて、リン王女は音色を奏で始めた。

 幽玄でゆったりとした、それでいて平和的な旋律が広がっていく。弦と弓をほぼ直角に交差させ、弦を握る手を揺らすようにして弓をゆったりと動かし、多彩な音色を生み出す。


 リン王女の演奏は――先程の楽士達の演奏に勝るとも劣らない技巧があった。長閑な故郷が思い浮かぶような曲というか……兵士達も談笑を止めて酒を飲みながらしみじみと聞き入っているようだった。楽しげな曲や美しい曲、と、楽士達と即興で合わせての演奏会。

 そうして何曲か弾き終えたところでリン王女が顔を上げると、周囲から拍手が起こる。


「すごくお綺麗でした」

「ありがとう」


 ユラの言葉にリン王女ははにかむように笑う。アシュレイやマルレーンも微笑んで拍手を送り……と、リン王女は頬を赤くして照れている様子であるが。



「見事なものですね」

「二胡や琴は、故郷で幼い頃より習ったものだね。妹は香鶴楼でも楼の上から演奏をしていたんだよ。世話になっていたから何かお返しをしたい、とね」


 カイ王子が穏やかに笑って言った。ぼかしているが故郷でというのは、つまり宮中での話だな。幼少より嗜みとして教えてもらっていた、というところだろうか。

 確かに、香鶴楼でも聴いた覚えのある曲が先程のレパートリーの中にあったな。あの時に演奏していたのは、もしかするとリン王女だったのかも知れない。

 香鶴楼は一流どころだから、リン王女は楼主のコウギョクに、客に聴かせられると認められるほどの腕前ということになるか。


「それじゃあ、私達も演奏でお返しをしないと」

「ん。準備する」

「私達も何かお返ししたいですね、アカネ」

「でしたら、私が笛を演奏しましょう」


 イルムヒルトとシーラが立ち上がり、ユラとアカネもそう言って微笑み合う。


「おお。それは素晴らしい。西方の音楽にヒタカノクニの音楽ですか。興味がありますぞ」


 ガクスイもオウハクも芸術に理解のある人達らしく、随分と嬉しそうにしていた。

 というわけでシリウス号から色々持ってきてこちらも演奏を返す。イルムヒルトのリュートや竪琴とシーラのドラム。それにゴーレム楽団の魔法楽器演奏。

 アカネが笛を奏でてユラが神楽を舞ったりもして……数国に跨っての、ちょっとした音楽文化の交流会のようになった。


 楽しそうなイルムヒルト達の音色と歌声。シーラの圧倒的なリズム感でのドラムソロ。

 ユラとアカネは神秘的な内容になるのかと思っていたら中々アップテンポな疾走感のある笛の音色に、袖で風を切るような激しめの踊りであったりと宴席を盛り上げる内容であった。中々に意外性がある。


 ちなみにガクスイやオウハクが相当上機嫌なのは、押印機をお土産として渡したこととも無関係ではあるまい。紙を持ってきて使用感を確かめていたり、相当に気に入ってくれたようだ。うむ。執務を行ったりしているような相手には押印機のお土産は効果覿面だな。




 宴会の席は和やかに終わり――明けて一日。

 俺達はガクスイやオウハク、ギホウ達に見送られる形で街を出て、イチエモンも朝に少し軟膏などを売り歩いた後で、堂々と門から出て俺達と合流。これでキショウ周りの一件も一段落、というところだろうか。楽器も二胡や琴をお土産交換として受け取ってしまった。演奏の仕方などはリン王女に聞けば色々と教えてもらえるだろうし、実演もしてくれるだろう。そうしてシリウス号に乗り込んで、西へと向かったのであった。


「密偵の二人と早速話をしておきたいのだが、良いだろうか」

「分かりました」


 カイ王子は西への移動時間を利用して、早速船倉にいる2人と話をしてくるつもりのようだ。説得、ということになるのだろう。

 こうした説得もカイ王子の将来的な話にも繋がる部分があるので、サトリは同席せず様子見である。


「私も!」


 と、そこでリン王女が立ち上がり、俺達の視線が集まる。


「わ、私も同席してもいいかな? 兄上の役に立ちたくて、その……私にも、出来る事があるかなって……」


 勢い余って立ち上がったが、少しトーンダウンした様子のリン王女である。


「何か考えがあっての事かな?」

「うん。その……昨日、演奏していて思ったの。北方で流行っていた曲とか聴いてもらったら、あの人達も喜ぶんじゃないかなって。ショウエンに命令されて南にやってきたなら……大変だったんじゃないかなって……そう思ったから」


