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88 姫の制約

 メルヴィン王は話が纏まった頃にまた来る、とサロンを辞した。


「ええっと。アルバートは知っているんだよね?」

「ああ。父上と話はしたよ。マルレーン。指輪をつけてもらえるかな?」


 マルレーン姫は少し首を傾げたものの、グレイスとアシュレイになら隠す事はないと理解したのか、変装用の指輪を装着してから魔石に魔力を注ぐ。

 一瞬体が光に包まれて、そこにはマルレーン姫からマリアンの姿へと変装した彼女の姿があった。


「マルレーン殿下が、マリアン様だったのですね」

「なるほど。納得がいきました」


 2人は驚いたというより納得がいったという様子で頷いている。マルレーン姫の時はあまり面識がない2人ではあるのだが、彼女の場合、年齢にしろ特徴にしろ分かりやすいからな。サロンで一緒に過ごしている間に似ていると思っていた所はあるのだろう。 

 マルレーン姫は少し頬を赤くして指輪を外すと、グレイスとアシュレイにぺこりと頭を下げる。


「そして、僕はアルフレッドなんだけど。今は僕の事はどうでもいいとして」

「そこからは俺から説明するよ。メルヴィン王から、マルレーン姫を俺の婚約者として2人と一緒にいられないかって打診されたんだ」


 メルヴィン王から打診された話。

 マルレーン姫の暗殺未遂事件とその犯人について。ローズマリーは違うらしい事。目的が分からないから俺に預けたいと、メルヴィン王が思っている事。

 それらを話して聞かせると、2人は真剣な顔で頷いていた。


「その事について、私達で話し合ってほしいという事でしょうか」

「そういう事になる」


 グレイスは静かに俺を見てくる。

 マルレーン姫はと言えば、話を通されていなかったのか少し驚いたような顔をしていた。メルヴィン王は模索、と言っていたからなぁ。


「――私は」


 まず、アシュレイが口を開く。


「私は、これについて何かを言える立場ではないと思います。テオドール様とグレイス様に受け入れてもらえて私はここにいるのですから。ただ――マルレーン殿下の事は、好きですよ。御身が危ないかも知れないと仰るのなら、私にできる限りの事はして差し上げたく思います」


 つまり、アシュレイは賛成か。では、グレイスは。


「……初めて工房でマリアン様――マルレーン殿下をお見かけした時、昔の事を思い出しました」


 グレイスは遠くを見るような目で、言う。


「昔、か」


 マルレーン姫が知らない相手に警戒をするというのは、まあ、分かる。俺だってグレイス以外の誰も彼も遠ざけていた時期があったし。


 マルレーン姫は……ああやって立ち上がるまで、かなり努力したんだろうと。そう、思う。

 その辺の事は、グレイスもアシュレイも分かっているのだろう。彼女達だってそれぞれに心当たりがあるのだから。


「はい。見知らぬ相手との接し方で、でしょうか。マルレーン殿下御自身もお優しい方だと思いますから好きですよ。お力になれるのでしたらマルレーン殿下と一緒というのも、素敵ではないかな、と思います」


 と、グレイスは微笑みを浮かべる。

 マルレーン姫はそんな2人の言葉に嬉しそうに微笑むが、続いてどこか悲しそうとも寂しそうともつかない、浮かない表情を浮かべた。それを見たアルバート王子が言う。


「……実はさ。雛型ができたんだよね」


 と、サロンの隅に置いてある包みを持って来てマルレーン姫に手渡した。包みの中身は薄い石板にガラスを張り合わせたような代物だ。

 石板には文字と数字一通りが刻まれている。幾つかの魔石が縁に埋まっており……サイズとしては文庫本よりは少し大きいぐらい、か。


「ま、試作品の前段階だからね。とりあえず文字の入力と表示ができるところまで、かな。マルレーン、今日だけだ。言いたい事があるなら、言ってごらん」


 と、アルバート王子が説明してくれた。

 マルレーンはおずおずとそれを受け取る。マルレーンは文字盤に指で触れて、たどたどしく操作するとそれを見せてくる。


『わたしは、邪魔になる』


 文字盤の上部。空いたスペースに光る文字が浮かんでいた。


「どうしてそう思うの?」

『治らなくても良いって思っているから』


 マルレーン姫は悲しそうな顔のままで、伝えてくる。


『母様に、助けてって言ったの。そんな事、言わなければ良かったって思ってる』


 つまり――自分がそんな事を言ったから、母親がサクリファイスを使ったんじゃないかと。そんな風に後悔していて。自分が――許せないのか。

 だから、邪魔になるなんて、そんな自己評価にも繋がっているのだろうし。


 母さんのような人を間近に見てきた身としては……リスクを承知でサクリファイスを使えるような人は、マルレーン姫が何を言っても言わなくても、そうしたんじゃないかと思う。


