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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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82 キャスリンの秘薬

「いらっしゃい」

 戸口をくぐると、店主がそんな風に声を掛けてきた。
 ……店内に立ち込める鼻をつく妙な刺激臭は相変わらず。臭いの正体も不明である。
 店主もまた相変わらずだ。気怠げな様子でカウンターに頬杖をついたままで出迎えてくれた。
 錬金術師ベアトリス。タームウィルズに来てすぐに冒険者ギルドの紹介で知り合った相手である。前の依頼では使い魔であるカドケウスを作ってもらったのだ。

「この前の依頼がどうなったかお聞きしたいんですが」
「ああ――あれね」

 ベアトリスはガラスの小瓶と分厚い本を取り出してくる。瓶の中に、薄ピンク色の粉末が入っているのが見えた。
 例の――キャスリンが父さんに盛ろうとしていた薬だ。
 流石に専門家の手を借りないと埒が明かない。まず薬を特定をする為に調査を依頼したのだ。というか、他に伝手もなかったしな。

 今日はみんなそれぞれ用事があると言う事なので、俺も予定が空いたからベアトリスの方に進捗状況を聞きにきたわけである。

「普通の薬じゃなくて、魔法薬ねぇ、これは。私も倉庫を引っ掻き回して久しぶりに調べ物をさせられて、かなり古い文献まで漁る羽目になったわぁ」

 ……腕利きの錬金術師が調べ物をする程度には特殊な薬、か。

「それはどうも。お手数をおかけしたようで」
「勉強にもなるから手間とは思わないけれど」

 と、ベアトリス。
 何となく彼女の表情は明るいので――結果には期待していいのだろうか?

「匂いや色といった特徴から判断していくと、普通は幾つかに候補が絞れるんだけど……それっぽいものが中々見つからなくてね。お師匠のそのまたお師匠の代から伝わる秘伝書を漁って、ようやくという感じねぇ」

 分厚い書物は随分カビ臭い臭いがするが……2代前からの秘伝書、か。かなり貴重な書物なんだろうとは思う。

「……これは追加料金が必要、でしょうか」

 錬金術師の秘伝書からの情報ともなれば、依頼した時の金額では見合わないような気がするが。

「んー? 交渉時に言った金額しか請求しないのが道理でしょう? 請求する金額を見誤った私の方が、勉強が足りなかったのだし。今回は新しく色々知識も増えたもの」

 と、書物を前に押し出してくる。
 ……なるほど。元々冒険者ギルドの紹介だけあって、ベアトリスは腕前は勿論、職業倫理的にも信用がおけるようで。
 或いは……請求額を見誤ったからというのは、錬金術師としてのプライドという部分での話なのかも知れない。

「それでは、有り難く拝見させていただきます」

 付箋の挟んである頁を開けば、「アルラウネの口付け」なる魔法薬についての記述があった。
 薬の名前にもなるだけの事はあり、アルラウネの根を主成分とする、らしいが……。
 読んでみても意味が解らない部分が多い。錬金術師の秘伝書と言うだけあって、暗喩や隠語、暗号化が成されているようだ。

 ベアトリスは心得ているのか、まず一番気になっている薬効の所から説明をしてくれた。

「服用した者の自由意思を奪い、最初に名を呼んだ者の意のままに操る事が出来る魔法薬、とあるわ。操られている側にはその間の記憶は残らない」

 聞いて、思わず顔を顰めてしまう。なるほど、な。キャスリンがあの場で持ち出してくるには、毒薬や眠り薬より相応しいように思える。

「アルラウネの口付け。まず、まともな使われ方はしない薬でしょうね」

 と、ベアトリスは言う。同感だ。保険として迷宮の宝箱から発見したから鑑定を、なんて伝えてはあるが。
 効果は一時的な物のようだが……その特性上、在庫がある限り効果時間内に飲ませ続ける事が可能だろう。

 地球側ではブードゥー教には人をゾンビのようにするゾンビパウダーなんてものがあるなんて話も聞いた事があるが、それと似たような物かも知れない。
 この薬であるなら、キャスリンにとってはあの急場を凌ぐにはうってつけだろうな。父さんを操って問題を解決させるだとか、或いは自由意志を奪っている間に隷属魔法をかけてしまうだとか。

「相当貴重な薬よねぇ、これは。というより、後世に伝えられない感じかしらね? 秘匿されて当然よねぇ」
「……でしょうね」
「原材料もなかなか珍しいものが多いし、製法も時間や手間が掛かるし」

