89 誕生祝い
「ん――」
朝目覚めて上体を起こすと、俺の脇の所に小柄なマルレーンが、すっぽりと収まるような形で寝息を立てていた。グレイスとアシュレイの2人は先に起きているようだ。まあ、色々準備があるのだろう。
寝る時の場所に関してはローテーションを組むと言っていた。マルレーンはグレイスにもアシュレイにも懐いているので、位置としては外側でも内側でもいいらしい。2人が相談している傍らで、嬉しそうににこにこしていたっけ。
マルレーンは、ストロベリーブロンドと言えばいいのか。ほんの少し赤味が差した金色の髪の持ち主だ。
色白でしっとりとしたきめ細やかな肌の質感をしており……妖精のようなとか人形のようなとか、そういう形容がぴったりくる、可愛らしい子だと思う。
マルレーンについては、手続き上の事はともかく、身の安全の話をするなら王城よりも寧ろ俺の所に預けておいた方が良いとメルヴィン王は考えているようで。
あの話の直後、同行させて俺の家で護衛するという名目で、王城以外での暮らしに早めに慣れさせてやってほしいという事になった。
女所帯だからというのもあるのかも知れないが、以前シーラとイルムヒルトが尾行された時、即日二重尾行をして叩き潰した事が伝わっているらしく、防諜や防衛力の面で王城より優っているだろうとメルヴィン王は見ているらしい。
いくらなんでも結界だってあるしそれはどうなんだろうと思うのだが、魔人殺しが2人も寝泊まりしている家に手出しできる者はおらんよ、と笑っていた。
マルレーンが寝返りを打ち、何かを探すように俺の寝ていた場所に手をやっている。そっと手を繋いでやると、表情が安らいだようなものになった。どんな夢を見ているのだろうか。
起こさないようにそっと循環錬気で彼女の魔力の状態を見てみる。喉の方は……気の流れに淀みがあるな。これは毒に焼かれた痕が残っているからだろう。循環錬気で状態を良くする事はできても、時間が経って定着してしまっているから完治させるというのは難しい。彼女自身がそれを望んでいない、というのもあるから、な。
彼女の持つ魔力はどうなのかと言えば――国守りの儀のために資質を求めた家系だけあって、相当な力を秘めている。ローズマリーもかなりのものだったが……。
マルレーンについては、元々巫女に高い適性があるという事は分かっている。巫女や神官が使える固有の技能体系である「祈り」だが……祝福や解呪だとか、フィールドの属性変化だとか、特殊なものだったり大規模なものだったりと、変わり種が多いのが特徴である。
ただ、本人はあまり直接的な戦闘には向かない。強力なスキルもあるのだが手軽に使えるものでもないし。
よって、言葉を発する事ができない彼女の身辺の安全のために、他の手立てを考える必要がある。つまり、俺達が一緒にいるにしてもある程度の自衛ができるようにしておきたいと考えている。
神や精霊との交信を得意とする巫女と、適性条件の近い魔法職というと……異種を使役する召喚術士や魔物使いという事になる。
この辺、同じく国守りの儀に適性のあるローズマリーの戦い方にも表れていた。人形の魔法生物だとか竜牙兵だとか……王家に求められているのが統率という役割である以上は理に適った話ではあるのか。
ともかく、この辺から彼女の護身手段を考えていくのが良さそうだ。迷宮の魔物はテイムや契約ができないのがネックなのだが……まあ、当てはあるし。
思案していると、マルレーンが薄く目を開く。まだ少し眠そうに目に手をやっていた。
「おはよう、マルレーン」
挨拶をすると、身体を起こして笑みを向けてくる。
さて。今日の予定を考えると、人が集まると思うので変装用の指輪を嵌めてもらうか。一応、手続きがまだ終わっていないからな。
「よし。下に行こうか」
マリアンになったマルレーンがこくんと頷いたので、彼女の手を取って寝室を出て下へと向かう。
すると――。
「お誕生日、おめでとうございます」
「テオドール様、おめでとうございます」
下に下りると、グレイスとアシュレイがそんな事を言いながら、笑顔で出迎えてくれた。シーラとイルムヒルトも拍手して、それに合わせるように歓声が上がった。
「おめでとう、テオ君」
アルフレッドにロゼッタ、フォレストバードの面々、受付嬢のヘザーもいるな。家の中がかなり賑やかな事になっている。庭にもテーブルを置いて、そちらにも料理を並べる予定のようだ。かなり早くから起きて用意してたんだろうな。
「ん。ありがとう」
少々照れ臭くて頬を掻く。
11歳の誕生日、か。
例年、祝ってくれるのはグレイスと父さんだけだ。キャスリン達は……一応形だけ父さんに合わせてはいたが。
なので、こういう形で大勢に誕生日を祝われるというのは……あまり経験がなかったりする。
「テオ、マリアン様の歓迎会も一緒に行いたいのですがよろしいですか?」
「うん。それはいいね。祝い事は重なった方がいいもんな」
と言うと、マリアンの表情が明るくなる。
「それではマリアン様、こちらへ。支度をしてきましょう」
アシュレイが着替えと身支度という事で、マリアンを連れていく。
「おめでとう」
「おめでとうテオドール君」
「ありがとう、みんな」
上座に通され、ロゼッタとフォレストバード達が祝いの言葉を言いに来てくれた。
「ヘンリーは都合をつけて戻って来たいって言ってたけれど、どうなる事やらという感じね。だから、念のためにこれを渡しておいてほしいって言われたのよ」
と、ロゼッタが書簡を手渡してくる。父さんからの手紙か。タームウィルズを発つ前に彼女に渡しておいたものなんだろう。
目を通してみると、誕生日に顔を見せられなかった場合は済まないという旨の事が記されていた。
前に来た時は――俺の誕生日に合わせて顔を見せられるようにという、事前の手回しという所があったのかも知れない。
顔を見せるつもりがあるという事は、竜籠で行ったり来たりするつもりなんだろうか。まあ、この前の一件の事後処理だとかで色々忙しくなっていると思うし。無理しなくてもとは思うが。
「お昼まではみんなと歓談していてください。今日は腕によりをかけますので」
グレイスが言って、シーラと連れ立って台所へ消えていった。
「招待客を増やしても大丈夫かな? オフィーリアとビオラと……タルコットと。それから騎士団から何名かなんだけど。君の家の場所を知らない人は、許可を取ってからと思ってね」
と、アルフレッドが言う。そういえば、サプライズパーティーにしても俺の家の場所を知っている面子ばかりだな。
騎士団の他メンバーとなるとメルセディアとチェスターと――それに騎士団長のミルドレッドか?
