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番外199 魔法剣士と海鳥と

 四肢で地面を踏みしめ、真正面を見据えて――。ディフェンスフィールドを想定した円の中央付近に陣取ったオボロが魔道具を起動させる。


 幻影体のオボロが本体から飛び出すようにして飛んでいく。やや青白い、炎のように揺らぐオーラを纏い――そのまま対峙するシャルロッテの足元を霞めるようにすり抜け、空中を駆け上がってシャルロッテの脇腹を掠め、背中へ回り込むように走って肩口から跳躍した。


「どうかな?」

「これは……良いですね。触れられた時の感触が真に迫っている感じがします。素肌で触れた時と、服の上から掠めた時で感覚に違いがありました。肩口から跳んだ時も、軽い反動のようなものを感じました。ただ……跳躍の反動については、本当に軽い生き物が足場にしたと言いますか。オボロの大きさや体重からすると、もっと反動があっても良いような気がしましたね」


 シャルロッテは真剣な表情で集中していたようだが、尋ねるとそう答えて頷いた。

 オボロの幻術魔道具の試験にシャルロッテが協力の名乗りを上げた、というわけである。幻影で触れた時のすねこすりの感触や感覚のリアリティと言えば良いのか。そのあたりのところの仕上がりを見るわけだが……そういう意味ではシャルロッテは適任と言える。


 実験ということもあり、しっかりとした意見を出してきてくれた。普段から接触の機会が多いシャルロッテからリアルな感覚があったと太鼓判を押してもらえるのは心強い話ではあるだろう。

 反動に関しては……これはある程度説明がつく。


「感覚の再現でしかないからね。掠める時の皮膚感覚はともかく、実際の体重が幻影にはないから、反動のような感覚は再現されても、実際に押される力が働くわけじゃない、と」

「なるほど……。けれどオボロ自身が身軽に動いているから多少の誤魔化しも効きそうではありますね」

「そうだね。それに仮に相手が幻術だと看破しても光の像は見えるし、本体は防御陣地の奥で……それが不利に働くわけじゃないからね。幻術だと印象付けて無視しようとしたところに、実体を生成したりする布石にもなるから、オボロ自身がこういった性質を把握していれば、後は使い方次第じゃないかな」


 シャルロッテにそう言ってからオボロに視線を向けると、にやっと自信ありげに口の端を歪ませながら尻尾を揺らしていた。うむ。オボロに関しては、後は魔道具の使い方の訓練を積んで精進あるのみだな。


 幻影に重なるように岩石を生成したり射出したり振り回したり、或いは一時的に空間に設置するようにして障害物を作り出す。これらはコルリスの属性付与を行った魔石に刻んだ、ソリッドハンマー系列の術式だ。

 魔力消費量の兼ね合いや遠隔制御という事情もあり、ソリッドハンマー程の重量や破壊力は望めないが、幻影体からの攻撃、妨害としては十分なものだろう。


 一方で――ティールは工房の中庭でエリオットの演武というか、氷を使った技の実演を熱心に見て学んでいた。

 エリオットの踏み込みと同時に、繰り出されるレイピアの先端から、針のような氷の槍が伸びて間合いの外にいたクレイゴーレムに突き刺さる。次の瞬間、クレイゴーレムの内側から四方八方に弾けるように鋭い氷が飛び出していた。


 注射器のような構造の氷の槍を形成。敵の内部に冷たい水を送り込み、そこで一気に凍らせながら炸裂させる、と。踏み込みの前に、エリオットの足元から走った氷の蔦が、クレイゴーレムの足元を拘束しているのもポイントだ。切っ先の動きで上に意識を散らし、動きを封じてから本命の一撃を叩き込む。

 エリオットは叩き上げだからな。技も身のこなしも、身に着けた戦闘技術は非常に実戦的だったりする。シルヴァトリア王国魔法騎士団の磨いてきた技術も土台になっているから余計に隙がない。


「些か殺傷力が過ぎるが……元はと言えば耐久力の高い魔物や、複雑な機構を内部に持つような相手を仕留めるために研究開発された技だね。自分より遥かに強大で強固な相手でも関節部や柔らかな場所に針穴を穿てれば内側から破壊できる、というわけだ」


 と、まじまじと技を見ていたティールに説明するエリオットである。ティールはこくこくと頷きながら称賛の感情を込めて鳴き声を上げていた。


「氷の術というのは、実の所、寒冷に強い魔物相手でも有効だ。氷を研ぎ澄ませたり分厚く展開して身を守ったり……土魔法の一部の術と同様の事ができるからね。だから、ティール。君が氷の世界に生きる魔物達を相手に戦うのだとしても、その長所は失われることが無いはずだ。私としてはしっかりとした自信と目的を持って、長所を伸ばしていく事を勧めるよ。君は、それらの術とも生来相性が良さそうだからね」


