番外131 東国への潜入
アカネの旅支度に加えて、武器の類もまだ宿に置いてあるそうで。回収しないのは些か困る、とのことだ。海に行く際には町の者に威圧感を与えたり目立ったりしないよう、護身用の仕込み杖を持って出掛けるようにしていた、という話だが……それとは別にしっかりとした作りの武器があるそうな。
まあ、そういうことなら仕方がない。いるかいないか分からない犯人に対する策を弄するために、手に馴染んだ武器を諦めるという選択もあるまい。
「代わりに、変装して町まで同行させて下さい。怪我したところを助けられた、としておいた方が住民達からも分かりやすいでしょうし……。実行犯は武人というよりはどうも、不意打ちを得意とする手札を持っている相手のようですから」
忍者のような相手か、それとも術師か。正体は不明だが、だからこそ必要なのは対応力ということになるだろう。
「し、しかしそれでは……巫女様の大切なお客を危険に晒すことになってしまいます」
「問題ありません。危険な旅になることも承知の上でこの土地まで来たのですから、それなりに腕に覚えもありますので。それに、巫女殿のところへお話に行くことを考えれば、妨害者は叩ける内に叩いておきたいですからね。犯人捕縛に確実を期す為の策と考えて頂ければと思います」
「テオドール様は西方でも随一の魔術師ですから。頼りになるお方ですよ」
と、フォルセトが笑みを浮かべて言うと、コルリスがうんうんと頷く。
その様子にアカネは若干戸惑っていたようだが、やがてこちらを見て真剣な表情で一礼してくる。こちらの武芸の腕前もある程度察してくれているようで。やはり、巫女の客人を危険に晒したくない、という気持ちが多くの部分を占めているのだろう。
今回の俺の役割を掻い摘んで言うなら、敵を誘き寄せるための囮になる、という立場ではある。
しかしアカネの武人としての実力は、身のこなし等から考えれば決して低いものではあるまい。そんな彼女に対して、完璧な不意打ちを叩き込んだという事実は軽視すべきものではない。
それを踏まえた上でだ。少人数で宿を訪れた、と見せかけることにより、アカネの護衛を行うと共に敵の動きを誘える、というわけだ。
「シリウス号から何時でも救援が駆けつけられる状態であれば、より危険も少なくなるでしょう。相手の手口から考えれば、少数精鋭で動いているのではないかと僕は見ていますが」
とはいえ、これらも実行犯がまだ宿場町に残っていれば、という前提の話ではある。
安全に荷物を回収し、アカネの姿を見せる事で町人を安心させられるだけで話が終わるのなら、それはそれで良し、ということにしておこう。
「というわけで、少しばかり潜入のための準備をしてきます」
そう言うと、ローズマリーやみんながそれに応じるように立ち上がった。
「変装をするのね?」
「うん。頼めるかな?」
髪を黒く染めて、幻術の魔道具を装備。後は衣服を着替えれば潜入の準備は整う。
万全を期すのならカドケウスは勿論のこと、キマイラコートもいつでも着ることのできる状態で行動したい。当然ながらそれに合わせて幻術の魔道具を調整してきている。
「まずは、髪の毛を染めていきましょうか」
「では、私はお部屋から服を取ってきますね」
「ん。ありがとう」
ローズマリーが魔法の鞄から染髪剤を取り出し、グレイスは椅子から立ち上がって艦橋を出て行った。
というわけで、俺は艦橋の椅子に座ったままで良いらしい。
薬剤を混ぜ合わせて色を調整し、それを櫛に塗して髪を梳くようにして染めていくわけだ。
普通に染める作業に近いが、ローズマリーお手製なのでれっきとした魔法の品であったりする。術式によって染めたのを解除したりというのも可能な品だ。手軽に元の色に戻せる、というのが最大の特徴だったりする。
陶器の器をかき混ぜ、薬剤の色合いを調整しているローズマリー。その作業を覗き込んでいるマルレーン。それを見てローズマリーが薬剤を櫛で掬って言った。
