番外98 境界都市の新たなる住人達
タームウィルズやフォレスタニアの街中を軽く巡って説明をしながらフォレスタニアの居城へ向かう。
イングウェイはエインフェウス国内であちこち修行の旅をしていたそうで、それなりに珍しいものも見てきたようだが、タームウィルズやフォレスタニアのような、エインフェウスに無いタイプの大都市は初めてであるようだった。色々解説を交えながら馬車で街を巡り、それに興味深そうに耳を傾けて、という具合だ。特に……浮石や動く歩道には割合楽しそうに反応したりしていた。
そうしてフォレスタニア居城の敷地内に入ってすぐの迎賓館に迎える。晩餐で出されたのは白米に魚や海老、野菜の天ぷら、貝の味噌汁に茶碗蒸しといった、和食に魚介系の料理だ。大森林というかレステンベルグは内陸部だったため、海の幸の方が珍しくて喜んでもらえるだろうという判断である。
まあ、滞在日数が長くなって来たら森の幸、という方が喜ばれるかも知れないが。
そんな晩餐の席を彩るのはゴーレム楽団の演奏会である。
そういった献立と催し物で、旅に同行したみんなと晩餐を共にし、無事に帰ってこれたことを喜び合うと共に、オルディアとレギーナ、イングウェイの歓迎を行うというわけだ。
「いや、海の幸はエインフェウスでは北方に行かないと中々目にできませんからな」
到着前に晩餐の準備を進めてもらうため、一応事前のリサーチしておいたが、イングウェイも魚介類は普通に好物であるらしい。で、天ぷらはどうかと言えば――。
「こっ、これは……ッ!」
と、中々に衝撃的だったらしい。耳や尻尾の動きを見る限り、良い反応だったというのが窺える。
テスディロスとウィンベルグ、それにアウリアも何やら、その気持ちが分かるというように目を閉じて静かに頷いていたりするが。
「普通の食事が楽しめるようになって思ったことだが……テオドールの周辺で食べられるものは相当美味い物なのではないかと思う」
「確かに。街中の屋台も悪くはないのですが、テオドール殿の考案した料理は格別ですな」
そんなテスディロスとウィンベルグの言葉に……シーラはこくこくと頷きつつ魚の天ぷらを味わっている。
うーん。屋台で買い食いするテスディロス達か。……何となく想像がつかないが、魔人特性が抑えられている時の生活も、2人はそれなりに楽しんでくれている、ということだろうか。そうだとすれば、俺としても嬉しいのだが。
「いやはや。こちらに来てからというもの、立て続けに驚かされておりますな」
と言いつつも、イングウェイは笑っていたりして。こちらはどうやら見た目にも分かりやすく楽しんでくれているようであった。
この後、火精温泉に足を運んだりもする予定だ。この調子でタームウィルズとフォレスタニアを満喫してもらえれば良いのだが。
「むう……。これは素晴らしい。修行の場に事欠かない上に、温泉まであるとは。有意義な滞在になりそうですな」
温泉に浸かったイングウェイはそんな感想を漏らす。
「やはり、明日あたりからは早速迷宮へ降りてみようと?」
「そう考えています。浅い階層は問題が無さそうですから。レギーナ殿も修練を積みたいということで、迷宮に潜るようですし、協力して探索に当たることを考えています」
なるほど。境界劇場や幻影劇場、植物園や運動公園等にも招待したいところではあるが、それ以上にイングウェイは迷宮が気になっているようだし、氏族長達がやって来た時に改めて招待する、というのが良さそうだな。
「コルリスも迷宮に日参していたりしますからね。信用の置ける戦力が必要なら、共に迷宮に潜ってみるというのも良いかも知れません」
「ベリルモールが迷宮に……」
と、イングウェイは驚いている。鉱石を自分で確保しに行くという事情を話すと、驚きつつも納得したように頷いていた。
設備の説明がてら打たせ湯にあたったりしながら、迷宮に関する他の事柄についても色々話をする。
「――というわけで、迷宮で探索するにあたりどうしても前準備等が必要な区画が存在しているわけです」
