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番外129 シリウス号の船室にて

 巫女の遣いが意識を取り戻したのは、治療から一晩が過ぎ、昼を回ってからの事だった。

 昨晩から引き続き、艦橋で情報収集や翻訳作業を続けていると、船室のカドケウスから「目を覚ました」と五感リンクで知らせが来たのだ。


「ああ、どうやら目を覚ましたらしい。少し話をして来ようかと思う」

「分かりました。では、食事を温め直してきますね」


 作業を切り上げると、グレイスもそう言って立ち上がった。


「私もテオドール様と一緒に行ってもいいでしょうか? 治癒の後に痛みがないか、本人に聞いておきたいのです」

「そうだね。何人かいた方が話をするにしても向こうも安心するかも知れないし」


 というわけでアシュレイと連れ立って船室へ向かう事になった。


「ん、私はこのまま艦橋で情報収集を続ける」


 シーラが言うとシオン達も頷く。みんなは情報収集の作業を継続する、というわけだ。病み上がりの相手に多人数で押しかけていくのも何だろうしな。

 艦橋を出てシリウス号内の通路を行く。カドケウスによれば巫女の遣いは、見慣れない船室の内装に戸惑いながらも怪我の状態を確認し驚いていたりと、冷静に状況を見ている部分があるようだ。


 話をするにあたり、とりあえず変装しないし幻術も使わない方針である。

 予知能力を持っている巫女の用事でここに来たというのなら、こちらもある程度腹を割って話をした方が良い。


 船室の扉をノックして、入っても大丈夫かどうかを尋ねると、戸惑いがちに返答があった。


「……どうぞ」


 やや緊張したような声。少し間を置いて、アシュレイと共に船室へと入る。

 寝台に腰かけていた巫女の遣いは、俺達を見て少し驚いた様子であった。俺達の年齢が想像より若かったからか、それとも彼女にとって異国の風貌と服装だからか。


「意識が戻られたようですね。怪我をして岩場に倒れていたところを見つけたのですが、状況が分からなかったので、僕達の乗ってきた船に運んで治療を施してから、休んでいてもらいました。ほとんど丸一日は眠っていた、というところですね」

「……ま、丸一日、ですか。ああ、意識を失う前に、あなたを見た事は……少しだけ覚えています」


 俺の顔をまじまじと見てから巫女の遣いは頷いた。翻訳魔法はきちんと通じているようで、彼女はそれにも戸惑いがあるようだが。

 とにもかくにも、意識を失う直前の事を覚えてくれていたのは話が早くて助かる。誘拐等と誤解されると面倒だったからな。


 まだ戸惑っている様子はあるものの、掻い摘んで今の状況や場所を説明したからか、それともこちらに敵意が無いと見て取ったからか、少し安心した様子だ。

 というわけで簡単に自己紹介する。いきなりで混乱もあるだろうから、自己紹介もできるだけ情報量を少なく、簡素な物の方が良いだろう。


「僕はテオドールと言います。彼女はアシュレイ。他にも船に乗っている面々はいますが、追々紹介させて下さい」

「これはご丁寧に。私はアカネと申します。まずは……命を救って下さった事について、お礼を言わせて下さい。突然脇腹に衝撃を受けて崖から放り出されてしまったのです」


 名乗ると、居住まいを正して深々と一礼してくる。脇腹に衝撃……。落下した時に岩肌で怪我をしたのかと思ったが、最初に脇腹に何かを撃ち込まれて落とされた、というわけか。その後は落下途中で意識を失わず、頭部を守ろうとして腕に怪我を負った、という事になるらしい。

 治療の途中から分かっていたことではあるのだが、彼女は武術の心得があるらしい。掌には武器を握って鍛練している痕跡があるし、起きているところを実際に見てみると身のこなしが武人のそれだ。

