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番外208 求める者の所在は

「これはまた、美味でござるな」


 麻婆豆腐は食欲をそそるというか。後を引くタイプの辛さだ。パリっとした春巻きや雲呑の入ったスープ等々、全体を通してかなり美味である。


「ある程度なら作り方もわかるから、後でみんなと一緒に作ってみようか」


 という俺の言葉に、もぐもぐと口元を動かしながらシーラが頷く。


「酒も上物だな……。飲み過ぎないように抑えとかねえとな」


 と、レイメイが酒杯を空にして小さく笑う。

 酒で口が軽くなった、と思わせるためにある程度酒も飲んでおこうという計画である。レイメイ自身はかなり酒に強いというのも分かっている。このぐらいなら大丈夫だろう。

 まあ、酒酔いにしても水魔法のクリアブラッドで酔い覚ましができるというのもあるので、飲み過ぎても対応は可能であるが。


 そうして食事を続けていると、人がやってくる気配があった。

 やってきたのは落ち着いた物腰の美女であった。絹糸に刺繍の入った伝統的な衣装、という感じだ。物腰からして……護身術の類を身に着けているようではあるが。

 

 部屋の入口で、手と拳を前に合わせるようにして一礼してくる。


「お初にお目にかかります。香鶴楼を取り仕切っております、コウギョクと申します」


 んー。翻訳魔道具の調整と俺の意識とが相まって、俺が理解しやすい認識として入ってきてしまうな。本来の発音ではシィアンユー、といった感じに発音しているように聞こえたが。

 香鶴楼の香、と発音が同じ、ということは、香という意味の字が姓になるわけだ。漢字表記なら香玉、となるわけか。


 こちらも立ち上がり、師匠役を演じているレイメイに合わせるようにして手と拳を合わせるようにして一礼する。拱手(きょうしゅ)と言って、この国に合わせた挨拶の仕方であるらしい。どちらの手が上だとか多少の決まりはあるが、まあそこまで難しいものではない。練習もしてきているからな。


「内々の祝いの席に見ず知らずの者が顔を出しては無粋であるとも思いましたが……お客人が武術家と聞き及び、私自身にも心得があるもので、つい顔を出してしまいました。ご迷惑でしたら挨拶だけでもと思っておりましたが」

「いや、楼主から祝ってもらえるのは有り難い。美味い食事と酒に、この雰囲気も楽しませてもらってる。挨拶だけじゃ味気ないから、少しばかり年寄の話に付き合ってもらえると嬉しいがな」


 と、レイメイは機嫌が良さそうに酒杯を掲げる。


「それは何よりです。腕によりをかけた甲斐があるというもの。そういう事でしたら、お客人とのお話も、楽しませて頂きましょう」


 と、いった感じで和やかに会話を交わす。

 料理人にして武術家か。物腰もそうだが、お偉いさんの歓待にも香鶴楼が使われたりと、人脈も広そうな人物だ。こうして気になった客のところに顔を出す、というのもそれを後押ししているのかも知れないが。


「お客人は……北方の暴君の、傍若無人な振る舞いを聞いて立ち上がったとお聞きしましたが」

「ああ。もう少し北に古い友人がいてな。暫く顔を合わせちゃいなかったが、そういう事情を知っちまったからには儂には儂のやり方で、出来る事もあるはずだと思ってな」


 良い話の流れだな。それに乗るようにして、レイメイは思い出話を語る。

 古い友人――つまり道士と仲良くなって、意気投合したこと。その縁で同門として共に修行をしたこと。共同で生活をする上で家事なども任される事があるということで、その時に大失敗したエピソードを話して聞かせる。


「それまでは親の顔も知らずに放浪するような生活をしてきた。まともに家事をやったこともなければ、人から教えられるような機会も無かった。慣れるまではどうしてこんな単純な料理でこんなに不味く作れるんだと、みんなの目を白黒させたりしたもんだが」


 と、酒杯を呷って首を横に振るレイメイである。具体的にどんな料理をどんなふうに作って、食卓についた全員が悶絶したとか、それを問題視した友人――こと道士に、みっちりと料理の特訓もさせられたとか、そんな話をする。


「まあ、それはそれは」


 コウギョクはそんな失敗談が面白かったのか、肩を震わせる。


「医と食は根を同じくする、とは言っていたな。その特訓もあって……料理はまあ、戦いの次ぐらいには得意にはなったが」

「確かに……武術家は突き詰めれば人体の事を学ぶようになるものです。食べたものが血肉になるのですから、武術も医術も料理も切り離せませんね」


 と、そんな風にコウギョクは目を閉じて同意していた。コウギョク自身にも身に覚えのある話というところだろうか。随分とコウギョクの共感を呼んだようだ。


 レイメイはその他にも道士との旅先で起こったことを冗談めかして話したりと当事者しか知りえない思い出話を話題の中に混ぜる。


「まあ、そういうわけでな。同じ釜の飯を食った兄弟子であり友人が、晩年を暮らしにくくしてるとあっちゃ、黙ってられねえ。門弟達が名を上げるのにも丁度良いってのもあるがな」

