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番外175 北極見学

 頃合いを見ながら速度を落としていき、少しだけ軌道を修正。雲間を抜けていけば――そこは白と青だけで構成された世界だった。


「綺麗ですね……」

「本当。すごい眺めね……」


 アシュレイがモニターを見ながら声を漏らし、イルムヒルトも呟く。

 マルレーン。シオン、マルセスカ、シグリッタ。年少組は食い入るようにモニターを覗き込んでいる。コマチもかぶりつきという感じではあるが。


 北極圏である。ほとんど陸地がないのはルーンガルドも同じで、一見陸地に見えるものは全て氷、というわけだ。

 その為決まった地図では役に立たないが、ティエーラの力を借りた星球儀だけは話が別で、北極圏の氷の大まかな塊まで陸地とは少し異なる形でそれと表示してくれる。


 この辺りは北極圏の外周付近になるか。飛行航路に沿ってニアミスする北極圏外周部に降下してきた、というわけである。

 環境を確かめると同時に生態観察も必要だろう。光魔法、風魔法の偽装を施した上で、ライフディテクションを用いている。早速遠景にいくつかの反応が見られるようだ。停泊させてから甲板に出て、少し観察してみるとしよう。


 シリウス号がゆっくり降下していき、氷の厚そうなあたりの少し上空で動きを止める。

 精霊王の加護もあるから、防寒をせずとも問題はないか。みんなで甲板に出て、外の様子を見てみる。

 ハッチを開いて甲板に出ると、ひんやりとした空気に包まれる。風は弱め。想像していたより寒くない、と思うのは加護故か。それとも季節が春の終わりだから比較的暖かいからか。


「どうかな、ティール」


 そう尋ねると、ティールが身振り手振りを交えて鳴き声で答えてくれる。ええと……風景は故郷に似ているけどずっと暖かい、と。ふむ。

 んー。やはり南極が故郷ということになるのかな。


 地球での話になるが、北極と南極を比べるとずっと南極の方が寒いという話である。

 海と陸地という違いが主な原因で、陸地である南極は標高のせいで北極よりもずっと寒くなるのだとか。海が熱量をため込むとか、海流の温度も関係しているとか聞いたこともあるが。


「ふうむ。氷海の奥、ということになるのですかな、ここは」


 と、周囲を見渡しながらイングウェイが言う。


「ああ。エインフェウスの北方に足を運んでいたと仰っていましたか」

「そうです。北方の海は季節によって凍りついたりするのですが……その場合は歩いたりソリを用いたりして、奥まで行くことができるわけですな。海が凍りつくと氷海の奥から凶暴な魔物がやってくるというので、少しばかり奥まで足を運んで魔物を討伐してきたわけです」

「やはり修行の一環ですか」

「お恥ずかしながら」

「ふうむ。中々面白そうな話よな」


 イグナード王がイングウェイの話に楽しそうに頷く。

 北極圏で凶暴な魔物の討伐か。これまたかなり危険度が高いと思うのだが、イングウェイも結構な冒険家である。どんな魔物なのかと聞いてみると、どうもイエティに似た魔物であったらしい。


 先ほど見た感じではこのあたりに強力な反応はないものの、一応生物なり魔物なりはいるようで。勿論、片眼鏡を通してなら精霊の類も見える。

 ……ウンディーネの亜種で、フラウと呼ばれる、真っ白な少女の姿をした精霊である。雪の結晶のような形状の翼が背中についていたりするのが特徴だ。


 ヒタカの精霊よりも西方諸国寄りの精霊達である。片眼鏡で見えていることに気づいたらしく、視線が合うと笑って手を振りながら飛んでいったりと、付かず離れずの距離を保っている。まあ、歓迎してくれているようではあるかな。

 精霊以外はどうだろうか。光魔法でレンズを作り、生命反応の見える方向を確かめてみる。


「ん。白い熊の親子」


 シーラがレンズを覗き込んで動物を発見し、それを見てみんなも楽しそうに盛り上がっている。


「あの流氷の上にいる……白い生き物は何ですか?」

「あれはアザラシだね」

「アザラシ……。前に文献で読んだことがあるわね」


 アシュレイの疑問に答えると、ローズマリーも興味深そうに頷く。

 北極圏を生活の場にしている生き物達、というわけだ。


 ティールは――故郷とは違うようだが、この風景にテンションを上げていると言うか、うずうずしているようだ。ふむ。

 まずは周囲や氷の下に、危険な魔物がいないかとか、クレバスや氷の薄いところがないか確認しておく必要があるだろう。バロールを飛ばして周囲の様子を探りながら、ちょっとしたクレバスを埋めて補強したりと安全を確保しておく。


