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84 紙飛行機と占い師

 アルフレッドから試作品と完成品という事で2つの破邪の首飾りを作ってもらった。性能も確認できたし、まず王城に報告をしなければならない。

 アルラウネの口付けは公にできる性質のものでもないし知られてもいないが、対策がないとなれば……極論、錬金術師や薬師の身柄を押さえたりだとか非常に極端な反応が出かねないものだ。


 というわけで……まずは対策を用意して、反応が劇的な物にならないよう調整しておかないと根回しをするのも難しい。

 侯爵家が秘薬絡みでやらかしているようだったら製作者の身柄を押さえたり、主犯を叩き潰してからの話になっていたところなのだが。


「すみません。陛下は国守りの儀に入りました故、これより3日の間、謁見はできません」


 そう思って王城に向かったのだが。俺の応対に当たった大臣にそんな事を言われてしまった。


「国守りの儀、ですか?」

「そうです。もし不在の間、大使殿がお見えになりましたら、お伝えしておくようにと仰せつかっております」


 国守りの儀。タームウィルズの町や王城セオレムが迷宮化しないよう、今の形のままに留め置く儀式との事だった。

 ともかく3日の間、王城セオレム天守にある「聖域」に篭って儀式を執り行うそうだ。

 これはタームウィルズの王族――というか王位を継承した者にしかできない秘儀らしいが……いずれにしてもその間、聖域に繋がる扉は閉ざされてしまい、外からはどうやっても出入りが不可能という話だった。


 メルヴィン王が3日の間、実質の不在となれば誰に話を通すべきかという事になる。

 誰と誰が繋がっているか分からない以上、俺が秘薬とその対策を打ち明けて大丈夫と言える相手は最初から限られている。まずメルヴィン王とアルバート王子、それにマルレーン姫。騎士団長辺りも有りだとは思うが……。


 アルバート王子に作ってもらった物を王子に献上するという、わけのわからないプロセスになってはしまうのだが。

 王宮内部の事情に詳しい王子であるなら動いてくれるだろう。首飾りを自力で生産可能という所も大きい。必要な分だけ作って、重要人物に渡してくれるはずだ。


 という事で……侍女に連れられてその足で王の塔に向かうと、例のテラスの所に椅子が出されていて、そこにマルレーン姫が座っていた。椅子に座ると足が床に届かないので、小さくぶらぶらとさせながら、前に彼女に作った紙飛行機を陽の光に翳すように動かしている。

 楽しそうに目を細めているが、これは――俺が割って入ってはいけない場面な気がする。あの紙飛行機は工房でマリアンに渡した物だし。

 と言っても身を隠す場所がない。少し時間を置いて出直そうかと思っていると、近くの扉からアルバート王子が姿を見せた。


「マルレーン。テオ君からもらった大事なものだろ? 持ち出すのは良いけど風に飛ばされないよう、に――」


 と、アルバート王子は言いかけて、固まってしまった。

 庭を挟んで、俺と視線が合ってしまったからだ。いやもう、何と言うか……そのセリフさえなければ、マリアンから貸してもらったものとか、別に作った物で通せたかもしれないのだが。


「ええっと」

「……まず、事情を説明させてくれないかな?」




「本当に済まない」


 アルバート王子とマルレーン姫に呼ばれるような形で、居室に招かれると、まずアルバート王子に頭を下げられた。


「君と公に交流が多い事を知られると注目を集めてしまうんだ。王族ではあるけれど僕は立場が弱くて。それをどうにかしたいと、この指輪で姿を変えて町に出て色々な活動をしていたんだ。どうか、許してほしい」


 マルレーン姫は少し泣きそうな表情をしていたが、俺が笑って「大丈夫」と言うと笑顔を見せてくれた。アルバート王子も俺の反応に胸を撫で下ろしたが、割合いつも通りな感じなので段々と引き攣ったような笑みになる。


「……君は、あんまり驚いていない感じだね。もしかして、かなり前から気が付いていた?」


 俺が何も聞かなかった理由に思い当たる所があったのだろう。

 俺の方もまさかBFOで最初から知っていたからだとは言えないので。何となく分かっていた風を装う。


「んー。雰囲気が同じだったりしますので、何となくそういう事もあるのかな、と。マルレーン殿下を工房にお連れした時点で、いずれ話してくださるつもりだったんだと思いますし……そんなに気になさらなくても」

「……そう、なんだけどね。見つかってしまったのと、自分から打ち明けるのとじゃ、やっぱり違うだろ……?」

「そんなものですかね」

「そうなんだよ……」


 落ち込んだ様子のアルバート王子をマルレーン姫が心配そうな目で見ている。


「はぁ。失敗した。秋からは舞踏会とかが多くてね。王の塔をローズマリー殿下が空けてる事が多いから油断してたんだ」


 そうなのか。鬼の居ぬ間の何とやらと言う事なんだろうが。


「君に話をしなかったのは……アルフレッドの姿で工房にいると肩の力が抜けて楽だからさ。打ち明けてしまうと今まで通りって言うのは無理なのかなとか思うと、中々切り出せなくてね。勘付いていたのなら……意味が無かったけど」