「そうですか。しかし、門弟は随分とお若いのですね」


 と、コウギョクが俺を見て少し心配そうに言う。レイメイはにやりと笑った。


「儂でも舌を巻くほどの腕前だぞ。棒術の心得があるから、宴会の余興として腕前を楼主殿に見てもらうのも面白いかも知れねえな」

「おお。それは」


 これも、機会があればそうしようと、打ち合わせていた流れの一つではある。こっちに関心を持ってもらうというのは悪くない。

 戦力として期待できて、志を同じくするのなら引き込もうとするし、危険だと感じればやんわりと距離を取る。そうして出方を見ることでこちらも対応を決められるというわけだ。


 そんなわけでコウギョクは早速、廊下に鎧を用意させていた。棒術の腕を見るために古い鎧の置物を的に試技を披露して欲しい、ということらしい。

 ウロボロスは流石にここで見せるわけにはいかないが、武術の腕をお披露目するというのは想定していたので、木魔法でそれらしい武器――棍を作ってきている。

 それを手に取って、鎧と対峙する。


「では――」


 と、廊下の向こうに鎧を立たせ――得物と四肢に闘気を漲らせる。その瞬間。コウギョクが目を見開き、息を呑んだのが分かった。

 踏み込みと同時に全身の闘気を連動させ、棍の先端に力を集約、炸裂させる。

 あっさりと、鎧の胸板をぶち抜いていた。一歩下がりながら棍を引き抜き、回転させながら腰に沿えるようにして構える。


「お目汚しを」


 と、一礼する。


「これは――驚きました」

「だろう」


 にやりと事もなげにレイメイが笑う。コウギョクは平面の棍の先端と、鎧に穿たれた穴をしばらく見比べていたが、やがてどこか期待感を湛えた眼差しで言った。


「これならば、仕官には困らないでしょうね」

「儂もそう思っている。若さを理由にされたら、今の技を見せてやればいいしな」




 試技を見せた後も少しの間、世間話をしてからコウギョクは退出していった。


「さて……。どう見る?」

「期待されているような雰囲気は感じましたね。北方の暴君を敵と見定めている事を明確にしたわけですし、その上であの反応というのは……」

「もしかすると、勧誘があるかも知れない」


 そうだな。コウギョクについては、北方の暴君に対抗するための橋渡し役や密談の場として香鶴楼を提供している可能性も想定される。

 そうであるとするなら彼女は味方とも言えるし、使える人材については一人でも多く欲しい、という状況ではあるだろう。


 だが、そこに仙人抜きで巻物の話が絡んでくると少し話がややこしくなってしまうのだ。暴君に対抗するために巻物の力を求めている、という可能性も想定できてしまうから。

 だから、こちらとしても仙人から巻物を預かっている立場としては慎重にならざるを得ない。


「巻物の事を伏せて人を探している事を切り出すのは、良いかも知れないでござるな」


 と、イチエモンが言う。


「そこで巻物を利用しようとしているかしていないかの見極めを行うというわけですね」

「あいつの考えを無視しているのなら、どうであれ奪い返すまでだな」


 そうなるな。後はもう少し――ここでのんびりと食事と談笑を続けて出方を伺い、退店するにしても向こうが接触しやすいように滞在先を教える、といった具合で良いだろう。

 現時点で楼主に話をできたわけだし、気分が悪くなったというような小芝居は打たなくても良さそうだ。


 そうして――少しの間食事の続きをしながら待っていたが、特に奥の間に他の客がやってくるということもなく、静かなものだった。長居しすぎても不自然ではあるだろう。

 勘定を済ませて退出しようと、廊下を歩いていく。大食堂まで戻ってきたところで、脇から声をかけられた。


「――コウギョク殿の話を聞いて、まさかとは思ったが……お主か、レイメイ!」


 その言葉に、レイメイが弾かれたように声のした方向へ視線を向ける。そこに――その人物がいた。

 そこにいたのは、白髪と白髭、長い白眉毛の……古風な衣服に身を包んだ老人であった。

 見た目は老人だが、姿勢が良くて背も高く、年齢よりも若々しい印象である。そして研ぎ澄まされた澄んだ魔力が非常に印象的だ。

 レイメイが……その人物を見て目を見開いた。驚きの表情が喜びのそれへと変わっていく。


「おお……久しいな、ゲンライ!」


 どうやら厳来、という名らしい。2人は迷わず歩み寄り、お互いの肩を叩いたりと再会を喜びあう。


「何じゃその姿は! 話には聞いとったが、随分と老いさらばえたもんじゃな!」

「くっく。そういうお前こそ。さては神仙に成り損なったか?」

「ふふん。まだまだ修行中の身よ。もうかれこれ百何年もこの姿のままじゃがな!」


 と、中々スケールの違う話をしている。人と同じ時間を過ごすために老いた鬼と、仙人となって老いる事がなくなった人間、か。

 お互い久しぶりの再会だろうに、無条件に信頼し合っているような様子が伺えた。


 そんな二人の様子に、静かに頷く者達。

 ゲンライの背後にコウギョクや、何人かの人物が控えていた。


 これで……色々背後関係が見えてきたな。この都市が前線からは離れている事。中央部に近いのであちこちの地方から人を呼んで会合の機会を設けるのにも丁度良い事……理由は色々あるだろうが、ゲンライは恐らく、暴君に対抗する方策を練るために香鶴楼に身を寄せていたのだろう。


 秘密裡に動いていたとすれば部外者が接触を図るのは信用の問題もあって中々難しい状況ではあったが……これで一先ずの懸念は解消されたと言っていいだろう。

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