番外110 巻物の出自
王城で饗された食事には味噌と醤油が使われていたりして真っ当な定食風の組み合わせだ。すっかりと和食が王城にも定着してしまった気がする。
ややミスマッチに感じる部分はあるが、広めた俺が言うのも何だしな。そもそもそれは俺だけの感想なので胸に秘めておけば良いだけの話だ。
そうして歓待が終わったところで、広間で会合の時間となる。
各国の特産品の情報等を交換して今後の交易に有益な情報を得る、というのが会合の1つの目的ではある。
だがヴェルドガル王国を中心として集まった同盟に関しては、ほんの少し前までヴァルロス一派に対抗するためのものであった。だからこの国々の連なりに関しては対魔人同盟の直接の後身とも言える。
ドラフデニア王国やエインフェウス王国を迎え……レアンドル王とイグナード王にも月の話や今後の魔人に対する方針等々を話として通しておく必要がある。即ち、月の民の話やヴァルロスとベリスティオの遺志と、魔人との共存の道の模索に関する話だ。
ヴァルロスやベリスティオの遺志。それから、その遺志を引き継ぎ、人として生きる事を選択したテスディロスとウィンベルグを紹介し、更にこれからの事を伝える。
「――現時点では封印術を用い、魔人としての特性を封印する方向で動いておりますが……いずれは封印ではなく、魔人としての力を捨てて人として生きるための――もっと根本的な方法での解決を目指しています。今後に関してですが、魔人絡みに関する事件が起きた際、それを知らせて頂ければ、解決の為に尽力する所存でおります」
そう告げると、イグナード王は静かに頷く。
「同盟の意義、か。儂に異論はない。元よりエインフェウスは様々な氏族が手を取り、助け合うために生まれた国。魔人とて手を取り合う意思を持つ者なら、共に歩むことはできよう。共存のために境界公が戦いに身を置くというのなら……この老骨に声をかけてさえくれれば、どこへなりと駆けつけよう」
そう言って、イグナード王はにやりと笑った。
……仮に魔人絡みの事件が起こって、俺が解決に向かうのなら、自分にも声をかけてくれれば手伝う、と。
確かにイグナード王にとっては文字通り他人事ではないからというのはあるのだろうが……うん。そう言って貰えるのは心強いことだ。
「ヴェルドガル王国は我が祖、アンゼルフ王が理想を見た国でもある。多種多様な種族を内に抱え、共に歩んでいこうとするその中に、魔人をも含めるというのなら……余もまた我が祖に倣うとしよう。ましてや境界公は我が国にとって救国の英雄。余も助力は惜しまないつもりだ」
と、レアンドル王もイグナード王の言葉に同調するように笑みを浮かべた。
「魔人とは確かに因縁浅からぬものがあるが……。かつては共に生きてきた同胞でもあったはず。再び共に歩むというのは、不可能なことではないと、余も信じておるよ」
エベルバート王が言うと、居並ぶ王達は思うところがあるのか、目を閉じてその言葉を噛み締めている様子であった。
月の民と魔人と……。それぞれの国に因縁や関わりがあるからな。
しかしこれならイグナード王に話を通して、オルディアに関する話もできるかな。ヴァルロスやテスディロス達とは全く関係のないところで、人との平穏な共存を望んでいる魔人がいたという事実は、これから先の道行きにとって希望となるものだしな。
――とりあえず、魔人に関してのこれからの話は一段落というところだ。
側近や付き人、氏族長達を交えて交易等の話に移る前に……イグナード王のところへ行って、オルディアについて同盟の各国の王にある程度の事を話していいか尋ねてみる。
「――イグナード陛下とオルディアさんの立場を考えると、表には出せない話という点は変わりませんから、内々で伝えるという形になるとは思うのですが、どうでしょうか?」
「そうさな。テオドール公が信頼している相手であるなら、儂もまた信頼しよう」
「ありがとうございます」
「いや、礼には及ばぬ。それともう一点。話は変わるが、余人がおらぬ今の内に、そなたに伝えておかねばならぬことがある」
「仙術の使い手と、巻物の件、でしょうか?」
そう尋ねるとイグナード王は目を閉じて頷いた。
「うむ。まず、東より獣魔の森にやって来たと思われる術者についてだが……。この者はより高位の術者の高弟であった者らしい。森の魔物に襲われ、傷を負っていたところをベルクフリッツが助け、その礼として、奴が獣王になるための助けとなるよう、いくつかの仙術を教えてもらったと言っていたな」
なるほど。仙人の弟子を助けて、その見返りに仙術を習ったと。しかしベルクフリッツの使っていた力を取り込む術にしたって、あれほどに重ねるようなものでもなかっただろうに。
「最初はその者とも良好な関係であったようだな。しかしベルクフリッツが性急に力を求め過ぎた余りに、その術者は危機感を抱き、奴を止めようとしたそうだ」
「その後があの状況だった、ということは――」
俺が眉を顰めると、イグナード王は言いたい事を察したのか、静かに瞑目する。
「仙術においては師匠とも呼べる存在だったのだろうがな。戦いの中で、命を落としたそうだ。ベルクフリッツにとっては……どうだったのだろうな。犠牲を払った以上は後に引けなくなったのか。それとも師匠の犠牲さえ顧みなくなるほどに力に魅入られていたのか」
犠牲を払ったからにはそれを無駄にしないためにも初志を貫徹する……。それは……ヴァルロスが選んだ道だな。
ベルクフリッツにとってはどうだったのだろうか。
意見の違いから師匠と呼べる者を殺してしまったと思ったのか、それとも自分の邪魔をする存在がいなくなって解放されたと感じたのか。
俺が見たあいつは……力を取り込み過ぎて精神に影響が出てしまっていたようにも見える。今となっては当時のベルクフリッツがどう思っていたのかまでは分からないが。
「しかし、そうなると、その術者の事情をある程度知っていても不思議ではありませんね」
「その通りだ。何故術者が獣魔の森を越えて西に向かっていたのか。巻物が一体、どういう代物であったかなど、全容ではないにせよ、断片的な事情をベルクフリッツは知り得る立場にあった、というわけだ」
そうだな。騙して巻物を強奪したとか……そういうことではないようだし。
「巻物の内容がどういうものか、までは知らぬそうだ。というのも、あの巻物はそれだけではただの断片でしかないらしくてな」
「断片……」
「術者の師――仙人と呼ぶのであったか? その者に託されたそうだ。1つは森を越えて西の国へ隠し、1つは東の海を越えた島国に住まう友に預ける。そして今1つは仙人が自分の手元に置いて守る。1つの秘奥を3つに分けて、愚かな王の手の届かぬところへ、とな」
……秘伝書の分割と隠蔽か。道理で――巻物から何も力を感じないわけだ。
そもそもあれ1つでは術式どころか読み物にすら足り得ないというわけだ。
「どうにも、きな臭い話ですね。権力者が欲しがるような内容だということでしょうか? 巻物を分けて残したということは、後で秘伝書を元に戻して、後世に伝える価値のあるもの、とも考えられますが」
仮にその王が巻物の一片を奪ったとしても、全容が分からなければ破棄もできないからな。
「かも知れぬな。分割して2つの片割れが持ち去られている以上は、その王の手に渡る心配もないのだろうが、な」
確かに……。というか……東の海を越えた島国か。それもまた、個人的には随分と気になる情報ではあるが……。
片割れの在り処を探す手段がなければ、このままにしておくというのも有りなのだろうが、こちらからそういった事情を窺い知るのも難しい。さて、どうしたものか。




