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番外146 光の川

 巫女が行う大掛かりな儀式の折には、しっかりと儀式場を作り上げる必要があるそうだ。

 それらの手筈は帝と陰陽頭であるタダクニ氏が進めていた。中庭に祭壇を設け四方を縄で囲い、帝が祭壇に向かって祝詞を捧げて場を清める。


 朗々と唱えられる祝詞と共に周囲一帯の魔力が清浄なものに清められていく。沢山の小さな精霊達が集まって来て、活性化している様子も見える。先日海で見たように変わった形をした精霊が多いが、今集まっている精霊達は見た目からしてとっつきやすいというか、こちらに好意的で愛嬌があるような面々が多いように思えた。場を清め、儀式に対して協力的な精霊達を集めている、というところか。


 そうして最後に手掛かりとなる人形達の歯車を置いて準備は完了、とのことである。ユラ自身は冷水を浴びて身を清めているとのことであった。


「俺も冷水を浴びてきた方が良かったのかな?」


 と言うと、クラウディアが小さく首を横に振る。


「月神殿の巫女達も冷水を浴びて身を清めたり、集中力を高めたりする方法を使っているけれど……テオドールの場合は高位精霊の加護もあるし。必要に応じて自分の意思で切り替えて集中する事ができるから大丈夫よ」


 そんなクラウディアの言葉に、マルレーンも巫女見習いとして水行の経験があるからか、同意するようにこくこくと頷く。

 そんな話をしていると、ユラも儀式場に戻ってきた。まだ僅かに髪は湿っているようにも見えたが、外面的なところよりも纏う魔力が研ぎ澄まされている印象がある。ユラにとっては大事な儀式の前に心の準備を整える時間でもあったのだろう。

 表情も真剣そのもので、装束や装飾と相まって神秘性が増しているように見えた。


「では、始めましょうか」

「はい。よろしくお願いします」


 ユラは一礼し、祭壇の前に置かれた歯車のところへ向かう。


「テオとユラ様の身は、私達がお守りします」


 予知の制御の際は極度に集中する事が予想される。だから、もし何かあってもグレイス達が守ってくれるというわけだ。グレイスの言葉に、みんなが真剣な表情で頷いた。


「うん。信頼してる」


 グレイスに笑みを返し、儀式場の中へ踏み込む。


「問題はこちらで引き受けます」

「はい」


 そうしてユラは歯車に手を差し伸べて、目を閉じる。その背中に触れるようにし、ウロボロスの先端を歯車に向けた。循環錬気によってウロボロスと俺と、ユラの魔力の流れを合わせる。

 ユラの意思によって起こそうとしている魔力の流れに同調し、こちらで中継するようにして引き受ける。オリハルコンの特性を以って束ねた魔力からユラの魔力資質を再現することで、ウロボロスを予知能力を行使するための発動体として扱う。


 歯車が燐光を纏って宙に浮かぶ。ユラの手と、ウロボロスの先端の高さまで浮かんで、ゆっくりと回転を始める。

 それと同時に――周囲の景色に何か、薄っすらとしたものが重なって見えてくる。みんなには見えていないようだ。……つまりこれこそが、ユラが予知の際に見ているもの。

 俺も目を閉じることで、重なった景色のみに目を向ける。


 それは――無数の光の粒だ。数々の事象が光の粒となり、過去から未来へと続く流れの中で糸束となり、いくつもの糸束がより合わさって光の川となる。

 川の流れに溶け込むように意識を同調させていくことで、望む事象の糸を手繰り寄せるわけだ。

 ユラが時折感じ取る先々の事象はとても大きなものだ。ユラの資質故に、自然に見えてしまう、というのが正しい。しかし望むものを見ようとするのはまた違う。


 歯車に連なる糸を辿り、光の川を遡る。欲しいのは人形を作ったアヤツジ兄妹の情報だ。細い糸を辿って――遡ったその先にある、もっと大きな流れに触れる。

 触れて――再び事象の流れの先を見ることで有り得る可能性の予知を行う、というわけだ。

 過去へと事象の流れを辿る時点で既に、相当量の魔力を消費している。術式としての規模は相当なもので……。肉体を触媒に発動したら相応の反動があるのは当然の事だ。かと言って一般に流通しているような杖程度ではこの特殊な術式には耐えられまい。

 俺が普通の杖を使って壊してしまったように、簡単に壊れてしまうのがオチだ。だが、ウロボロスとオリハルコンならば、違う。


 意識を更に深く事象の流れに同調させていく。流れの中に身を置いて同調することで、俺達にも理解出来る形で予知のヴィジョンを見ることができる。

 アヤツジの兄妹に目を付けられた犠牲者。抵抗を嘲笑う兄妹の顔。笑い声。断片的な映像が流れては消えていく。


 人形の破壊される幻影と舌打ちするサキョウらしき男の幻影。そして――兄妹は都を離れる。それは何時の事か。時系列としてはほとんど今に近いのだろう。


「――行き先に関わる流れを、追います」


 ユラの決意を感じさせる声。明確な意思を持って望む糸を手繰り寄せることで、やがて、こちらの目当てに辿り着く。

 どこからか声が聞こえてくる。それは兄妹が既に交わした会話か。それとも……或いはこれから交わされるであろう会話か。


「兄様の作品が壊されたなんて。挙句、都から離れることになるとは業腹ですわね」

「仕方がない。内裏や巫女寮、陰陽寮は強固な結界の内。貴き客人とやらの情報も得られたのは幸運に過ぎなかった。その者達に関する情報は足りないが、人形が壊されたのもそいつらによるものと見ておくべきだろう。都にいてはいずれ手が回る」

