番外152 戦いを控えて
「――というわけで、その過程でこの者達は都の凶悪な犯罪者とも利害の関わりができてしまってな。要するに、我等には迷惑をかけないよう、人間達が自分達で始末をつける故、この者達は勿論、その者達にも手出しは無用、というわけだ。ついては、戦いの折にこの平原に立ち入らぬよう。何か質問はあるか?」
妖怪達が集まったところで、まずは御前が事情を説明して周囲を見回す。
集まった妖怪達を見てみれば比較的身体の小さめな動物型や、付喪神系統の器物がもとになったものも多いようにも思えた。古い家具に冗談のように目がついて手足が生えていたりとか……。古城で見た魔法生物を思い出すところがある。
人間と一見して変わらない者もいるが、そちらの方は全体としてみると少数なようだ。
とにかく見た目のバリエーションに富んでいて、カオスというか百鬼夜行というか、賑やかな光景である。河童家族のような例外や、付喪神と区分けできるものもいるが、妖怪は種族というより一体一種という印象だな。
御前に質問はないかと問われた妖怪達は周囲を見回していたが、やがて1人の妖怪が手――いや、毛を上に伸ばすように挙げる。さっき見たケウケゲンだな。
「何か?」
問われたケウケゲンは、何やら身振り手振りを交え、シューシューと呼気とも声ともつかないような音を立てていた。細かいニュアンスはともかく、翻訳の魔道具を使用しているから、何となくの意思は伝わってくる。心配されているのは、何となく分かる。
「御前様はこの人達に任せるって言ってるけど、それだけでいいんでしょうか、と言っているわ」
と、正確なところを翻訳してくれたのは人間型の妖怪の1人……ろくろ首だ。首が伸びてゆらゆらと揺れている。ケウケゲンが続ける言葉を、更に聞かせてくれる。
「ええと……だって相手も強い悪人なんでしょう? この人達がすごく強いのは自分にも分かります。それでももし負けたりしたら大変です。自分達も何か手伝った方がいいのではないでしょうか?」
ろくろ首が翻訳を終えて首だけでぺこりと一礼する。小さな妖怪達も顔を見合わせ、同意するように頷く者がいたりした。
「ふむ。なるほどな。それは確かに一理ある」
御前はケウケゲンの言葉に、静かに答える。
「しかしな。この者達は種族を越えて誠を示そうとしている。ならばこそ、妾もこの場所を戦いの場として用いる事を承諾した。そこで一旦貸し借りはなしだ。彼らの言葉と厚意を信じればこそ、取り決めた約束通りにするべきであろうとも考えている。だが、案ずるではない。この者達がこの地で戦うことは許した。しかしアヤツジ兄妹、であったか。その者達がこの地を荒らす事を妾は良しとしてはおらぬ」
そう言って御前はにやっと笑う。
「もしこの者達が危なくなったならば――その時はそうだな。妾自ら割って入り、不逞の輩を嵐に巻き込み、遥か彼方へ吹き飛ばしてやろう。それで良いか?」
そんな御前の言葉に、妖怪達は顔を見合わせ、どこか嬉しそうに頷いた。
御前はそれから俺達に向き直り、言った。
「というわけだ。後詰めは妾が行う」
確かに……御前ならそれもできるのだろう。しかし鬼達と喧嘩していた頃ならいざ知らず。高位精霊に近くなるほどに信仰で力を得た存在に、積極的に力を振るってもらう、というわけにもいかないだろう。穢れに関することもあるのなら、尚更だ。
御前の周囲にいる妖怪に関しては……感じる魔力から見た場合、大体の者は並の人間よりはかなり強いのだろうと感じるが、相手がアヤツジの場合、恐らく犠牲者が出てしまう。
陰陽師は妖怪退治を専門としている。彼らを傷付ける手段に事欠かないはずだ。御前は、それをよしとはすまい。
だから、御前が前に出るだとか、妖怪達がアヤツジ兄妹と戦うような状況は、極力避けなければならない。本来、御前もこの地の妖怪達も、関係のない話なのだから。
