番外138 屋敷内での品評会
ユラ特有の予知能力は、良い事にしても悪い事にしても大きな出来事しか感知できないそうだ。
時期や場所等の精度もまちまちで、細やかな予知になる時もあれば、かなり曖昧になってしまうこともある、と、かなり安定性に欠ける能力ではあるらしい。
見ようと思って集中をすれば、より多くの情報を引き出すなど、ある程度制御も可能だが……これに関しては無理をし過ぎると、重い頭痛やかなりの発熱を伴うなど、肉体的に反動が生じる、とのことである。
「大きな出来事を感知する、というのは……今ある事象から、連続している大きな流れを感知して先々に起こる可能性の高い出来事に焦点が合う、ということかも知れませんね。例えば、川の先にある滝や湖が見える、というようなものかなと。しかし川の細部にどんな魚が潜んでいるかまでは見えないという感じでしょうか」
ザラディの能力や並行世界の概念を踏まえて、ユラの能力に関しての推測を口にしてみる。
「何となく、感覚ではその例え話は分かる気がします」
ユラは真剣な表情で首肯する。
「しかしたまたま焦点があって自然に見えてしまったものは良いとしても……無理をすれば反動となって現れるようですね。頑強な肉体で特異な能力に特化している種族であればいざ知らず……余程の事でなければそういった使い方は危険だと思いますよ」
「ああ、それは……帝にも言われました。人と違う能力を持っているからと言って、1人で責任を負って身を削る必要はない、と」
ユラが少し困ったように笑う。予知能力を使いこなしていたザラディは、ユラとは「焦点の合う範囲」がまた違うし、そもそも種族からして魔人だった。
魔人としての戦闘能力を特殊能力として割り振ってまで特化した結果と考えれば、未来予知はかなり高コストというか、燃費の悪い能力であるというのが窺い知れる。
それに、能力というよりは生まれ持った体質に近い。魔力と術式を介して制御するのならいざ知らず、肉体を触媒にして発現する能力であるというのなら、限界以上を使うには相応の反動が生じてしまう、というわけだ。
しかし……ヒタカノクニの帝は中々の仁君のようだな。ユラの性格や能力のリスクを見た上で、大事にならないようきちんと忠告もしているし、悪用しようとも考えていないようだ。
「そう言えば、天子様に関しては僕達の来訪については伝えているのですか?」
「はい。私の予知では来訪そのものは穏やかで静かなものになると感じておりましたので……それを伝えたところ、貴き客人側の事情が分からない内は、こちらも静かに歓待したりといった対応に留めるのが良いのではないかと。そういうことならと、お迎えも私の方で引き受け、アカネを遣わしたのですが……」
「何者かがそこに横槍を入れてきた、ということですね」
グレイスが目を閉じてかぶりを振る。
「敵の目的は分からないけれど……情報が流出するような経路はある程度絞れそうね」
ローズマリーが思案しながら言う。
「そうだな。官庁か、朝廷関係者か、それとも武家か。ある程度中央の動きを把握できる位置にいたんだろうけど」
そのあたりは尋問待ちになるかな。シグリッタの描いた似顔絵も見せてみたが、ユラは心当たりがない、とのことであるし。となれば帝にも謁見して、話を通す必要が出てくるだろうか。
帝が与り知らないことであれば、利点を説けば尋問を任せて貰えるだろうし、そうでないなら帝も関与している可能性が出てくる。
だが……まあ、立場を考えれば、そんな回りくどいことをするぐらいなら、迎えをユラに任せたりはしないか。最初から意にそぐわない行動を起こさないよう、釘を差す等という方向で動けばいいだけの話なのだから。
「今の状況やこれからの事に関して、他に何か予知できていることはあるのですか?」
ステファニアが尋ねると、ユラは少し困ったような表情を浮かべる。
「申し訳ありません。その……。テオドール様達の放つ輝きが強くて、他の予知が霞んでしまうと言いますか……」
