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番外132 陽動と警戒と

「では参りましょうか」


 宿場町から少し離れた海岸沿い――。人通りの途切れた場所とタイミングを見計らってアカネと共に上陸し、そこから連れ立って歩いて宿場町へ向かう。

 人目につかないよう少し遠目の場所から上陸したので、宿場町に到着するまでは少し歩く必要がある。なので景色を見ながら進みつつ、アカネに少し質問をしてみることにした。


「……そう言えば、この国の名前はどうなっているんですか?」

「この国ですか? ヒタカノクニと呼ばれていますよ」


 日本語で表記するなら日高之国、日貴之国、というような意味の文字を使うところだろうか。立地や文化的背景も日本に近いところがあるしな。


「政治形態や統治者に関する話もお聞きして構いませんか? 都に向かうのなら、失礼があっては困りますから。深い所ではなく、一般常識的な知識で構いません」

「分かりました。では――」


 と前置きした上でアカネは色々と教えてくれた。


「ヒタカは……都におわします帝――天子様が治める国、ということになります。相当する言葉が西方にあるかは分からないので説明が難しいのですが……。この国では数多の森羅万象を操る技術、流派を束ね、国の平穏の為に祭祀や儀式を執り行っておられるのが天子様であらせられます。テオドール様は魔法なる術を用いると仰っていましたが、仮にこの国の臣であれば天子様の下に束ねられる位置付けになりますね」

「余所の国で言うと……国王が宗教や魔術を束ねる立場を兼任する、という理解で合っているでしょうか?」

「そうなります。しかしいわゆる、王や領主という位置付けとは少し違います。湧き出でる妖怪、魔物、魑魅魍魎を調伏するのも、民衆を実際に統治するのも、臣である武家や末端の術師の役目。天子様は恨み辛み、争い事のような世俗の穢れには触れず、ヒタカの地に満ちる魔力を鎮め、平穏の為に力を注ぐお役目を持つ御方なのです」

 

 なるほど。月の王家と月の民の関係だとか、ヴェルドガル王家、シルヴァトリア王家の儀式などに近いものではあるのか。

 妖怪にしたって、魔物とは少し性質が違って、何かの因縁があって生じてくるもの、という印象がある。そういうものに対して直接責任者として矢面に立つのではなく、ワンクッション挟む事で家系や血筋に呪いや恨み、因縁が来ないように防ぐ、というわけだ。


 シルヴァトリアの国王は真正面からベリスティオの魂に対峙して瘴気侵食を受けていたしな。

 穢れというのは禊ぎで流せるものではあるのだろうが……大きな流れを束ねる役割を負う者は、そもそもそういう穢れに触れるべきではない、という理屈は分かる。


 だから代わりに武家、か。地球側の幕府の成り立ちとは大分違うが、それも実際に妖怪が湧き出るからこそではあるだろう。妖怪の性質も、ヒタカの住民の精霊観と結びついているような気がするが、いずれにしても同族同士で長々と争っている余裕がない。


「では都の巫女殿は?」

「あの方は予言という能力の性質上、やはり世俗の穢れとは距離を置く立場ではありますね。だからこそ、何かの事態に備えて、私達のようなものがお側に仕えております」


 そう言って、アカネが色々と説明してくれる。

 帝が数多の術者を統べる立場、と言われるだけあり、中央の役人がある程度の管理体制を敷いていて、それら術体系によって関わる部署が違う、らしい。


 巫女の役割はそれぞれの社に祀られる神霊に仕えて吉凶を占ったり、見えない存在の声に耳を傾けたり、様々な祝福を与えたりと言った役割を担うそうだが……その中でも予知や予言という別格な力を持つ家系だからこそ都の巫女様と特別扱いで呼ばれるわけだ。