「試しにやってみる?」
ローズマリーの提案にマルレーンがにこにこしてこくんと嬉しそうに頷く。作業しやすいように軽く頭を下げてやると、マルレーンの手にした櫛が俺の髪を梳いていく。
「黒髪でも良い色が出るのね」
「本当。クラウディア様の髪の艶に感じが似ていますね」
イルムヒルトの言葉にアシュレイも微笑む。
「ん。鏡持ってきた」
と、シーラ。鏡を覗き込んでみればマルレーンが櫛で梳いた部分だけが黒髪になっている。
マルレーンはにこにこしたまま満足そうに頷くと、櫛を他の誰かに引き継ぐというように、手に持ったままみんなを見やる。
「それじゃあ、みんなで少しずつ染めていきましょうか」
ステファニアの提案にマルレーンが頷く。マルレーンはアシュレイに櫛を差し出す。
「次は私で良いのですか?」
「ええ、そうね。みんなで順番ということで」
「それじゃあお言葉に甘えて」
アシュレイはクラウディアの言葉を受け、マルレーンから櫛を引き継ぎ、にっこりと微笑む。
そこにグレイスも戻って来て、みんなで俺の髪を少しずつ染める、という流れが完全に出来上がった。
「集団が全く同じ髪の色だと逆に不自然で目立ってしまうわよね。調整で少しずつ黒の色合いを変えるわ」
と、ローズマリー。当然、みんなもいざという時は駆けつけられるように髪を染めておくわけだから、それも必要になるだろう。そんな調子でみんなで和気藹々と髪を黒に染め合う事になった。
――黒髪に和服。目の色は幻術で黒に見せかけている。
武器に関しては愛用のものが良いということでそのままではあるが、みんなして和装になると中々に新鮮というかなんというか。
俺も魔道具を装備し、見た目はしっかりと黒髪黒目である。ウロボロスをキマイラコートで包むようにして、潜入の準備は完了だ。荷物を包む風呂敷のように見せかけているので、幻術によって唐草模様が張り付いていたりする。まあ、戦闘時に身に纏えば黒いコートに戻ってしまうのだけれど。
「お待たせしました。では、参りましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
アカネは変装を終えたみんなを興味深そうにまじまじと眺めていたが、声をかけると真剣な表情で立ち上がる。そうしてみんなで連れ立って甲板に向かう。
ウロボロスの石突きから魔力を板状に展開。固めて足場を作り、バロールを推進機構のように足場の後方に合体させる。
飛行ボードに乗るようにしてアカネと共に陸地まで移動するというわけだ。
「後ろに乗って頂けますか? 僕の肩あたりに手を置いてくれれば体勢も安定すると思います」
「は、はい」
アカネは恐る恐るといった感じで青白く光るボードに乗り、肩に手を置いてくる。
「それじゃあ、荷物を取りに宿屋に行ってくる。シーカー達も回収しやすいように、打ち合わせ通りの場所に集合させておいて」
「分かりました」
「お気をつけて」
「ん。みんなもね」
見送ってくれるみんなに頷き、甲板からゆっくりとした速度で飛び立つ。
光魔法と風魔法で偽装し、見えないようにしながら海岸沿いの街道に向かい、そこから宿屋へ歩いて移動するというわけだ。
カドケウスは連絡役としてシリウス号側に残してある。少しずつ速度を上げ、海原の上を軽快な速度で滑っていく。
名目上では海を漂っていた所を俺が救助した、ということにする。何かしらの形の術者だろうと受け取られるだろう。後は……宿の荷物を回収してから徒歩で宿場町を出て都に向かうように見せかける、というわけだ。俺とアカネだけという少人数に見せかければ、敵がまだ宿場町に残っているならどこかで仕掛けてくるだろう。
アカネがどうなったか顛末を確かめるなら、泊まっていた宿を見張って経過を見るというのがまあ、妥当なところだろうからな。




