番外211 王子達との作戦会議
「少し出かけてきます、コウギョクさん」
「えっ? 大丈夫なんですか、カイ様」
「ほんの少し街の外に行って戻ってくるだけですから」
と、笑うカイ王子に、楼主のコウギョクは些か戸惑っている様子も見えたが、やがて気を取り直したのか、ゲンライにカイ王子を頼む、とばかりに一礼していた。ゲンライは、コウギョクに少し笑って頷いて応じる。
カイ王子もコウギョクも、対応が柔らかい感じだな。こっちが身内に向ける普段の顔、ということなのかもしれない。
さて。巻物をシリウス号側で守っている以上、あちらの人員をこちらに呼ぶには防衛戦力を残して何度かに分けて、という形になってしまう。なので、王子と王女、ゲンライを連れてシリウス号へ向かう、ということになった。
外出に関しては、そこまで神経質にはしていないそうだ。王子と王女は元々、あまり宮中から外出しなかったらしいし、念のために少しだけ口元を隠しておけば問題も起こらないだろう、というわけである。
太守もカイ王子やゲンライの味方であるため、ここの兵士達もゲンライに協力するように命を受けている、ということであった。
「ふむ。この都市では大丈夫なようでござるが……必要とあれば変装を行う用意はあるでござるよ」
「変装というのも面白そうだ」
カイ王子は笑って応じているが、多分イチエモンの言う変装とは認識が違うだろう。
イチエモンは特殊メイクを施しているからな。人相から年代、体格から雰囲気まで変えてくる。まあ、イチエモンの協力が得られればカイ王子やリン王女がどこかに行くときも安心だとは思うが。
そんな話をしながら、ゲンライの知り合いという事で門を通してもらい、シリウス号を停泊させている場所まで移動する。
「む……。この位置に来るまで術式に気付かせないとは……」
原生林の近くまで来たところでゲンライの表情が驚きに変わる。
「隠蔽術の結界ですね。人払い用ではありますが」
ハルバロニス式の隠蔽結界は月の民が本気で隠遁生活をするために開発したものだから、かなり効力は高い。まあ、真っ直ぐこの原生林に向かって来れば流石に何かあるのではと、注意を向けられて看破されてしまうのは致し方ないところはあるが。
これがハルバロニスのように広大な森の中に一ヶ所だけ、ともなると結界の場所を看破するのは中々に困難だ。
結界を潜り、そこから空を飛ぶ。ゲンライは当然のようにどこからか紫雲を足元に纏って空中に浮かび上がり、カイ王子は当然できるだろうと予想していたが、何とリン王女も同じようにして空中に浮かんでいた。
「お二人とも空を飛べるわけですか」
「まあ、修行の成果という奴だね」
カイ王子は苦笑し、リン王女は何故だか少し申し訳なさそうにしていた。
そして空中を進んでいき、シリウス号の展開している光魔法のフィールドを越える。
「おお……?」
「これは……!」
「え――」
ゲンライとカイ王子が声を上げ、リン王女が息を呑むのが分かった。その反応にシーラが目を閉じてうんうんと頷く。
一定の空間に入った途端、そこに浮かぶ白い船――シリウス号が目に飛び込んでくる形になったからだ。
「ようこそシリウス号へ」
そう言って、甲板に降り立つ。みんなも艦橋から出てきて、甲板まで出迎えに来たようだ。
ではまず、自己紹介などをしていくとしよう。
「ほう。蛇殿と蜘蛛殿か。お噂はかねがね」
ゲンライは御前とオリエを相手に、掌に拳を合わせて挨拶をしていた。どうやら手紙でレイメイから話を聞いていたらしい。
「道士殿――いや、今は仙人殿であったな。どのような人物なのかと妾も気になっていた」
「ふむ。噂か。鬼の奴から我の事がどんな形で伝わっているのかも気になるところだが」
「ふうむ。張り合い甲斐のある良い喧嘩友達と聞いておりますぞ」
そんなやり取りにレイメイが小さく肩を震わせる。
「ううむ。リンドブルム、ラヴィーネ、アルファにコルリス、エクレールにティール、それからベリウスにジェイク……オボロ……。うん。覚えられた、と思う」
