番外220 将兵達とシリウス号
話が取り纏まったところで、予定していた通り、ホウシンにも作戦を色々と説明をしていくこととなる。
とはいえ、説明するにしても作戦の内容ともなれば秘密厳守が基本。現時点では一部の相手にしか知らせない形だ。
作戦内容を知らせるのなら信用のおける相手だけでなければいけないし、こちらも作戦の実行性についてを証明しなければならない。というわけで、それぞれの陣営の中心人物にシリウス号を見てもらうわけだ。
ホウシンの陣営では本人と軍師、将軍とリトウ。この4名が対象だ。シリウス号を停泊させたのは都市部から少し離れた場所。
人気のない場所まで来てもらう、というのもいかにも怪しいので、迷彩によって姿を消したシリウス号の方から都市部近くまで来てもらうという形である。
「都市の外に作戦に必要な品を持ってきているのです。それほど遠くはないので、御足労願えますか?」
「承知した」
というわけで連れ立って都市から出て、外壁から少し歩いてシリウス号の所へ向かう。
「他の将兵達の反応はどうでしたか?」
将軍に尋ねると、静かに、しかし自信ありげに笑う。
「不満を述べる者はおりましたが、私や会談に参加した武官達が説明して納得させましたぞ。意見は聞きますが、話し合って決めた方針にいつまでも文句を言える程、我らの軍規も甘くはありませんからな」
なるほど。ホウシンは武闘派だと聞くが、軍の統制がきっちりとれている、というわけだ。民からの評判がいいのもそういうところから来ているのだろうし、ホウシンが家臣達にきっちり報いる性格をしているからこそ将兵達もそれに応える、というわけだ。
話をしながら進んでいくとシリウス号が近付いてくる。
「そろそろです。魔法で見えないようにしているので驚かれないようにして下さい」
「見えないように、か。ふむ」
説明は見てもらってからということで、今一つピンと来ていない様子のホウシンであるが。そうして、光魔法のフィールド内部に入る。
「こ、これは……!」
「な、なんと!?」
突然現れたシリウス号に、ホウシン達は声を上げて視線を下から上へと上げていき、そうして全容を目にして固まる。……衝撃を受けて固まっているホウシン達に甲板の縁から顔を出したコルリスやティールが手を振っていたりするのがシュールだが。
「まあ、無理もないのう。儂らは作戦として最初に伝えてもらっていたから心の準備は出来ていたが、見せてもらった時は想像以上で驚いたからのう」
「これほどの船があるのなら、ショウエンにもきっと対抗できる、作戦も上手くいく、と私としては心強く感じましたが」
ゲンライの言葉に、カイ王子が笑う。
「シリウス号と言って、僕達が西から乗ってきた船です。通常通りの船としての運用は勿論、魔力を消費することで空を飛ぶ事が出来る船、というわけですね。機動力もありますので兵站や奇襲作戦でも効果的かと」
「これはまた……先程の話で空を飛ぶ事の優位性を説いておいてからこれとは。テオドール殿も人が悪い」
ホウシンが苦笑する。そうだな。空を飛ぶ事の優位性については先程話をした通りだ。少なくとも、シリウス号がある戦場においては敵の通常兵力は問題にならないという意味ではある。そういう使い方をするかどうかはともかくとして、選択肢としてある、というのは心理的な余裕に繋がる部分もある。
ショウエンのような相手に挑むことを考えれば、そういった心の余裕というのは大事だろう。士気や戦意の維持もしやすくなるから、弱気からの心変わりも防げる、というわけだ。
「まあ、同盟の話を取り付けないことにはこの事も伝えられませんでしたからね。船に残っている面々を紹介しつつ、シリウス号を使った作戦をお伝えしていこうかと」
「承知しました」
というわけで船に残っていた面々を紹介し、作戦を伝えていく。
動物組は……リンドブルムやヴィンクル、ラヴィーネ、コルリスやティールなど、こちらの国では見る事のない面々ばかりということもあり、ホウシン達は随分と珍しがっていた。