 作り方も書いてあるが。この部分も暗号化されて伏せられている。当然、製法も秘伝に決まっている。

「そこの項目はねぇ、アルラウネの根は乾燥させて粉末にしてから満月の光に何度も当てる、という意味よ」

 その一項目だけでも何ヶ月もかかるというのは解るが……。満月の日が曇っていたり雨だったりすれば予定通りとは行かないだろうし、年単位で見る必要があるのかも知れない。

 原材料も教えてくれたが――アルラウネを除けば、一応迷宮で調達可能ではあるのか。集めるにしてもBFOで言うなら中堅以上の実力は必要になるだろう。
 この薬でずっと操り続けるというのは、ちょっとコストや供給量的にキツそうだ。ここぞという時にしか使えない代物だろう。

「アルラウネは、マンドラゴラに人の血を吸わせる必要があるのよ。処刑場に咲く、なんて言われるのはここからねぇ」

 マンドラゴラの変異種、と言えば良いのだろうか?
 まあ、いずれにしても……その辺で手に入る物ではないという事は解った。当然の事として、キャスリンが普段からこれを悪用していた、というのも考えにくい。

 だとするとキャスリンは……こんな物をどこから手に入れたのかという話になってくる。俺に対してやっていた事がバレて立場が危うくなっていたから、いよいよ雲行きが怪しくなった時の最後の手段として使おうと用意していたものか。

 そもそも。魔法に詳しくないキャスリンが、こんな秘薬を知っているというのも……。

 彼女の持っているコネから考えられる線としては――やはりブロデリック侯爵家だろう。
 侯爵が使用人の人事に絡んでいようがいまいが、バイロンが当主になれば影響力が増大するだろうし。
 キャスリンが俺の事で危機感を抱いていたとなれば、侯爵がこれを用意させるに見合うと考えてもおかしくは無い。

 キャスリンが書状を送っておき、タームウィルズを訪れたタイミングで受け渡しが出来るように用意しておく、と。
 ブロデリック侯爵家、或いは侯爵家と親しい貴族家の、お抱えや取引先の薬師、錬金術師などを当たれば……この薬の出所も絞り込めてくるんじゃないだろうか?
 となると、ここから先はシーラの伝手だな。盗賊ギルドの情報網で調査して貰えば良さそうだ。

「お役に立てたかしら?」
「ええ。とても参考になりました」

 といって、成功報酬を支払う。受け取ったベアトリスは怪訝そうな面持ちで眉根を寄せる。

「……随分多いみたいだけど?」
「良い仕事をして貰ったら、客側としては支払いを弾むのが道理だと思いますので」
「なるほどねぇ。そういう事なら、ありがたく受け取っておくわ。これからもご贔屓にね」

 ベアトリスはにやりと笑った。まあ、口止め料も込みというか何と言うかだ。
 伯爵領を出立する時に持たされた金を、場合によっては返すつもりで使わずに溜め込んでいたのだ。
 キャスリン辺りに干渉された場合、金の事で恩を着せるのは必ずやって来ると思っていたので。
 だが、状況も変わってきている。これを返すと父さんは逆に残念がるような気がしてならないので、お金が宙に浮いてしまった感があるのだ。

 ベアトリスの店を辞し、思索に耽りながら町を歩く。
 薬の出所もそうなのだが、ここ数日、腑に落ちなくて気になっている事がある。

 つまり、誰が――バイロンに俺の家の情報を提供したのか。キャスリンにさえ情報を与えない使用人達があいつにそんな情報を渡すだろうか?
 家を出た父の後をすぐに付けてきたとするなら、馬車で待っていた父に詰め寄っているはずなのだ。だとするなら、バイロンが俺の家の場所を知ったのは、その後のタイミングと言う事になる。

 侯爵家が情報を渡した、というのは考えにくい。侯爵家なら情報を伝えるにしても、真っ先に俺の肩書を伝えて自制を促すはずだろうし。

 あれから少し日数も経ったが、伯爵家の騒動は封じ込めに成功しているようで噂にはなっていない。なっていればアルフレッド経由で伝わってくる。

 誰が、何の為にそんな事をしたのか。
 バイロンを使って、騒動を起こすのが目的というのは違う気がする。
 情報を聞いて、即座に短慮を起こして俺の家に詰めかけるというのを「策の内」とするのはちょっとなぁ……。

 うーん。バイロンを引き込もうとして繋がりを作ろうと考えたとか?
 だとするならあいつが即座に短慮に走ってしまったから失敗したと言う事になる。俺の肩書きを知っているという前提で動いたんだろうが、間の抜けた話だ。

 誰がどういうつもりでやったのかは……まだ今1つ見えてこないが。利害を追って行けばいずれこちらも絞り込めるだろう。
 伯爵家でなく俺に用があってやった事なら、また何かの折に、必ず行動を起こす。
 実家の方は一先ず落ち着いたが――人の家を引っ掻き回してくれた礼は、してやらなきゃならないだろう。
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