86 2人の王女
意識を失っているアナスタジアをライトバインドで拘束し、更にカドケウスを首に巻き付ける。
カドケウスを付けるのは無詠唱の魔法対策である。魔法発動をされるのは止めようもないが、魔法を使った瞬間、張り付いているカドケウスに頸動脈を絞めさせて落とす、というような方法を取れるわけだ。抑止力としては充分だろう。
屋敷内部の調査だのは、アナスタジアを王城に突き出してからになるか。
今回は俺も魔法審問を受ける事になるかも知れないが、それはまあ、仕方が無い。相手が相手だ。
「わたくしに付いてくれば良かったものを。愚かな事ね」
馬車に乗せて王城へ向かっているその途中で、意識が戻ったアナスタジアがそんな事を言ってきた。ライトバインドで拘束されているためか、抵抗らしい抵抗はしなかった。
「信用のおけない相手と交渉する気はない。魔法を使ったりはしない方が良い。対策はしてある」
「抵抗に意味があるのならそうする。お前相手でそれをしても、埒が明かない。最悪、証拠が残らないようにと馬車ごと丸焼きにされかねないわ」
いや……それは、どうだろうか……。どういう目で見られているのか気になるところだが、あまり聞かない方が良さそうだ。
「わたくしは、終わらないわよ?」
「さすがに秘薬無しで、審問は潜り抜けられないだろ?」
「そうね。こうも見事に策が返された以上は、負けを認めるしかない。だけれど、見ていなさい。少なくとも首ぐらいは繋いでみせる」
と、薄く笑っている。なかなかふてぶてしいが。
例えば――自身の握る貴族連中の秘密を盾に交渉をする、だとかかな。その秘密さえあれば、王家が貴族に対して優位に立つことができるなどと言って。
アルラウネの口付けを見出して調合した事といい竜牙兵といい。優秀な人材であるのに疑いはないだろう。
殺すのは損失だと。毒がある事を分かったうえで使ってみせろと。そんな風にメルヴィン王に対して交渉をするつもりなのかも知れない。
継承権の剥奪はまず確実として。色々手が打たれると思うが、どうなる事やら。
まあ、彼女の今後についてはともかく。軽く質問をしてみるか。
今回の事件についてはやったのが明らかだし、ある程度の事は答えるだろう。マルレーン姫の暗殺未遂事件の方は……恐らく魔法審問でなければ意味がないが。
アナスタジアこと、ローズマリーが犯人だという前提に立つと……確実に薬を使う予定だったのは王が退位する時、という事になるだろう。
なら、どうしてキャスリンに秘薬を渡したのか?
女王の座が目的だと言うなら――。
「キャスリンにアルラウネの口付けを渡した理由は、俺が目的だったりするのか?」
王の近くにいる相手なら、ローズマリーとしては是非とも手札として引き込んでおきたいだろうからな。
俺の弱みを握れるとなったら、キャスリンはその話に飛びつくだろうし。稀少性を認識していなければ、父さんに使ってしまうのも不思議はない。
「あら。魔法審問無しでわたくしの話を信じるのかしら?」
「城に着くまでの暇潰しかな」
と答えると、アナスタジアは愉快そうに笑った。
「いいでしょう。話をしたらお前に不満を持っていたようだからね。お前に薬を盛って弱味の1つも聞きだしたら? と吹き込んだけれど」
やっぱりか。
「お前がどこまで知っているかは分からないけれど。侯爵家の情報も握っているのよ? 正直言って伯爵夫人が薬を盛る相手は伯爵でもお前でも、どちらでも良かったというところね。それで伯爵家がゴタついているようなら、状況を見て脅すなり、助け船を出して恩を売っても良いわけでしょう?」
どっちに転んでも、か。嫌な手だ。
「バイロンに俺の情報を与えたのも?」
「わたくしの手の者ねえ」
――使者でも書状でもいいのだが、バイロンを通して俺の家の情報を与え、並行してキャスリンに秘薬を与え。
情報の出所を分散して偽装工作したうえで俺に薬を盛らせるわけだ。そして、秘密や弱味を握る。
とにかくとっかかりとして俺を秘密裡に呼び出せるような口実や方法を作ってしまえばいい。後は秘薬でどうとでもできる。
「でもその、バイロン君は全くの役立たずだったわね。聞いた途端飛び出していったとか? お陰で、色々な手配も間に合わなくてね。ガートナー伯爵の息子だというから、お前と同じぐらいの物を期待したのだけれど」
バイロンは普段猫被ってたからな。あまり中央にもいなかったし、ボロを出さずに済んでいたという事か。
そもそもローズマリーは何故こんな事を、という動機についての部分は……愚問なんだろう。自分が玉座に着いて当然、ぐらいは思っていそうだ。己が優れているから上に立つべきなんだ、と。
そういう意味で言うと、策を跳ね返したから俺に対しては正直に話をしているのかも知れない。
