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番外104 試験用水田

「ほうほう。合成肥料とな……」


 シルン伯爵領への水田作りに出かける準備をしながら、やって来たアウリアに色々と説明する。


「旧坑道からはこの、新しい鉱石が産出されるようになっています。大腐廃湖では魔法設備が稼働していて、湖の泥から必要な成分を分離して、これらの資源が生成されるようになりました」


 大腐廃湖の入口近くに施設ができている事や一定量まで資源を貯め込む仕様、迷宮の構造変化で別の施設とシャッフルされて、回収された資源がそのタイミングで補充される事……等々をアウリアに伝える。

 入口付近の魔法設備にはフォレスタニアに通じる一方通行のゲートを併設してあるので、回収に行くだけならリスクは少ないと言える。

 双方向で移動可能にしてしまうと、大腐廃湖に到達可能になった冒険者の労力と優位性が薄れてしまうから一方通行にしてあるというわけだ。


「大腐廃湖から安全に回収できる資源か。……うむ。これは妙案じゃな」

「安全対策もしましたが、行きたがる者がいなければ定期的に回収可能な手立てを考えます。冒険者達に回せる仕事が増えれば、とも思うので現時点ではそこまでやっていませんが」


 何もかもこっちでやってしまうと、どうしても俺の家での専売みたいな形になってしまうからな。

 雇用創出の意味合いを込めて、合成肥料の回収などは冒険者に絡んで欲しい、と考えているのだ。合成肥料の普及に伴い、タームウィルズの近隣に輸送するなどという仕事も増えるだろうし。


「ふむ。話を聞いているとそなたは雇用創出の意味合いでそうしているのじゃろうが、ここまでお膳立てを整えて貰って、そなたが何も利益を得ぬというのも理屈に合わんの」

「まあ……そのあたりの話は追々でしょうか。需要がどの程度の規模になるか分かりませんからね。それに、フォレスタニアへの門を設置したことを考えると、合成肥料自体はこの街で取り扱う形になりそうですし。それで人を呼び込めるのなら別のところで利益も出ますからね」


 一方的に利益供与だけするというのは健全な関係ではないからな。お膳立てやら配合レシピの提供で、ロイヤリティを得るというのは有りだろう。

 そんな話をアウリアとして、後程また打ち合わせの機会を作るということで話は纏まった。迷宮商会のミリアムも交えて適正な価格や取り扱い先なども考える、という事で。

 では、シルン伯爵領へ水田作りに向かうとしよう。




 シルン伯爵領に向かい――まずはケンネルに挨拶をしてから、ミシェルの家へと向かう。

 ミシェルの家近辺にも土地は充分に余っているので、まずは地下水田を作った時と同じように試験用水田を作っていくというわけだ。


「これは境界公」

「ご無沙汰しております」

「お久しぶりです、ブロデリック侯爵、ガートナー伯爵。それにダリル様も」


 シルン伯爵家にはマルコムと父さん、ダリルもやって来ていた。応接室で顔を合わせると一礼してくる。

 新しい作物作りということで、ヴェルドガル東方面で色々始めるので、予定を合わせてシルン伯爵領に集結した、というわけだ。


 父さん達と連れ立って馬車に乗り、領内を移動して目的の場所へ向かう。


 ミシェルの祖父、フリッツ老も店を休んで温室の留守番をしていたらしい。近隣の名士、農家の面々も試験用水田作製についての連絡がいっていたので、人が集まってフリッツ老と共に世間話をしていたようだ。まずはフリッツ老に顔を合わせて挨拶する。


「お久しぶりです、フリッツさん」

「これは、境界公。アシュレイ様に奥方様達も。お元気そうで何よりです」


 フリッツが一礼すると、集まっていたシルン伯爵領の面々も居住まいを正して一礼してくる。

 フローリアやコルリス、それに見学に誘ったイングウェイなど、変化に富んだ面々なので、領民達はやや戸惑っている様子も見られるが、エリオットの結婚式等でシルン伯爵領に顔を出しているため、ある程度耐性がついているところもある。すぐに平静を取り戻したようだ。


