番外157裏 東国の決戦・前編
「私は――あの妹の方を押さえます!」
「絡繰り人形は、わたくしとイグニスとマクスウェル。それからジェイク達がいれば手は足りるでしょう。背後の敵を気にする必要はないわ」
「はいっ!」
グレイスとローズマリーは空を飛びながら一瞬視線を交差させ、笑みを向け合って各々の見定める敵へと向かう。
グレイスは双斧を構え、闘気を纏って前に飛ぶ。イスズはその凄まじいまでの初速に目を見開き――そうして他の者では押さえられない強敵と見て取ったか、人形を散開させて後方に跳躍しながら羽衣のような形状の薄布を両手で操るようにして迎え撃った。
魔力を帯びた布が遥か彼方の間合いから横合いより迫る。斧で迎撃すれば、薄い布で攻撃したとは思えない程の金属音と衝撃音が響き渡った。
横合いからの衝撃が突進の勢いを一瞬押し留めたかと思った次の瞬間、薄布のもう一方の逆端が蛇のようにのたうち、グレイス目掛けて直線、最短距離を飛来。それを斧で払えば火花が散って重い衝撃波がそこから広がる。
薄布をどう手中で操ろうが、物理的には有り得ざる動きだ。薄布と斧が触れた瞬間の反発にも、グレイスが幾多の戦いで得物同士を激突させたそれとは、また違う感覚があった。
「つまり、布の動きから触れた後の効果まで――全てを術式で行っているわけですか。触れた物を弾き飛ばすような――」
双斧を振るって雨のように降り注ぐ薄布の刺突を弾き返しながら、グレイスが呟く。後方に跳んで、そのまま空中に留まったイスズはそのグレイスの言葉に、楽しそうに笑った。
「――ご名答。よくもここまでふざけた真似をしてくれたわね。お前達は――楽には殺さないわよ」
術式によって薄布を動かし、術式によって触れた物を吹き飛ばし、或いは切り裂く。イスズの用いる術はそういった代物だ。
槍よりも鞭よりも遥か遠い間合いを堅持したままで、イスズは悠然と空に浮かんで笑う。
「できるものなら」
対峙するグレイスは漆黒の闘気を纏いながら双斧を交差させるように構えるのであった。
――衝突。重い金属音を響かせながら身体ごと体当たりし、十字槍を振るう大柄な武者人形とマクスウェルを握るイグニスが、離れ際に互いの得物をぶつけて逸らす。
その隣では、双剣を携えたジェイクが、4本腕の人形と高速で飛び回りながらお互いの武器を猛烈な勢いで交差させた。
「ジェイク。指揮権をわたくしに――」
小カボチャとティアーズを引き連れたローズマリーが、周囲にマジックスレイブを浮かべて命令を下せば、ジェイクの目に宿る炎が揺れる。ジェイクの召喚した小カボチャ達がローズマリーを守るような位置取りに変わる。
人形の集団が迫れば、ローズマリーの号令一下、魔法生物達が隊列を成して、他の雑多な人形達に突っ込んでいく。
たちまちローズマリーの周辺で剣戟が始まった。鋏とティアーズの光剣が人形達の刀とぶつかり合い、火花を散らす。
大弓を携えた人形がローズマリー目掛けて矢を引き絞るが――それが叶う事は無い。横合いから飛来した光の矢が大弓人形の周辺を掠めていったからだ。大弓人形が骸の面当てを向けた先に矢を番えるイルムヒルトの姿。互いの姿を認めた途端、飛び回りながら矢弾を応酬する。
光の矢を放つイルムヒルトと、氷の矢を作り出して番えて放つ人形と。煌めきを残しながら互いの矢が交差した。
「おおおおおおおおっ!」
――アカネと共にヒタカの武士達と、イグナード王、イングウェイが雄たけびをあげながら敵団に突っ込んでいく。アカネやタダクニもそうだが、ヒタカの武士達は空中戦装備をテオドール達から受け取って訓練を行っていたものの、まだ日が浅い。空中戦を行うというのならば1対1での不利は否めない。