 そんな話をしている内に、宿場町に到着する。

 何というか。時代劇のセットに迷い込んだような印象だ。水晶板越しに見るのと、自分がその場に立つのとではやはり臨場感が違うな。

 あまり周囲を見回しているのも潜入にあたっては目立つので、できるだけ自然体を装っておく必要があるが……色々と興味深い。


 宿場町は往来が結構あるので最初は注目を集めなかったが捜索隊が結成されているアカネが姿を見せたという事もあり、通りを進んでいくことに少しずつ騒がしくなって来ていた。

 アカネが静かに会釈を返すと向こうも頭を下げてきたりしていたが、やがて声をかけてくる者が現れる。


「あんた、無事だったのかい!? 姿が見えなくなったから町の連中と、かなり心配してたんだよ!」


 と言ってきたのは男衆と話し込んでいた宿の女将だ。


「これはどうも、お騒がせをしました。その……崖から落ちてしまったのですが、海で溺れそうになっていたところをこの方に助けて頂きまして――。怪我の手当をしていただき、意識が戻ったのが今朝の事なのです」

「そうだったのかい! いや、何にせよ無事で良かった! 坊ちゃんも、助けてくれてありがとうねぇ!」


 アカネの言葉に合わせて俺も会釈すると、そう言って宿の女将が喜ぶ。


「騒ぎになっているのでしたら、すぐにこちらにも連絡できれば良かったのですが。どうも海に落ちてから流されていたようで、ここから少し離れたところでアカネさんを見つけたもので……。術による手当等で手一杯になって、日が暮れてしまいまして……不慣れな土地なので野宿をしていたのです」

「なるほどねぇ。それで無事に助かったてぇのは、やっぱり巫女様の身内だから御利益があったのかねえ。いや、有り難い事だ」


 と、女将は納得したように頷いている。一応口裏合わせはしてきたが、根掘り葉掘り聞かれないのは俺としても助かる。まあ、悪い知らせというわけではないし、アカネというよりは都の巫女への信頼感があるからという部分もありそうだな。


「それで……宿まで荷物を取りに行っても構いませんか?」

「休んでいかなくて大丈夫なのかい?」

「はい。私も巫女様のお言いつけで色々なさなければならない仕事がありまして。予定が押してしまいました。説明できない事が多くて申し訳ないのですが」

「宮仕えは大変だねぇ。だが、無理はしないようにね」

「ありがとうございます」


 女将の言葉にアカネは静かに微笑んで一礼する。

 そうして女将と連れ立って宿屋に向けて歩いて行き、部屋からアカネの荷物を取ってくる。

 アカネは仕込み杖を護身用に持っていたわけだが……色鮮やかな布の包みに武器が入っているのかな? 長さや大きさなどを見るに、武器の形状は刀だと思われるが。


 宿に今日の分までの宿泊代を払い、それから都へと向かう方向へと、道を2人で歩いていく。

 海岸沿いを姿を隠したシリウス号が付いてきている。宿場町から出るのに伴って、シーカー達も先に街道側へ移動させている。


 カドケウスとの五感リンクで艦橋の様子を見て、シーカーの集まっている場所を確認。バロールを地面に埋め込んでおく。

 バロールには土魔法の鎧を纏わせ、シーカー達と纏めて一体化してもらい、地下を通って目立たない場所からシリウス号へ向かうという流れを取らせる。これでシーカー達の回収も完了というわけだ。


 だが暫くは定点カメラとしての役割を果たしてもらう。俺達を尾行してくるような怪しげな輩がいないか、街道で見張っていてもらおうというわけだ。


「今の所、街道を歩いている顔触れに不自然な動きはないように思えます。仮に……仕掛けて来るなら人の往来が途切れてからでしょうかね」


 隣を行くアカネに、そんなふうに話しかける。


「そう、ですね。私が生きて戻って来たのは騒ぎになっていたでしょうし。宿場町に残っていたのなら、気付いたかと思います」


 アカネは布の包みを握りしめて頷く。

 随分と覚悟を決めたような、毅然とした表情を浮かべていた。……武人としては後れを取ってしまったわけだしな。気負い過ぎも良くないが、油断や恐怖しているよりは良い。俺も片眼鏡を装着して、周囲に警戒しながら街道を進むとしよう。

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