「晴れて良かったですね。野外で仕事をするには良い日よりです」


 アシュレイが笑みを浮かべると、集まっていた人々もにこやかに頷いた。長閑な景色。天候にも恵まれて、中々良い雰囲気だ。

 さてさて。それでは仕事を始めるとしよう。試験用水田予定地の前に立ち、地面にウロボロスを突き立てて魔力を広げていく。


「起きろ」


 範囲内に魔力が広がったところでマジックサークルを展開。一気にゴーレムに変化させて水田部分を掘り下げた。


 シルン伯爵領の領民は魔法建築を見るのは初めてということで、おお、という歓声が漏れた。

 立ち上がらせたゴーレム達を利用して(あぜ)も作る。底面、側面から水が漏れにくいように加工。アシュレイが水田の上に大きな水を作り出し、ゴーレムと混ぜるようにして水田を泥で満たしていく。


「土壌の栄養状態はどうかな?」

「稲を育てていく分には――そうね。今のところ問題ないと思うわ」

「それじゃあ、合成肥料は今のところは必要ないかな」


 フローリアの答えに頷く。ふむ。では、水田に関しては問題無さそうだ。水源から水路を作り、水を引いて……アルフレッドが水門付きの(せき)を手早く設置してくれる。


「んー。こんなところかな?」


 小さな水門を閉じたり開いたりして仕上がり具合を見ながらアルフレッドが満足げに頷く。


「あっという間に完成、ですか。驚きですな」

「後は、この種籾(たねもみ)を選別し、苗の状態まで育成したら植え付けを行う、という流れになります」


 フォルセトがこの後の手順をミシェルを初め、興味を持ってくれた領民達に説明していく。

 脱穀や精米等が必要になるが、そのための設備を公共施設として建造する予定であること等も説明する。


「試験用水田ではノーブルリーフ達にも協力してもらう予定でいます。稲や作業者に害を与える虫の駆除と、病害に対しての防御、稲の生育の増進等が期待されますね」


 ノーブルリーフ達は共生関係をしっかり理解している。害虫を駆除したり病害を防いだり、それに周囲の植物を茂らせてその中に紛れるというのは、ノーブルリーフ達にとって捕食や護身の意味合いもあるけれど。

 代わりに、人間達はノーブルリーフには対応できない脅威から保護し、安全な環境で育成する、という仕事を行うということになる。


 それらをミシェルの温室を見せ、作物に対する変化等々も含めて説明していくわけだ。


 それからお土産として持ってきた合成肥料について。

 有機肥料と合成肥料の違い。それぞれのメリット、デメリットについての説明をした上で、合成肥料を希望する者に小分けにして提供する。

 ミシェルへのお土産の他、試供品の提供ということで領民にも配る分を用意してきているのだ。


「長期的な栄養と短期的な栄養、ですか。なるほど……」

「使い過ぎることによる副作用については、これからそれを防ぐための報告書をまとめる予定です。先程配った程度の量であれば使い切っても問題ありませんので、是非作物の一部で育成の具合の違いを試してみて下さい」


 父さんやマルコムに合成肥料について宣伝すると共に、領民達に実際に使ってもらうことで口コミで合成肥料についての需要を広げようという狙いがあるのだ。

 ミシェルは早速実演というように、肥料を持って温室へ向かう。思わぬご馳走の登場に、温室内のノーブルリーフ達はざわめき立った。

 両手を上げるように葉っぱを持ち上げ、ぱたぱたと振って肥料が欲しいとアピールしてくる。


「ええ。待っていてね。全員の分があるから、今、順番にね」


 ミシェルは少し苦笑をして、ノーブルリーフ達の根元に丁寧に肥料を与えていく。栄養を与えられて充足したらしいノーブルリーフ達は、何やら温泉にでも浸かっているように満足げに天を仰いでいた。

 それから温室で育成中の作物にも肥料を与えていく。


「なるほど……。どうやら植物にとってはご馳走扱いのようですな……」

「ううむ。ノーブルリーフ達の反応は雄弁ですな」


 その光景を見ていた父さんとマルコムも苦笑する。そうだな。肥料の有用性については中々説得力のある光景だったかも知れない。

 更に……稲を育成する人口を増やすための策として、この後に収穫した新米の試食会も予定している。今回はカツ等は用意していないが、シンプルに塩おにぎりや焼きおにぎり等を集まってきた面々に振る舞うというわけだ。

 稲の副産物として、籾殻から有機肥料、藁は飼料や細工物になる、などの宣伝もしっかりやっていきたい。

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