番外179 東国の客人
「こっ、これは……っ!」
塔から降りるための浮石のエレベーターに乗った時点で、既にコマチのテンションが大変な事になっている気がする。浮石のあちこちを見て回ってしきりに感心するように頷いたりしていた。
「うん。確かに面白いな」
ツバキはそう言いながらもコマチの様子に苦笑する。性格は全然違うが、ツバキは案外コマチを気に入っているようにも見えるな。
オボロ共々、幾分か冷静に浮石を楽しんでいるようではある。ティールは……別な意味でテンションが上がっているが。
「浮石については王城セオレムにあるものと同じですよ。フォレスタニアができてから日は浅いのですが、この浮石に関しては迷宮の作り上げたものなので、実は伝統様式と言えるかも知れませんね」
「なるほど、伝統様式ですか……!」
と、喜んでいるコマチである。
そうして浮石の塔から下層の入り口に到着したところで、知り合い達とも顔を合わせる。
ゲオルグ、テスディロスとウィンベルグ、それからフォレストバードの4人というフォレスタニア警備の面々に、シャルロッテや冒険者ギルドのヘザー、ベリーネといった顔ぶれだ。出迎えと挨拶に来てくれたのだろう。
「おお、境界公、奥方様も。お帰りになられましたか」
そう言ってみんなで俺達の帰りを喜んでくれる。
「ええ。先程タームウィルズに到着しました」
ゲオルグ達と言葉を交わし、ヒタカの面々を紹介する。ティールとオボロの登場に、シャルロッテの目がきらきらとしているが、まあ、あまり気にしないことにしよう。
それから留守中に異常や問題は無かったかを尋ねてみる。
「ベリーネ殿が仰るには新規の冒険者達も増えているということですが……全体としては平常通りというところではないですかな」
ゲオルグがヘザーとベリーネに視線を向けると彼女達も頷く。
「未熟な冒険者が怪我をしたとか、酒に酔って冒険者達が喧嘩をした、という事例は起きましたが……」
「いずれも重大な事態とはなりませんでしたね。ここで言及するほどの事はないと思います」
「そういうのは昔からよくあることですからね。喧嘩の仲裁もしましたが、まあ、酔いが覚めてみれば、きちんと和解してましたよ」
2人の言葉にフォレストバードのロビンが言うとアウリアも目を閉じてうんうんと頷く。
「迷宮に潜ればだとか、人が集まればどうしても、という部分は確かにあるのう」
なるほど。いずれも特別に報告するほどの大事にはならなかった、と。つまり平常通りだった、ということだ。
「見回りのお陰とも言えますね」
「これは恐縮ですな」
「フォレストバードのみんなやテスディロスとウィンベルグは……慣れない仕事で疲れたりはしてない?」
「むしろ駆け出しのころを思い出して懐かしい気持ちになりましたねぇ」
「そうそう。お祭りの警備だとか、夜回りだとかよくやったもんだ」
「冒険者同士だと何となく気持ちも分かるものね」
なるほど……。フォレストバードの面々としては経験済みの仕事に近いところがあるのか。
「私達も問題はありませんぞ」
「俺達の仕事でも役に立てているのであれば良いのだがな。仕事にやりがいを感じるだとか工夫を考えるというのは、存外悪くない感覚だ」
テスディロス達も静かに笑いながら頷く。なるほど。テスディロス達にとっては新鮮な感覚なわけだ。
そんなわけで再会の挨拶と互いの紹介、簡易ながらも報告が終わったところで街を歩いていき、幻影劇場に運動公園。それから慰霊のための神殿、と各種設備について説明をしていく。
幻影劇場の説明であるとか居城に向かう橋の移動床にはやはり、コマチには刺激が強かったようで。こちらはシルヴァトリアの術式で作られたものだというと、色々な術式が見られることに随分喜んでいた。
フォレスタニア居城に向かい、セシリアやミハエラ、使用人の皆とも顔を合わせて挨拶と紹介をする。ドミニクとユスティアも遊びに来ているようだ。
「お留守の間の問題は、特別に報告するような事はありませんでした。警備や事務方からの報告書、決裁が必要な書類等々は前もって分類して提出してもらい、それをそのまま執務室に運んでおきました」
セシリアが静かに言う。
「ああ、それは助かる」
種類ごとに分けられているだけでも執務が捗るからな。セシリアが書類の内容を色々弄るわけにもいかないというのもあるので、領分に線引きをした上での素晴らしい仕事と言えよう。
そうして報告を受けている横で、イルムヒルトも両親のデルフィロ、フラージアと顔を合わせて、フラージアに頭を撫でられてくすぐったそうにしていた。それを見てシーラがうんうんと頷いていたりして。
ちなみに2人は俺にとっても義両親なので、使用人の面々とは今は少し違う立場となっている。現在は城住まいだが、元々村の仲間だった皆から使用人として身の回りの世話をしてもらうことは気が引けると、城に住みながらも身の回りのことはデルフィロがもっぱら行っている形だ。
というより、戦士の種族であるために独立心が強く、一方で伴侶に対しては甲斐甲斐しい、というのがナーガの気性らしい。そんなわけで、おしどり夫婦、という印象が強い。
病弱だったフラージアも最近は調子が良いそうで、仕事がないと手持ち無沙汰であるからと、今は楽器作りに精を出していたりする。フラージアは迷宮村においては、元々楽器作りを得意としていたそうで、今は竪琴を作っているようだ。
そんなわけで……城の面々とも顔を合わせて互いに紹介したところで、迎賓館の一室に手荷物を運んでもらう。
ヒタカの面々とティールに関しては、みんなフォレスタニアに滞在する予定だ。ツバキとコマチは、工房での仕事が忙しくなった場合、東区の別邸や工房に寝泊まりする可能性も十分にあるが。
そうしてツバキ達が荷物を置いて戻ってきたところで声をかける。
「というわけで、王城での歓待が始まるまで中庭でお茶を飲んだりしながら、のんびりしていってもらえればと思います」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「ティールも、待たせたね。城の中庭から直接湖に出られるから、泳いでもらって構わないよ。海水じゃなくて淡水だけど、そういう魔道具の用意もある」
そう言うと、ティールが嬉しそうに鳴き声を上げ、その様子にシャルロッテも相好を崩していた。アウリアの抱えていたオボロがいつの間にやらシャルロッテの方に移動していたりする。
因みに……ティールに渡す魔道具に関しては俺達の手によるものではなくグランティオス産……もっと正確に言うなら海王ウォルドムが眷属達に用意させていた装備品だ。グランティオスにあるよりは俺達が持っていた方が役に立つだろうと、ロヴィーサが持ってきてくれた。
効果の程も術式の内容も確認済みで、自分の身体の周辺に海水と同濃度の塩水のフィールドを纏う、というだけの代物だ。
海の住人の中には、当然真水が苦手という者もいるが、これならば川を遡上したりできるという寸法なのだろう。ウォルドムがいずれは地上に攻め上ることも視野に入れていた、というのが伺える。
ちなみにペンギンやアシカ、アザラシ等は、割と簡単に淡水にも慣れるとか。まあ、それがティールに適用できるとしても、元々海の住民。海水環境を用意できるならそっちの方が良いだろう。
さて。ツバキ達も滞在予定の部屋に案内できたし、様々な面々とも顔合わせが終わり、とりあえずは一段落というところか。
溜まった書類の処理もスムーズに進められそうだし、それらの仕事をこなしたら満月に向けて色々準備をしていくとしよう。