ましてや敵方には術師もいる。当然敵方も遠距離から術で迎え撃とうとしたが、そこに背後からシーラとシオン達が音もなく斬り込んできた。
人数的にまだ有利とは言え、アヤツジ一派からして見れば前衛後衛の区別なく、隊列を崩された所に挟撃を食らった形だ。
シリウス号から出撃したシーラ達の相手をするのは近接戦闘に不慣れな術師。シーラがその姿を瞬かせながら踏み込み、シオンとマルセスカ、ヘルヴォルテも最高速に乗ったままでそれに続いて、すれ違い様に延髄に峰打ちやら当身を食らわせて叩き落していく。叩き落した相手目掛けて防御陣地より弾幕が放たれ、意識を失った相手から確実に継戦能力を奪っていく。
「ぐおおおっ!?」
「お、おのれ!」
近接戦闘の技量と速度に差がある。そのまま一気に仕留めるでもなく、射線上で同士討ちになるような角度を取りながらヒットアンドアウェイで逃げていく。
陣地から突撃したアカネ達が接敵したのは次の瞬間だった。間合いを詰めるのに遠隔からの攻撃を受けることも無く、シーラ達が引っ掻き回したところに突っ込んだ形だ。
集団として各々の役割を果たせないまま、アヤツジ一派は戦闘開始を余儀なくされていた。
「ぜあっ!」
裂帛の気合と共にイグナード王に相対した男が胴薙ぎの抜き打ちを放つも、それはイグナード王に届く前に、闘気を込めた肘と膝に挟まれて止まっていた。
「な――、何だ、この馬鹿げた闘気は――!?」
顔を歪めた男が闘気を込めて刀を動かそうとするが、びくともしない。手甲が光を放ち、軋むような音を立て始めたところで、イグナード王が表情を曇らせる。
「なるほどな。脚甲は空を飛ぶためのもの。手甲は身体能力を強化するためのもの、か? いや、他にも仕掛けがありそうではあるな? 鬼対策と言っていたが……まあ、妖怪対策では儂らに利かぬのは道理であろう」
刀を止めたままで分析するイグナード王の、空いた掌に闘気の渦が巻く。それを見た男は次の瞬間にも爪撃が放たれると見て取ったか、刀を手放し、次の瞬間片手をイグナード王に向けていた。
爆ぜるような音と共に、手甲からワイヤー付の金属爪が放たれる。イグナード王は漲らせた闘気の鎧と首の動きだけでそれを弾き飛ばし、射出された金属爪が巻き取られるよりも早くワイヤーを鷲掴みにしていた。そうして、力任せに引き寄せる。
男の身体が凄まじい勢いでイグナード王に引き込まれる。――重い掌底が男の腹部を捉えて、そのまま上空へと打ち上げられていた。
くの字に折れた体勢のままで、遥か上方へと吹き飛ばされる。結界の壁にぶち当たって落ちていく男を、イグナード王はつまらなさそうに見送り、呟く。
「ふむ。機構は興味深いが、肝心の武芸が疎かではな」
「最近感覚が麻痺しておりましたが、冷静に考えれば陛下のお眼鏡にかなうような武芸者は、そうはおらぬでしょう」
そんなイグナード王の言葉に答えるように。術師の放つ火炎を右に左に跳んで避けて、間合いを詰めていたイングウェイが苦笑交じりに答える。
当たらない。当たらない。手を変え品を変え、先を予測して術を放って尚、イングウェイを捉えるに至らない。反射速度も身のこなしも、違い過ぎる。
「おっ、おのれ!?」
イングウェイがあっという間に肉薄する。肉薄した次の瞬間には通り過ぎていた。闘気の煌めきが走り、交差の瞬間に叩き込まれた手刀によって、肘や肩の骨が砕かれている。男が悲鳴を上げるよりも早く。身体を回転させたイングウェイから、鞭のような蹴りが叩き込まれ、地面へと落下していった。
「そうさな。どうやら骨のありそうな者は1対1の戦いになってしまったか。では、このまま頭数を減らす方向で動くとするか」
「承知。お供しますぞ、イグナード陛下」
――シーラとアカネは、それぞれアヤツジ一派の妖刀使いと対峙していた。
術師目掛けて斬り込んだシーラの動きを止めたのは隻眼に無精髭の男だった。
