番外141 東西文化交流
帝に色々手土産を渡し、今後の国交に関する話もして、そうして巫女寮に戻る。
早速クラウディアと共にシリウス号へと転移。そこから梱包した連中をヴェルドガルへ転送、という具合で刺客達の引き渡しも終わった。後はまあ、デレクの手腕と、アルフレッドの翻訳魔道具に任せておけばいいだろう。デレクからの通信では「魔法薬もありますし、魔法審問を知らない相手なんて簡単な物です。お任せ下さい」という頼もしい言葉を貰っている。
というわけで、シリウス号で都近郊の上空まで移動し、そこからクラウディアと共に降りて都に戻って来た。動物組は船内にずっといるのはやや窮屈な様子なので、光魔法で偽装して一緒に降下してきている。
巫女寮の一角。逗留先として割り当てられた棟に集まり、みんなで腰を据え、話し合いで決まった事をみんなにも話しておく。
巻物の事や、ユラの味方でいて欲しいと頼まれたこと……。それに、土産物を渡した後に、今後の国交や貿易などに関する話も少ししている。
「――貿易に関しての取り決めは、実際に統治を行っている武家の関係者も話し合いに加えて調整する必要があるとは仰っていたよ。まあ、それはまだ先の話になるだろうけど」
「海路は開拓できてもシリウス号でもなければそう簡単に行き来できるわけではないし……交流に関しては限定的で小規模になってしまうのは容易に想像がつくものね」
ローズマリーがそう言って頷いた。
そうだな。転移門を設置したとしてもそうだ。あれは一度に大規模な移動、輸送ができないように限定的な仕組みになっているし。
いずれにせよ、大々的に交流するのではなく、限定的な範囲での国交や貿易ならば武家は喜ぶのではないかと、帝は見ているようではある。
朝廷と武家の力関係で言うと、どうやらヒタカでは朝廷――帝の方がかなり強いらしい。
これはヒタカノクニに出没する、独特の妖魔と無関係ではないらしい。
戦うには穢れから身を守るための守護、加護が必要だということだ。穢れを払うのも帝を中心とする術者だしな。
要するに、俺達が魔人や悪霊のような負の存在と戦う際には祝福を用いるが、それがヴェルドガルでは月女神と神殿の役割。ヒタカでは帝や神職達の役割ということになるのだろう。
祓う方が穢れを溜め込んではいずれ立ち行かなくなる。だからこそ帝は随一の実力を持つ術者でありながらも戦いの場にも政治的な矢面にも、普通は立たない、という立場なわけだ。
日本に似ていても内情を細かく見ると色々違っているが、やはり術者が実際に力を持っていたり、妖魔が存在していたりすると事情も変わってくるということなのだろう。
そういったヒタカ特有の政治形態や事情について話をしていると、クラウディアが言う。
「そうなると……ヒタカの妖魔を相手にする際は、祝福を用いておく必要がある、という事になるのかしらね」
「鬼の首魁に会いに行く時はそうなるかな。夜桜横丁とも違うだろうし、気を付けておいた方が良いね」
クラウディアの言葉に答えると、マルレーンが真剣な面持ちでこくこくと頷く。
俺の場合は――魔力循環で瘴気侵食は中和できるのは分かっているが、ヒタカの妖魔を退治した時に受ける穢れに関しては未知数なので、やはりそこは気を付けておくべきなのだろう。
「お待たせしました」
と、そこにユラとアカネがやってくる。寮の巫女達が一緒に夕食を運んできた。食事の準備をする間、ユラは巫女寮長官としての仕事を色々とこなしてきたそうだ。平常時には報告書に目を通したり書類を作成したりといった仕事も、長官のこなす仕事に入っているそうで。なるべく俺達と長時間過ごせるように、いつもより多めに仕事をこなしておく、と張り切っていた。押印機を受け取ったことと、無関係ではないような気もするが。
