番外123 星空と魔術師と
浜辺から程近く、波が届かないぐらいの場所に土魔法で竈を形成し、みんなで夕食を作る。
何せ絶海の孤島だ。他に人がいるわけでもなく、やって来る可能性もほとんどない。一晩泊まってから出発するにしても、のんびり寛げる。
虫除けの簡易結界を張り巡らし、白い砂浜でみんなで食事である。
米は保管しやすく、そこそこの量でも持ち運ぶのが簡単。炊けば水を吸って量も増す、ということで当然積んできている。米があるなら味噌と醤油も、ということでこのへんはセットだ。
というわけで、島の近くで獲れた鯛を捌いてキノコと共に炊き込みご飯にしてみた。蟹の味噌汁に温野菜。後はキャンプの醍醐味ということで貝や肉、野菜を網で焼いて醤油を垂らして食べる、といったような夕食となった。若干和食に寄っているが、要はバーベキューである。
「炊き込みご飯は少し焦げてるところが美味しい」
というのは、シーラの弁である。鯛の炊き込みご飯を食べながら、耳と尻尾が上機嫌そうに動いていた。
「この網焼きがまた何とも言えず絶品で……うむ」
と、イングウェイも貝の網焼きを口にし、目を細めて舌鼓を打っている。
「野営は、他にはない趣があって好きだわ。行軍みたいに戦いが控えているわけじゃないから余計に、かしら」
ステファニアはそんなふうに言って、隣に座ったマルレーンと顔を見合わせてにこにこと微笑んでいた。そうだな。野外で食べるとまた一味違う気がする。
動物組には解凍してから低温でローストしたマンモスの骨付き肉を。動物組も同行するということで肉も大量に持ってくる必要があったのだ。なので、樹氷の森でマンモスソルジャーを狩って来ている。
それにかぶりついて尻尾をパタパタと軽く振っているラヴィーネやベリウス、アルファ達。リンドブルムやヴィンクルもキャンプの雰囲気に当てられてか、中々楽しそうだ。
冷凍保存が可能ということで魚介類も積んできているが、ティールは生魚や烏賊等が好みなようなので、もう少し魚介類を多めに確保しておいた方が良いだろうと、少しばかり素潜りの漁にも行ってきた。炊き込みご飯に使った鯛もその時に確保したものである。
まあ、そんなこともあって、コルリスは鉱石、ティールは生魚や烏賊と。それぞれの食性に合わせての食事である。魔物は環境魔力を取り込んで活動可能ということもあり、身体の大きさの割に案外小食で腹持ちが良かったりするのだ。
ふむ。俺も食事に一区切りつけたら魔法生物達に魔力補給をしてこようかな。
「ああ……。星空が……綺麗ですね」
「……ん。人里の明かりが無いからね。空気も澄んでるし」
アシュレイの呟きに答える。目の前には満天の星空が浮かんでいる。群青の夜空に無数の星々が瞬く、溜息の漏れそうな美しい風景。
食事が終われば砂浜の上に軽く寝転んで、星空を眺めながらイルムヒルトの奏でる静かな曲と波の音に耳を傾ける。傍らには魔力補給を終えたカドケウスやバロール、ウロボロスも寝転んでいたりして。
旅の目的としてはこれからが本番なのだが……随分贅沢な時間の使い方をさせてもらっている気がするな。
「そう言えば……テオは星空の光の帯が何なのかご存じなのですか?」
ふとグレイスが尋ねてくる。光の帯――天の川の事だな。大陸移動やプレートテトニクスの話をしたからかな。みんな知識欲旺盛になっているのかも知れない。
「んー。そこまで詳しい話は出来ないけど……。あれは銀河……いや、虚ろの海の中心方向になるのかな? ルーンガルドも含めて、目に見える範囲の星々は虚ろの海の中心を軸に、渦を巻いて動いているって想像してもらうといい。光の帯は無数の恒星……太陽みたいに、自分から光を放つ沢山の星々が集まっているから帯や川みたいに見えるんだ」
夜空に手を伸ばして知っていることを話す。これは言葉だけでは伝えにくい、かな?
