番外135 ヒタカの都へ
「怪我は大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「こっちは平気」
「同じく。問題はありませんぞ」
アカネ、シーラ、イングウェイからそれぞれ返答がある。まあ、アカネも想像以上の手札を持っていたし、シーラとイングウェイに関して言うなら明らかに実力が上だったからな。
刺客連中についてはいくらか聞きたい事もあるが……峠へ続く道で人通りは少ないとは言え、往来であることに変わりはない。人目に付く前に早めに回収し、目立たないように海岸から船に積んでしまうというのがいいだろう。
というわけで、まずは術師やその仲間達に封印術を叩き込み、土魔法で固めて梱包する。蓋をして防音の魔法を施してやれば、騒いでも外には聞こえない、というわけだ。木魔法で荷車を組み上げ、後はこれに積んで海岸まで運べばいい。
「では戻りましょうか。シリウス号に乗って、海から都に向かおうと思っています。連中に関する話は船の中で、ということで」
「分かりました」
というわけで、後詰めとして周囲に展開していたみんなもやって来て、荷車を引いて海岸へ向かう。
「しかし……ヒタカの魔法技術はこちらとは大分違うようですね」
そう言うとアカネは静かに頷いて答えてくれる。
「これは家に祠を作り、守り神として奉ることで怪力や異能をお借りするというものです。家系として祠を受け継いでいく必要がありますので、一般に流布できる技術、というのとは、また違うかも知れません」
「なるほど……」
刀にも何かしら縁を結びつけるための細工はしてあるのだろう。家系や祭祀とセットで運用しなければならない大掛かりな仕掛けというわけだ。
祀る代わりに守り神の力を借りられる、か。しかし守り神とは言うが、妖怪や精霊と明確な違いはないだろう。アカネの引き出した能力からどんなものを祀っているか考えるなら……んー。鎌鼬あたり、とか?
まあ、秘匿されているのだろうし、あまり根掘り葉掘り尋ねるのも悪い。俺としては、先程の連中について心当たりがないか、それにアカネから見て、どの程度の手練れかを聞ければそれで充分だ。
「――心当たり、ですか。残念ながら、彼らの顔を見たことはありません。私が剣を交えた相手に関して言うのなら……平均よりはかなり上だと思います。少なくとも雑兵とは呼べない力量ではあったかなと」
シリウス号にみんなで乗って、早速都に向けて海を移動を開始する。艦橋でアカネに連中の力量について尋ねてみると、そんな返答があった。
「というか、他の刺客もかなりの手練れであったように見えたのですが……。先程の空を飛ぶ戦い方もそうなのですが、あの連中をあっさり下してしまった事が私としては衝撃です。特にテオドール様が……。陰陽術を平気で人に用いる術師等というのは相当危険な手合いと認識していましたので……あれを赤子扱いというのは」
と、アカネがかぶりを振る。
「いやまあ……。陰陽師といってもピンキリでしょう。あの術師も、例えば朝廷お抱えの方々に比べれば全然なのではないですかね」
非合法な仕事を請け負うような連中だ。半端に術を齧って破門されたというような手合いは多い。修行も知識も中途半端で終わってしまえば、一流どころは少ないというところだ。まあ、稀に追放されたことをバネに実力を伸ばしてしまう厄介なのもいるけれど。
「確かに陰陽寮の長官とは比べるべくもないとは思いますが……。テオドール様にしても長官にしても、私からして見れば遥か雲の上の方々の話ですね」
アカネはそう言って苦笑した。
「実力はともかくとして……連中の処遇、というよりは、身元を探す方法も考えておかなければならないわね」
「あの連中は……都に着くまでに、似顔絵を描いておく」
と、ローズマリーが言うと、シグリッタが相槌を打つ。
「そうだなぁ。似顔絵があるなら聞き込みもできるし。魔法審問に類する技術がヒタカにあるのならそのまま引き渡して尋問する手もあるだろうけど」