 カイ王子に問われて、リン王女は真剣な表情で答える。


「故郷の曲……。良い考えだと思うわ。私も私の友達も、寂しい時は故郷で教わった曲を演奏して過ごした経験ってあるもの」



 と、イルムヒルトが同意してシーラが目を閉じて頷く。ここで言う友達というのは、ユスティアやドミニク達も故郷の歌曲を歌ったり演奏したりしていた、ということか。

 確かに……王朝から派遣されてきたという事なら、北方の歌曲等は懐かしく思うかも知れないな。


「そういうことなら構わないよ。私としてもリンがいてくれると心強い」

「うん、兄上……!」


 カイ王子の言葉に、リン王女は明るい笑みを見せて、カイ王子だけでなくイルムヒルトやシーラにも丁寧にお礼を言っていた。


「ではカドケウスを一緒に護衛として連れて行けばより安心、でしょうか」

「ああ。それは助かる」

「ありがとう……!」


 カイ王子、リン王女が揃って笑顔を向けてくれる。いそいそと二胡を準備するリン王女に猫の姿のカドケウスが寄り添うように付き添い、そうしてカイ王子達は艦橋を出て第二船倉へと向かう。


「リン殿下も……最初に会った時より大分打ち解けてくれた感じよね」

「今までは政治でも戦いでも力になれなかったという風に話をしてくれました。何となく……そういう気持ちも分かります」


 ステファニアがその背を見送って笑みを浮かべ、アシュレイも昔の自分に重なる部分があるからか、少し遠いところを見るような目で言った。

 グレイスもマルレーンも。それにユラもその言葉には思うところがあるようだ。無力感からくるもどかしさというのは……俺も分からないでもない。


「前向きになって行動をしているのなら、いい方向に転がっていくと思うわ」

「最初はつたなくても、まずは行動していくことが大事だわ。目的があるのなら成長も早いでしょう」


 優しく微笑むクラウディアと、羽扇の向こうで目を閉じるローズマリーである。

 二人が言うと説得力があるな。ゲンライもみんなの言葉に静かに微笑んでいた。


 そうして、カイ王子とリン王女は第2船倉に入る。


「おはよう。気分はどうかな?」


 カイ王子が声をかけると、2人の密偵は顔を見合わせてから答える。


「ああ。なんていうか。悪くはない。その……こういうのもなんだが、よく眠れた」

「横になったら、ごーれむ、だったか? こいつが変形して、丁度良い弾力の、寝床みたいになってな……」


 うむ。拘束用ゴーレムにはそういう変形機能を付けている。捕虜生活を辛い物にして体調を崩されても看病等の手間がかかるし、拘束の負担が少なくなるような方向で調整しているところはある。


「それに、暇潰しにとは言われたが、こいつも相当面白いしな」

「ああ。とりあえずは、先行きに不安はあっても……現状に不満を言うつもりはない」


 2人は暇潰しにと差し入れたチェスで遊んでいたようで。カードは2人だと遊べるゲームの幅が少ないし、数字や記号を覚えなければならない。繰り返し遊ぶならチェスの方が向いていると思ったわけである。


「それは何よりだ。少し――話をしたくてね」


 カイ王子は第二船倉に腰を下ろし、そうして二人と向き合う。


「話ってのは……俺達の知っている情報を、ってことか」

「言っておくが、あまり中央の内情に関しては詳しくないぞ。ショウエンにしてみれば都合よく使える部分もあるだろうが、諜報活動のできる奴を中央から遠ざけたかったってのもあるだろうからな」

「2人は、北方の生まれなのかな?」

「ああ」


 なるほど。使える人材だから利用はするが、自分達の情報は与えず締め出してしまう、という目的もあるわけだ。

 その間に改めて自前の諜報部隊を育てる、というのもありだろうしな。


「それにな……ショウエンは、あいつは……」

「ああ……」


 密偵2人は、少し表情を曇らせて言葉を濁す。やはり、ショウエンに表立って逆らうというのは2人にとっては恐怖がある、ということなのだろう。


「ショウエンは?」


 カイ王子が先を促すと、2人は渋面を作って言った。


「何だかな……。権力欲に取りつかれた輩は今までに見たこともあるけど、あいつは……そういうのとは何か違うんだよ」

「やってる事を見ればそりゃあ、暴君……なんだろうけどな。禅譲に苦言を呈した大臣が、次々と一族郎党流行り病で死に絶えたりだとか……。権力を得ても、政敵を排除しても、分かりやすく私腹を肥やしたりするわけじゃなくて……得体が知れない」

