番外205 城郭都市潜入
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
「ああ。ま、すぐ戻るから心配はするな」
レイメイとシホさんが言葉を交わす。シホさんはレイメイが隣国に出かけていて不在の間はマヨイガで過ごす、ということになっているそうだ。鬼の里からも護衛が来ているし、いざとなれば転移港でタームウィルズに避難も可能。
隣国の状況を改造ティアーズの水晶板によって把握も可能、その気になれば双方向でやり取りも可能、と至れり尽くせりな面はある。レイメイとしてもマヨイガがある事で後顧の憂いも無く活動できるだろう。
オボロもすねこすり達や妖怪達と一時の別れの挨拶をしたりしている。
御前やオリエも妖怪達や眷属に声をかけて留守中の事を頼んだりしていた。
「喧嘩せずに仲良くするのだぞ」
というオリエの言葉に、眷属の蜘蛛達もこくこくと頷くように、身体全体を縦に動かしていた。
そうして。河童やケウケゲン、ろくろ首、豆腐小僧や付喪神、蜘蛛に鬼達と……バリエーションに富んだ面々に見送られる形で、俺達はヒタカノクニから隣国へと出発したのであった。
「光が指し示す方向の交差点はこの位置――南方中央部付近……いや、やや東寄りの位置、といったところでしょうか」
地図と星球儀で目的地点を指し示しつつ、俺は状況を説明する。現在シリウス号は月光の示した交差した座標に向かって、光魔法の迷彩を施しつつ高高度をかなりの速度で移動中だ。海を渡って内陸部に入ったら速度を少し落として、更に隠密性を高めて進む予定である。
「……微妙な位置でござるな。二つの支配域に跨る境界線上、といったところでござるか」
「あの辺はどうだったかな。儂があっちにいた時は北部での活動はしてたんだが……。いや、昔の話である以上は、参考にはしない方がいいか」
「中央部から湾岸部への境界線となると、やはり人の行き来は多いのではないでしょうか?」
イチエモンとレイメイ、アカネがそんな風に意見を出す。
「人が多く、支配域が境界線上で不安定……となると、仙人や巻物が無事である公算が高くなった、と言えるかも知れませんね」
「ふむ。仮に巻物を奪ったなら本拠地に持ち帰って大切に保管する、か。それは道理よな」
「人の往来が多い、というのも潜伏しやすい条件になるかしら」
グレイスの言葉に御前やイルムヒルトが答え、マルレーンがこくこくと頷いた。そうだな。但し、今の俺達には、外から見た大雑把な情勢しか情報がない。現地で情報収集もしないと、どう転ぶかはまだ分からない。要するに、方針としてはまずは慎重に調査から始める、というのは変わらないだろう。
「情勢を聞くに、仮に潜伏するなら戦乱から遠い南西部付近に篭るのが最良かと思っていましたが」
「確かに。無事と仮定するならそこまで遠くへは移動していないことになるわね」
ヘルヴォルテの分析にクラウディアが頷く。
「無事だとすりゃ何かしら考えがあるのかも知れねえな。暴君とやらに対抗する策を練ってる、だとかよ」
と、レイメイ。レイメイの話に聞いた仙人の性格ならば、安全のための策を講じた後に、現状打破のための策も考えるだろうな。
しかしそれでも潜伏や策が必要ということは……仙人が仮に真っ向勝負を仕掛けても暴君に勝てない、ということを意味しているのか。
量か質の戦力差で及ばないのか。或いは何か他に……考えや事情があるのか。
そうやって相談しながらシリウス号は夜の海の上を進む。やがて見えてきた陸地に合わせて姿や音を消し、隠密性を高めながら目的地目指して飛行していく。
「いよいよだな。隣国への潜入、か」
オリエが不敵に笑う。周囲の小蜘蛛達もオリエの言葉に頷いていた。
「必要であれば……敵の心は……いくらでも読ませて、もらう。魔法審問の……代わりとなれれば……嬉しい」
サトリの言葉に動物組もうんうんと頷く。どうやら静かにやる気を漲らせているようだ。うむ。士気が高い、というのは良い事だろう。
儀式を行える時間が夜中だったということもあり、そこからの出発である。西に移動中なので日の出もその分遅くなるだろう。
現地の状況を見ながらシリウス号を隠して停泊させられる場所を探し……夜の間に潜入や状況確認を行いつつ、明るくなってから周辺住民から情報収集を行う、というのが良いだろう。最初に拠点の確保を済ませてしまえば、その後に想定され得る事態に対応しやすくなるしな。
