番外124 外洋の魔物は
シリウス号は軽快な速度で予定通りの航路を進んでいる。風向きや海流のデータ取り、魔物の出没有無の調査もしているので最高速というわけではないが、星球儀の光点における現在位置を見る限り、順調な旅と言えた。
しかし、四方は見渡す限りの海、海、海だ。現在位置が分かる地図がない通常の航行では、やはり不安と隣り合わせだろうとは思う。
外洋だけあって中継地点を行き過ぎてしまえばほとんど陸地がない。陸地という目印が無ければ後は現在位置は羅針盤や星と月を見て、計算で割り出すしかないからだ。
通常、長い期間の船旅というのは……想像以上に大変、というより過酷とも呼べるものである。
例えば水や食料1つとって見ても、シリウス号のように魔道具を積んだり魔術師が船員にいなければ新鮮で安全な食生活、などという環境は望むべくもない。不測の事態に助けも呼べず、頼れるのは船員達のみである。
だから陸地沿いに港から港へという手が取れれば、それが一番楽だし、拠点から拠点へ人と物を運ぶことができるから間違いなく需要もある。
「これは……迂回路のどこかに、もう1つか2つぐらい拠点を用意するべきかも知れないな」
「拠点……。この何も無い洋上に、ですか?」
フォルセトが俺の呟きに首を傾げる。
「ええ。大きな船のようなものを用意して動かないように錨を降ろしておくとか、海底を土魔法を使って盛り上げて、人工島を作るといった方法でしょうか。拠点用の島と同様に、目印となる魔道具を置いてやれば迂回路の航行がもっとしやすくなります。そこに水生成の魔道具を備え付けで置いてやれば、新鮮な水を使えるようになるし、緊急時の避難と待機もできる、というわけです」
そうなると避難信号を出す通信機的な魔道具も備え付けなければなるまい。食料が尽きても少しの間なら何とか凌ぐ事はできるが、水が無いと数日でさえ命に関わる。
海のど真ん中で食料を確保するのは中々難しいが……そうだな。保存の利くものを備蓄しておくというのも良いかも知れない。
「なるほど。人工的な拠点ですか。私は海には明るくはありませんが、水は本当に重要ですからね」
「こんなに水があるのに、そのままじゃ飲めないのは不便だよね」
合点がいった、というようにフォルセトが明るい表情を浮かべ、マルセスカがモニターを覗き込んで呟く。ハルバロニスの周囲は、局所的な森を抜ければ砂漠地帯。水の重要性はフォルセトもシオン達3人もよく分かっているのだろう。
「シリウス号なら問題ありませんが、通常の船舶では迂回路の航行は大回りになって、それだけ期間も長くなってしまいますからね」
そういった補給、休憩、避難用の拠点が点在していればいるほど安全になる、というわけだ。
通常の船舶の航行速度や風向きなどを考慮すれば……中継島の他に1つか2つ。迂回路上に人工拠点を設けておけばそれだけで行き来がぐっと楽になるのではないだろうか。
現時点での東への航路の修正案、というところだ。さてさて。このまま順調に進めると有り難いのだが。
引き続き、魔法生物達がモニターを監視。東国を目指してシリウス号が進んでいく。
「ん。何だか魔物が大人しくて良い」
「外洋だから強い魔物もいそうとか思っていたのだけれど……意外に大人しい感じよね」
シーラの言葉にイルムヒルトが首を傾げる。
そうだな。途中であまりよく知られていない海の魔物を何回か見かけたりということもあったが、連中襲っては来なかった。
これが凶暴化した魔物だと相手が大きな船だろうが何だろうがお構いなしではあるのだが……見かけた連中はそもそもこちらに興味がないらしい。
「ティールの人間への警戒心の薄さもそうなんだけど、外洋の魔物は人間に全く依存してないから……かな? 安定確保できない、よく分からないものを食料にしようとは思わないだろうし、敵対もしていないからあまり警戒もしない、と」
イルカもシャチも人間を積極的に攻撃するような事はないしな。鮫でさえ人間に近寄ってくるのは基本的には興味本位なのだとか。これは食料とも脅威であるとも見做していないからだろう。
「それは言えているわね。ゴブリンやオークは放っておいても向こうから襲ってくるものね」
ステファニアが顎に手をやって思案しながら言うと、ローズマリーとグレイスが同意する。
「敵対するのは利害がぶつかるから、ということよね」
「ゴブリンやオークは、最初から人間からの略奪も選択肢に入っているような気がしますね」
そうだな。陸棲だからとか、水棲だからというのは関係がない。重要なのは人間に生活圏が近いか遠いかだろう。
現に川沿いや沼では、半魚馬のケルピーだとか巨大蛙の化物ボジャノーイあたり、人間に敵対的で危険視される種族がいる。これは……地球上で例えるならピラニアみたいなものか。陸地の生き物が川を渡ろうとしているところを襲って食料にする、という生活スタイルを持っている生き物だ。
当然、海であっても、陸地が近いところでは人間に攻撃的な種族も結構多い。翻って、外洋は人間に興味がない連中ばかりで、そういう意味では安全なエリアが多い、ということだ。
一方で――サーペントやクラーケンのような力も縄張り意識も強いという魔物は、大体が魔力溜まりの主となるので、自分から危険域に近付かなければ、ほとんどの場合は人と出会うことがない。
例外的には……高位の魔物同士がぶつかって、敗れた方が魔力溜まりから逃げてくる、というケースがある。これは次の魔力溜まりを探して放浪するので結構危ない。
出現場所によっては国や冒険者ギルドが大規模な討伐隊の派遣を検討するレベルの脅威であるが……例外である故、頻度としては「滅多にない」と考えて良い。
つまり魔力溜まりをしっかり回避できれば、後は基本的に天候や海の荒れ具合、海流や風向き等、大自然への対処に注力できるということになる……のかな? それはそれで大変ではあるのだろうが、迂回路は意外と悪くないのではないかという気がしてくる。
「――そう考えると、ティールと出会えたのは、良かったかも知れないな」
そういった考えを説明してから当人であるティールを見やる。
ティールは何やらコルリスに親近感を抱いているらしく、ペタンと腰を下ろして座っているコルリスの近くに直立していた。自分の名前が出たからか、ひょっこり首を伸ばすようにしてこちらを見返してくる。
しかし……随分首の関節が柔らかそうに見えるな。毛繕いだとか、様々なことを嘴で行うのだから当然とは言えるが。
とりあえずコルリスもティールが近寄っても嫌がっている様子はなく、中々両者の関係は良好に見える。コルリスがこちらに向かって手を振ると、ティールもフリッパーを振ってくる。うむ。こちらも手を振り返しておこう。
「確かに、人とあまり関わらない魔物の性質を現しているとは言えるわね」
そんなティールの様子にクラウディアは苦笑し、マルレーンやアシュレイは楽しそうににこにこと微笑むのであった。
航路も魔物という面から見れば意外に安全なようだし、ティールに関しても問題はなさそうだ。そうなってくると、次は東国の調査に焦点が移ってくる。
段々と星球儀上でも東国が近付いている。まずはある程度沖合にシリウス号を停泊させて、シーカーを送り込んで様子を見てみるつもりではいるのだが、どうなることやら。
国交がないというか国そのものの存在が知られていない以上、東国では公的な支援を受けられないからな。ある程度実情を掴めるまで、慎重にいきたいものだ。