 だとするなら、彼女の身分は都の巫女の護衛か何かだろう。一人旅として宿場町に来ていたのは――腕に覚えがあるからなのだろうが。

 そんな彼女の不意をついて崖下に突き落としたとなると……相手も相当な手練れか。飛び道具を使ったようではあるが。


「怪我は治療しましたが、どこかに痛みなどは残っていませんか?」

「大丈夫、だと思います。その、かなりの怪我だったと自分では記憶しているのですが」


 と、アシュレイに尋ねられたアカネは自分の腕を見たり、脇腹に手をやったりして不思議そうに言う。


「私は治癒の為の術が使えますので、それで怪我を治療したのです」

「神通力や法力……のようなものでしょうか?」


 仙術、とは言わないあたり、巻物の術系統と、アカネの馴染みのある術式の系統はまた違うのだろう。ヴェルドガルやシルヴァトリアでも細かく見れば魔法や呪法等々、色々術に体系があるからな。


「似たようなものだと思って下さって構いませんよ。見ての通り、この国では知られていない土地の出身なのですが、少々事情があってこの国を訪問してきたのです」


 そう答えると、アカネは神妙な表情で頷く。


「そう。そうだったのですか。やはり巫女様の予言は、このことを――」


 と、言いかけたところで扉をノックする音が聞こえた。グレイスが食事を持ってきたのだ。


「失礼します」


 入室してきたグレイスが、粥と野菜スープを船室備え付けのテーブルに配膳する。ほんのりと鼻孔をくすぐる食事の香りが部屋の中に広がる。

 グレイスもアカネに紹介し、それから言う。


「お互い色々話もあるかと思いますが……詳しい事は食事をしてからということにしましょうか。僕達も昼食を取っていないので、それから改めて話をしましょう」

「重ね重ねありがとうございます。本当に、何とお礼申し上げたらいいのか」


 アカネは再び深々と頭を下げてきた。

 互いに聞きたい事や話したい事、色々あるが……アカネは意識を失ってから今に至るまで、何も食べていないわけだし。

 それなりに込み入った話をすることになるだろうし、まずは食事をとってもらって落ち着いてからという方が彼女としても楽だろう。


 それに、今の会話で分かったこともいくつかある。

 都の巫女はやはり、俺達の来訪を予期してアカネを派遣してきたようだ、ということだ。

 アカネ自身も俺達に対して悪い印象を抱いていなさそうだし……併せて考えれば、都の巫女もまた、こちらに対しては友好的であると見て良いのかも知れない。

 詳しい事情は聞いてみなければ分からないが……宿場町で聞こえてきた巫女の良好な評判や社会的信用等を鑑みれば、東国やその隣国の情勢を聞く相手としては中々これ以上は望めないだろう。情報収集は巫女やアカネ達から、というのが良さそうだ。


 しかし、アカネが攻撃を受けて崖から突き落とされたというのなら、シーカー達をすぐに回収するというわけにもいかない。犯人に目星がつくかどうかは分からないが、まだ潜入させておく方が良いだろう。




「美味しかったです。ご馳走様でした。衣服も……繕って頂いたようで」


 食事が終わった頃合いを見計らって船室にアカネを迎えに行くと、彼女はグレイスに丁寧にお礼を言ってくる。アカネの着ていた服は脇腹が破れていたが、それもしっかりと乾かしグレイスが繕った上で、船室に畳んで置いておいた。


 アカネはこれから話をするということで、食事が終わった後自分の衣服に着替えて待っていたようだ。


「お口に合ったのでしたら何よりです」


 グレイスが笑みを向けると、アカネも静かに笑みを返す。というわけで、船室を出て艦橋へ向かう。


「大きな動物の魔物や、魔法生物等々……個性的な顔触れも多いのですが、危険はありませんので安心して頂ければ幸いです」


 と、艦橋に向かって通路を歩いているその途中でアカネに動物組や魔法生物について前もって話をしておく。


「わ、分かりました」


 アカネは少々緊張気味ではあるかな。

 艦橋に向かうと、みんなの視線が集まる。案の定、コルリスやティール、ヴィンクルやベリウスといった面々を見て、アカネは目を瞬かせていた。まあ、まずはこちらの面々の自己紹介といこうか。

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