ベリウスとジェイクは、やはり見た目の威圧感があることを気にしているのか控え目な挨拶をしていたが。
しかしまあ、鉱石を食べるコルリスの食性はどこに行っても話題の種にはなるな。
レイメイの友人という事で御前やオリエを大妖怪として紹介する。
「ふむ。大妖怪か。うむ。良い響きだ」
と、その紹介の際の肩書きはオリエとしては中々気分の良いものらしい。にやりと笑うオリエである。
会談に顔を出した面々だけでなく、シリウス号側にもこれだけの戦力がいるということで、ショウエンに対抗しようとしているホウシン達にとっては良い知らせであるだろうか。
さて。そうして紹介が終わったところで作戦についても伝えていく。
こうして陣営の顔ぶれを厳選してここまで来てもらったのには理由がある。
シリウス号に案内するのを各派閥の中心的人物に絞ればショウエンに通じている可能性は低くなる。
仮にもし敵と繋がっているのならば、こうしてサトリに引き合わせた状態で作戦を伝えれば、簡単に把握ができて内々で処理できるので対処も簡単、というわけだ。
逆に、作戦を伝えてその内心に問題がなければ味方と判断して間違いない。サトリにはそれ以降読心の対象から外してもらう、という寸法である。
「――なるほど。テオドール殿は将兵の消耗を減らす方向で考えておいでというわけですな」
作戦の概要を伝えると俺の意図を理解してくれたのか、ホウシンが顎に手をやって目を閉じる。
「僕はこの土地では部外者ですからね。あくまでも友人の助太刀としてショウエンの打倒を考えていたり、ヴェルドガル王国の代表として国交を結ぶ相手として信頼できる人物を求めていたりはしますが、それ以外のことについては……例えば政治的な干渉であるとか人的な損失は、できるだけ避けたいと考えていますから」
ショウエンと同様の悪政を行うのならまたそれも敵と見做すことになる、と言えるのかも知れないが、そもそも対抗勢力に所属する者が同様の振る舞いをするのなら、その人物に関しては打倒ショウエンの正当性が確保できないわけだし、そんな輩については考慮しなくとも良いだろう。
「人的な損失、か」
「望んで国の剣や盾となる騎士や将軍、宮仕えの術師等と違って……徴兵された兵達というのは郷土を荒らされたくないという気持ちであるとか、立場故に戦っている側面が強いですからね。勿論、好き好んでショウエンの下で乱暴狼藉を行っているような輩や、略奪行為に味を占めてしまったような輩に手心を加えるつもりもありませんのでご心配なく」
脱走兵、敗残兵が生き延びるために略奪行為を行う、というのは割とよくある話ではある。これは農民にとって敵ではあるのだろうが、生きて故郷に帰るのに必死だからこその行為だから、同情すべき部分や斟酌できる事情もあるだろう。
しかし、それがそのまま山賊を生業にしてしまうようであれば話は別だ。まあ、どちらにしても見かけたら制圧して捕縛する対象というのには変わりはないが、その後の扱い方はかなり変わる、ということで。
「……なるほどな。しかしまあ、打倒すべき敵である、と判断する対象の認識が近くて、私としてはテオドール殿と話していると共感できるところがあるな。何というか……歴戦の将軍と話をしている気分というか」
「ありがとうございます」
小さく笑って言葉を返すとホウシンは肩を震わせる。それから表情を少し真剣なものに戻すと、カイ王子に言う。
「さて、同盟の成立に同意した以上は、ガクスイ殿への書状をしたためねばなりませんな。作戦からするとカイ殿下やゲンライ殿、テオドール殿達は多忙そうではありますが……可能であるのでしたら同盟成立の証とこれからの友誼に、食事に同席して欲しいと考えていたのですが」
「そう、ですね。是非同席させていただきたく存じます」
カイ王子が静かに頷く。そうだな。あちこちで宴席に呼ばれている程の時間はないが、食事の席だけならば問題ないだろう。
その後は――中央部に戻って同盟成立の旨を伝えたりとやる事も色々あるが、一つ一つしっかりと仕事をこなしていくとしよう。