やがて――現地が見えてくる。原野に続く街道らしき道と、その向こうに見える城郭都市。この辺りは……戦火そのものは及んでいないのか、まだ荒れている印象はないが……。さて。
「――あの都市内、ですね。探知の光が交差する地点は」
2点間の探知儀式の交差により、座標はかなり正確に割り出されている。
都市だけでなく都市内のどのあたりで交差する、というところまで分かる。しかし、あくまでも探知しているのは巻物の位置であるために、持ち運びをしている状態であれば、交差した位置に現物がある、とはならないのが難しいところだ。
交差地点が宿屋であるとか太守の居城だとか、分かりやすい建物内であればこちらとしてもその後の対応がしやすいのだが。
いずれにしても手がかりがない状態で探すよりは前進している、とは言えるかな。焦ってここからの動きを間違えるのが拙い。冷静に進めていこう。
一旦高度を上げて、シリウス号を停泊させるのに適した地形を探す。
隠蔽魔法で人払いはするが、停泊させておくなら最初から人の往来が少なく、且つ都市から近い場所が望ましい。
周囲は見晴らしの良い平原が多い。選定に少し慎重になるところはあったが、やや鬱蒼とした原生林の上空にシリウス号を停泊させることにした。
人里からそこまで離れてもいないし、魔物に類するような怪しげな生命反応も見られない。
「ここなら大丈夫かな」
「ん。ちょっとだけ下の原生林を見てくる。人が立ち入るような場所なら、山刀とかで小枝を払った跡が残るから」
「分かった。念のためにバロールを連れていくと良い」
「ん。いってくる」
シーラの肩にバロールが乗り、そうして艦橋を出ていく。必要なら暗視の魔法であるとか、防御魔法であるとかシーラの調査のサポートを行えば良いだろう。
シーラが下の原生林を調査している間に、都市内に潜入する面々が準備を始める。
俺達の中では最も現地に詳しいであろうレイメイ。それから潜入や調査が得意なシーラとイチエモン。それに詳細な座標把握をしていて、魔法で色んな状況に対応が可能な俺、といったところだ。
シーカーも荷物に紛れ込ませる形で都市内部に潜入させてくる予定ではある。
髪を染めたり衣服を着替えたりといった準備を整えていると、すぐにシーラも戻ってくる。
「茂みが生い茂ってて、人が入った形跡がない。普段人が来る事はない、と思う」
「どうやら良さそうだな」
「それじゃあ、わたくし達は――テオドール達が潜入している間に、この付近に隠蔽結界を構築しておくわね」
ローズマリーが言う。ユラやコマチのように非戦闘員もいるしな。
それに大人数で潜入するのも目立ってしまうし、情勢も分からない。万一の事を考えて、シリウス号を守ってもらう人員は多めに割いておいた方が良い。
「ん。そうだな。バロールにはこっちに残ってもらう。何か変わったことがあれば通信機じゃなく、バロールに話しかけてくれればすぐ把握できる」
「分かりました。くれぐれもお気をつけて」
「ん。みんなもね。それじゃあ行ってくる」
と、グレイス達に一礼されて見送られる。グレイスの隣にいたカドケウスが音もなく跳んで、俺の肩に乗った。今回は潜入任務なのでカドケウスを連れて行った方が良いだろう。猫一匹なら連れ歩いていても不審じゃないだろうしな。
甲板から、潜入メンバーと共に飛び立つ。イチエモンも空中戦装備を身に着けていたり、レイメイも術で空を飛べたりといった面々なので、移動に苦労はない。人化の術か幻術かは不明だが、レイメイはしっかり角を隠せるようだ。
「光魔法と風魔法で偽装して、城壁を超えて忍び込みます。仮に結界に引っかかるような事態であれば、穴をあけてそのまま侵入しますので、魔法の範囲外にいかないよう、なるべく固まっていて下さい」
「了解した」
と、レイメイ。固まって移動し、そうして都市部の城壁を越えて内部に踏み込む。
東方型の結界を心配したが、これに関しては片眼鏡で見る限りでは大丈夫なようだ。そのまま街並みの上を飛行。人の少ない路地裏に降り立ち、そこで魔法の偽装を解く。
「お見事にござる」
「姿も音も見せず聞かせずってわけか。良い手並みだ」
イチエモンとレイメイが感心したように言う。その言葉に、シーラが腕組みしながらうんうんと頷いていた。
「ありがとうございます。では……光の交差した座標を目指して移動するとしましょう」