炎熱城塞であるとか大腐廃湖であるとか、危険な区画の対策についての話をする。
「ああ。確かに……話を聞いているとそういった場所で戦うのは骨が折れそうですな。区画ごと悪条件というのは如何ともし難い」
「もしそういう区画に向かうのであれば、東区のブライトウェルト工房や迷宮商会に来て貰えれば力になれると思うけどね。空中戦装備もあるし」
アルフレッドが笑顔で言う。
「対策用の魔道具が一通り揃ってるもんな。俺達の迷宮攻略に合わせて色々魔道具を作ったからな」
「ふむ。比較的難易度の低い区画で魔物を狩り……資金を作って難易度の高い場所に挑むために対策用の魔道具を購入……と。実に筋道が立っておりますな。そう……。空中戦装備にも興味があったのです」
そう言ってイングウェイが愉快そうに笑った。
一方的な貸し借りはイングウェイは遠慮するが、自分で稼いで真っ当に取引する分には問題ない、というわけだな。
「ああ、それから迷宮の魔物を狩って珍しい食材が見つかりましたら、持ってきてくれれば味噌や醤油を使って料理したりもできますよ」
「おおっ。それは素晴らしい……! ではそれも考慮に入れながら迷宮探索をしたいところですな」
俺の提案にイングウェイが目を輝かせる。味噌や醤油を使った料理も随分気に入ってくれていたようだからな。
そんなやり取りをしつつサウナ等、温泉内の設備を案内したりと、のんびりとした時間が過ぎていくのであった。
そうして明けて一日。イングウェイとレギーナは予定通り迷宮へ向かうことになった。
コルリスも同行するということで、イングウェイ達と共に居城を出ていく。
「行ってらっしゃい、コルリス」
とステファニアがにこやかに言うと、頭の上にバロールを乗せたコルリスは応じるように手を振りながら出かけていった。マルレーンもにこにこしながら手を振って見送る。
レギーナには通信機を持っていってもらった。彼女の場合、修行が主目的でタームウィルズに来ているのではない。魔人関係での協力者であるから、積極的に魔道具等々を供与していく形になる。
バロールとコルリスも一緒だし、イングウェイもレギーナも相当な実力を持っている。迷宮の行き先も分かっている以上は滅多なこともあるまい。
というわけで、迷宮の様子を俺もバロールで見せてもらいながら、エインフェウス滞在中に溜まった執務の仕事を進めていくとしよう。俺もアシュレイも、片付けなければならない書類が少々溜まっているからな。
そして執務周りの仕事が終わったら仕立屋のデイジーの所に言って、色々な服を頼んでくる、という予定になっている。
そんなわけで執務室に向かい、アシュレイもシルン伯爵領に転移で飛んで、みんなで話をしながら書類を分担して片付けていく。
「どうぞ」
サイドテーブル上のティーカップにグレイスがお茶を淹れてくれる。カップが倒れても書類が汚れないようにと、木魔法でサイドテーブルを用意したのだ。使い勝手も中々で、割と気に入っている。
「ん。ありがとう」
と、礼を言うとグレイスがにっこりと微笑む。
「これは……テオドールが目を通す案件かしらね」
と、ローズマリーが整頓してくれている書類にも目を通す。ゲオルグの部下が今日持って来てくれた、新しい報告書だ。俺は古い方から順繰りに処理していく形であるが。
「ああ。資材手配についての報告か」
転移設備絡みについてのものだ。ふむ。これなら、後は質の良い魔石があれば実際の建造に着手できるだろうか。
時期的には、エインフェウスの氏族長達が来るタイミングと被ってくる。魔法建築を見てもらう、というのも悪くないかも知れないな。
いつも拙作をお読み頂き、誠にありがとうございます。
先日オーバーラップ様のサイト上で行われたヒロイン人気投票の結果が発表されております!
投票時のアンケート内容を反映した、鍋島先生のイラストも同時公開となっております!
活動報告より投票結果のブログ記事へのリンクが張ってありますので
楽しんで頂けたら嬉しく思います!




