番外100 地下水田の収穫
「どう? 似合うかな?」
と、セラフィナはブレザー姿の幻影を纏って両手を広げたまま空をくるくる回る。
問いかけにマルレーンがにこにこしながら頷いて、セラフィナは嬉しそうにしていた。
そんなセラフィナとマルレーンの様子にグレイス達も相好を崩し……と中々に盛り上がっていた。
セラフィナについてはサイズもそうだが、背中の羽があるために衣服を作るのなら、やや調整が必要だ。とはいえ、ホークマンのような有翼種に合わせて衣服を仕立てることもあるそうなので、そのあたりのノウハウについては問題ないとの事である。羽の生えている位置等々で調整が必要ではあるようだが、問題ないと言い切ってくれるあたり、デイジーも職人肌というかなんというか。
それでセラフィナも喜んでくれているというわけだ。まあ、セラフィナが一番に希望したのはメイド服だったあたり、やはり家妖精なんだなと思わせる所もあった。
そんな調子で、デイジーへの仕立ての依頼は和やかな雰囲気ながらも随分と盛り上がり、諸々頼んだ後で俺達は仕立屋を後にしたのであった。
さて。イングウェイ達の迷宮攻略は問題ない。氏族長達の訪問ももう少し先、と。これでエインフェウス絡みで残った問題となると、ベルクフリッツからの情報待ちや巻物の解読といった内容になるが、これらの進展にはやや時間がかかると予想される。
となると当然、今は別の仕事を進めていこう、という話になる。フローリアとフォルセトから、そろそろ地下水田の稲が良い頃合いなのではと連絡が来ているのだ。
というわけで、シルン伯爵領からミシェルにも転移でタームウィルズを訪問してもらって、地下水田に向かうことになった。アシュレイとクラウディアがミシェルを迎えに行っていると、イングウェイ達も初めての迷宮探索から帰ってきた。
冒険者ギルドで色々戦利品を査定してもらって、それが終わった所だと通信機に連絡があったのだ。
迷宮探索も終わったので、これから温泉に向かって疲れを取ってくる、とのことであった。
「温泉に行くのなら植物園にもついでに、というのはどうですか?」
植物園も近いし折角なのでということで、ギルドで合流して植物園で刈り入れをするから見学しないかと誘ってみる。
「白米――稲の刈り入れですか。それは是非見学したいところなのですが……見せて頂いても構わないのですか?」
「秘密というわけでもありませんからね。オルディアさんには既に声をかけてあります。フォルセトさんが同行して、フォレスタニアからここへ向かっている途中です」
「オルディア姉さんも一緒ですか。そういうことでしたらよろしくお願いします」
誘ってみると中々良い反応だ。合流するのを待つ間に、今回の迷宮探索の手応えを聞いてみる。
「初めての迷宮探索はどうでしたか?」
「魔物や罠に関してはあの階層では問題ありませんでしたが……やはり些か気疲れしましたね」
「慣れない事が多かったですからね。コルリスやバロールが色々と分かっている印象だったので、心強かったですよ」
首のあたりに手をやって肩が凝った、というような仕草を見せて笑うイングウェイと、バロールを撫でたりコルリスの背中を撫でたりして、相好を崩すレギーナである。
そうして話をしていると迷宮入口で合流したのか、月神殿からアシュレイ達とミシェル、フォルセトとシャルロッテ、オルディアが連れ立って出てきた。
ミシェルの使い魔――オルトナはラヴィーネやコルリス達に顔を合わせるとひっしと抱き合うように再会の挨拶を交わす。
「ふふ、オルトナも元気そうで何よりです」
と、シャルロッテは積極的にそこに混ざっていき、オルトナとハグし合ったり毛並みを楽しんだりと、ご満悦な様子だ。
初対面の面々を紹介し合い、植物園への移動を開始する。
「稲の刈り入れですか。いや、楽しみです」
ミシェルはかなり期待に胸を膨らませている、という印象だ。植物園に向かうとそこにはフローリアとハーベスタ、それから花妖精達が俺達の到着を待っていた。
まずはフローリア達を初対面の面々に紹介する。
「初めまして。よろしくね」
と、気さくに挨拶をするフローリアと、ぺこりと頭を下げるハーベスタ。花妖精達もフローリア共々、スカートの裾を摘まんで挨拶をする。
「これは――丁寧な挨拶痛み入ります。エインフェウスより参りました、イングウェイと申します」
イングウェイは高位精霊であるフローリアに驚いていたようだが、すぐに気を取り直して挨拶を返す。このへんは流石の対応力という感じだ。
花妖精達も楽しそうにイングウェイ達の周囲を飛び回る。
エインフェウスの面々は……妖精達とも相性が良いのかそれとも元々森林で暮らしているから馴染みがあるのか、3人が3人ともすぐに花妖精達と打ち解けられる印象があるな。
オルディアとレギーナはイグナード王が来訪した時に植物園も見ているので、花妖精達とはこれで二度目ということもあるか。
挨拶を済ませ、それからみんなで地下水田へ降りる。
そこには――。一面稲穂が頭を垂れる光景が広がっていた。
本来なら刈り取りの時期ではないが、地下栽培で環境はこちらの制御下にあることと、フローリア、ノーブルリーフ、花妖精達の支援でこうしてしっかりと収穫できるところまで来れたというわけだ。
稲がこうして整然と実っているのは、中々に壮観というか。
「ああ……。この光景は素敵ですね。青空の下なら映えそうです」
とミシェルが相好を崩した。収穫と精米、実食が上手く行けば、シルン伯爵領にも実験用の水田を作って、いよいよノーブルリーフ農法と共に外に広めていく予定である。
実際にシルン伯爵領に水田を作り、稲穂が実る光景を脳裏に描いたのか、ミシェルは感無量といった様子で地下水田を眺めていた。
「麦のような作物なのですな」
「近縁ではあるようね」
イングウェイの言葉にローズマリーが静かに頷く。
「みんな、穂をつけるの頑張ったみたい」
と、フローリアが教えてくれる。
「何だか、収穫するのが申し訳なく感じて来るな」
「ふふ。大丈夫よ。この子達も種子をよろしくって。私達木や草の精霊は、仮に食べられたり、力を使い過ぎて顕現できないほどに弱まったりしても、大地に還ってまた戻ってくるものだから」
なるほどな……。
んー……。稲の立場というのも変だが、種子を残せば仕事をやり遂げた、という感じだろうか。
元々稲は一年生型の植物で越冬は大抵の場合は無理だし、環境変化にも弱い。
害虫や病気、暑さ寒さから守り、こうやって稲作をするというのは、人との共生関係と言えなくもないか。
そう言えば……ハーベスタ達も種子を預けてくれたっけな。種子を任せてくれるというのは、信頼の証のようなもの、だろうか。
そして、フローリアの言葉が確かなら、エインフェウスの母なる大樹に宿っていた高位精霊も――滅んだわけではない、ということになる。
顕現できない程度に力が弱まったりはしても、どこかに戻ってきているのかも知れない。
だとするなら、変わらずエインフェウスの民を見守っているというのは有り得る。フローリアの話に少ししんみりした気分になってしまったが。
だがまあ、そうだな。しっかりと収穫させてもらい、種籾を確保して……そこから稲作を外にも広めていけば、宿る精霊の力もどんどん広がっていくということになるだろう。
「それじゃあ、実りに感謝しながら大事に収穫させてもらおうかな」
「ん。そうしてあげて」
フローリアはそうして、穏やかな笑みを浮かべて頷くのであった。
これで収穫と次世代の植え付け等が上手くいったなら、発酵蔵も連動させて動かしていけるかな。