と、やや戸惑いつつも動物組と順繰りに楽しそうに握手しているカイ王子である。ベリウスやジェイクは強面なのでリン王女を驚かせないように気を使っているようだ。具体的には腹ばいになって尻尾を振っていたり、体育座りをしていたり。
「マルセスカっていうの! よろしくね!」
「う、うん。リンだよ。よろしくね」
と、元気よく挨拶するマルセスカと握手を交わすリン王女である。
リン王女はアシュレイやマルレーン、セラフィナ、シオン達とユラ、カリン達といった年少組に迎えられている感じだ。最初は少し戸惑っていたようだが、年代の近い女の子達ということで最初に会った時より笑顔が漏れていた。
そんな調子で初顔合わせは和やかに進んでいった。
そうして艦橋に場所を移し、もう少し事情を詳しく伝えつつも、腰を落ち着けてこれからの事について話をする。
麒麟の鱗が反応したことで、ゲンライとしても巻物の話をカイ王子に伝えても安心、と思ったようだ。
まあ、確かに。カイ王子が為政者の卵である以上は、後世の事も考えて巻物の話を伝えるのも躊躇われる部分はある。カイ王子は……秘密は自分一人の胸の内に、とそんな風に誓いを立てていた。
巻物についてゲンライがカイ王子に説明をする間に、グレイスがみんなにお茶を淹れてくれる。
一方で――リン王女はシオンやカリン達がカード遊びに誘って接待中だ。色々不安そうにも見えたので、これで気分が紛れてくれたらと思うが。
さて。では、まず最初にやっておくべきことを話しておくか。
「まず、僕の預かっている片割れですが。これについては僕の領地に転送してしまうのが良いのかなと。仮にこちらが失敗して奪取されてしまったとしても、短期間で揃える事が不可能になりますから」
2つの片割れが仮に敵に奪われたとしても、満月に合わせて転移門でたらい回しにしてやれば、俺達と同じ手段で探知してくるのも不可能、ということになる。
俺達のように短時間での移動や二点間での儀式、正確な座標を把握する手段などが揃っているのなら話は変わるが、それでも転移港を駆使されたら場所の特定は不可能になるだろう。
「なるほどのう。そういう手があるなら、そちらの方が安心ではあるか」
「まあ、僕が敵の立場であれば別の手段で墓所の封印を解くことも考えますから、これだけで安心するというわけにもいきませんが……」
だとしても代替えの手段を一から模索し、構築するには時間がかかるものだ。現状を見てそれが実現していない以上、敵としてもこの巻物が欲しいという状況に変わりはないだろう。
「少なくとも巻物を利用できなくなる、というのは大きいわね」
「この場に揃えておくのは、事情が分かった以上、危険性が増すばかりですからな」
ローズマリーが目を閉じて頷き、イングウェイも同意する。まあ、予防のための安全策、といったところか。
「そういうことなら、転送については任せてもらうわ」
クラウディアが胸のあたりに手を当てて言う。
「うん。そっちは頼む」
「儂の預かっている片割れは……まあ、責任を以って預からせてもらうか。みすみす敵には渡しやしねえさ」
レイメイはツバキやジンと共に好戦的な笑みを見せる。うん。味方としては頼もしい限りではあるな。
「後は……そうですね。僕達やシリウス号がこの状況に加わる事で、できる事も増えるはずです。現状進行している作戦等々がありましたらそれを教えていただければ、その作戦の後押しや補強をする案も出せるかな、と」
俺がそう言うと、ゲンライとカイ王子が真剣な表情で頷いた。
「確かに、何が可能になるかは流石にこちらでは測りかねるからのう」
「現状を説明してその上で実行可能な提案をしてもらう、というのが一番分かりやすい形に落ち着くでしょうね」
2人とも俺の案に納得してくれたらしい。
例えば情報伝達の加速であるとか態度を決めあぐねている太守の背中を押してやる役割だとか……攻めの手段として使わずとも色々考えつく。
他国の政にあまり深くまで干渉するつもりはないが、封印されている墓所の中身がショウエンの手に渡るという危険性は、西方としても無視できない。
麒麟の鱗が反応した以上はカイ王子の支援という立場を取る、というのが後々の事を考えても間違いないだろう。
では、このまま作戦会議を進めていくとしよう。