「いいですよ」
「ん。じゃあ、御者に伝えて迎えに行かせるよ」
「あの2人も連れてきていい? 頑張って演奏するから」
と、イルムヒルト。セイレーンのユスティアに、ハーピーのドミニクか。
「うん。ありがとう」
「良かった。それじゃあ行ってくるわね」
いやはや。王女に王子に騎士団長。更に魔物娘達、と。誕生パーティーというには随分豪華というか多彩な顔ぶれになっていく気がするんだが。
「――迷宮探索の方はどう?」
「こっちは順調です。かなり上の方まで進んでますよぉ」
フォレストバードのルシアンは相変わらずな雰囲気である。
ガーディアンが出た場合の対処などについても話し合ってあるらしい。ガーディアンが出ると階層の魔物の数も割増になるからな。その辺で怪しいと思ったらすぐ赤転界石を使うという方針だそうだ。
「ブライトウェルト工房で作ってもらったシールドが調子よくてさ。普段小型の盾で取り回しが良いのに、必要な時だけマジックシールドを展開して大型の盾にできるだろ? これが強いのなんの。俺の腐らせてた魔力なんかでも役に立つんだなぁ」
ロビンは上機嫌な様子でシールドバッシュの素振りをしてみせる。試供品のシールドだな。魔力の少ない前衛職でも効率的な運用ができるようにと、調整を加えた特別製である。
「お礼と感想はアルフレッドとビオラに言ってやってくれ。2人とも喜ぶよ」
「勿論よ。でも紹介してくれたのはテオドール君だしね」
モニカが笑みを浮かべた。
魔物娘3人組の演奏と歌声が楽しげな雰囲気を演出する中、みんなと歓談しながら料理に舌鼓を打つ。賑やかな誕生日になったものだ。
「テオ」
名前を呼ばれて振り返る。グレイスとアシュレイが微笑みを浮かべて、包みを差し出してきた。
「テオ、こちらを受け取っていただけますか?」
「これは?」
「グレイス様と一緒に作りました」
誕生日のプレゼント、らしい。包みを開けてみると……それはマフラーだった。俺のコートに合せた色合いだ。これから寒くなるし。冬になったら使ってほしいという事か。迷宮と家を行き来する時は重宝しそうだ。
両端に小さいながらも細やかな刺繍がしてある。鳥の意匠。恐らく彼女達が施したものだろう。うーん。いつ用意していたんだか。
「――ありがとう。嬉しいよ」
早速首に巻いてみせると、彼女達は顔を見合わせ、手を取り合って喜んでいた。
……うん。嬉しいな。今度何かお返しを用意しないと。
お返しをどうしようかと考えていると、家の前に馬車が到着した。
ガートナー伯爵家の家紋だ。父さんが戻ってきたみたいだ。多分、明日か明後日ぐらいにはトンボ返りしてしまうんだろうが。
「間に合ったようで何よりだが……随分賑やかにやっているな」
と、馬車から降り立った父さんが苦笑する。
「いや。自然とこうなってしまったというか」
「それだけ顔が売れている、という事だろう。誕生日おめでとう、テオ」
「ありがとうございます。父さん」
父さんは頷く。それから……馬車の中からエスコートするように、1人の女性を降り立たせる。
その相手を目にしたヘザーの表情が驚愕に染まる。冒険者ギルドで前に名前を出した時、反応してたからな。やっぱり面識があるようだ。
「実は来る途中にシルン男爵領に挨拶をしてきてな。短期滞在なのが逆に都合がいいからと、同行したいという事なので連れてきたのだ」
「お久しぶりですね、テオドール様。この度はおめでとうございます」
と、挨拶してきたのは――ギルドの受付嬢、ベリーネだった。
なるほど。父さんの竜籠に便乗させてもらえば、仕事の合間を縫って小旅行という感じで往復できるだろうしな。
「あっはっは。お久しぶりですねぇ」
「ええ、本当に」
口元に手を当ててベリーネは笑う。わざとらしいやり取りになったのは致し方あるまい。
多分、アシュレイの事で色々裏から手を回していたから、俺のリアクションを期待していたんだろうが。ここは敢えて普通に歓迎してやるのが正解だな。
アシュレイの事は確かに良い話だと思うし、恐らくベリーネが想定していた範囲は超えたと思うので。ここは1つ、俺が逆に彼女のリアクションを楽しませてもらう方向で。




