番外216 王子達の雌伏
「話を聞いた感じでは、随分と少ないのですね、まともな道士や仙人というのは」
実情を正しく把握するためにゲンライに話を聞きながらシリウス号で移動中であるが……。その中で少し気になる内容があったので掘り下げてみる事にした。
「才覚ある者は最初から少なく、良い師の元での修行の機会に恵まれる、というのも更に少ないのでのう。仙人の目指すところが目指すところであるがゆえに、下界ではどうしてもそうなってしまう、というところはある」
「西国の魔術師達も確かに、絶対数から見ると比率としてはかなり少ないものですが……まあ、国が率先して囲い込んだり育成しようとしたりはしていますからね」
「ヒタカでもどちらかというと宮仕えといいますか……才覚を持つものを率先して見つけたり育成したりしています。それである程度の人数は確保できているところはありますね」
俺の言葉に、ユラが頷いて答える。
「私達も、為政者が道士を手元に置かない、というわけではないんだ。ただ……性質上どうしてもね」
「道士や仙人の目指すところ、修行法自体が過酷で俗世から離れる事を推奨しておるからのう。そのせい、かも知れぬな」
ゲンライが難しい顔で腕組みをする。
なるほどな。性質の違い故にレベルの高い技術者の希少性に拍車がかかり、俗世にいる術者は腕前が今一つになったりしてしまうわけだ。
仙人は自らのために修行をする者達であり、その目的は「道」を正しく歩み、最終的に高次の存在に至る、というものだ。だから極論を言うなら、世間がどうなろうと知ったことではないと秘境に篭って修行を続けていても、彼ら自身には何の不利益もない。
道。道士や仙人達の言う「道」というのは、狭い意味では正しい修行法の意味に他ならないが、広い意味では仁徳など人として正しい行い全てを差す言葉、でもある。
そういう意味ではゲンライもその師匠であった人物も、特殊な立ち位置にある仙人なのかも知れない。道を正しく歩もうとするが故に、俗世の混乱も放置しておかない。
だからこそ、レイメイの選択も正しいのだと、ゲンライは言えるのだろうけれど。
「確かに、道士崩れ、仙人崩れってのは、儂が前にこっちを旅した時も結構多かったな。ま、修行を止めた儂が言うのもどうかと思うが」
と、そのレイメイが軽く笑った。カイ王子も俺を見て苦笑いを浮かべて言う。
「修行を途中で止めたとしても、技能や知識はある程度得られるものだからね。人里の周囲で起こる程度の問題に対して対応するのなら、それで事足りてしまう」
「これは途中で止めたというより、何を目的として技能を身に付けるか、という問題かも知れんのう」
そう、だな。修行や鍛錬は重要だが、技能は活かすためにある。
究極的な目的である仙人を目指しているのでなければ、必要な力を身に付けたところで切り上げれば十分、と言えばそれも道理。
そして身近なところから修行を始めるとするのなら、それら道半ばの術者に弟子入りするしかないわけで……結果的に俗世には高位の術者は人前に出てこないし、ある程度のレベル以上の術者も育ちにくい、という結論になってしまうわけだ。
「では場所や個人によっては術者というものを、あまり大したものではないと見ていたとしても不思議ではない、ということもありえるのう」
「東の連中が本物と呼べる者を知っておればいいのだがな」
御前が顎に手をやりながら言って、オリエが肩を竦める。
まあ……その場合は丁寧に説明する必要も出てくるだろうか。
そうして――湾岸部の勢力に属する南東部最大の都市が見えてくる。
同盟を結んで共闘しようという派閥の中心人物が、カイ王子達を迎えるために待っていてくれる、とのことだ。
俺達の助力も、当初の打ち合わせには入っていなかったため、助太刀としてやってきたことを事前に彼らから君主に伝えてもらう必要がある。これについてはのっぴきならない状況であること、ショウエンらの脅威をしっかりと説くことで否応なしの状況に持っていくつもりではあるが。
さてさて。シリウス号についてはまた適当な場所を見つけて停泊させ、一般の目につかないように隠蔽させておかないといけない。今度はゲンライやカイ王子達も同行しているので地理がある程度分かる。近場に人の立ち入りにくい険しい岩山があるとのことで、そのあたりに停泊させておけば問題なさそうだ。