「あいつに逆らって、それがばれたら家族や故郷の人間が病気で倒れたりするんじゃないかって……そんな風に思っちまってな」


 そう言って青い顔で首を横に振る。カイ王子はその言葉を黙って聞いていたが、静かに口を開く。


「それは……そうだろう。奴の正体は仙人――いや、邪仙というべきだな。いずれにしても本来なら俗世に関わらずに修行をしているはずの身だ」


 カイ王子が言うと、2人は驚愕に目を見開く。


「仙人……。そいつは本当の事なのか?」

「私の師父が直接相手をして確かめた。間違いないだろう」


 そう言って、カイ王子は紙を切り抜いて作った人型を掌の上で動かして見せる。道術、仙術の心得があるところを証明して見せた、というわけだ。


「だが、そういうことなら、私からは情報の提供の無理強いはできないな。積極的にショウエンに従っているわけではないのなら、奴を打倒した後にも処罰をしようとも思わない。解放は難しいが、ここまでの会話で嘘を言っていないのなら、そこは安心してもらって構わない」

「……まさか、あんた……いや、貴方は――」

「う、噂では聞いていたんだ。前王朝の生き残りがいるかも知れないって……!」

「も、もし、噂が本当で……仮に見つけたとしても、俺達はショウエンには報告しないって……そう他の同僚達と、話をして、決めてて――」


 2人は諜報に携わる人間だからか、カイ王子の正体を会話の内容や噂話から察した部分があるらしい。


「……そう。私はシュンカイ。そして妹のシュンリンだ」


 その、決定的な言葉に、2人は衝撃を受けたように固まる。カイ王子とリン王女を、まじまじと見やる。その時だ。リン王女が小さくお辞儀をして、二胡に弓を番えた。


「リンは……2人に聞かせたいものがあると、そう言っていた」


 カイ王子がそう言って、リン王女に場を譲る。

 リン王女は、そうして静かに目を閉じて、二胡を奏で始めた。その、音色。幽玄で、穏やかで牧歌的な。平和な情景が浮かぶような……そんな旋律が船倉の中に広がっていく。


「この、曲――」

「……ああ。懐かしい。故郷で、聞いたことがある」


 その曲は――彼らにとっても馴染みのあるものだったのか。目を閉じて聴き入っていた。リン王女も極度に集中しながら丁寧に、そして情感を込めに込めて二胡を奏でているといった様子だった。

 曲から想像されるのは……この国の素朴な街並み、だろうか。情景がありありと、目蓋の裏側に浮かぶような。そんな演奏――。

 やがて……その一曲が終わったところで、男達の頬を涙が伝っていた。余韻を残して目を開いたリン王女が、2人の様子を見て驚いたように体を浮かせる。


「……あ、ご、ごめんなさい。北方出身の人なら、喜んで貰えるかなって、思って」


 少し慌てた様子のリン王女に、彼らは目頭を押さえながら首を横に振る。


「いや、そう、じゃない。そうじゃない。嬉しかった。嬉しかった、よ」

「そうだ。何で、この国が、こんなことになっちまったのかって。そう思って。昔の事や、故郷の事を、思い出しちまってよ」

「ああ。あの平和だった頃が、懐かしいな……」


 そう言って。男達は涙を振り払うようにして、照れ臭そうに笑い合う。

 それから――どこか吹っ切れたような、決然とした表情を浮かべると、カイ王子に居住まいを正して向き直り、真正面から見据えて問う。


「殿下は――この国を建て直して下さるのですか?」

「ショウエンの奴を倒せると、期待してもいいんですか?」

「そのつもりだ。王や皇帝と認められるにはまだまだ到らないと自覚はしているが……それが混乱を治めることに繋がるというのなら、他に私の歩むべき道はない」


 問われたカイ王子は、そうはっきりと答えた。カイ王子の目を見つめ返していたが、やがて二人は揃って拳と掌を合わせて頭を下げる。


「でしたら、私達はカイ殿下の臣です。ショウエンなんて逆賊の家臣なんかじゃ、ありません」

「お役に立てるかは分かりませんが、俺達が知っている事は答えます」


 そんな2人の言葉に、リン王女が表情を明るくする。


「上手くいったようで……。良かったです」


 その顛末は艦橋でも伝声管を通して伝わっている。グレイスが静かに微笑み、イルムヒルトも嬉しそうに目を細めるのであった。

 そうだな。説得は、予想以上の結果を出したようだ。カイ王子の人柄もそうだが、リン王女の演奏は想像以上に2人の心を揺さぶるものだった、ということだろう。

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