番外118 旅の準備と助太刀と
普段通りの仕事をしながら、東国の情報収集のための準備を進めつつ、航路等をみんなと話し合って決めておく。アルフレッドも居城にやって来て、一緒に打ち合わせを進める形だ。
「海岸沿いね。確かに、内陸部を進むよりは周囲の地形が分かりやすいものになるかしら」
「居場所が分からなくなったら高度を高く取れば地形も一目瞭然だし、陸地沿いに海路を進んできたって言えば、飛行船の性質そのものを誤魔化したりもできる、と」
ローズマリーの言葉に答える。
海路を進むのはいわゆるアリバイ作りというか、シリウス号が向こうの住人に発見された際、海路を進んでやってきたというリアリティを醸し出しておきたいという意味合いもある。
まあ、いずれにせよ、航路を計算して旅の途中で何度も現在位置を見直すような手間も出ないようにするつもりだが。
「地図が複数枚あるのですね。なにやら、陸地の形が違って見えますが」
アシュレイが首を傾げる。
「ああ、それはルーンガルドが平面ではないからよ。球体表面にあるものを平面上で表すと、どこかで歪みが出てしまうものなのよね」
「それで、地図の目的によってそれぞれ都合の良い図法があるから、見た目も色々変わってくる、と」
クラウディアと俺の言葉に、みんなは納得したように頷く。
月から受け取った地図は……当然のように世界地図だった。描写されるのが広範囲になればなるほど、図法による歪みも無視できなくなる。
そう言ったことを話をして聞かせるが、みんなも一度月からルーンガルドが丸いのをしっかり見ているから、球体と地図図法の関係は、割合呑み込みやすいものだったらしい。
かつての月の民は地上を移動する際は空路を中心とした移動手段を持っていたので、円形の地図を複数枚用意して、それによって拠点から目的の場所への月の船による最短距離移動を可能にしていたそうだ。
これはいわゆる正距方位図法と呼ばれる円形の地図で、どこか一点を中心に描き、そこから空路で障害物を無視して直線距離での移動を行うのであれば都合の良い地図、ということになる。
しかしオーレリア女王は海図等で見慣れている方が使いやすい場面が多いだろうと、円形の地図と同時にメルカトル図法の四角い地図も用意してくれた。中々至れり尽くせりな感じだ。
というか……世界地図そのものが貴重だからな。
各国が全く把握していない地域や陸地の情報まであるし……こうなってくると、どう考えても機密情報扱いなので、王城にも報告して相談することになったわけで。
まあ、東国への情報収集の際には必要な部分の地図を活用させてもらう、という許可を貰っているので問題はないが。
「これらの地図の情報を元に、球体に戻すと――こうなるかな」
「北や南の方が、大分形が変わるのね」
「ほんとだ。面白い」
と、イルムヒルトやセラフィナが目を瞬かせる。土魔法でルーンガルドの模型を作り上げ、みんなに地図の図法の違いと目的などを説明する。
「何やら面白そうなお話をしていますね」
そこにティエーラとコルティエーラがやって来て、にこにことしながら世界地図やルーンガルド球儀を覗き込む。コルティエーラもぼんやりと光を放って興味深そうにしていた。
ティエーラ達にすると自分達の本体を写したようなもの、なのだろうか。この場限りと思って模型を作ったが、ティエーラ達が気に入ってくれたとなると、この模型も残すために後で王城に報告したり複製を渡したりする必要が出てくるかも知れない。
「実は……大陸の位置は少しずつ動いていたりするのですよ」
と、ティエーラがにこにこしながら悪戯っぽく言う。ティエーラにしてみれば当たり前の話なのだろうが、俺達からしてみると中々にスケールが大きい話だな。
「大陸の場所が変わるのですか?」
「そうなのですよ」
グレイスが少し驚いたように尋ねるとティエーラは嬉しそうに微笑みながらこくんと頷く。
「ああ。これは大陸移動やプレートの話もしておく方が良いのかな」
「中々面白そうな話ね」
と、ローズマリーが興味を示してくる。
「――というわけで星の内部の活動によって、大陸の位置も少しずつ変わったりするんだ。ほら。こことここ、大陸の海岸線の形がぴったりだったりする。大陸同士がぶつかって、巨大な山になったりというのもあるね」
と、掻い摘んで説明すると、みんなは面白そうに話を聞いてくれた。マルレーンは真剣な表情でこっちに視線を向けて食い入るように聞いていた。何となくローズマリーも似たような反応で、話をしている方としては中々面白い反応だったという感じだ。
「ん。面白い話」
「世間に向けて発表というわけにもいかないのが残念なところね」
シーラがこくこくと頷き、ステファニアが苦笑する。
そうだな。前世の知識や月の民からの情報、原初の精霊の感覚を基に、色々一足飛びにしているところがあるので情報公開も難しい話ではある。まあ、みんなには面白がってもらえたようなのでそれはそれで良しとしておこう。
「ところで……この模型。魔道具化して現在位置が分かるようにしたら、中々面白そうだよね」
「もし魔道具化するのなら、手伝いましょう」
アルフレッドが言うとティエーラも乗り気らしく、にっこりと笑う。
ああ、うん。ティエーラの力を借りられるなら確かに現在地の表示だとか色々出来そうだが。
まあ、世間一般には見せられない代物になるのは間違いない。
安全策を講じて余人が見ても地形図が表示されないようにするだとか、使わない時は確実に宝物庫に収めておくとか、そういう扱いの物品になりそうな気がするな。
「東国の情報収集ですが……よろしければ私にも手伝わせてはくれませんか。そも、東国に関してはベルクフリッツの一件に端を発する話。エインフェウスで生まれた者としては、協力できることがあるのならするというのが道理ではないかと思うのです」
通常の執務や仕事をこなしつつ、東国への出発準備を進めていると、迷宮に潜って食材を取ってきたイングウェイからそんな提案を受けた。
「それは――ありがとうございます。イングウェイ殿が同行して下さるのは心強いですね」
イングウェイの心情を推測すると……そもそも俺がエインフェウスにとっての恩人だから、これ以上の借りを作らないように遠慮していたとも言えるのか。
だとするなら、ベルクフリッツの一件で恩義を返すために動くというのはイングウェイにしてみると当然の事なのかも知れない。何とも、義理堅い話である。
「東国に獣人がいるかいないかは不透明という事ですが、私なら獣王陛下やレギーナ殿と違って、最初から手が空いておりますからな。船の警備なり何なり、状況に応じて手伝える事があるかもと思った次第です」
なるほど。獣人が目立ってしまって出歩けないようなら船の防衛。目立たずに出歩ける状況なら他の事もできると。時間に縛られているわけではないから状況に合わせて無駄なく動ける、ということだろう。
「分かりました。僕としては有り難いお話なのですが、一応その点について、イグナード陛下に連絡をしても構いませんか?」
「かたじけない。お手数をおかけします」
イングウェイは苦笑する。狼氏族からの自分への期待の高さを理解してはいるのだろう。
しかしまあ氏族長からして見ると、獣王候補と目される程の人物にはあまり危険な橋は渡って欲しくないような、武者修行で更に腕を磨いて欲しいような、複雑な心境かも知れない。
それだけに、イングウェイの選択はエインフェウス内では称賛されることではあるのかも知れない。
恐らくエインフェウスから断られるという事はないだろうし、俺としてもイングウェイの助力が得られるというのは有り難い話だ。