「分かりました。ですが僕達としては、お手を煩わせないようにしたいと考えています。それから、彼らの厚意にもお礼を言っておきたく存じます」
そう言って、最初に進言してくれたケウケゲンや、翻訳してくれたろくろ首達……協力に積極的な印象の妖怪達に一礼する。妖怪達は……各々変わった声や音、仕草で反応していた。うん。多分喜んでくれている様子ではあるのかな。
さて。妖怪達との細かな自己紹介等はまだしていないが……アヤツジ兄妹が何時現れるか分からない以上、必要な話や準備をした後で、腰を落ち着けて話をする、というのが望ましいだろう。
平原に来た後、戦いの余波を抑えるためにどう対応するか。穢れを生まないようにするには。或いは戦いの後で穢れを払う方法はあるのか等々、作戦に関係する話と準備を進めておかなければならない。
というわけで、アヤツジ兄妹が今丁度現れるということもないだろうが……その場合ここに集まっている面々全員で迅速に避難できるようにと、シリウス号の甲板に全員で乗り込んで貰い、そこに腰を降ろし、妖怪達も見守る中で作戦会議に移る。
「――平原に被害が及ばないように障壁を張る、という方向で良いのではないかしら」
「となると、前もって平原に魔法陣を描いておくという事になります。具体的には――」
「妾は構わぬぞ。それで術の余波が草花を焼かぬようになるというのなら、それに越したことはあるまい」
クラウディアの提案に小規模な術を交えて補足を入れると、御前が頷く。
「では、そうと決まれば私達は結界を張るための準備をしておくわね」
「話は使い魔を通して聞いておくわ。そのまま続けてもらって構わないわよ」
ステファニアやローズマリーが動き出す。フォルセトもそれに続いた。頷いて、作戦を続ける。
「後は穢れを生まない、或いはこの場に残さないための方法ですかね。話を聞いている限り、アヤツジ兄妹自身が穢れを溜め込んでいるので、それを利用するような邪法を用いてくる可能性はあります。つまり……こちらがどう対応するにしても、連中が戦法として穢れをばら撒くような術を使ってくるというのが考えられますね。僕の方でもいくつか対応する手を考えていますが、まずは穢れに対する正道についてお伺いしたく」
ユラやタダクニに尋ねると、2人は頷いて色々と教えてくれた。
やはり強い力を持つ術師の恨み辛み等は大きな穢れを生みやすい、とのことだ。
「民衆の恐れや同情、共感はそれを後押ししたりもしてしまいますね」
「沢山の者の意識が向けば、それだけ力を得るということかも知れませんな」
ユラ達がそんな風に教えてくれる。つまり、理不尽な事件の被害者も死後力を持つ怨霊となったりする、ということらしい。
怨霊の成り立ちとは少し違うが、沢山の者の意識が向けば力を得るというのは、魔人に近いかも知れないな。
その点で言うと……アヤツジに関しては同情も共感もされないだろうが、本人の強さや恐れ、というところでは条件が揃っているとは言える。
そうして話を進めて、色々と作戦を練っていく。
戦いの結果がどう転ぶにせよ、穢れをこの土地に残さないという条件程度であるなら、それ程難しいことではないらしい。そもそもアヤツジ兄妹はこの土地に縁もゆかりもないからだ。
そうしてある程度納得のいく作戦会議ができたところで結界の用意も整い、アヤツジ兄妹を迎え撃つ準備も概ね完了した。
そこで、御前が言う。
「――ふむ。妾もそうなのだが、集まった者達も色々とそなた達の事が気になっている様子。もう少し話をするなりして、相互理解を深めておきたいところと思っているのだが……」
「ああ。それは良いですね」
「うむ。そうであろう」
御前は上機嫌そうに頷く。
まずは優先事項となる通達や作戦会議が優先されていたというのもある。改めて妖怪達との自己紹介を行う、というのは悪くあるまい。
シーカー達は既に街道や集落内に配置済みなのでモニターで各所を監視しておけば、一先ず押さえるべきところは押さえられている状態だしな。




