番外187 お屋敷と付喪神
「では――次はタームウィルズで、ということになるかな」
「楽しみにしていますね」
「鎌鼬や雷獣達も心待ちにしているようですよ」
「はい。ではまた後程お会いしましょう」
俺の言葉に、穏やかに笑う帝と屈託ない笑顔で手を振るユラである。穏やかな表情のタダクニとアカネ達の一礼にも見送られ、クラウディアの展開するマジックサークルの中に入る。
帝達とは一旦別れ、今度は御前の待っている神社まで転移魔法で飛んでいく。光の柱に包まれて、目を開けばもうそこは地底湖のほとりであった。
「――おお。来たか……!」
待ち侘びていた、とばかりに社の扉を開けて御前が社から顔を出した。大蛇の姿ではなく、最初から人間の姿だ。
「こんばんは」
と、挨拶をすると御前はうむ、と頷く。
「よく来てくれたな」
「お待たせしました」
「ふむ。前はここに転移門を作って構わない、とは言ったのだが、少々状況に変化があってな。話をするにしても場所を少しだけ変えたいのだが構わぬだろうか」
「問題ありませんよ。ということは……他の方々との兼ね合いでしょうか」
「そうなるな。鬼や蜘蛛との協定についても少し変化があってな。まあ、まずは地上に出るとしよう」
鬼や大蜘蛛とも知己を得て、協力していくと意思を確認しあった。
地底湖神社は水路を通らなければならないし協定もあるから、他の勢力の面々はやや訪れにくい場所ではあるかも知れない。
水魔法バブルシールドをみんなにも使い、水に濡れないようにしながら御前に続く。隊列の中ほどにカドケウス。最後尾にバロールを配置し、みんながはぐれないような形で水路を進んでいく。
とはいっても、河童の家族も順路の途中で顔を出して、俺達が迷わないように道案内してくれているから問題はなさそうだ。
やがて水面に顔を出すとそこは御前の所有する平原の外れだった。空気が澄んでいるからか、星空が綺麗だ。
周囲には妖怪達。レイメイとオリエもそこにいて俺達を待っている、という状況だったようだ。サトリも顔を出している。
「おお、来たか。転移と言ってたが本当に早えな、こりゃあ」
「ふむ。何やら新顔もいるようだが」
と、レイメイがにやりと笑い、オリエがコマチを見て首を傾げる。
「では……まず紹介を。彼女はコマチさんです。腕の良いヒタカの絡繰り職人で、魔道具作りに協力してくれています」
「か、カガノ コマチと申します」
バリエーション豊かな妖怪達の顔ぶれに流石に面食らったのか、やや戸惑った様子のコマチが一礼すると、御前、レイメイ、オリエがそれぞれ自己紹介を返す。妖怪達も順繰りにコマチに挨拶を返していた。
あまり物怖じしない印象があるコマチの反応としては、ややレア……かも知れない。
まあ、妖怪達とそのお偉いさんということで緊張を感じていたようだが、話してみると案外大丈夫だったということなのか、妖怪達ともすぐに打ち解けているようにも見えるが。
後、ケウケゲンや一反木綿達とコルリスやティール達が再会の握手をしていたり。
「ふむ。ここで立ち話っていうのも何だがな。必要な話が済んだら場所を移動することにするか。まあ、里の留守はジン達に任せてきているから大丈夫だとは思うが」
レイメイはそんな風に言いながら視線を背後に向ける。
そこは――平原の外れ、御前の所領から外れて、緩衝地帯に差し掛かる森の入り口であった。
「ああ。このあたりを緩衝用ではなく、転移門の設置場所として考えようと?」
「流石に察しが良いな」
俺の言葉にオリエがにやりと笑う。
「そうさな。中立の緩衝地帯ではなく……もっと積極的に、というべきか。互いの勢力で争う事を禁じるのは勿論のこと、交流を深めるための土地というのを新たに協定の中に設けようという話になった」
「まずは転移門を作ってもらって、その周りに屋敷を建ててだな。それを儂らの持ち回りで共同管理するってわけだ。ああ。屋敷を建てられるだけの資材は若い衆達の手が余ってたからな。用意してある」
