87 マルレーンの行末
「よく来てくれた」
国守りの儀の期間が終わってから数日。
メルヴィン王からグレイスとアシュレイを連れて登城するようにと使者が来たので彼女達と連れ立って王の塔まで向かうとサロンの一室に通され、メルヴィン王とアルバート王子、マルレーン姫といった面子で出迎えてくれた。
タイミングと集まった面子を踏まえるに、十中八九ローズマリーの処遇絡みの話だとは思うのだがグレイスとアシュレイも一緒にという部分がよく分からない。
王城に登城するという事で2人もドレス姿だったりして俺としても眼福ではあるのだが。
まず俺とメルヴィン王だけで、皆から離れた所に腰かけて話をする事になった。
「この大事な時期に余の娘が馬鹿な真似をした。余の不徳の致す所だ」
言って、メルヴィン王は目を閉じる。
「いえ」
「余の口より、ローズマリーの処遇を伝えておかねば納得してはもらえぬと思ってな。まず、ローズマリーについては病気を理由として王位継承権を剥奪する事になった。隷属魔法を用いて行動にも制限をかけ、今後は北側の塔に隔離することになろう。あれの持つ情報は秘匿せねばならぬが、その有用性、魔力資質などに鑑みるとただ口を封じれば良いというものでもなくてな」
病気を理由に静養、幽閉というところか。
魔人に対する戦力としても当てにできるものかも知れないし。国守りの儀を後世でも行い続けるために、有能な血を持つ肉親や親類縁者を必要としている部分もあるのだろう。
「制限、と言いますと」
「つまり魔法の使用や、実験や研究。秘密の暴露について隷属魔法を用いて封じるわけだな。あれの抱えている情報を、容易には引き出せぬようにしておかねばならぬ」
「分かりました」
メルヴィン王は小さく溜息を吐く。
「いやはや。国守りの儀から出てきてみれば。あれの手口などについても、分かった部分はそなたには説明せねばなるまい」
そう、だな。疑問は幾つかあるが。まず最大のものとして、ローズマリーは王女という立場にありながらどうやって行動の自由を得ていたのかだ。
温室の管理に秘薬の調合。それに使役していた人形の、あれだけの数の増産など。……ある程度の所はあの人形の魔法生物にやらせれば、本人の手間は大幅に削減できるだろう。
使用人に対しては必要以上に高圧的に当たり、敬遠するように仕向ければ、使用人達も不興を買わないように立ち回るようになるから、目を盗みやすくなる。
まあ、俺が知っている情報で推測できるとしたら、そのぐらいのものか。
「元々あの娘は幼い頃より暇さえあれば書庫に篭っていてな。魔法にも興味を示し、師に付いておった。――優秀ではあったが……いつだったか魔法の勉強をすっぱりと止めた。魔術師嫌いを公言するようになったのもこの頃であったか。あの娘が城の書物庫より、隠し書庫を見つけたのは、恐らくこの時期なのだろう」
「隠し書庫……ですか」
「うむ。王族の血で壁のレリーフをなぞる事により開く仕組みになっていた。元々は王族が王城から脱出するための秘密の避難経路であろう。詳しくは申せぬが、人目につかずに王城から抜け出す事ができる」
単なる偶然でそれを知ったか、調べ物をしていて王城の秘密に辿り着いたか。
王族の避難経路であるのに隠し書庫、とメルヴィン王は表現した。王族しか立ち入れない区画を利用し、世に出せぬ危険度の高い書物を過去の王族の誰かがそこに封印していたというところか。ローズマリーが野心を抱いたのは、それが契機なのだろう。
「そこには王城や迷宮に関する書物もあるようで、な」
当然そこの書物は錬金術師の秘伝書のように暗号化もされているだろうし。
王が把握しておくべき書物の内容を今後も解読させていくだとかさせるなら――王城セオレムや迷宮の秘密、魔人との絡みもあってローズマリーは必要になってくる、か。処刑できないわけだ。
「しかし、抜け出す際に書庫に篭る、だけでは不審がられるのでは?」
「その通りだ。あれは使い魔を利用して影武者を立てておったのだな。隠し書庫で見つけたよ」
「影武者――」
そういえばアナスタジアとして戦った時も、隷属魔法を用いて支配している魔法生物はいても使い魔はいなかったな。使い魔は使い魔でしっかりと別にいて、重要な役割を負っていたわけだ。
影武者になれそうな使い魔と言えば……。
「ドッペルゲンガーですか」
BFO内では血を与えられた対象と全く同じ姿を取れる魔法生物という扱いだった。本来の姿は、半透明に透けたのっぺらぼうみたいな姿をしている。
これを居室や書庫に篭らせておけば……行動の自由は手にする事ができるか。作る方法も、恐らく隠し書庫から得たものだな。
秋口は舞踏会などが増えるという事もあり、影武者を立てなくても堂々と城を出て行動していたようだが。影武者と占い師で――別の場所に同時に姿を見せる事もできる、か。まあ、占い師の方は常にローズマリー本人の変装なのだろうが。
「さすがに、よく知っておるな」
メルヴィン王は苦笑した。
「しかし、どうしてそんな隠し通路の存在が伏せられていたのです?」
他の者はともかく。メルヴィン王が知らなければ意味がないのに。
尋ねると、メルヴィン王は眉根を寄せた。
「……これは身内の恥の話になるがな。こういった秘密は口伝として後継に伝えられておったのよ。何代か前にその一部を失わせた暗愚がおってな。国守りの儀も怠り、迷宮が契約不履行に対する警告として坑道を呑み込んだのが、その代の話になる」
「契約不履行……」
「まあ、迷宮との魔術的な契約であるな。そのようにしか伝わっておらなんだ。このような半端な時期に国守りの儀が行われるのもそのせいなのだろう」
契約であるから、王にしかできない儀式、か。
「……ローズマリーの言う能力主義も……確かに一理ある話ではあるのだ。このまま代を重ねれば、最も優れた者が後を継ぐという事にせざるを得ぬのかも知れぬが」
まあ、儀式を怠ると迷宮が色々呑み込んでしまうというのなら、嫡子よりもそちらが優先されるべき事ではあるのかも知れない。
そうなったらなったで、骨肉の争いが起きかねない点が問題なのだが。
「もう一点。伝えておかねばならぬ事があってな」
「何でしょうか」
尋ねると、メルヴィン王は少し声のトーンを落として、言った。
「マルレーンの暗殺未遂事件についてだな。他の事については諸々認めたが……それについては、自分なら薬の量を間違えたりしない、と言っておったよ」
「……どういう事です?」
薬の量を間違える?