「そういう事なら、アルフレッドの時は今まで通りって事でいいかな? 王子の時はさすがに、言葉遣いを変えますが」

「そうしてくれると助かるよ」


 アルバート王子は苦笑した。

 マルレーン姫はといえば……守らなければならない秘密が無くなったからなのか、逆に上機嫌に見える。俺の前までやってくると、手を取ってにこにこしていた。


「それで、今日はどうしたんだい?」

「この部屋、防音は大丈夫ですか?」

「まあ。王族の居室だからその辺は。マルレーン」


 アルバート王子は全く変わらない軽い口調だったが、目からは笑みが消えた。マルレーン姫は名前を呼ばれて頷くと、会話の聞こえない部屋の隅の椅子に座る。

 まあ、話を聞く前にマルレーン姫を遠くにやる辺りは正しいと思う。内容を把握してからマルレーン姫にも伝えるかどうか判断するつもりなのだろう。


「とりあえず、破邪の首飾りを作ってもらった理由を説明します。アルラウネの口付けという魔法薬が存在する事が分かりました。首飾りはそれに対する対策です」


 声のトーンを落として王子と姫に作ってもらった首飾りを出す。

 アルラウネの口付けの効能や、製法などについて掻い摘んで説明すると、王子はかなり深刻そうな顔で何事か考えている様子だった。やがて、口を開く。


「つまり僕達にその首飾りをもっと作ってほしいという事かな?」

「そうなります。自衛も含めて、信用の置ける相手という前提に立ったうえで、重要な人物に渡してください」

「話は分かった。これから工房に行って、また……徹夜かな」


 王子はかなり忙しくなりそうだ。毎回話を持ち込んでいる俺が言うのもなんだが。


「これ、さ。魔法審問をすり抜けられるよね?」


 王子は何か考え込んでいたようだが、眉根を顰めて言う。


「……でしょうね」


 例えば実行犯が「何も知らない」という状況を作るのも容易い。

 魔法審問に信頼を置いていたら犯人を取り逃がしてしまうだろう。審問を行うにしても、この薬の使用を前提に質問を進めないといけない。


「王城内に……敵がいる、かもね。僕としては色々思う所はあるんだけど、この件に関しては多分公平な視点は持てないし。今は滅多な事は言わないでおく。国守りの儀が終わって父上が戻ってくるまでは、基本的には自衛の方向で動くよ」

「分かりました」


 王子の考えている事は分かるが。確かにメルヴィン王不在はタイミングが悪いな。

 キャスリン本人から話が聞ければ良かったんだけど俺相手じゃ正直に話なんかしてくれないだろうし。

 薬の効能が判明した時には既に竜籠で伯爵領だ。父さん自身も侯爵家に対して追加で対応策を取るとの事で、一旦帰ると俺に書き置きを残していった。

 こちらの不在は、それはそれで暗殺の危険は無くなる。丁度良いとも言えるが。


「分かりました。こちらは事情を知っているかもという人に、今日これから会いに行ってみます」

「そう、か。十分気を付けてくれ」

「ええ。そちらも」




 王子との間で話は纏まったので、王城を辞した。

 占い師アナスタジア、か。アルバート王子の話によると、宮廷貴族に繋がりがあると言っても、どことも万遍なく付き合っている感じらしいが。

 時々ひょっこり現れたかと思うと、かなり長い間不在だったりと、行動が読めないそうだ。

 秋口は割と屋敷にいる事が多い、そうで。


 良く当たる占い師、という部分に引っかかってるんだよな。

 秘薬を使っているのであれば他人の裏事情なんて知り放題だろうし、自作自演で未来予知をする事も可能なわけで。

 勿論本物の占い師という事もあるだろうし、まずは当日のキャスリンの様子を聞いてみるのが常道だろう。白であれ黒であれ、話を聞くと同時に探りも入れられるわけで。いきなり当たりを引く、なんて事もあるかも知れない。


 さて、占い師アナスタジアの屋敷は、タームウィルズ中央部だ。かなり大きな屋敷である。

 門を叩くと、出迎えてくれたのは人間ではなく人形――魔法生物だった。


「テオドール=ガートナーと申します。アナスタジア女史に面会したいのですが」


 人形はこくりと首を縦に動かすと、腰に手を当てて一礼。

 かなり人間臭い挙動だ。直接操作しているのか自律行動をしているのかは分からないが、かなりランクが高いと見るべきだろう。中々、油断はできないな。

 人形は俺を連れて屋敷の奥へと案内してくれる。やがて奥まった部屋へと通された。


「よくいらっしゃいました。お初にお目にかかります。アナスタジア=アルメンダリスと申します」

「テオドール=ガートナーです」


 若い女がいた。年の頃は――顔をヴェールで覆っているので、はっきりとは分からないが、声の感じが若い。20に満たないかも知れない。

 顔に限らず、体の殆どをひらひらとした衣服で隠している。

 銀髪と目元から覗く褐色の肌というのは……聞いていた特徴に一致するだろう。


「まあ。テオドール様でいらっしゃいますか。お噂はかねがね。今日はどういったご用件でしょうか?」

「ええと。先日侯爵家で行われた舞踏会についてのお話をお伺いしたく」

「はあ。それは構いませんが。どうぞそちらへ。丁度、午前中のお客が帰ったところなのです」


 アナスタジアは言いながら、テーブルに座るように促してきた。

 すぐに人形が茶を運んでくる。さて。


「面白いですね。人形の……使い魔ですか?」

「いいえ。魔法生物ですが、使い魔ではありませんよ」


 ふむ。魔法生物に隷属魔法をかけて、命令に服従させている感じかな?

 カドケウスみたいな使い魔と違って1人1体みたいな制限がない。代わりに、感覚リンクはできないのだろうが。


「ふふ、勉強熱心なのですね。彼らは文句1つ言わずよく働いてくれますからね。重宝しています」


 人形を見ていたら、アナスタジアはヴェールの下で楽しそうに目を細めた。

 その顔を見ながら俺はティーカップに口をつけ、飲み干す。

 俺の喉が鳴ったのを見届けて、女は言った。


「ねえ――テオドール=ガートナー様」


 途端俺は動きを止め、カップをテーブルの上に取り落として、ぼんやりと虚空を見つめる。


「……ふ、ふふふ」


 そんな俺の、通常有り得ない反応にアナスタジアは笑う。これは決まりだな。

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