「少し氷の上に降りてみる?」


 尋ねてみるとティールは嬉しそうにこくこくと頷く。というわけでティールと共に氷の上に降りてみることにした。

 ティールは早速というか、腹ばいになって氷の上を滑る。


「あー。シリウス号から見える範囲内でね」


 そう言うと、滑走しながらティールがフリッパーを振って返事してくる。

 水を得た魚というか何というか。相当な高速度で自在に滑走するティールである。

 ヴィンクルやラヴィーネ、アルファ、それにリンドブルムとすねこすりもこちらに視線を向けてきたので頷くと、甲板から飛び出していき、ティールと一緒になって氷原の上を走り回る。マルセスカも触発されたのか、氷の上をラヴィーネ達と追いかけっこしていた。


 みんなあまりシリウス号から遠くに離れるつもりもないようではあるが、大人しくしていたからか、思い切り走り回ったり飛び回ったりと、楽しそうではあるな。

 コルリスはと言えば……甲板に腰を下ろしてのんびりと走り回っている面々の様子を見ているが。時々フリッパーを振ってくるティールに手を振りかえしていたりする。


「コルリスは……寒いのはそこまで得意じゃないみたいね」

「ああ。コルリスは地中暮らしだしな」


 ステファニアの言葉に頷く。地中なら暖かい方が多いだろうしな。


 アシュレイとマルレーンが魔法で大小の雪だるまを作ったり、シグリッタが指で四角いフレームを作って、どのあたりを風景画にすれば絵になるか確かめたりと、思い思いに氷の世界を楽しんでいるようであった。ツバキとコマチはレンズの向こうに広がる北極の景色を眺めている。

 そうして、やがて満足したのかティール達もシリウス号に戻ってくる。


「楽しかった?」


 尋ねるとティールはこくこくと頷いて、フリッパーをぱたぱたさせながら声を上げていた。そんなティールの様子にグレイスも笑みを浮かべる。うむ。

 とりあえず、北極圏はティールの生息域ではなさそうだというのは確認できた。周囲の生態系、温度等々含めて、確認してみたが、やはり南極側が故郷、ということになるのだろう。


 戻ってきたすねこすりを抱き上げる。ラヴィーネやティールと違って寒冷地仕様の被毛ではないから毛が水を吸ったりしてしまうようだが、加護もあるので寒そうにはしてない。

 だからといってそのままというのもなんなので、水魔法で水分を払ってやる。


 艦橋に戻り、人員、動物組、魔法生物としっかりシリウス号に乗り込んだことを点呼して確認し、シリウス号をゆっくりと浮上させる。

 周囲の状況をモニターで確認しつつ、タームウィルズに向けて出発させる。


「加護もありますので、そんなに冷えてはいないかと思いますが」


 と、巡航速度が落ち着いたところでグレイスが暖かいお茶を淹れてくれた。


「ん。ありがとう」


 そうしてお茶を飲んで一息入れつつもタームウィルズ目指して一直線にシリウス号は飛んでいくのであった。




 氷と水の世界から針葉樹林帯を抜けて――段々と眼下のモニターに見える景色が、見慣れたものに変わっていく。遠景にもどことなく見覚えのある光景が混ざり――やがて地平線の彼方に見えてくるものがある。王城セオレムの尖塔だ。


「タームウィルズが見えてきましたよ」


 そんな風に伝えると、みんなの視線が正面のモニターに集まる。


「大きな城と聞いてはいたが……こんな距離から見えるとは」

「すごい……想像以上です……!」


 初めてセオレムを見るツバキやコマチが声を漏らす。腹ばいに寝転がっていたティールもモニターを見て思わず立ち上がっている。


「帰ってきましたね」


 と、ヘルヴォルテが静かに言う。


「ふふ。旅先から帰ってきてセオレムが見えてくると安心するわね」

「ああ。分かる気がします」


 そんなイルムヒルトの言葉に、みんながしみじみと頷く。それは確かに。

 セオレムが近付くのに合わせて速度と高度を落としながらシリウス号は造船所へと向かって進んでいくのであった。

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