「……魔法審問、ですか?」
アカネが首を傾げる。
「簡単に言うと、質問に答える事で嘘をついているか本当のことを言っているか探れる、という技術が西方にはあるのです。転移魔法で西方に送って取り調べるという手もありますが……」
まあ……そのあたりは下手人とは言え、例えば都の巫女から許可や同意を貰ってから、という手順を踏んでからにした方が良いだろうな。
巫女の動向をある程度監視できてアカネの動きに対応してきたことを考えると、ヒタカノクニの公的機関に引き渡したら、連中と繋がっていた、なんて事態も有り得ない話ではない。そうなると連中を捕縛したことも表に出さず、利害関係のないところで尋問したほうが確実ではある。
「そういった技術は……ヒタカにはありませんね。冤罪を防ぐ素晴らしい術だと思います」
「それだけに、悪用されないようにかなり厳重に秘匿されていたりするのです」
「なるほど……」
魔法審問に相当する術はヒタカではなし、と。
いずれにしても、そのあたりの事は都に到着してからだな。
というわけで、都に向けてシリウス号が進んでいく。情報収集するにしても、国の中心地等は色々調べるのにもう少し手間と時間がかかると思っていたのだが……アカネが色々と常識的なところを教えてくれるのでこちらとしても有り難い。
到着したら沖合なり湖なりにシリウス号を停泊させておき、そこから上陸して都の巫女に会いに行くというのが余計な騒動にならずに良いだろう。今のうちに、色々と段取りを話し合っておくとしよう。
陸地から距離を取り、魔法で姿を隠してシリウス号が進んでいく。
漁船もあちこちで見かけたりと、陸地が近いだけに海も割と賑やかだ。海中の様子も水晶板モニターで見る事の出来る仕様だが、魚も多くて豊かな漁場という印象があった。シーラとティールが海中の様子を食い入るように注視しているのは……まあ、良いとしよう。
星球儀を見ながら現在位置を確認しつつ、船を誘導していけば、段々と都が近付いてくる。
「んー。もうそろそろ停泊させておく位置を考えないといけない頃合いかな」
木魔法で小舟を作って上陸し、そこから都へ向かう形を取る。
「船を留守にしている間の事はお任せください」
と、フォルセトが言う。
フォルセトとシオン達3人。それからヘルヴォルテも目立つので留守番だ。アカネの話によると、一応ヒタカノクニにも有翼種という括りの種族はいるらしいが……。天狗はまず人里には降りてこないらしく、ヘルヴォルテが町中に行くと確実に天狗扱いで注目の的だろうという話であった。
「髪を染めたのに留守番というのは些か不本意ではありますが」
「まあ、そうね。でも、援軍に来て貰うような時にはそれも意味があるわ」
やや残念そうなヘルヴォルテを、苦笑しながら宥めるクラウディアである。
動物組は目立つので船側に残って貰うのは致し方ない。
その分、エクレールは隠密行動に向いているので一緒に連れて行く予定だ。アカネの判断基準ではラヴィーネも大丈夫だろう、との事であるが。
イグニスは……微妙なラインである。外装を変えて和風にしてみる案も出たのだが、身長が身長なので潜入には向いていない。マクスウェルも意匠が洋風なので溶け込まないということで留守番が決定した。
まあ、シリウス号側の戦力も十分にぶ厚いということで、こちらとしては船を離れていても安心ではあるのかな。
「このへんが頃合いか。アルファ。停船してもらえるかな」
声をかけるとアルファが頷いて船が停止する。
みんなで旅支度を整え、甲板に出て。そこから木魔法で船を組み上げていく。着水させ、そこに上陸するメンバーで乗り込む。
「それじゃあ、行ってくるよ。連絡については通信機で定期的に」
「分かりました」
と、フォルセトが一礼する。コルリスにヴィンクル、ティールにリンドブルム、それからベリウス、アルファと、留守番に回る動物組が、シオン達と一緒に手や尻尾を振って見送ってくれた。
では――都へ向かい、巫女との面会と行こうか。