 そう言ってエリオットは相好を崩した。

 そうだな。物理的な攻撃能力や防御能力、拘束能力等を発揮できるのが氷の術の特性の一つだ。冷気による攻撃、というのは南極付近に生息する魔物相手では効果が薄いだろうが、物理的な攻撃であれば関係が無い。

 加えてティールは闘気を使えるようにもなっている。元々の頑強な身体や生成する氷の刃や鎧とも相性が良いので、相乗効果が見込めるはずである。


「お疲れ様です。あなた」

「お見事です。エリオット兄様」


 と、ティールに対する講義を終えたところで、カミラやアシュレイからそんなふうに声を掛けられ、穏やかな物腰で応じていた。


「討魔騎士団長だった時より、技の冴えが増しているのではないですか?」


 足元の氷の蔦の展開速度は相当なものだった。一気に間合いを踏み越えて侵食してくる、という印象だ。


「鈍らないように訓練はしてはいますよ。テオドール公からそう言っていただけるのは嬉しい限りですね」


 俺の言葉に、エリオットは笑う。

 エリオットとカミラは、所用があってタームウィルズを訪問中だったのだ。再会がてらティールの話をしたところ、自分の技が参考になればと快く演武を引き受けてくれたというわけである。


 ティールにとっては――闘気と氷の術の同時行使の有効性をしっかりと見せてもらった感じだろうか。自信やモチベーションに繋がってくれればと思う。


「研鑽された技術を見せてもらうのは、私としても良い刺激になるな……。魔法と体術の融合ともなればなおさらだ」

「研鑽された技術……。良いですね。実に良い響きです」


 ツバキの言葉に、コマチはうんうんと目を閉じて頷く。


「私達も頑張ろう」

「うん」

「またやる気が湧いてきた」


 と、顔を見合わせている小蜘蛛達である。

 ドラフデニア王国でローズマリーが戦った蜘蛛の魔物――ジュエルタランテラが使っていたが――空中に基点を作り、そこに糸を接続する、という術をオリエや小蜘蛛達も持っているらしい。

 そのせいもあってか、空中戦装備の扱いの習熟、立体的な戦闘の理解もかなり早い印象だ。元々蜘蛛は壁面や宙で活動するのは得意分野だからな。今は休憩中ではあるが、シオン達と共に空中戦の訓練を進めている。


「そう言えば……訓練が終わったら、アウリアちゃんが小蜘蛛ちゃん達と一緒に、ギルドに遊びにおいでって言ってたよ」


 と、小蜘蛛達と一緒のテーブルに座ってお茶を飲んでいたマルセスカが言う。

 ああ、アウリアは子供達の面倒見が良いからな。迷宮で実戦形式の訓練も視野に入れているので、先日小蜘蛛やティール達も冒険者登録をしてきたのだ。


「ギルド長、この前美味しいお菓子のお店を見つけたからって言ってたもんね」

「アウリアちゃんの……褒める食べ物は大体……間違いない」

「美味しそう」

「一緒に行っても良いの?」

「ギルド長にも迷宮のお話、聞きたい」


 苦笑するシオンと淡々と頷くシグリッタの言葉に、小蜘蛛達も興味がある、といった様子で。そうして揃って俺を見てくる。

 うむ。まあ、行先がアウリアの所なら大丈夫だろう。


「大丈夫だよ。訓練もこれで切り上げても良い。でも、遊びに行くなら、暗いから誰か付き添いがいた方が良いかな」


 シオン達にしても小蜘蛛達にしても見た目は子供だからな。一応、トラブルを避ける予防線ぐらいは張っておいた方が良いだろう。

 そう言うと、中庭に座っていたラヴィーネとコルリスがすっと立ち上がる。自分達が付き添う、ということか。まあ、ラヴィーネとコルリスが一緒なら、確かに予想されるトラブルは避けられるだろう。


「ありがとうございます。それじゃあ、少し行ってきますね。後でギルド長と一緒に戻ってくるかも知れません」

「ん。こっちはまだ魔道具作りの作業をしてるからさ」


 シオンの言葉に頷く。

 いずれにしても訓練と魔道具作りの進捗状況は順調だ。仙人と巻物捜索に向けて、きっちりと仕事を進めていくとしよう。

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