「ん。さっきの例え話で言うと、大きな湖が近付いてきていて他のものが目立たない、的な?」
と、シーラが首を傾げて言う。
あー……。俺達がこっちに来ること自体が既にユラやヒタカノクニにとっては大きな出来事になってしまうわけか。困ったものだな。俺という不確定要素が混ざり込んでくることで事象の流れも乱れてしまう、と。
「かも、知れません。ですが、テオドール様の来訪とは別に、妙な感覚を感じた部分も事実です。何かしらの騒動が起こる可能性は否定できません」
「可能性としては……アカネさんを狙ってきた黒幕に関係したことか、それとも巻物に絡んだもの……あたりでしょうか?」
アシュレイが言う。そうだな。この状況で、直近で何か起こるとしたら、俺達に予測できるのは確かにそのあたりか。アシュレイの見立てに頷き、ユラに言う。
「まあ、いずれにしてもそれを無理に見ようとする必要はないでしょう。要はしっかりと警戒感を持っていれば良いわけですし」
巻物に関しても同様だな。ユラに心当たりがないのであれば、定石通り仙術絡み、隣国との関係絡みで情報を探していけば良いだけの話だ。予知能力を無理に使ってもらって手伝って貰うような状況ではない。
「そう……ですか。あまりお役に立てずに申し訳ありません。代わりと言っては何ですが、この屋敷をヒタカノクニにおける活動拠点等として活用し、逗留していっていただければとも思うのですが」
「それは――本当に助かります」
ユラはあまり自分が力になれていないと思っているのか、少し残念そうな様子ではあるが、それは違う。
そもそもユラのような立場の人物が、俺達に協力的なだけでもこれ以上ない程助かる話なのだ。見知らぬ異国での活動拠点と情報の提供なんて、普通なら望むべくもない。
巻物に繋がる直接的な情報はなくとも、隣国の情報なら結構正確なところを得られる気がするし。
後は……そうだな。
「それから、質屋のような場所を知りませんか?」
「質屋、ですか?」
「そうです。ヒタカノクニで活動するにしても、通貨を持っていないので路銀がないのです。ここに来る道中でもアカネさんに少しお手数おかけしてしまいましたし」
「力車を作る材料を、購入してもらったのです」
「まあ、そうだったのですか」
イルムヒルトが補足説明すると、ユラが口に手を当てて目を丸くする。
「あの程度で、お役に立てたのでしたら寧ろ私としては嬉しいのですが」
と、アカネ。これは、代金を支払うといっても受け取ってもらえなさそうな空気だな。
まあつまり、活動するにしても自由にできる現金が手元にあったほうが良いので、宝石などの現物を売り払ってしまおうと、最初から考えていたのだ。
その上で何が現金化しやすいかとなれば、やはり装飾品やら宝石や金属素材あたりになるだろう。ヴェルドガルから茶器やら髪飾りや宝石、ミスリル銀のインゴットなど、値段のつきそうな代物を色々と持ち込んできている。
「個人規模の貿易みたいなものではあるわね」
「髪飾りとかお皿とかね、私達が選んだんだよ」
そういった考えを説明したところでクラウディアとセラフィナが言葉を引き継ぐと、マルレーンもにこにこしながら、首を縦に振る。
「そういうことでしたら、私が買い取って現金化致しましょうか? 市場に流れるより目立ちませんし、テオドール様達がお持ち込みになった西方の細工物には興味があります」
と、ユラがにっこりと笑い、アカネも興味深そうに頷く。
ああ。それは手間が省ける上に有り難い話ではあるかな。
そもそも活動に当たってはそこまでの大金は必要ないし、逗留代も踏まえた上で交換してもらえばこちらとしても気が楽だ。
「それじゃあ、早速ではあるけれど」
ローズマリーが魔法の鞄から色々出して並べていく。
「ああ。このお皿の装飾、細かくて素敵ですね」
「職人の技術力の高さが伺えますね」
とそんな調子で盛り上がる。そこにお茶と和菓子のお代わりが運ばれてきて、みんなで和気藹々とアクセサリーやティーセット、食器やら何やらバザーのような品評会が行われるのであった。




