番外214 香鶴楼での会談
中央部を治める君主ガクスイと、この都市の太守オウハク。2人が訪問してきたのは夜になってのことだった。
先程、香鶴楼の2階の窓から訪問してくる2人を見たが、ガクスイもオウハクも落ち着いた物腰の、壮年の人物といった印象だ。
しかしオウハクは太守にしてガクスイに長年仕える将軍という話で、礼服に身を包んでいても立ち居振る舞い等からその肩書きに足る技量をもっているのが伺える。老将軍、といったところか。俺の場合ではゲオルグを連想してしまうところがあるが。
そんなわけで、2人を引き合わせてくれるということで、レイメイやカイ王子、リン王女、それからみんなと一緒に香鶴楼の奥の宴会場にて待機していると、廊下の向こうから話し声が近付いてきた。
「――我らに引き合わせたい人物、とは?」
「実は、先日儂を訪問してきてくれた旧友と、その旧友の友人が助太刀をしようと儂の事を探しに来ていてのう。こちらとしても突然のことで、報告が間に合わなかったことは申し訳なく思っておる」
「ほう。それはまた」
「ふうむ。心強いことではありませんかな?」
と言いながら、やって来るゲンライ。ガクスイ、オウハクの両名と顔を合わせたところで、みんなで立ち上がり、拳と掌を合わせて作法に則り礼をする。
「お二方とも、お変わりなく」
カイ王子が言う。それからゲンライが、俺達について言及した。
「儂の友人のレイメイと、西国からやってきた大魔術師――テオドール殿達じゃな」
「あー。儂はレイメイという。こっちじゃレイメイ大王のほうが通りもいいか。ゲンライの古い馴染みだ」
「――お初にお目にかかります。西方はヴェルドガル王国より参りました、テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと申します」
2人と面会するにあたって、服装、髪の色を元のものに戻し、正式な様式の挨拶をする。目立たないように潜入するのと違い、こちらの事情を説明するのなら、国外の出自であることを明確にした方が良い。
「レイメイ大王……? よもや、ゲンライ殿と共に諸国を回って妖怪退治をしたという……?」
「そ、それに西国……魔術師とは……」
「レイメイについては、そのレイメイに相違ない。ヴェルドガル王国については話せば少し長くなる。まずは腰を落ち着け、順を追って説明していきたいのだが、構わぬかの?」
と、ゲンライが言う。ガクスイ達は目を丸くしたままこくこくと頷いた。
「では――」
ということで、腰を落ち着けて話をしていく。
まずヴェルドガル王国の魔術師であること、フォレスタニアの領主であることを伝える。魔術師については西方における道士や仙人のようなもの、と説明しておいた。
それからエインフェウス王国で起こった事件について、巻物以外についてはありのままを話していく。
仙術を使う獣人ベルクフリッツの策謀と、連中との戦い。そしてベルクフリッツに仙術を伝えたゲンライの門弟がいたこと。門弟とベルクフリッツの顛末。その門弟の遺品を見つけた事。ベルクフリッツの証言から獣魔の森を越えた、俺達から見て東に国がある事を把握し、海の魔力溜まりを避ける形で南方を航行してきたこと……。
そうして辿り着いたヒタカノクニで帝の協力を得て、レイメイ達を捜索した事などの話をしていく。
「形見の品を届けるという目的もありましたが、ヴェルドガル王国としては、東にも国があるのなら貿易や交流を広げたい、という考えもあってのことではありますね」
貿易、交流目的というのはまあ……巻物の事を隠すための方便ではあるが、嘘というわけではないし旅をしてくる動機として納得できるだけの、十分な理由ではあるだろう。
ガクスイ達もその話に真剣な表情で頷いていた。
「しかしこの国は戦乱の世と聞いていましたから。ヒタカノクニに住んでいるという仙人の友人に形見の品を預けるか、或いは直接届けるか。当初はこの国の状況を見て考えるつもりでいましたが、乗りかかった船ですからね」
「レイメイは……こっちの状況を知らせたら助太刀にくるような義理堅い性格をしておるからのう。家族もいる身のレイメイに心配をかけたくなくて、儂が連絡を絶っておったのじゃが……それでも、儂を心配して探しに来てくれた、というわけじゃな」
