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番外140 帝の思い

「会いに行くのであれば、当然ながら危険も予想される。鬼のような強力な種が居を構えるということは、他の妖魔もその恩恵に与ろうとするからだ」

「ああ……。それは分かります。魔力溜まりの主と、その周囲に集まる種族、に近い所がありますね」

「魔力溜まり、か。ふむ。鬼の首魁は陰の気を殊更好むというわけではないが、構図としては近いかも知れないな」


 帝は胡坐をかいて顎に手をやりながら思案する。


「つまり……鬼の首魁自身は対話のできる相手であるというのに、その郎党は話を聞かない輩が混じっている可能性がある、と」

「うむ。まあ、多少暴れても鬼らは気にしないというか……。寧ろ強者の到来を喜ぶのではないかという気がするが……それでは余計にややこしくなってしまうような気もするな」


 ああ、つまり、鬼達は戦いだとか力比べだとかが大好きな性格だと……。

 それは確かに、帝としては仙人の友人である可能性が高いからと、会いに行くのを勧められるような相手ではない。歯切れが悪くなってしまうのも仕方がないところではあるか。


「それでも情報が必要だというのなら、伝承より詳しい場所等、情報を纏めて渡しておく。危険な割に確実性に欠けるというのは申し訳ないが」

「いえ。他に心当たりがないのであれば鬼が最有力候補なのではないでしょうか」

「心当たり、か。仙術の使い手は元よりヒタカでは数が少なくてな。国としては把握している人数も決して多くはないが、どういう経路でその術を受け継ぐにあたったかは……まあ資料として手元にあるのだ。ユラからの書状を受け取って、大書庫を見て来たのだが……」


 と、帝は用意してあったらしい巻物を広げて、目録らしき内容に目を通す。


「ざっと見てのものだが……祖先が隣国より渡来して術を受け継いでいただとか、そういう経歴の者が多いようでな。技量についても触れられているが、目を引く者がいない。伝承に間違いが無ければ、実質的にこの国における最強最古の仙術使いはその鬼の首魁、ということになる。交渉相手として問題があっても、言及しないわけにもいかん」


 となると……仙術について、目録と鬼の首魁以外の情報は帝も持っていない、という結論になるのか。ヒタカノクニは術者の情報を体系的に調べているわけだし、やはり鬼に話を聞きに行く以外の選択肢はあるまい。まあ……巻物に絡んだ情報としては、これぐらいで良いだろう。


「では、巻物に関しては後でこちらで動くとします。もう一点、話しておきたいことがあるのですが」

「アカネを襲撃した刺客についてかな」

「はい」


 頷いて襲撃者の似顔絵を取り出す。


「この連中ですね」

「この獣人が斥候で忍術を。それから、この男が指揮官で陰陽術を用いていました」


 アカネが補足を入れる。帝は似顔絵を床に並べ、眉根を寄せて凝視していたが、やがて首を横に振った。


「残念だが、直接見知った顔はいない。これほど精巧な人相書きだ。陰陽術を用いたというのなら、陰陽寮の者達に手あたり次第に聞けば、知っている者もいるかも知れぬが、それは最終手段ではあるかな」

「敵に通じている者がいた場合、何らかの対応をする余地を与えてしまうから、でしょうか」

「そうなる。大っぴらに情報を求めるのは、最後にするべきだろう」

「僕達に任せてもらえるなら、魔法審問で情報を引き出すように試みてみますが」


 そう提案すると、帝は目を閉じて思案しながら言う。


「この土地にしがらみが無い方が、真実を追うのには丁度良いというわけか」


 そうして目を開き、俺を見て言ってくる。


「すまぬが、手を借りられるだろうか」

「勿論です」


 では、連中は転移魔法でタームウィルズに転送するとして。

 今後の手順などについて思案していると、帝が口を開く。


「ユラとアカネは、少し隣室で待っていて貰えるだろうか。英雄殿と2人で話をしたいことがある」

「は、はい。分かりました」


 帝の言葉に、2人が立ち上がり、隣室へ向かう。


「何でしょうか?」


 帝は俺に向き直り、真剣な表情で切り出してくる。


「……話というのは他でもない。ユラの事だ。あの娘は私の親戚筋でもある。巫女寮の長官となるのを確実視されていたが、それは本来なら、もう少し先の話でな」

「……確かに、年若いですからね」

「そう。だが、あの娘は成長に従って巫女としての力が当代随一と呼べるほどのものとなった。災厄を言い当てるだけでなく、雑多な精霊の声を聞くことで知り得ぬ事を知ることもできる。誉めそやす者、畏れる者……色々でな。下手に担ぎ上げられたり、その才の悪用を狙う者が現れる前に、巫女寮の長官として世俗から距離を取らせる必要があったのだ。先代の長官も、高齢を理由に引退したがっていたしな。無論、家系と実力。名実共に優れているからこその人選でもあるが」