 けれどこれはマルレーン姫の認識が合っているとか間違っているとか、そういう話ではない。

 必要なのは自分自身への納得だ。マルレーン姫自身が納得できるように。それを見た俺自身が納得できるように。ただそれだけの話。


『兄様はすごいけれど、これで文字を伝えるのも、したくない。だから私は、私が喋らなくても良い所に』


 それで、神殿に行く事を彼女自身も肯定している、と。


「俺は――そのままでも良いと思うよ」


 だから、答えた。


「マルレーンが言葉を使いたくないって思っているなら……そのままでいいと思う。俺の母さんもそういう人だったから、俺だって同じような事になったらそうするかも知れない。そうやって決めた事に、誰かに何かを言ってほしくないとも、思うし」


 俺の言葉に、マルレーン姫は真剣な面持ちで頷く。母さんの話を、マルレーン姫がどこまで知っているかは分からないが。

 少なくとも俺は、マルレーン姫が言葉を話せない、話さない事を理由に、邪魔にするわけがない。


「ペネロープ様は、きっとマルレーンの居場所を作ってくれると思う。だから必ずしも俺が必要なわけじゃないと思うけど。少なくとも、俺はそんな風に考えるマルレーンの事は肯定したいと思う。邪魔になんて、思うわけがない」


 マルレーン姫は文字盤を両手で握りしめたまま見上げてくる。それでいいのかと、俺の真意を問うように覗き込んでくる。暫くそうやって見つめ合っていたが――やがて、マルレーン姫は文字盤を操作して見せてきた。


『嬉しい。私もあのお家で暮らしても、いいの?』

「いいよ」


 頷くと、マルレーン姫は花が咲き綻ぶような笑みを見せた。


「……父上を呼んでくるよ」


 一部始終を見届けたアルバート王子は穏やかな笑みを浮かべて、マルレーンから文字盤を受け取るとサロンを出ていった。

 マルレーン姫は――グレイスとアシュレイと3人で、嬉しそうに抱き合っている。




「話が纏まったようで何よりだ」


 戻ってきたメルヴィン王はかなり上機嫌な様子である。

 方便ではないと言っていたが……マルレーン姫の行先として神殿と俺を比較した場合、俺の方が良いと考えていたのだろう。


「しかし王家の娘である故、そのまま降嫁とはいかぬ。シルン男爵家当主が既に婚約者として名を連ねていることもある。貴族家へ養子に出すという形を取る必要があろう。まあ、そなたらに手間を取らせるような不手際はせんから安心しておれ」


 メルヴィン王は笑う。


「どこか候補があるのですか?」


 アルバート王子に問われると、メルヴィン王は頷いた。


「余はフォブレスター侯爵家が良いかと思うがな。季節柄こちらを訪れている。話を通すには丁度良い」

「オフィーリアの……」


 フォブレスター侯爵家。アルバート王子の婚約者、オフィーリア嬢の家だな。

 どこぞのブロデリック侯爵と違って、まともな侯爵である。

 ただ、中央からは距離を置いて自身の領地経営に専念している所があるので、タームウィルズにおいてはそこまで影響力が強くない。オフィーリア自身は学舎の貴族寮で勉強しているようだけれど。

 マルレーン姫自身もオフィーリアに懐いている様子だったし、フォブレスター侯爵家と聞いて嬉しそうにしている。


「オフィーリア様なら学舎でよくお話をしますよ。とても素敵な方ですね」


 と、アシュレイが笑みを浮かべた。オフィーリアとは工房でも一度会ってるしな。その時は正体を隠していたが、オフィーリアの方からはアシュレイを知っているわけで。という事は、オフィーリアの方からコンタクトを取ったのかな?


 アシュレイも迷宮探索や修行の傍らで学舎の方に顔を出しているのだが、ちゃんと男爵家の利になる貴族家と横の繋がりを持つ事ができているようで、俺としても安心である。


「ああ、そうだ。巫女頭のペネロープに話を通した際、そちに書状にて、言伝を預かっておるぞ」

「なんでしょうか?」

「大腐廃湖の封印の扉の件だ」

「チェスター卿が見つけたものですね」

「うむ。大まかな計算の結果、封印が解けるのは宵闇の森の扉より後になる、という話だ。どうも解放の期間がズレているようでな」

「同時4ヶ所解放では手が回らないでしょうし、好都合ではありますね」


 俺が言うと、メルヴィン王は頷いた。明日からはとりあえず平常運転かな。

 ……いや。そういえば明日って――。

 うーん。ローズマリーのごたごたですっかり頭から抜けていた。毎年の事だけにグレイスが何も用意していないとも思えないな。

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