「結界の内側の情報を、これ以上集めるのは難しいですものね。また人形を送り込むのは状況的に無理でしょうし」

「鬼の首魁と、それが持つ隣国の宝物とやらの情報は既に得た。これならば万一の時は隣国に一時的に避難することもできる。情報だけでも良い手土産になるだろうが、宝物とやらが役に立つものであれば活用させてもらうさ」


 ……なるほどな。必要な情報は追えている。ユラが兄妹の向かう道の先に意識を向ければ、大きな力の影が浮かんで消える。道の先に浮かぶ大きな影と海の向こうに揺らぐ大きな影。

 解釈するなら、鬼達と隣国の悪王の存在を示唆するものだろうが……。


 遠い未来の映像はぼやけて曖昧になっている。流れから起こり得る先々の可能性は、まだいくつもに分岐していて確定的ではない、ということなのだろう。

 しかし今目にした予知に関しては別だ。未来の中でも最も起こり得る可能性の高いものと、拾い上げた事象から読み取れた過去からなるものだから。


 必要な情報が得られたからか、ユラも事象の流れから意識を少しずつ切り離していく。光の川から離脱し、浮遊していき、現実の肉体に意識が戻っていく。同時に、周囲の景色も薄れていった。


「は、あ――」


 ユラが大きく息を吐く。安堵したような声だった。術式の終了に従って、魔力が収まっていく。みんなもその光景に安堵したようだ。


「ご無事で何よりです」

「うん。上手く制御できて良かった」

「今までに無い程に、はっきり見えました。それなのに負担が全然なかった、と言いますか。いえ、魔力はかなり消耗してはいるのですが」


 と、ユラは意外そうな顔をしている。

 上級魔法に相当する魔力消費量と負荷ではあったが、ウロボロスに関して言うなら問題はない。

 予知の風景に同調しながらも魔法制御にも意識を割かなければならないので、難易度は高いな。ともあれ、今回は成功した。

 ウロボロスがにやりと笑うと、ユラも戸惑いよりも嬉しさが込み上げて来たらしく、微笑みを見せていた。


「反応から見るに……無事に成功したようではあるな。いや、安心した」


 と、帝が小さく息を吐いて穏やかに笑う。


「ありがとうございます。まずは予知の内容と、それを見ての僕の考えを説明していきます」


 念のために情報が漏れないように会話の音を消すことにしよう。風魔法のフィールドを展開し、音を遮断する。


「――向こうの手札や方針、それを受けての動きも見えました。ならば僕達もそれを崩さないよう、予知が確実なものになるように行動することで、アヤツジ兄妹の行動を制限するというのが望ましいでしょう」

「奴らが情報を聞いて、明確な目的を持って行動している分には、こちらとしても対応しやすい、というわけか」


 帝が感心したように頷く。そう。情報が漏れていたというのはあるが、目指す場所が分かっているなら、先回りしてやってくるところを迎え撃つ事もできる。


 いずれにせよ、アヤツジ兄妹の行動はまず一時的な撤退だ。いきなり隣国まで脱出する気はないようだから、そうなるとまずは鬼達のところへ調査や潜入を行うつもりなのだろう。

 いずれにしても連中はまだまだ帝やユラを相手に戦うつもり満々だ。だが、だからこそ巻物に目を付けたのだろう。上手く立ち回れば、隣国という退路も得られるわけだからな。


 だが、アヤツジ兄妹の言葉が「隣国から齎された宝物」という表現だったのは……俺達の到着と帝の謁見を経てあちこちのお偉いさんに目的等の伝達が行ったからだろうし、その途中のどこかで情報を得たのだろうというのを窺わせるものであった。


 まあ、それは……仕方がないことだ。肝心な部分――巻物の情報はしっかり伏せられているようだし、俺達がこれから行動するにあたり、国内の移動等で通達も必要になるだろうから情報を全く出さないというのも無理な話ではあっただろう。


 ともあれ情報を得ていた連中の、斥候はきっちり潰した。

 都や官庁に展開している結界の内では、連中も簡単にはいかない。つまりは、これ以上の情報は連中には得られない。それは予知の中でも見て取れた。


「いずれにしても、ユラ様の決意と予知は無駄にはしません。連中が反撃に出ないのであれば、こちらが攻勢に回り、アヤツジ兄妹を追って――或いは先回りして叩き潰すまでです。ですが、鬼達には迷惑を掛けないようにしたいところではありますね」


 そう言うと帝もユラも、決然とした表情で頷くのであった。

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