魔力の煌めきを放つ長大な刀――斬馬刀を軽々とぶら下げながらシーラと向き合う。
「随分と元気な猫のお嬢ちゃんだが――これ以上好きにさせて仲間の数を減らされるのも困るんでなぁ」
真っ先に駆けつけて術師達に攻撃を仕掛けた。そんなシーラの手並みを男は脅威と感じたらしい。
「私と同じくらいの戦力なら、結構いる。私だけ引き付けても、無駄」
そんなシーラの言葉に、男は苦笑する。シーラに遅れて後から飛び込んできた面々もまた、恐ろしい程の使い手ばかりであったのだ。
「らしいな。とんでもねえ話だがよ。だがまあ、俺はもうお前さんを獲物と見定めちまった。悪いが付き合ってもらうぜ」
男からしてみれば、いずれにせよシーラを放置すれば被害が増していくだけだ。仲間の事は奮戦を期待するしかない。だがそれ以上に、見慣れない体術や装備に荒事に携わる者の1人として興味を惹かれたのも事実。
「俺の名はヤマシロ エンゾウだ。嬢ちゃんの名を聞いておこうか」
「シーラ」
短く答えるとシーラは男に向かって突っ込んでいく。右から左、左から上から斜め右へとシールドを蹴って複雑な軌道を描くとエンゾウの見えていない方向から斬り込んだ。
真珠剣の斬撃を――エンゾウは視線も向けずに完璧な角度とタイミングで受け止めていた。流すように斬馬刀で受け止め、身体の回転で引き込むように、近い間合いのシーラに体勢を入れ替えながら斬撃を見舞う。金属音と火花が散ってシーラの身体が後ろに跳んだ。
一方で、シリウス号側からの攻撃に合わせて後から接敵したアカネが、アヤツジ一派の妖刀使いに目を付けられたのは、アカネが――というよりも、彼女の家系であるシズマ家がヒタカにおいて妖刀使いとして名が知られていたからだ。
妖気を纏う刀同士をぶつけ合い、鍔迫り合いの形になった所で男が笑う。
「我が名はカザミ マサツナ――噂に聞くシズマの剣。同じように妖刀使いとなった者として、一度手合わせして見たかった。呆気なく虜囚とならなかった、貴様には礼を言っておこう!」
言われたアカネはその言葉に眉根を寄せる。
「同じように、ではないでしょうに。妖刀使いとしてと言われては――外法に頼ったあなた方に負けるわけには参りません……!」
「くくっ! 良いぞ、その目! それでこそだ!」
鍔迫り合いから力任せに押し込み、離れ際。得物を砕かんとばかりにアカネとマサツナは猛烈な勢いの打ち込みを行い、妖気を絡めては弾かせて空を飛びながら互いの位置を入れ替えるように切り結ぶ。
空を飛ぶ感覚というのは実のところ、風獣である鎌鼬の力を借りるアカネにとっては、それほど奇異なものではない。だから、両者の空中戦の練度は大きく差のない状態と言えた。ならば勝敗を分けるのは刀の腕か、それとも妖刀使いとしての差異か、或いは信念か――。
一瞬でも意識が散ればあっという間に切り刻まれる程の密度の剣戟。妖気同士の激突による火花を空中に無数に弾かせて斬撃を応酬する。
「ふっ!」
呼気を短く吐き出してアカネが刀を振るえば、妖気が放たれ――周囲のものを巻き込む斬裂の渦となって荒れ狂う。マサツナは目を見開き、脚甲を青白く輝かせ、加速しながら大きく跳んで避けた。
そこへ容赦なく斬り込んでいく。無理な回避をしたためにマサツナは体勢が万全ではない。
それを見逃すアカネでもない。目を見開くとアカネの刀と身体から、妖気が爆発的に噴出した。刀の力を解放し、鎌鼬の力を借りて。ますます膂力と速度を増していくアカネに対し、マサツナは防戦一方となった。
技として刃の渦を放たずとも、アカネの振るう剣閃そのものが渦のような密度。その圧倒的な速度に、マサツナは追い込まれていく。アカネの切り返しへの防御が間に合わない――受け切れない。そう思われた瞬間――!