ぼんやりと光る光球を用いて、星のモデルを作って説明する。最初は単純にルーンガルドと月のモデルを作ることから始めて、太陽とそれを中心に回る星々などを描き、徐々に広い範囲を視界に収めるように遠ざかるという手法で説明することにした。
「――こうして太陽のような星を中心にしてルーンガルドや幾つかの惑星が回る。もっと広い範囲を見ると……これが俺達のいる星の組で……虚ろの海の中心を回りながら進んでるんだ。季節によって俺達のいる場所が変わって……夜に見える星空の、虚ろの海の中心方向が変わる。だから、帯に見える星々の密度も変わって、同じ光の帯でも明るさが違って見えたり、季節によって星の位置が変わるわけだね」
天然のプラネタリウムで解説しているような気分ではあるが。
目の前には光の粒で出来た渦巻く楕円盤のような、虚ろの海を俯瞰したモデルが浮かんでいる。
「何というか――綺麗で、神秘的ですね」
と、グレイスが呟く。
そうだな。実際のところを知っても興醒めしないというのが天文の凄いところというか。
「途方もない話よね」
「でも面白いわ」
「そうだね。俺も虚ろの海の話をするとそう思うよ。知らないことや説明できないことの方が多いし」
クラウディアとローズマリーの感想に苦笑する。
俺も専門家じゃないから雑学的な話しかできないからな。中心にあるのが超大質量のブラックホールであるとか……もう少し話も広げられるが、元々天の川に関する話だったし、あまり本筋から外れるのも蛇足だろう。夕食後の座興としてはこんなところかも知れない。
伸ばしていた掌を閉じると目の前で回っていた光の粒も散って、元通りの静かで美しい星空がそこに残るだけだ。
そうして星空を眺めながら、あれが中心かも知れない、なんて指を差してみんなは盛り上がるのであった。
そして明くる日。
のんびりと英気を養ってリラックスさせて貰ったというのもあって、俺の体調は良好だ。
「ん。おはよう」
「おはようございます、テオドール様」
朝の挨拶をするとみんなも機嫌良さそうに挨拶を返してくる。動物組も軽く伸びをしたり欠伸をしていたりと、こっちに向かって手を振ってきたりと、中々調子は良さそうだ。
砂浜にぺたんと腰を下ろしたコルリスと、直立したティールが揃ってこちらに手を振ってくるのは中々にシュールではあるが。
というわけで昨晩の野営の後を綺麗に片付け、元通りの綺麗な砂浜の状態に戻してからシリウス号に乗り込む。人員と動物組が揃っているかしっかりと確認する。
「――ティールは……艦橋で大丈夫かな? 暑過ぎたり寒過ぎたり、欲しいものがあったらしっかり言うんだぞ」
尋ねると、大丈夫、というように首を縦に動かす。そして直立の体勢を崩し、腹這いに艦橋に寝そべっていた。寝そべると何というか……こんもりとした黒い饅頭のようであるが。ともあれ、リラックスしてくれているなら問題はあるまい。
ティールも艦橋に来る事を希望した。水槽は流石に艦橋には置けないのだが、まあつい昨日まで1人で不安だったから、みんなと一緒の賑やかな空間の方がいい、ということなのかも知れない。
因みに昨晩からラヴィーネの冷却用魔道具の予備を装着しているティールであるが……これも中々に気に入ってくれたようだ。やはりこの近辺はティールにとっては些か暑いらしく、魔力で氷を生成したりしていたらしい。
手間や消耗が防げるので冷却用の魔道具はティールにとっても有り難いもののようである。
水分が欲しければ自分で周囲に水を纏ったりもできるようだし、意思疎通もできるからまあ、問題があるようならその都度改善していけば大丈夫だろう。
では――東への旅の再開といこう。ゆっくりとシリウス号は浮上し、魔力溜まりを迂回する航路を取るのであった。




