番外99 迷宮と仕立屋と
イングウェイとレギーナは、最初の迷宮探索をコルリスと共に旧坑道に向かうことにしたらしい。旧坑道の魔物はゴブリンやホブゴブリン、オークなどが主戦力だ。それらを統率するゴブリンシャーマン、ハイオーク等も時々出現する。その他岩に擬態するロックタートルや大型の蜘蛛等々といったところだろうか。
しかし迷宮魔物は通常のゴブリン等とは挙動が違って、積極的に戦闘を仕掛けに来る傾向がある。
旧坑道の魔物は鉱夫的な位置付けにあり、通常の同種よりもやや屈強で、つるはしやスコップなどで武装もしていたりするが……まあ、それでもイングウェイ達から見ると問題にはならないだろう。
迷宮内部独特の空気や仕組みに慣れておくという意味では、魔物も区画も比較的搦め手が少ないので、試運転として旧坑道というのは良い選択だと思う。
レギーナの戦い方は身軽さから来るヒットアンドアウェイ。それと触れてからの攻防において、技術力の高さが目につく。振り下ろされるホブゴブリンのつるはしを、獣人持ち前の動体視力であっさりと見切り――間合いの内側に踏み込んだと思うと、自分の四肢の動きを要所要所で闘気によって強化して加速。手足が絡んだと思った次の瞬間には関節をへし折って離脱している、という具合だ。
やはりこのあたりはイグナード王の近くにいたからこそ、という感じがする。
手甲、脚甲に直接刃物などを装着できる装備を身に付けているので、対人以外ではそれで対応するのだろう。装備品も戦い方も色々考えられているから、レギーナに関して言うなら危なげがない印象だ。
一方でイングウェイはと言えば――。ゴブリンシャーマンとそれを守るホブゴブリンの一団の中へと、何の迷いもなく突っ込んでいく。イグナード王と同じく武器の類は持っていないらしい。
真正面から飛んでくるゴブリンシャーマンから放たれた火球を闘気を纏った手の甲で弾くように軌道を逸らす。一瞬も止まることなく、シャーマンを守る3体のホブゴブリンの中へ踏み込む。
すれ違い様に閃光のような斬撃が旧坑道の空間内に無数に走った。イングウェイが通り過ぎた後でホブゴブリン3体とシャーマンがばたばたと倒れ、弾かれた火球が遅れて爆発する。
……これはまた。
すれ違い様、瞬間的に爪撃を無数に放ち、交錯させることで空間ごと制圧したわけだ。イグナード王が他にもいるであろう獣王候補の中から、次期獣王に近いと見積もるだけのことはある。
一方、コルリスは旧坑道の魔物相手はもう手慣れたもので、不用意に近付いたオークやらホブゴブリンの半身を水晶で固めて悠々と殴り飛ばしたりといった具合だった。イングウェイやレギーナとは違う意味で全く危なげがない。バロールは魔力を温存しているが、今のところ全員が全員良い動きをしているので戦闘でのサポートの必要もなさそうだ。
罠の類、待ち伏せの類も五感が優れた面子が揃っているので簡単に見切ってしまっているしな。
「……ふむ。仲間が手も無く撃退されれば普通は逃げるものだが。迷宮の魔物の動きは外のそれとはやや違うということですな」
「挙動が違う、というのは計算に入れておく必要がありますね。それと、大きな群れを倒したら倒したで、剥ぎ取りに費やす時間や、転送するかしないかの見極めも考えておいた方が良さそうです」
「それは確かに」
旧坑道のゴブリン、オーク達は鉱石や宝石の類を腰の袋に入れていたりするので、基本的にはそれを回収するような形になる。オークは食用にもなるが、丸々回収というのは荷が重くなるし、一々転送していては転界石が足りなくなってしまう。
ともあれ、まずはそういった迷宮ならではの仕掛けに慣れ、転送と帰還の為の転界石の配分を考え、探索に慣れていくという方針で動いているようなので、こちらとしても割と安心して見ていられる。
戦力としてはともかく荷物持ちが必要ならばバロールからゴーレムを作り出していけば問題はあるまい。