レイメイが言う。準備万端で待っていた、というところか。
「協定に変化と言っていましたが……それぞれの勢力で協力する方向に、というわけですね」
「なるほど。良い話ね」
アシュレイがそんな話の流れに微笑み、ステファニアが満足そうに頷く。変化と聞いて心配していたらしいマルレーンも、にっこりと笑顔になった。
確かに。協定の改定としては良い方向で話が進んだようだ。
「元々ここは御前の所領や妖怪達の土地を通らなければ人が来ない場所だものね」
「人里から離れていて、妖怪達が協同管理する屋敷、となれば、かなり秘匿性や防衛力は高いのではないでしょうか?」
「でしょうね。妖怪達は約束事を守る性格のようだし、地元の人達は尊敬、というより畏怖の感情を向けているでしょう? 懸念は少ないと思うわ」
イルムヒルトとグレイスの言葉に、ローズマリーが頷く。それからシーラが、クラウディアに視線を向けて問う。
「ん。そうなると、契約魔法も結ぶし安心?」
「そうね。それぞれの勢力との契約魔法だから少し複雑になるけれど大丈夫でしょう」
「そういうことなら。早速転移門の設置を始めてしまおうかと思います。必要なら、僕の方でお屋敷まで作ってしまおうかと思いますが。協定の改定記念ということで」
折角ヒタカの建築技術を色々コマチにレクチャーしてもらったわけだし。活用しなければ勿体ない。
「それは面白そうだな」
レイメイが楽しそうに笑う。
「だが、もう一点。一つ提案したいことがある。屋敷の防衛というか管理に関わる話でな。マヨイガという、家自体に憑く、割と強い力を持った付喪神の一種がおってな」
「マヨイガ……ですか」
確か……家にまつわる伝承、のような話だったが。
迷い込んだ者に一つだけ物をお土産として持ち帰る事を許し、そうすると幸運が舞い込む、とかそんな縁起の良いエピソードを聞いたことがある。欲深すぎる者は逆に不運になった、なんて逸話もあった気がするが……。
しかし家自体に憑く付喪神か。客人に幸運を齎すとかそういう部分は家妖精であるセラフィナに近しい存在なのかも知れない。
「家に憑くって言うと、私みたいな?」
と、俺の肩に乗っていたセラフィナが、興味深そうに身を乗り出して目を瞬かせながら尋ねる。
「んー。家妖精、とも近いかも知れないね」
「まあ、奴は人の姿はしておらぬがな。強いて言うなら、憑いた家自体がマヨイガの身体というべきか。一言で言うなら、訪問した者を持成すような性格をしておる。魔力の波長も……そなたに近いところがあるかも知れんの」
「友達になってくれるかな」
「ああ。セラフィナとは気が合うかもね」
そう答えると、セラフィナは嬉しそうな表情を浮かべる。
しかし、それをこの話の流れで出してくるという事は……。
「ええと。つまり屋敷を建てて、そこにマヨイガに来てもらおうと?」
「そうなる。鏡淵の近くに妖怪達が住んでいる集落がある。そこの古い屋敷に憑いていたのだが、話をしたところ、当人も乗り気なようでな」
鏡淵は、言ってしまえば御前のお気に入りの場所、だったか。平原で行われた宴会の際にろくろ首や豆腐小僧達が山から下りてくるのを見たが、恐らくはその集落に住んでいるのだろう。
「屋敷がマヨイガであるならば、侵入者等への備えはより万全となるだろうな」
「あー。招きたくない相手には家自体を見えなくしたり、内部構造を変えたりできるんだったか」
御前の言葉に続けて、オリエとレイメイもそんな風に補足してくれた。
それはまた何というか……面白そうな気がする。屋敷を作って、そこからどう変化するのかとか興味は尽きない。
「妖怪は精霊に近い存在だものね。屋敷の管理者として契約魔法に組み込めば、転移門の設置に関しても問題ないと思うわ。転移門とそれに絡んだ術式の保全も、契約の内に含む、という形になるかしらね」
と、クラウディアが頷く。では、決定だな。転移門の設置と屋敷の建造。それからマヨイガの憑依、ということになるか。