「マルレーンは毒を呷り、その際生死の境を彷徨ったが――自分が薬で言葉を失わせるという目的で毒を盛るなら、薬の量を間違えるような下手は打たないと、そうローズマリーは言っていた。あの時は――アルバートとマルレーンの母親がな、咄嗟にサクリファイスを用いてマルレーンを救ったのだ」
サクリファイス。月神殿の巫女が使える祈りの1つだ。他者の痛みや苦しみを肩代わりする、というもので――相当強力な治癒魔法に匹敵するのだが大きなリスクがある。
相手の負傷の程度で自身の命を失う可能性がある事だ。
子供の中毒を肩代わりすれば、それは子供にとっての重大さを反映した規模で跳ね返ってくる。
アルバート王子が、見習いの巫女から側室を迎えた、と言っていたけれど。それが2人の母親、か。
「いずれにせよ、だ。誰が何のために行ったのかが見えてこない」
そうだな。暗殺事件については振り出しに戻る、か。
ローズマリーにしてみれば、能力で劣っていても政治力で勝っている以上は負けないと思っていた、とかだろうか。
思索していると、メルヴィン王がこんな事を言った。
「これはペネロープ殿にも了承を取り付けた話ではあるのだが」
と、前置きする。
「余とアルバートの考えとしては――そなたにマルレーンを預けた方が安心だと見ているのだ。そなたの婚約者達を同行させた理由もそこにある。つまりあの娘達の隣に、マルレーンを加えてはもらえぬか、とな」
……はい?
思わずメルヴィン王を見返すが、冗談を言っているようには見えなかった。
マルレーン姫は詠唱ができない。国守りの儀が必要不可欠である以上、王位継承は元より無理ではある。かと言って結婚相手を探すと言っても……言葉を話せないのでは社交界での立場が良いものになるとは思えない。
だから言葉を失ったという制約も逆用して、身の安全を保証するために神殿に置いてやれば彼女の立ち位置も同時に確保できるだろうとメルヴィン王もアルバート王子も考えていたわけで。
多分俺とアルバート王子、マルレーン姫の交流を知って、メルヴィン王としては俺にという事なんだろうが……。
俺は元々王城の貴族や領主達とは交流を殆ど持たず、称号も迷宮絡みのものだ。政治とは一応、切り離されている。が、王の直臣扱いであるために、秋から冬にかけ社交界が増えれば、そういう話を持ちかけられる事もあるだろう。
王としてはマルレーン姫とも婚約をしていれば、俺が縁談の方面からどこかの派閥に取り込まれる事も防げる、という事なんだろう。
元々婚約者として収まっていたグレイスとアシュレイは別だが。そこにマルレーン姫が加わっていれば、どこかの貴族が自分の娘を、と捻じ込んでくるのは非常に難しい状況になるはずだ。
例の王家の資質の先細りにしても……俺のような魔術師と婚約させていれば、何代か後に王家と婚姻関係を結ぶ親戚筋として、才能に期待できる、というところか。
「そなた達とマルレーンは随分と良好な仲であるようだからな。歯に衣を着せぬ物言いになってしまうのだが、言葉を失ったマルレーンの婚約の話には、余としても慎重にならざるを得ない所があるのだ。だから、余の持ちかけた話だからと言って強制ではなく、あの娘の将来について、選択肢を模索しているだけだという事を念頭に置いてもらいたい。当然、そなた達が納得できるのならの話という事になる」
3人が、か。他の婚約者とも関係が悪いようでは困る、という事なんだろう。
政治から切り離され。政略結婚に使うのも忍びないとなれば。親心としては可能な限り幸せになってもらいたいと。
「その事については当事者で話し合って忌憚のない考えを聞かせてくれ。方便で言っているわけではない。王として考えた場合、神殿にマルレーンを送るのも充分に利のある話ではあるのだ」
俺は、マルレーンをどう思っているのか。2人はそれをどう思うのか。それから――。
「マルレーン殿下御自身のご意向も確認しておきたく」
「うむ」
俺の言葉に、メルヴィン王は頷いた。