「迷宮探索の様子はどんな感じですか?」
「危なげなく進めている印象かな」
「待ち伏せとか、先に気付いている感じがするものね」
グレイスの質問に答えると、ステファニアもコルリスを通して見て思ったことを口にして頷く。
「その調子なら、旧坑道ぐらいなら怪我はしなさそうですね」
と、アシュレイが笑みを浮かべた。領主としての執務も終わり、クラウディアと一緒に転移魔法で戻ってきたのだ。治癒術師としては知り合いの身の安全は気になるところなのだろう。
「そうね。テオドールやステフも見ているし、迷宮内なら加勢にも行けるわ」
「でも、話を聞いている限りでは安心できそうよね」
クラウディアとイルムヒルトが相好を崩して言う。安心と聞いてマルレーンもにこにこと頷いた。
そうだな。この分なら滅多なこともあるまい。
そんなわけで執務を終えて、視察を兼ねてフォレスタニアの街中の様子を見つつ、タームウィルズへと移動する。早速デイジーの仕立屋に向かって、色々と注文してこよう……と、みんなが乗り気だったりするのだ。
そうしてそのままデイジーの店に行く。
迷宮が情報収集した異国の服や新しいデザインの服、ということで、土魔法の模型や幻影で投影するなどして、色々と見てもらう。
「これは……何というか趣がありますね。この模様……良いですね」
衣服の出自はともかくとして、デイジーとしては興味津々という様子だった。大正袴を見て感心したように頷く。いわゆる、矢絣柄と言われる、伝統的な模様のあしらわれた和服だ。
「前に見た時も思ったけど弓矢の羽の柄よね。色合いが素敵だわ」
「ん。イルムヒルトに似合いそう」
「だったら嬉しいけど」
シーラの言葉にイルムヒルトが楽しそうに笑みを浮かべる。ふむ。そういうことなら実際に幻影を被せる形でイルムヒルトに着てみてもらうか。
「それじゃあ、試しに幻影で試着してみようか」
というと、みんなが頷いた。幻影なので着たり脱いだりの手間無しに試着できるというお手軽さがある。
「ふふ、どうかしら?」
「ん。イルムヒルトとお揃い」
と、一緒に袴を着てイルムヒルトと並ぶシーラである。というわけで他にも幻影で試着してデイジーに実際の衣服を見てもらう。
「白と赤で――結構鮮やかな感じね」
お揃いの巫女服の幻影を纏って、くるりと回るマルレーンとクラウディア。
「私もこの服、好きです」
由来を教えたので看護服の幻影を纏ってにこにことしているアシュレイである。
ローズマリーの場合は看護服よりも一緒に幻影で見せた医者――白衣に興味を示していたので、そちらを投影してみる。
「実用的で良さそうね。この服は」
と、纏った幻影の白衣のあちこちを見やるローズマリーである。
「着てみると、中々夏場に良さそうね。涼しげな感じだわ」
ステファニアは浴衣を着て、夏に着るという事を想定しているのか髪を結ったりしている。
「水軍の服、でしたか、これは」
「元はね。その後、学生用の服になった」
セーラー服を着てくるりと回るグレイス。スカートの裾がふわりと広がる。そうやってみんなで色々な服をとっかえひっかえする。
「いやはや。何と言いますか。こう……着ている方がお美しい方ばかりなので、見ているだけで意欲がどんどん湧いてきますね。こんな大口の仕事も中々ありませんし、私のお店でよければ、是非仕立てさせて下さい」
「受けて頂けますか?」
「勿論です! ああ……! なんて素晴らしいのかしら!」
それらの光景を見ていたデイジーであったが、些かテンション高めな様子である。早速みんなの身体のサイズの採寸に移っていた。
アシュレイやマルレーン、クラウディアは結構服のサイズが変わってきているところもあるからな。成長に合わせて長めに着られるように余裕を持たせるとの事である。
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