シリウス号の周りに隠蔽結界を張って、それから今度はみんなで都市へと向かう事となった。みんな、というのはグレイス達と、ゲンライ、レイメイ、カイ王子、それからイチエモン、カリン達だ。
まあ、船の防衛として残る面々もいるけれど。例えばヘルヴォルテやシオン達は船で防衛役として待機だ。鬼の里と、カリン達以外のヒタカの面々も船に残る。
甲板から手を振る防衛組の面々、甲板の縁から顔を覗かせて手を振っているコルリスやティール、ラヴィーネやリンドブルム、オボロといった動物組に見送られる形で俺達は都市部へと出かけたのであった。
光魔法のフィールドでみんなを覆い、空を飛びながら都市部へと飛んでいく。
「交渉の窓口になってくれるのは、リトウ、という人物でしたか」
「うむ。門弟達が下調べをしたところ、共闘路線に立っている中心人物でな。有能な文官で内政でも農民を労わる傾向があるなど、評判も悪くない。弟子が会いに行って話を聞いてみたところ、元道士上がりの人物で、術の心得を持ち、儂の事も知っているという話じゃな」
なるほど。それは確かに、交渉の窓口となってもらうには打ってつけの人物だ。
「ということは、レイメイさんの名も聞いたことがある、ということを意味しているわけですね」
「そうだね。彼を頼っていくのは悪い話ではないだろう」
カイ王子が静かに頷く。王子は念には念を入れイチエモンが特殊メイクを施してくれている。今は初老の人物といった雰囲気の容姿になっている。必要になるまで身分を隠したまま自由に行動できるというわけだ。
リトウを交渉の窓口として書状を送り、カイ王子の事を伏せながらも君主らとの会談にも漕ぎつけた、というのが今の状況だ。
色々と交渉も迂遠にはなっていたが、こうやって今までカイ王子達が慎重に慎重を重ねて立ち回っていたのは、勿論事情がある。
カイ王子がいるというのはショウエンの悪行を暴いたり、大義名分を掲げる上では切り札になりうるが、重要な立ち位置であるからこそ、懸念も予想されてしまう。敵か味方か判断するのに慎重にならざるを得ない。
例えば……会いに行ったらショウエンへ取り入るための手土産として捕縛されてしまったとか、次の皇帝の座に野心を持っている人物だったりして、今更前王朝の忘れ形見など邪魔なだけと刺客を差し向けられてしまった、などとなったら目も当てられない。
何せ、公式な見解ではカイ王子は死んだと見なされているのだから。裏から裏へ始末してしまえば悪評も立たないというわけだ。
だからまあ、本当に信頼できる相手にしかカイ王子の事は明かせない。
ガクスイの家臣達を見た場合でもそうだ。ショウエンに恭順しようとする派閥を説得しきれないのは、先々代皇帝やカイ王子、リン王女の暗殺という、ショウエンの暴挙を声高に唱えるわけにはいかない事情があるからだ。
また、王子の生存が確定的なものとして語られてしまった場合も、ショウエンがそこに刺客を差し向けてきたりする危険がある。
なので……ゲンライ達は王子が本当は生きている等とまことしやかに噂を流して受け入れられやすい下地を作ったり、色々と根回しに尽力したりと……今までは色々大変だった、らしい。
まあ、今となってはシリウス号もあるし俺達も協力している。
南方中央部、北西部、南西部は少なくとも味方に回ってくれているし、多少大胆に行動しても大丈夫だろうと見積もっているが、できるなら引っ掻き回したくはないからな。
都市部に到着すると、西側の門のところに馬車で迎えが来ていた。身分証代わりに預かっていた書状をゲンライが渡し、それに乗る形で、街の中央部にある屋敷へと向かう。
「これはゲンライ仙人。遠路はるばるよくお出で下さいました。このリトウ。歓迎いたしますぞ」
馬車から降りたところで、そう言って拳と掌を合わせて迎えてくれたのは柔和そうな人物であった。体術の心得はあまりなさそうだが、魔力はそこそこで、元道士、というのを窺わせる。
「おお、リトウ殿か。何度か書状のやり取りは交わしたが、こうして会えて嬉しく思う」
「こちらこそ。仁徳に名高き仙人殿にお会いできる日がこようとは、光栄の至りです。さ、こちらへ。お供の方々共々、歓迎いたしますぞ」
さて。ここからだ。リトウに話を通し、彼の主君との交渉も進めていかなければなるまい。