レイメイは自分の話題が出ると、そっけなく肩を竦めて目を閉じてしまう。義理堅いとか何とか、そういう風に改めて紹介されるのは、性格上きまりが悪いというか照れ臭い、ということかも知れない。
「ゲンライ殿を見つけ出した方法に関しては――レイメイ殿が所有していたゲンライ殿のゆかりの品を利用し、仙術や僕達の国の魔法技術を使って、ということになります」
といった感じの説明になる。
巻物のことを別の言葉に置き換えたりしているぐらいで、大筋で嘘はない。今後俺達がこの国に来た事情を話す際には、これで通すことになるだろう。
「南西の……魔の海域を迂回したのですか。となると、外洋に出たということに?」
「危険な魔物の出没する魔力溜まりの、おおよその範囲を探知する手立てもありますからね。航路を開拓できれば後々に続く方々にも利益があるかな、と」
南西の海域が危険というのは、この国でも認知されているらしい。答えるとガクスイは感心したように頷いていた。
「いやはや、冒険家でいらっしゃる」
「ふうむ。西方の魔法技術の高度さが窺えますな」
「それ故に東まで来ることができた、ということですかな。魔法に……魔術師、ですか」
ガクスイとオウハクはこの国を訪れてきた経緯については納得してくれたようだ。仙人は見た目と年齢が一致するとは限らないらしい。だから、道士や仙人のようなもの、といったのは俺について納得させやすくするための方便でもある。
「しかし、テオドール殿達は我らに協力をして下さる、と?」
「うむ……。相応の危険が予想されますぞ。楽観視できる状況ではありませんからな」
と、そこに関してはまだ懐疑的な部分もあるようだ。ガクスイは一瞬カイ王子達に視線を向けたから、王子を心配してのセリフなのかも知れない。
「今後この国との友好や信頼関係を築くため、と申しましょうか。状況や聞こえてくる話から判断すると、ショウエンなる人物とは……何と言うべきでしょうか。ええと、そう。友人やお近づきになりたい相手とは、どうしても思えませんので」
そう言うと、2人は虚を突かれたというように顔を見合わせて、そして数瞬の間を置いて、我慢できないといったように噴き出し、膝を叩いて豪快に笑った。
「友人になりたくない、ですか! いや確かに!」
「日頃の行いという奴ですな!」
本来外野であるヴェルドガル王国からしてみれば、この国における交渉相手を選ぶとするなら、最大の版図と兵力を保有するショウエンという選択も有り得た話なのだ。
けれど、不当に皇帝の座を簒奪し、徒に戦火や混乱を広げるような相手と国交を結びたいと思わない。それは俺やメルヴィン王、イグナード王の共通した見解だ。
2人が落ち着くのを待って、話を続ける。
「反面、カイ殿下やリン殿下、レイメイさんやゲンライさんとは今後も交流を続けていきたいですからね。そのあたりが助太刀をする理由でしょうか。それと……」
「それと……?」
「どうやらショウエン自身が邪仙のようですから。そういった術者に対抗するのなら、同じように術を扱える者が適任でしょう。見たところ、そういう技術を持った戦力が不足しているようですから、そこの均衡を崩してやればカイ殿下の有利に事は進むかな、と」
「テオドール殿はあくまでショウエンを敵と見做して動くおつもりのようだ。立案した作戦も敵味方の兵達に犠牲を出さないようにという方向性だね」
2人ともゲンライからショウエンの正体については聞かされているという話だからな。俺とカイ王子の言葉に、真剣な面持ちで頷いていた。
「……確かに。兵達の犠牲は忍びない」
「それらの作戦についても伝えておきたい。連絡した通り、東の将軍への訪問も道筋がついたからのう。それらの報告も含め、ゆっくりと食事をしながら話をしていきたいのじゃが、構わんかの?」
「勿論です」
といったところでタイミングを計っていたというようにコウギョクや香鶴楼の従業員が料理を運んできた。交換した海産物をふんだんに使っての料理だ。
ガクスイとオウハクはそれらの料理を見て、少し驚いたような表情を浮かべた。
内陸部では普通食べられない食材ばかりだからな。集まった面々で親睦を深めるのにはぴったりな晩餐と言えるだろう。