そんなこんなで配膳が進んでいくが……ユラはその中にあってどこかそわそわとしている。俺達と一緒にいた動物組の方に視線が泳いでいるようだ。……そのあたりは年相応、ということなのか。興味津々な様子だ。そんなユラの様子にグレイスが微笑ましそうに笑みを向けて、言った。
「もし良ければ、あの子達に食事をあげたり、毛を梳いてみたりしますか?」
「良いのですか?」
と、ユラは明るい表情で顔を上げる。
「聞いてみたら、こっちの食事が終わるまで待っていてくれるそうですよ」
「そうですね。コルリスも楽しみにしているそうです」
アシュレイとステファニアが言うと、ラヴィーネが首を縦に動かし、尻尾を横にパタパタと振る。コルリスはぺたんと座ったまま、直立しているティールと共にこくこくと頷いていた。
「使い魔、でしたか。気軽にお話できるのは羨ましいです。アカネの家に祀られている守護獣も可愛いのですが……あまり外には出てきませんし」
と、ユラがにこにこしながら言う。
「と仰いますと、アカネさんの刀に関係している?」
「そうですね。我が家で祀っているのは3体のイタチなのです。人の言葉も話せますよ。滞在中に、紹介したいところですね」
ああ。やはり鎌鼬を祀っているわけだ。しかし、言葉も話せるとは。そのあたり、流石は妖怪、というべきなのかな。
そんな話をしている内に配膳も終わる。ヒタカノクニの米と味噌汁。それに焼き魚に果物、野菜の漬物……と、純和風な料理が並ぶ。味噌汁は赤味噌の色合いだ。
「実は……麹や稲に関しては大昔に東から西へ伝来していたりするのです」
「そ、そうなのですか?」
ユラが目を丸くする。話の種としては面白い内容だろう。ユラには気晴らしになるような話題を提供したいし、食事をしながら月経由で伝来した話などをしていくのも悪くない。特に月での騒動も知っている以上は、俺達が月に行っていた理由も話さなければならないだろうしな。
「ん。美味だった。出汁が良い」
と、食事を満喫したらしいシーラが食器を置いて頷く。綺麗に完食したらしい。メインが魚料理で、出汁に鰹節も使われていたからか、随分とご機嫌な様子だ。
ユラは早速、動物組のところに行って食事を与えている。こちらの運び込んだ動物組の食料は――骨付き肉であるとか、鉱石であるとか、生魚であるとかだ。
ベリルモールの食性については本当に石を食べるのかと、些か戸惑ったように鉱石を渡していたが、爪の先に乗せたそれを口に運んでぽりぽりと小気味良い音を立てて食べるコルリスに、ユラは満面の笑顔を浮かべていた。
リンドブルムやラヴィーネは骨付き肉にかぶりつき、ティールも解凍した魚を飲み込むように食べてと……バリエーションに富んだ夕食の風景である。
動物組の夕食も終われば、後はまあ親睦を深める時間という感じだ。湯殿の準備も進めているが、眠るまでの間、色々と文化交流や雑談をして過ごすわけである。
コルリスの肩に担がれるようにして、イルムヒルトのリュート演奏と歌声に目をきらきらさせて聞き惚れていたりと……ユラは反応が素直だ。イルムヒルトとしてもサービス精神が旺盛になってしまうところがあるようで情感たっぷりに歌を披露していた。
「イルムヒルト様の歌声……綺麗です。私達も神楽と言って、歌や踊りで神様や精霊達に楽しんで貰ったりするのですよ」
イルムヒルトの演奏が終わったところで、ユラは拍手をしてから身振り手振りを交えて伝えてくる。
ああ、ヒタカの巫女にはそういう術もあるか。セイレーンやハーピー達の用いる呪曲に近い効果があるかも知れない。
「それは……面白そうですね」
「興味があります」
俺とイルムヒルトが答えるとユラは嬉しそうにこくんと頷く。そうしてユラが女官達に視線を向けると、彼女達も穏やかに微笑みながら頷いて立ち上がった。ユラ自らが舞を踊って、神楽を披露してくれる、とのことだ。うん。楽しみだな。