「放てよ雷獣!」
白光と爆発が生じてアカネとマサツナの身体が後ろに弾かれた。
「これは……っ!」
アカネの身体に覆う妖気が彼女を守った形だ。それでも僅かに痺れたような感覚が防御を突き抜けてきた。爆発の煙の向こうで四方に紫電が散る。
煙が収まれば――その向こうには身体に妖気と雷を纏い――笑うマサツナの姿。
「これが――サキョウ殿と共に作り上げた新たな妖刀よ!」
そう言って紫色の妖気を纏う刀を構えるマサツナ。そのまま斬り込んで来る。刀を交える度にアカネの表情が微かに歪む。アカネの妖気による守りと、マサツナの纏う雷では、僅かにマサツナの方が力が勝るらしい。
その分、攻守に精彩を欠くことになる。今度は先程までとは全く立場を逆にして、アカネが守勢に回ることになった。闘気をも込めて力任せに大上段から刀を幾度も叩き付け、押し潰さんと言わんばかりに圧力を増すマサツナ。暴力的な剣技ではあるが、相手の行動の自由を雷撃で奪っているのならば有効な手だ。防御が崩れたところに、身体能力を強化した強烈な蹴りを放ってアカネを後方に弾き飛ばす。
刀では受けられず、受けた左腕の骨が砕けるような音が響いた。
「ク、クク。どうやら僅かに我が妖刀の力の方が勝っているようだな? 片腕ではこれ以上凌げなかろう」
そんなマサツナの言葉に、アカネは苦悶の表情を浮かべながらかぶりを振った。荒い呼気を整えながら妖刀を片手で構えて、問う。
「……それだけの力。私達と同じ方法なら一代でなせるはずがない。あなた方は、雷獣に何をしたのです?」
「取り込んだのだよ、この刀にな! 貴様らのように家系で代々祀るような古臭いやり方など、もう必要ない!」
そう言って笑うマサツナの口元には獣のような牙が生えていた。目も煌々と金色に輝いている。
アカネの目に、驚きの色が宿る。そうして――アカネは俯いた。震えていた。小さく肩を震わせていた。その反応が理解できずに、マサツナは不快げに表情を歪める。
「何を笑っている?」
「いえ、失礼。あなたの勘違いが甚だしいもので」
「何……?」
「守護獣と一体となってその程度かと、そう言ったのです」
ごう、と渦を巻いて。目を閉じるアカネの身体から立ち昇る妖気が爆発的に増した。ぼんやりとした光が折れたはずの腕に纏わりついたかと思うと、その左手でしっかりと刀を握って構える。
「な――」
マサツナにとっては驚異に映るだろうが、それはアカネにとっては当然の事。
鎌鼬は三位一体の妖怪。一匹が転ばせ、一匹が切り裂き、一匹が薬を塗る。つまり、初めから癒しの力を持つ風獣なのだ。
妖刀使いの家系が守護獣を代々守るのは守護獣に力を与え、そして力を借りるため。対してサキョウが作り上げたのは、簡易に妖刀使いを作り出すための技術に過ぎない。
そこを――マサツナは完全にはき違えていた。支配して無理矢理引き出させる力など、たかが知れている。
そうして彼女が再び目を見開いた時、守護獣の力をその身に降ろし、鎌鼬と一体となったアカネがそこにいた。
「参ります」
アカネの身体が残像を残すような速度で突っ込んでくる。すれ違い様の斬撃をマサツナは寸でのところで受けたが、アカネの身体は既に間合いの遥か外だ。遅れて暴風がやってきて、マサツナの身体があちこち浅く切り裂かれる。
「お、おおおっ!?」
追い切れない。風のように飛翔するアカネの姿を追い切れない。その姿。能力は鎌鼬のそれと同じものだ。
あらぬ方向から暴風の弾丸が飛来して、マサツナの脇腹に直撃していた。人を転ばす鎌鼬の能力。暴力的な圧力の空気の塊に、マサツナが弾き飛ばされる。そこに、アカネが突っ込んでくる。獣のような耳と尾が生えているのを、マサツナは確かに目にした。
歯噛みして身体から雷を迸らせる。刀に雷を纏い、突っ込んでくるアカネ目掛けて渾身の一太刀を放った。
衝撃と交差。互いに斬撃を振り切った体勢のままで背を向け合う。流れるような仕草で振り返り、構えを見せたのはアカネであった。
「こ、こんなことが――」
マサツナの持つ妖刀に幾つもの剣閃が走り、ばらばらと切り落とされて落ちていく。切り落とされた刀から、雷を纏うハクビシンのような獣が噴き出るように姿を現し――遅れて、マサツナの全身から血がしぶいて、そのまま落下していった。
「戦闘は到底無理でしょうが……失血死しない内に、出血は収まるでしょう。鎌鼬は殺生をしない妖怪ですからね」
そう言って。アカネの身体から立ち昇っていた妖気が収まっていく。がくんと、墜落しそうになるが、解放された雷獣がその身体を支えた。
「ありがとうございます」
アカネの言葉に雷獣が口の端をにやりと吊り上げる。
タダクニがそこに駆けつけてきた。式神をアカネを守るように展開し、呪符を指に挟んで構える。
「後の戦いの場は私が預かろう。暫く防御陣地で休むと良い。秘術を使うと反動でまともに動けなくなると聞いたことがあるし、事実消耗が激しいようだからね」
「申し訳ありません。では、よろしくお願いします」
そうしてアカネは苦笑するとタダクニの言葉に従い、雷獣に連れられてアシュレイ達の待つ防御陣地へと向かうのであった。




