番外173 東西技術交流
そんなわけで夕食はカレーを内裏の面々に振る舞うということになった。
一度に大量に作った方が味も安定するというのもある。できるだけ多くの人に行き渡るように、大鍋でカレーを作り、米もたっぷり炊いて――そうして出来上がりである。
静謐な内裏の中にカレーの匂いが漂っているのはやや場違いな気もするが、まあ、あまり気にするまい。
「おお……」
「こっ、これは……!」
と、カレーを口にした面々、あちこちから声が上がる。帝やコマチだけでなく、側近や武家、兵士や女官もその味に驚いたようである。
「食欲をそそる味と香りだな。これは後を引く味だ」
「この複雑な味わいは驚きです……!」
ゆっくり味わって頷く帝と、高速で次々口に運んで笑顔になるコマチ。そんな帝達の反応に、嬉しそうにしながらカレーを味わうユラやタダクニという構図である。
カレーの楽しみ方にも性格が出ている、という印象だが、何はともあれ帝達にも喜んでもらえているのは間違いなさそうである。
「2回目だけれど……これはやはり中々癖になる味ね」
というクラウディアの言葉に、マルレーンがこくこくと笑顔で首を縦に振る。みんなにも気に入ってもらえているようで何よりだ。
「香辛料の比率を変えれば、また少し違った味を出せたりするし、今度はまた別の食材に合わせたカレーなんていうのも悪くないかな」
今回はチキンカレー用の仕様だがビーフ、ポーク、シーフードと、それぞれの食材に合わせた配合比があったりする。
カレーうどんであるとかカレーピラフであるとか、派生の料理も多いのでレパートリーを増やしていきたいところだ。
「ん。期待が高まる」
と、シーラ。うむ。期待されているようなので頑張ろう。
そんな調子で和やかに夕食の席は進む。お代わりをしたり皿を空にしたりと、みんなが満腹になってきた頃合いでお茶が出され、のんびりと一息をつく。
そうすると、自然話題は先程見たもの――コマチの乗ってきた乗り物の話になる。
「実際に乗れるというだけでなく、箱型に収納されるというのが面白いですね」
「そうね。実用面でも目立たないように持ち運べるし」
と、アシュレイの言葉に頷くローズマリー。
「ありがとうございます! お爺様達もその言葉を喜ぶと思います」
コマチはにこにこと答える。カガノの家系で開発された技術、というわけだ。
「技術的なところも色々気になるけれど、あれは中々、乗ってみても楽しそうだね」
「ああ。それは思ったわ。一度乗ってみたいわね」
アルバートの言葉にステファニアが頷く。ああ。確かにステファニアやアドリアーナ姫はああいう乗り物は好きそうだな。
「操縦には少しコツがいりますが、広い場所で穏やかな天気なら飛ばすのはそう難しくはないですよ。後は……術者であれば落下した時の怪我の心配もいらないのですが」
「それなら大丈夫、かしら。みんな浮遊の魔法も使えるし、空中戦装備もあるものね。でも落として壊さないかは心配だわ」
と、イルムヒルトが首を傾げる。
「完成品と違って試作品の段階であれば、壊れたのなら直したりまた作れば良いのです。怪我には気を付けなければいけませんが、落ちたら落ちたで、そこから学べるものもありますから」
と、コマチが言う。トライアル&エラーでああいう飛行装置を作り上げてきたわけだ。完成品――つまり人に使ってもらう物については壊れにくいよう安全性も高めるべきと考えているのだろう。
コマチの性格や考え方なども何となく会話を通して見えてくるような気がする。
「しかし私としては……空中戦装備、というのが気になりますね」
「何でしたら、試してみますか?」
「良いのですか?」
グレイスの言葉に、コマチが表情を明るくする。というわけで中庭に移動し、空中戦装備をみんなに装着させてもらって、コマチが空中に一歩踏み出してシールドを足場に空中に立つ。
「ああ、これは……。ただ空中に足場を作って立つだけなら、思った以上に安定するのですね。地上にいるようで、素晴らしいですよ……!」
と、コマチは楽しそうに笑いながらこんこんと、軽く爪先で展開されたシールドを叩いて、その強度などを確かめている様子であった。
「後は、浮遊の魔道具と合わせて跳躍することで移動する、という感じですね。多少の慣れと訓練は必要ですが」
グレイスの説明にふんふんと頷き、レビテーションの魔道具を発動させながら大きく真上に跳躍する。
兎獣人だけあって、かなり高く跳躍したが。そこから階段状にシールドを展開し、ゆっくりと空中から降りてくる。
「なるほど。これは確かに、慣れれば自由に飛ぶように移動できそうですね……! 私は母が獣人でして。魔力がそれほど多くはないので、あまり長い時間使っているのは難しそうですが」
「ん。訓練していれば魔力も増える」
「そうですね。確かにこれなら、いい鍛錬にもなりそうです」
というシーラの言葉にコマチがにっこり笑って頷く。
コマチはどうやら両親とも獣人、というわけではないらしいが、それでも身体能力は結構なもののようだ。
魔力はそれほど多くない、と言っているが魔法技師は魔力量の多寡が腕に直結するわけではないからな。魔道具の扱いを直感的に理解して結構スムーズに空中戦装備を扱っているあたり、制御面も得意分野ということだから……そのあたりはアルバートに近いかも知れない。要するに、魔法技師としては腕が確かということだ。
「それにしてもヴェルドガル王国に逗留して勉強できるなんて、コマチさんが羨ましいです」
と、ユラが呟く。
「転移魔法である程度気軽に行き来できるのなら……私としてはユラがあちらの技術を見に行ったり、機会があれば学んだりするのは悪くないと思うのだが……どうだろうか」
そんなユラの呟きに、帝がそんな風に言って俺に視線を向けてくる。
「ああ。技術交流ですね。確かに、僕たちとしてもヒタカの術は気になるところではあります」
「い、良いのですか?」
「巫女寮長官の仕事もあるからそちらが疎かにならないならね」
「は、はいっ!」
帝の言葉に、ユラが表情を明るくして頷いていた。帝はユラが予知能力の高さ故に役目に縛り付けられてしまう、というのを心配していたからな。
そういう意味でもユラがヴェルドガル王国を訪問して色々と学べる環境があるという状況は歓迎なのだろう。
ユラは動物好きだし……封印の巫女であるシャルロッテとも話が合いそうな気がする。
「とりあえず、あちらに帰ったら正式な転移門の設置も進めていこうと思います。双方向での文字の翻訳も進みますし、いずれは通信機でのやり取りも、記号ではない形で意思疎通したいところですね」
「それは楽しみだな」
帝が相好を崩す。
ちなみに、コマチにはヴェルドガル王国に向かう条件という事で、満月までの準備等々、できることを手伝ったりするようにと伝えてあるらしい。
技術体系の違いはあれど、複雑な機構の絡繰り人形を組み上げるあたり、コマチは手先も相当器用であることは想像に難くない。仕事を手伝ってもらうにはこれ以上ない人材ではあるだろう。
「戻ってからすんなり仕事の手伝いをしてもらうなら、今の内に西方の魔道具を見せておくのは重要かも知れないね」
アルバートが言う。ああ。それは確かに。
「そうだな。今の内に色々見てもらっておくか」
「ふむ。となると儂らの技術も見せられるものは見せていかねばならんな」
お祖父さんの言葉に、七家の長老達も頷いていた。
「おおお……。なんという素晴らしい環境……!」
と、コマチのテンションは上がる一方である。そんなコマチにグレイス達も苦笑しているが。
帰ってからやることは色々と山積しているが……まあ、中々に面白い事になりそうだな。