 ……なるほどな。巫女という肩書きだけでなく、そういった事情はマルレーンに近いところがあるかも知れない。


「そうなると、彼女を疎ましく思う者も……ということですか」

「実際に動いた者がいる以上、楽観視していられる状況ではないな。ユラではなく、アカネに絡んだ話かも知れぬし、情報が不足しているから現時点では何とも言えぬが……。いや、話を戻そう。あの娘は聡明故に、周囲の事を理解した上で、自分の力と立場が人の役に立つならと、気を張って長官の仕事をこなそうとしている」


 そう言って帝は目を閉じる。そしてかぶりを振ると俺を見て言葉を続ける。


「だが……今日のユラは傍目からでも随分と肩の力を抜いて楽しそうに見えた。あまり客人に多くは望めぬが、どうかあの娘の味方でいてやって欲しい」

「――そういうことでしたら喜んで。僕も陛下やユラ様から貴重な情報と協力を頂いたわけですし、巻物に関する調査はさて置き、まずは今回の襲撃事件を解決してからと考えていますから」

「大地の破壊を押しとどめた英雄殿がそう言ってくれるとは……心強い話だ。私は責務故に、直接荒事の矢面には立てぬ身。しかしそうとあらば協力は惜しまぬぞ。どうか、よろしく頼む」


 帝は俺に向き直り、居住まいを正してから頭を下げてくる。


「勿体ないお言葉です」


 帝がユラの味方で良かった、というのはこちらの言葉でもある。内密の話だからどんなものかと思ったが、ユラを気遣ってのものだったし。

 相好を崩した帝と握手を交わしたところで――女官がやって来た。持ち込んだ手土産の安全点検が終わったのか、箱に入った魔道具類を持って来てくれたようだ。


「安全確認が終わりました」

「お手数おかけしました。実はですね。西方から色々と手土産を持ってきたのです」


 と、こちらでも受け取った品にどこかの過程で変な細工がされていないか点検しつつ床に並べていく。


「ほほう。西方の英雄殿が持ち込んだ品とは、興味が湧くな」


 帝は身を乗り出し、それから隣室で待たせていたユラとアカネを呼ぶ。


「テオドール様の魔道具、ですね」

「うむ。面白そうなものであるからな。どうせ見るなら大人数の方が楽しくて良かろう」

「ええと……そうですね。これがまず、印鑑の押印機になります。ここに任意の印鑑を差し入れて固定する事で、軽い力にて朱肉要らずで押印できるという品です」

「何と……!」

「それは……凄いです!」


 中々良い反応だ。いや、帝にしてもユラにしても立場から考えると押印機は必需品だろうと思っていたが。ヴェルドガル近隣諸国の王侯貴族に大好評だからな。お偉いさんには鉄板の品だ。


「少し試してみますか」


 と、土竜……コルリスの顔を模した印鑑を土魔法で形成し、押印機にセットしてみる。


「うむ。紙をもって参れ」

「はい」


 命令を受けた女官達が紙を取ってくる。そこに帝とユラが押印機を使って押し心地を試し、驚きの声を上げる。


「おお……。これは素晴らしい……!」

「ふふ、何だか可愛らしい動物の絵ですね」

「ユラ様。この動物はテオドール様の船におりましたよ」

「まあ……!」


 そんな調子で帝達が盛り上がりを見せるのであった。ふむ。転移魔法で捕虜の連中を送らなければならないし、帝も信頼の置ける人物のようだ。

 ユラがこの反応だと、コルリスを初めとして、シリウス号も近くまで来てもらうというのが良いのかも知れないな。さて。他にも治癒、解毒、解呪の魔道具もあるし。喜んでもらえると良いのだが。

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