番外116 東への旅の準備は
ジェイクを総じて見るに――仲間内で一番近い存在と言えるのはイグニスだろうか。当然、ジェイク自身に判断を任せるのではなく、権限を持つ者が直接命令を下して動かすことも可能としている。
水晶板を通して遠隔で指示を出すことができる、というのがイグニスとの最大の違いかも知れない。
内部では制御術式により平常と待機、警戒及び探索、戦闘と連係、救助、それに戦闘訓練、庭師……とモードが別れており、時と場合に応じて行動の基準を変え、臨機応変な対応を取ることを可能としている。
それに呼応して随伴するカボチャの庭師達も動き方を変える、という寸法だ。カボチャの庭師達も判断基準として状況に応じた行動基準を持っているものの、ジェイクの命令通りに動くユニット、という側面が強い。
「ジェイク自身も相当な動きをしていたからな。これで小型のカボチャ達が随伴するようになれば単騎で連係もするのだから相当なものになるのではないかな」
「いやはや。ジェイクの戦闘もそうだが、見るべきものが多くて面白かった。高度な魔法技術を惜しみなく見せて貰える機会というのも滅多にないしな」
ジェイクや庭師に関する説明をするとファリード王とレアンドル王が相好を崩す。王家の面々もそんな言葉に頷いていたりして。楽しんで貰えたようで何よりだ。
まあ、土産話として貰えれば俺としても嬉しくはあるのだが。
「――月から見た地上の地図、ね。ええ。それは任せて欲しいわ」
工房でのジェイク起動試験を終えて――工房でオーレリア女王と話をする。
巻物に絡んだ厄介事が予想されるので、獣魔の森以東の情報収集をしておきたいのだが、地理的な部分が現時点で不明瞭なところがある。
というわけで月から見た地形図を用意してしまえば、獣魔の森以東の地形も一目瞭然というわけだ。
「東国の情報は月にはないのですか?」
「古文書を漁れば出てくると思うわ。大災害以前のものになるから、どのぐらい役に立つかは分からないけれど」
イルムヒルトが首を傾げるとオーレリア女王は思案しながら答える。
大災害以前か。その頃の情報となると、流石に今とは全然違っているだろうからな。参考程度に考えておこう。
「月の船は大災害で地上に降りた時、人が集まって住んでいる土地は、月が把握しているところは巡って、救助できるだけ救助してこの地にやって来たから……東に住む地上の民も、ヴェルドガルの民と少しは混じり合っているはずなのだけれどね。もう少し地上の事を広く知っておけば色々話せる事もあったのかも知れないけれど――」
クラウディアが申し訳なさそうに目を閉じる。
「混乱してただろうし、無理もないよ」
「そう、かしらね」
クラウディアにしても当時の地上の情勢については隅から隅まで把握している、というわけではない。当時の年齢から考えれば、寧ろ王族としてよく勉強している方、と言えるだろう。
魔力嵐の中を防壁を張りつつ救助に回るというのは……月の民の力を結集しても並大抵の事では無かったはずだ。相当古い時代だし、ぎりぎりの状況で混乱もあったと考えると、一地方の詳細まで語ってもらおうというのは無理がある。
それに、やはり時代がな。今となっては遠い昔の話で、クラウディアがある程度東国の事情を知っていたとしても、その知識が今どこまで通用するのかという問題がある。
「言語関係は大丈夫なのかしらね。巻物の字を見ても、話を聞く限りでも、文化的に断絶していて、時代を経てしまっては全く違う言語体系なのではないかしら?」
ローズマリーが言う。確かに……ヴェルドガルやシルヴァトリア、バハルザード王国のハルバロニス等、月の民をルーツに持つ国とその周辺国に関しては共通する歴史や文化背景もあり、文化的な交流もあって共通する言語で会話もできているけれど。
「それは大丈夫よ。言霊の術、だったかしら。口に出す言葉というものは――ただそれだけで、そこに宿る力があるの。それを利用する術式が残っているわ」
「月の民が地上の民に干渉していた頃に使われた術ということになるのかしらね」
と、クラウディアとオーレリア女王が教えてくれる。
なるほど。月の民は地上のあちこちに影響力を持っていたからな。異なる文明圏との接触にあたり、そういう魔法が必要とされたというわけだ。
ベルクフリッツと仙人の高弟がどうやって意思疎通をしたかまでは聞いていないが、東国にもそういう術が残っているか、改めて開発されたか。
「なら、それを魔道具化すれば良いというわけだね」
アルフレッドが笑みを浮かべた。
「となると、耳飾りみたいな形が手軽で良いかな」
後は――髪の色や服装を整えれば良い、のかな。ローズマリーの染髪剤で一時的に髪を黒くしたり、幻術で瞳の色を黒く見せかけたり。それに和服等を揃えてやれば……こっそり東国に入国して情報収集するというのもどうにかなる気がする。
いずれにしても巻物の一件を除いたとしても、情報のない地域の情勢を知っておくというのはマイナスにはならない。東国への情報収集の準備はしっかりと進めていくことにしよう。
「地図の一件はそれほど時間もかからないと思うわ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そうして――タームウィルズとフォレスタニアに滞在していた各国の王達も、それぞれの予定に従い、段々と国元へと戻っていく。
オーレリア女王も月の都再建で結構忙しい方なので、早めに国に戻るという話であった。イグナード王と氏族長達も、ベルクフリッツの一件もあったのであまり留守を長くできない、ということで、比較的早めに帰還する。
まあ転移港があるので、これまで以上に気軽に行き来できる。会おうと思えばすぐに会えるのだが、相手は各国からの賓客だ。出迎えと見送りはきっちりしなければ礼を失するというものである。
というわけで転移港までオーレリア女王達とイグナード王達を見送りに向かったのであった。
「東国が獣人も普通に暮らしている国であれば、儂も同行できるのだろうがな。その場合は……気軽に声をかけてもらえると嬉しいのだが」
「獣王だからと目立つということもない、というわけですか」
「そういうことだ」
にやりと笑うイグナード王に苦笑を返す。
弛緩した空気があったが、イグナード王はふと真剣な表情を浮かべると言った。
「しかしな。それはテオドール。そなたとて同じこと。フォレスタニア境界公……そして救国の英雄。そういった話は、東国までは届いてはおらぬ。情報収集するだけとは言え、重々気を付けるのだぞ」
「そうですね。これまでは各国の公的な支援も受けられましたが、東国だとそのあたりで苦労する部分もありそうです」
イグナード王の言いたい事は分かる。地理的にも文化的にも断絶しているので、向こうとしても寝耳に水というか晴天の霹靂というか、いきなり西からやって来た貴族家と聞いてもピンと来ないだろう。
「まあ、ティエーラや精霊王の加護があるので、精霊達からは助けてもらえそうですが」
「そうであったな」
「見るものが見ればその事にも気付くでしょう。その者が精霊の味方であるなら、テオドール達にも力を貸してくれるのではないかしらね」
イグナード王とオーレリア女王が笑う。
精霊の性質は観測者の影響を受けるところがあるので、文化的背景が違えばこちらにいる精霊とはまた違う性質を持っているのだろうが……ことティエーラに関して言うならこの星そのものなのだから、精霊達からして見れば変わりはないだろうし。
「ではね、テオドール。また会いましょう」
「再会の日を楽しみにしている」
「はい。僕もまたお会いできる日を楽しみにしています」
そう言って握手を交わし――イグナード王とオーレリア女王達は転移の光に包まれ、ヴェルドガル王国を去っていったのであった。