――アナスタジアを王城に突き出し。アナスタジアの正体がローズマリーだと判明して、城内のお偉いさんは右往左往していた。
王城はごたついていたが、メルヴィン王が国守りの儀から戻ってくればもう少し落ち着くだろう。ローズマリーの処遇はどうなる事やら。後でメルヴィン王から話を聞けるだろうが。
俺は俺でローズマリーが自身の犯罪を認めているので放免された。その足で工房へ向かい、アルフレッドと話をしているところである。
「そう、か。依頼を持ち込んで、その日のうちに解決してしまうとか」
と、やや呆れたような表情のアルフレッドである。
「うーん。でもまあ、破邪の首飾りは必要だろうと思うよ」
「分かってる。作るよ。作るとも」
アルフレッドは乾いた笑いを浮かべている。
「それにしても。ローズマリーが暗殺未遂事件の犯人だとするなら、動機の部分がよく分からないんだけど」
暗殺の対象として、王太子殿下とかを狙うなら分かるんだけどな。何故継承順位の遠い、マルレーン姫だったのかという話になる。けれど、アルバート王子は犯人としてローズマリーを疑っていたようだし。
「それね。タームウィルズの王位継承は、必ずしも第一王子が優先されるわけじゃないんだ。大前提として王の役割……国守りの儀を行えるだけの大きな魔力と、それに向いた魔力資質が無ければいけない。そこに出生の順位、人格や人望などを加味する感じではあるのかな」
王子は一度言葉を切って、嘆息する。
「大きな魔力を持っているのは、王太子殿下。第2王女と第3王女。魔力資質が特に国守りの儀に向いているのは、僕と――第2王女と第3王女だ。それを差し引いても、順当に王太子殿下が王位継承するだろうけど」
「つまりローズマリーにはマルレーン殿下を狙う動機がある、と」
「そういう事だね。代を重ねるごとに、国守りの儀に適性のある者が少なくなっているんだよね。それで近い家系から王妃を迎えたり、月神殿の見習い巫女から特に秀でた才能を持つ者を側室に迎えたり……色々苦労しているんだけど」
今の話を聞く限り――資質だけの話をするなら、最も王座に近いのはローズマリーとマルレーン姫という事になるだろうか。実際には為政者として治世を維持できるかとか、人格面での吟味もされるのだろう。
王太子の能力にも不足があるとは思えないし、評判も悪くない。順当にいけば揺るがないだろう。
そこでローズマリーとしては能力至上主義を唱えて、王位継承の根拠にしようとしていたわけだ。
王としての資質、人格部分については――称賛する人間が多ければ黒でも白になるだろう。賛同者を増やせば王も無視はできないと。少なくとも、能力至上主義に王が感化されればローズマリーを後継としても不自然ではない、程度まで持ち込もうとしていたのだろう。それで派閥拡大の権力闘争にも躍起になっていたわけだ。
ただ、その理屈で行くと――マルレーン姫の方がローズマリーより才能が上、という事になるのかも知れない。
普段から能力至上主義を唱えるローズマリーがライバル視するのはマルレーン姫だという理解に繋がる。自身の根拠に則るならマルレーン姫の方が女王に相応しいとなってしまうからだ。
「ローズマリーは最も優れた者が王になれば、資質の先細りも止まるだろうってずっと言ってたからね。マルレーンは毒を飲んで言葉を無くしてしまったけど……それが彼女を助けているのかなと思ってたよ。詠唱ができないと国守りもできないみたいだから。将来的に治る可能性もあるから、神殿に入る事を公言していれば更に安心だ」
「……なるほどね」
「詳しい事は魔法審問待ち、か。どっちにしてもテオ君には礼を言わなきゃね。ローズマリーは他の王子や王女には特にあたりがキツくて、折り合いが悪かったから」
それは――アルバート王子とマルレーン姫にとってはなかなか厳しいものがあっただろう。向こうは大派閥で、2人は基盤が弱いのだから。
マリアンに扮しているマルレーン姫はと言えば、いくつかの魔石に祈りを捧げた後らしく、日当たりの良い机の所で静かに寝息を立てている。
BFOの時でもローズマリーが王宮で権勢を振るおうとしているなんて話は聞こえてきたし。そもそもそれでアルバート王子は自衛しようと色々していたんだから、将来の懸念は1つ払拭されたと言うべきなんだろう。
まあ、今回は父さんもアルバート王子もマルレーン姫も、無事で良かった、と思う。
後は――侯爵家に対する落とし前が残っているか。
その辺は父さんがかなり怒っているようなので、ご愁傷様という感じだ。
そもそも侯爵家の生命線は伯爵領を通る最短ルートなのだからして。そこの領主を怒らせるとどうなるかと言えば――まあロクな事にはならないのが目に見えているわけで。あの侯爵、どうなる事やら。




